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雨女の協奏曲

作者: 足立 優

 花萌ゆる卯月の空。風はそよそよと肌を撫で、暖かな日差しとともに街を彩る。

 桜の開花はまだか、とどこの場でも騒がれた。その桜すらも、今は花を広げ、和の国日本の街路樹を彩る。人々の心のざわめきのような、強い風に打たれ、時に花びらを散らせる。桜吹雪は時に、不調和に満ちた現実を忘れさせる、そんな魔法を唱えているようだ。

 私はそんな中、社会人になった。四月一日に社会人になり、初めての週末を迎えた。桜は見頃。満開の様子を見せていた。

 私の仕事は平凡な事務OL。この世の中で、仕事にありつけただけもよかったと思っているが、実際仕事し始めると、この一週間でぎしぎしと不協和音が鳴り響く。

 上司は私に高圧的。女子だから容赦してくれているつもりだろうが、まるで私を邪魔者扱いする。無理もないだろう。人件費とか、いくらかかっているのか。そのくせ、今の私に何ができるだろう。気の強い私は、すぐに反抗心をこころの中で積もらし、ちょうど見える桜に対し、「私もこれだけ色鮮やかに振舞えたら……」と溜息をついた。雨雲は広がっている。


 仕事のことを忘れようと、私は仲のいい友達と、「花見に行こうよ」と誘った。

「お互いいろいろ話たいだろうしさ、花見に行こう」

「でもつばさ……今週天気悪いよ?」

 私の友達、美彩は躊躇うような口調で、そう言った。大人しい美彩だから、その声色はますます強調される。

 天気予報は土日、すべて「雨」。私にとってはいつものこと。好きなアーティストのライブだったり、好きなことのイベントも雨。入学式も雨。入社式も雨。卒業式も雨。高校の卒業式に至っては雪まで降った。

「まあ天気予報士の予報もたまには外れるでしょ。行こう行こう」

 私はそう言ったが、それに対して美彩は提案してきた。

「降ったら繁華街でお茶ね。これでいい?」

 異論はなかった。どうしてもその桜を見たい、という気持ちもあったが、さすがに友達に迷惑をかけるわけにもいかない。

「うん。いいよ。私は奈子と佐有里誘う」

「おっけー。私は恵理子と茉子を誘う」

 そうして私は美彩との電話を切った。外は……大粒の雨が、屋根を叩いていた……。


 私が花見にこだわった理由。それは美彩にも言っていない。私がわがままで、社会人になったら、ここに行きたいと思った、その強い想いがある場所があるからだ。

 そこに行って、言いたいことがひとつあるからだ。それは私からすれば、雨でも、晴れでも、関係ない。

 が、日ごろの行いか、それとも私をとことんいじめたいのか。花見当日になっても雨は降っていた。

「昼から止むかも、それにかけるしかないのかな……」

 しかし、この時点では小雨程度だったから、私は美彩たちより一足早く、場所取りに向かった。


 この場所は、母校の近くにある。よくここの桜を見て、時に嬉しく、時に憂鬱を感じた。

 もともと春が好きじゃなかった。別れもあるし、新しいことへの不安は思いのほか重い。そして……社会に出て早々の、重圧と不条理。こんなものが一挙に押し寄せる春は、好きになれなかった。

「過ぎ去ったのは、世の中と、私もなのだろうか……」

 私はその想い出の場所に向かった。一つの大きな桜の木が見える。堂々とした佇まいで、花を鮮やかに、そして……私を夢中にさせた様に、艶やかに、その姿を見せる。


「……」

 あれから、もう五年も経つのだ。時の流れは残酷だ。でも。人には心に残る風景を、鮮明に思い出せる力がある。そう、私の中で、あの記憶は色褪せない。きっとこれからも。

 雨が怯んだ。私は、雨なのか涙なのかわからないその雫を流し、こう囁いた。

「ここまで……来れたよ。私、つらいけど、頑張ってるよね?」

 この時吹いた風は優しく、私の目を撫でた。嬉しいよ、と。

 いつの間にか空は青空を見せていた。私は目を疑った。そして、晴れた空のような声が聞こえた。

「つばさー! 何してんのさ! もう場所取ったよ!」

「ごめんごめん! 今行く!」

 私は一度振り返り、彼女たちとの花見を楽しんだ。お互いの事を話し合えるって、しあわせだ。


 それまで降っていた雨粒に光り、足元に手向けられた花が雅やかに輝いた。


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