火星で地球に輸出するストロングゼロを栽培してます
「地球に輸出する用のストロングゼロを栽培してます」
広大な面積を誇るビニールハウスの中でテキパキと仕事をしながら、火星移民第二世代の増田テラさんはインタビューに応えてくれた。
「こっちの空気もかなり綺麗になったし、みんなのやる気もある」
増田さんが、おーい、と呼び掛けるとビニールハウス内で作業をしていた全員が振り返って手を振ってくれた。
「大地も微生物の働きで肥沃になった。あんたら地球人のお陰ですよ。ありがとう」
からからと笑う増田さんからは、日々の暮らしに対する充実感、将来に対する希望が垣間見えた。
「工場も順調に稼働してます。バイオ燃料もまだまだ備蓄はたっぷりある。そのうち、火星の完全自給自足生活も実現できるでしょう。ところで、地球からの船の到着が遅れているようだが何かトラブルでもありましたか?」
増田さんが訊いてくる。先程から映像にはノイズが混じっている。電波の中継設備が老朽化していた。修理する技術者はもういない。
私は、何も問題はありません、と嘘をついた。増田さんの笑顔が眩しかった。
「今年も豊作なんだ。上質なストロングゼロがたくさん採れた。はやく地球のみんなに送ってやりたいですよ」
増田さん達、火星の人々は自分達が栽培したストロングゼロを一切口にしないらしい。地球人用に手間隙かけて作った特別な品物だからだそうだ。いい心がけだと思う。
「そうだ、もし良かったら今度、地球人がストロングゼロを飲んでる映像を見せてくれませんか? そっちのみんながどんな顔して飲んでくれてるのか見てみたいものです」
皮肉めいたノイズが走った。映像が歪んで増田さんの顔がまるで嘲笑のように感じられた。私の単なる、これは勘違いに過ぎない。
機会があれば、と私は当たり障りのない返事をする。二度とそんな機会など訪れはしないのに。
地球は、地球人は死に絶えかけている。火星から輸出されたストロングゼロは人々を蝕みあらゆる気力を奪った。怠惰の内に、我々はあまりにも穏やかに破滅への道を突き進む。
今日はお忙しいところインタビューに応じてくださり誠にありがとうございます。定型文を言って私は増田さんとの惑星間通話を終了させる。最後の、通話を。
火星の彼らは何も知らない。何も知らされていない。空になったストロングゼロが私の足元で虚しく音を鳴らす。
もう、この施設への電力供給も止まる。辛うじて生命維持装置に繋がり生かされている私の命もその時に終わる。
どうしてこうなった?
誰も答えてはくれぬ問い掛けを胸に、ストロングゼロを片手に、私は真っ黒になったモニターの中に、火星でたくましく生きている彼らの生命力の残滓を見た。
電灯がふいに、消えた。