日銀によるETF買いは憲法違反か
世界でも例のない中央銀行による株式投資、日銀によるETF買いの違法性につき、法的根拠を示しながら論じます。
1.独占禁止法との関係
独占禁止法第2条9項では「不公正な取引方法」を明示的に列挙しており、その第6号ではイ、不当に他の事業者を差別的に取り扱うこと、ロ、不当な対価をもって取引すること、と記されている。
日銀のETF買いがこれに該当するかどうかが問題となる。ETFは多くの上場企業の株式を組み込んで作られた「投資信託」であるため、個別の銘柄を買うわけではないから、これに当たらないとするのが日銀の見解である。しかし、間接的とはいえ株式の購入である点に違いはなく、すでに発行済み株式の10%近くを日銀が保有している上場企業もあるという。
仮に、全く同じ規模の全く同じ業種の2社があり、片方が上場、片方が非上場とした場合、日銀に株式保有をしてもらっている上場企業は「不当に優遇」されていることになる。日銀が何らかの意図をもって、その会社の経営に参画しているならまだしも、日銀法ではそうした個別企業の事業への参画は認められていない。上場企業と非上場企業を差別的に取り扱う行為は、憲法に定める「法の下の平等」に反する可能性が高い。
加えて、同法で「不公正な取引方法」に該当する例として指定されている(一般指定)取引として「優越的地位の濫用」がある。日銀の投資資金は無尽蔵であり、他の一般市場参加者を圧倒的に凌駕しており、優越的地位にあるのは間違いない。しかも、日銀のETF取引は「買い一方」の取引であり、自由取引を前提とする株式市場において不当な価格形成を行うもので、明らかに権利の濫用に当たる。
つまり、日銀の介入がなければもっと安い値段で買えていたかもしれない株式を、不当に高い値段で買わされていると考えれば、その違法性はより分かりやすくなる。
2.金融商品取引法との関係
「金融商品取引法」第159条では、相場を人為的に変動させ、公正な価格形成を阻害し、投資者に不測の損害を与えることを禁止する規定がある。これを「相場操縦」という。
具体的には、①仮装馴れ合い売買(1項)、②変動操作取引(2項)、③違法な安定操作取引(3項)が明示的に列挙されている。
日銀によるETF買いはこのうち③の「違法な安定操作取引」に該当する可能性が高い。
これに対し、株式を買い支えれば株価が上がり誰も損をすることはないと考える人がいるかもしれないが、世の中には「売り専」と言って、信用売り、先物売り、プットオプションなど、株価が下がればもうかるような取引をしている投資家もいる。株価が下がると思っていたのに予想外の日銀のETF買いで損を被る場合もある。これでは、もはや公正な市場の価格形成がなされているとは言えない。
金融商品取引法では例外的に「安定操作取引」を認めている場合もあるが、それは新発債の募集等、特殊な場合だけで、日常の取引の中で故意に価格を安定させる取引を行うことは認めていない。
3.日銀法との関係
次に日銀が主張する「金融政策の一環」であるという言い分だが、日銀法第33条では日銀が行うことのできる業務を明示的に列挙している。その第1項3号には「手形、国債その他の債券または電子記録債権の売買」と書かれている。ここでいう取引可能な証券は手形、国債および国債に準ずる債券、すなわち元本保証のある証券(いわゆる公社債)を指していると解され、価格変動のある株式は含まれない。
これに対しETFは同条の「電子記録債権」に該当し違法ではないとする解釈もあるが、そもそも「電子記録債権」はネット取引の発展により追加された項目であり、法の趣旨からして前段の「債券」に準ずるものと同等と解される。
これは昨今問題となっている「日銀保有ETFの元本割れ」問題と関係する。総裁自らも明らかにしているとおり、株価の下落により日銀保有のETFはすでに元本割れの可能性が高く、仮にそうなれば、日銀のバランスシートは大きく毀損し、中央銀行の信用をも揺るがしかねない事態になるからである。そのため、日銀法ではわざわざ価格変動のある証券の取引を禁止しており、日銀のETF買いは「日銀法」違反に当たる可能性が高い。
4.日銀は政府ではない
日銀は政府と独立した別の機関であり、株式(具体的には出資証券)も発行しており、普通の民間企業と同じように貸借対照表や損益計算書もある。高校の教科書でも習う通り、日銀には「通貨発行権」「金融調節機能」「銀行の銀行」の三大役割が独占的に認められており、その辺りのことは日銀法第1条~第4条に詳しく定められている。
「中央銀行の独立性」については、すでに多くの経済学の教科書にも書かれているとおりであり、本稿の趣旨でもないので、詳細は省くが、現状、発行済み国債の約半分に当たる450兆円が日銀に保有されているのは異常事態であり、これに加えてETFまで買い進めれば、もはや市場経済が失われてしまうことにもなりかねない。
仮に日銀が、ETF買いは政府の指示に基づいて実施しており「公共の利益」に資するためのものだと主張したとしても、株価を下支えすることが真に全国民の利益に叶うものなのか(特に株価が大暴落して日銀が債務超過に陥るなどの混乱が生じた時は国民は不利益を被ることになる)は議論が必要であり、先に述べた各種法令違反を超越してでも強行するのであれば、憲法に照らしてその是非を判断するしかない。