車輪村
車輪村にはとある言い伝えがある……。
車輪村。
それは、とある山奥にひっそりと存在する集落。たった十三世帯、人数にして五十前後の住民しかいない、とても小さな村。地図にも載っておらず、行き方もわからない。
そんな車輪村には、外界と完全に隔絶された場所ゆえに、変わった現象が起こる。
毎年、春のある日に人が一人いなくなるのだ。年齢も、性別も、特に条件があるわけではなく、全く無作為に一人だけ神隠しに遭う。この村ではそれを「シャリンさまへのお供え物」というが、何故その現象が起こるのか、いつから始まったのか、誰が、何のために、といった情報は一つも存在しない。
ただ「回る車輪は止められない」という言葉が代々言い伝えられているだけ……。
「春平、いつまで寝てんだい。起きな」
階下から響く声に、俺は目を覚ます。眠い目を擦り、欠伸をして大きく伸びをすると、勢いに任せて布団から立ち上がった。
「んだよ母ちゃん。今行くって」
さっと支度を済ませ、腐って脆くなった木の階段をぎいぎいと鳴らしながら下りていく。
うちも含め、この村の家はどれも築五十年を超える木造の一軒家だ。ここは地震がほとんど起こらなく気候も穏やかなので、火事でもない限り家を建て直す必要はない。自給自足で暮らしている村として、無駄なことに人手を割く余裕がないというのも家を新しくしない理由の一つだと思う。
「そういえばもうそろそろあの時期だね」
食卓に並ぶ質素な料理をつつきながら、俺は母に投げかけた。
うちは母と俺の二人暮らしである。父は十年前にシャリンさまへのお供え物となり姿を消した。
「そうね。今年は誰かね……」
母の表情がいつもより数段暗くなった。
シャリンさまへのお供え物と呼ばれる怪奇現象は例外なく毎年発生する。たとえ数百年間続いていることだとしても、この現象に慣れることはない。それどころか、発生することが確定しているゆえに、恐怖は倍増する。今年は誰が選ばれるのだろうか、身内がいなくなったらどうしようか、春になるとそういった不安をここの住民たちは必ず抱く。
「カンナギによると今年はお隣の加藤俊明さんが選ばれるんじゃないかって」
俺は母の不安を取り除こうと、先日耳にした情報を伝える。
カンナギとは簡単に言えば、神のことばを人に伝える職業だ。この村では毎年、カンナギが誰が選ばれるのか予言をする。そしてカンナギの予言は必ず当たるという。
「あら、俊明さんが……」
「ああ、ここ数日は夫婦そろってぼうっとしてるよ。まあ死ぬって言われて元気にしている人もいないわな」
「じゃああんた後でこれ持ってってやりな」
そういって母は俺に籠を手渡した。中にはいくつか果物が入っている。
「うわ美味そう。いいの?これあげちゃって」
「困った時はお互いさまってね」
母は豪快に笑った。
本人が同情されるのを嫌うかもしれないが、わかっている上で知らぬ存ぜぬを貫くよりはいいだろう。
「わかった。今日は特にやることもないから、これ食べ終わったら行ってくるわ」
その後他愛ない会話を続け、食事を終えた俺は籠を持って玄関へと向かった。
「じゃあいってきます」
「あ、ちょっとお待ち。どうせ出かけるんだったらこれも持ってってちょうだい」
母の手には一つの封筒があった。
「何それ。誰に渡せばいいんだ」
「村長さんに渡しておくれ。大事な手紙だから間違っても中を見るんじゃないよ」
渡された封筒を眺める。外見は何の変哲もないただの茶封筒だか、何が入っているというのだろうか。
試しに日光に透かして見ようとしたら母に後頭部を思い切り叩かれた。
「わかった、わかったって。とりあえず殴んのは止めてくれ。これを村長に渡せばいいんだろ?」
「わかったなら早くいってきな。妙なことするんじゃないよ」
「はいはい」
俺は肩越しにひらひらと手を振って玄関を出た。
***
俺がまず向かったのは、隣の加藤さんの家だ。隣といっても家同士が隣接しているわけではなく、歩いて数分のところにある。
「ごめんくださーい」
木の引き戸を叩きながら声を張る。暫くすると三十代半ばくらいの女性が戸を開けて出てきた。
「あらあら、いらっしゃい春平くん。どうしたの?」
この女性は加藤瑞希。お供え物に選ばれたらしい加藤俊明さんの奥さんだ。若い頃は美人だったというが、今は目の下に大きな隈もあり、かなりやつれているように見える。
「あーこれどうぞ。うちの母ちゃんが持ってけってさ」
「まあこれ全部頂けるの? 嬉しいわ、ありがとうね春平くん。お母さんにもお礼伝えといてね」
その声は、確かに喜んではいるが、どこか無理をしている様子だった。
「俊明さんって今家にいる?」
「ええ、あの人なら二階で寝ているわよ」
「ちょっと挨拶したいんだけど大丈夫?」
「もちろんよ。あの人最近すっかり元気無くなっちゃって、部屋にこもり切りだから行ってあげたらきっと喜ぶわ」
瑞希さんに促され、俺は家の中へと入っていった。
二階へと上がると、そこには陰湿な空間が広がっていた。全ての雨戸が閉ざされ、日の光が全く遮られている。
「ほら俊明さん。春平くんが来てくれたわ」
俊明さんは八畳ほどの和室で、布団に蹲り、微かに震えていた。室内に設置された行灯が柔らかな光を放っている。
この村には電気が通っておらず、数百年間異文化との交流もないため、主な照明器具として未だに行灯が使用されている。
「あーどうも、春平です。俊明さん体調はどう?」
俺が声をかけると、俊明さんの震えが止まった。数秒の間をおいて、俊明さんはゆっくりとその顔をのぞかせた。
「……春平くん……?」
「あ、俊明さん。うちから果物持ってきたからさ。よかったら食べて――」
「しゅ、春平くん! すまねえ! すまねえ! ほんとにすまねえ!」
俺が声をかけると、それに気づいた瞬間、俊明さんが突然取り乱した。泣きながら俺の肩を掴み、何度も謝罪を繰り返した。
突然の出来事に戸惑っていると、瑞希さんが俊明さんを俺の体から半ば無理やり引きはがした。
「ごめんなさいね。この人最近ちょっと疲れているみたいなの。そっとしといてあげましょう」
「あ……村長ってどこにいるかわかる?」
何となく気まずくなった俺は、咄嗟に話題を変えた。
「村長さんなら今日は広場にいるはずよ」
「そっか。ありがとう」
「果物、本当にありがとうね。後で俊明さんとおいしくいただくわ」
そう言うと、瑞希さんは優しく笑った。その痛々しい笑顔に、暗に「もう帰ってくれ」と言われているようで、俺はその場を後にした。
***
次に俺は村長に会うため、瑞希さんに言われた通り、広場へと足を運んだ。
広場は村のおおよそ中心部にあり、ここでは夏の祭りや秋の収穫祭といった催し物が行われる。今はちょうどシャリンさまへのお供え物の準備をしているらしい。村の中でも屈強な男衆たちが木材を肩に担いで運んでいる。
男衆たちが忙しなく準備を進める中、俺は村長の姿を探した。
「あ、あんなところに」
村長は広場の端にある祭壇の近くにいた。祭壇といっても一メートルほどの櫓が組まれているだけだ。村長は祭壇に向かって何か祈っているのだろう。手を合わせ、目を閉じてじっとしている。
「おーい村長、なんか母ちゃんから手紙預かってるんだけど」
そう声をかけると、俺の声に気づいた村長がお祈りを中断し、こちらに振り返った。
「おお春平くんか、それを儂に? どれ、貸してみい」
村長は俺の手から手紙を受け取ると、封を切って、中に入っていた手紙を読み始めた。
途中、蓄えた髭を何度か触りながら読み進め、手紙を読み終えると、一度だけ鷹揚に頷いた。
「なるほど、わかったわい。ここまでご苦労じゃったな」
村長は俺の頭に手を乗せ、優しく撫でた。
俺は恥ずかしくなって、それを慌てて振り払う。
「お、おいやめろよ! 俺だってもう十五だ、子供じゃないって!」
「儂から見たらお前さんなんかまだまだ子供じゃよ」
「んだよ……クソジ……ジイ……あれ」
村長に反論しようとしたところで、突然意識が薄れ始めた。全身から力が抜け、そのまま地面に倒れそうになる。必死に踏ん張ろうとするが足が思うように動かない。
「おい、春平く……どう……じゃ……丈夫か……」
村長の心配するような声が徐々に遠のいていき、後頭部への強い衝撃と共に、俺の視界は完全に闇に呑まれた。
***
「春平、いつまで寝てんだい。起きな」
階下から響く声に、俺は目を覚ます。眠い目を擦り、欠伸をして大きく伸びをすると、勢いに任せて布団から立ち上がった。
「んだよ母ちゃん。今行くって」
さっと支度を済ませ、腐って脆くなった木の階段をぎいぎいと鳴らしながら下りていく。
途中、妙な違和感に襲われた。何なのだろう、この感じは。
「そういえばもうそろそろあの時期だね」
食卓に並ぶ質素な料理をつつきながら、俺はいつの間にか思ってもいないことを母に投げかけていた。
「そうね。今年は誰かね……」
この会話もどこかでしたことがあるような気がした。
「カンナギによると今年はお隣の加藤俊明さんが選ばれるんじゃないかって」
カンナギの話も、以前にした気がする。
自分で話しているのに自分ではないような感覚。まるで自分を客観視しているような感覚に陥る。
「あら、俊明さんが……」
「ああ、ここ数日は夫婦そろってぼうっとしてるよ。まあ死ねって言われて大人しく死ぬ人もいないわな」
「じゃああんた後でこれ持ってってやりな」
母が立ち上がったところで、なぜか母が次にやることが予測できた。
……ここで籠に入った果物を渡してくる。
そう頭に浮かんだ次の瞬間、母は俺に籠を手渡した。中には、やはりいくつか果物が入っていた。
……うわ美味そう。いいの?これあげちゃって。
「うわ美味そう。いいの?これあげちゃって」
どうしてだ。
……困った時はお互いさまってね。
「困った時はお互いさまってね」
なぜだ。なぜ起こることが全部先読みできるんだ。
「わかった。今日は特にやることもないから、これ食べ終わったら行ってくるわ」
その後、強烈な違和感を覚えながら食事を終えた俺は籠を持って玄関へと向かった。
「あ、そうだ母ちゃん。どうせだから村長の所に封筒を届けとくよ」
「え、あんた……どうしてそれを」
先読みしたような俺の声に驚愕する母の手には、やはり一つの封筒があった。
「俺にもよくわかんねえ」
「まさかあんた中身を見てないでしょうね」
「大丈夫、中身は見てない。ほら、ちゃんと封されてるだろ?」
茶封筒の封がされている部分を指さし、母に伝える。
「確かにされてはいるけど……。とにかく妙なことするんじゃないよ」
「はいはい」
俺は肩越しにひらひらと手を振って玄関を出た。
***
俺はまず隣の加藤さんの家を訪ねた。
「ごめんくださーい。瑞希さーん」
木の引き戸を叩きながら声を張る。暫くすると瑞希さんが戸を開けて出てきた。
「あらあら、いらっしゃい春平くん。どうしたの? 私に何か用かしら」
瑞希さんの目の下には大きな隈があり、かなりやつれているように見えた。
「いや、瑞希さんにってわけじゃないんだけど、だって今は――」
俊明さんは寝込んでいるでしょ、と言いかけて口をつぐむ。
あれ、どうして俊明さんが寝込んでいるなんて思ったんだろう。ぼうっとしているところはこの前見かけたけど……。
「いや、何でもない。それより、はいこれ。母ちゃんが持ってけって」
脳内に膨れ上がる疑問を抑え込み、手に持っていた籠を瑞希さんに渡した。
「まあこれ全部頂けるの? 嬉しいわ、ありがとうね春平くん。お母さんにもお礼伝えといてね」
その声は、確かに喜んではいるが、どこか無理をしている様子だった。
「俊明さんに挨拶したいんだけど大丈夫?」
「もちろんよ。あの人最近すっかり元気無くなっちゃって、部屋にこもり切りだから行ってあげたらきっと喜ぶわ」
瑞希さんに促され、俺は家の中へと入っていった。
二階へと上がると、そこには陰湿な空間が広がっていた。全ての雨戸が閉ざされ、日の光が全く遮られている。
この景色も、どこかで見たことがある。
「ほら俊明さん。春平くんが来てくれたわ」
俊明さんは八畳ほどの和室で、布団に蹲り、微かに震えていた。室内に設置された行灯が柔らかな光を放っている。
「あーどうも、春平です。俊明さん体調はどう?」
俺が声をかけると、俊明さんの震えが止まった。数秒の間をおいて、俊明さんはゆっくりとその顔をのぞかせた。
「あ、俊明さん。うちから果物持ってきたからさ。よかったら食べて――」
突然、俊明さんが取り乱し、泣きながら俺の肩を掴んでくる光景が視えた。俺は密かに身構える。
「いらっしゃい。待っていたよ」
「え……?」
俊明さんは音をたてずに俺の元まで歩み寄ると、俺の肩にそっと手を置いた。予想だにしていなかった反応に、俺は困惑する。
今、絶対に俊明さんが謝罪してくると思ったんだけどなあ。
「車輪は、何回回った?」
俊明さんは俺の耳元でそう囁いた。
「車輪? 何の話?」
「何でもない。それより、その手紙を村長に渡すんだろう?」
そう言うと、俊明さんは瑞希さんに目配せをした。
「え、俊明さんがどうしてそれを……」
「ごめんなさいね。この人最近ちょっと疲れているみたいなの。そっとしといてあげましょう」
俺の疑問を遮るように、瑞希さんが声をかけてきた。
「え……あ、はい……」
いつものお淑やかな雰囲気ではなく、どこか圧がかかったような瑞希さんの言葉に気圧され、つい黙り込んでしまう。
「いきなり全てを話してもきっと理解できない。とりあえず今は村長のところに行ってみなさい」
「……わかった」
「果物、本当にありがとうね。後で俊明さんとおいしくいただくわ」
そう言うと、瑞希さんは優しく笑った。俺は不思議に思いながらもその場を後にして、村長の元へと向かった。
***
村長は広場の祭壇の前にいる。誰からも言われていないのに、なぜかそう思った。
シャリンさまへのお供え物の準備をしている広場で、木材を担ぐ男衆の合間を縫うように歩き、俺は祭壇の前でお祈りをしている村長に声をかけた。
「村長。手紙持ってきた」
俺が声をかけると、村長はお祈りを止めてこちらに向いた。
「おお春平くん、来たか。調子はどうじゃ」
それは、まるで俺が今日ここに来るとわかっていたような言葉。
「村長。あんた何か俺に隠してないか?」
今思っていることを焦燥感や怒気も隠さず単刀直入に尋ねた。
「まあ、そう急くな急くな。まず一から話してやろう」
村長は俺を宥めると、大きく深呼吸した。
「よいか、お前さんは来年のお供え物に選ばれたのじゃ」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。返す言葉が出てこない。
俺がシャリンさまへのお供え物に? どうして? しかも来年ってどういうことだ?
頭がぐるぐると同じ疑問を繰り返す。
「ど……うして?」
「理解できないって顔じゃな。そうじゃのう、お前さん、同じ日を繰り返しているような気はしないか?」
肩を竦めて、吐息を漏らす村長。
「お供え物に選ばれた人はある日突然姿を消す、と言われとるが、実際には少し違うのじゃ。お供え物となる人間は一年前にシャリンさまに取り憑かれる。そして取り憑かれている間、その人間は夢の中で取り憑かれる直前の一日を繰り返すのじゃ」
「そんな……」
理解しようとする一方で認めたくないと思う部分もある。その歪みに、頭が悲鳴を上げる。
「そしてこのことを他人に話してはならん。これを知ってしまった人間は全員呪いに巻き込まれるらしいからのう。じゃがまあ話したところで助かることは無い以上、ただ混乱させるだけじゃからな。話すやつはそうそうおらん」
「じゃあ……もう俺は助からないのか?」
俺は唯一の光明に縋りつくように、村長に問うた。
「ああ、助からん。じゃからこの後の一年間。悔いのないように過ごすことを勧める」
村長は冷徹にそう告げた。血も涙もないその態度に怒りがこみ上げてくる。
「お前なあ!? もう少し言い方ってもんがあるだろ!? だいたいそんなこと言われて素直に信じられるか!」
「謝って許されるとは思ってはおらん。じゃが儂にはどうすることも出来ん。この村にはそういう呪いがある、それだけじゃ。儂はお前さんと同じ立場の人間を何人も見てきたが、皆最後は運命を受け入れて消えていった。この村の為にじゃ」
自分が犠牲になるということは、今年は他に選ばれる者はいないということ。いわば自己犠牲の精神だろう。理屈はわかっているが肯定することは難しい。
そして村長はそれを何度も見てきた。それも自分が死を告げる立場で。それがどれだけ辛いことか、俺には想像も出来ない。
「ところで春平くん、俊明さんには会ってきたのかい?」
「なんだよ急に……会ったけど、それがどうした」
やり場のない感情を持て余しているところに質問された俺は、ぶっきらぼうに答えた。
「あやつはお前の一つ前のお供え物じゃからな。お供え物となる人間は最後の日に、次のお供え物となる人間と出会うのじゃ。そしておそらく次にお前が目覚めるころにはもう姿を消しているだろう。俊明さんから何か言われたか?」
俊明さんが俺の一つ前のお供え物、そう聞いても驚きは少なかった。逆にそう考えると、色々なことに合点がいく。
「初めにあった時は凄い形相で謝られた」
きっと、自分が取り憑かれてから一年がたったときに俺が現れたことから、俊明さんは次のお供え物が俺だと気づいたのだ。そして何も知らずにお見舞いにやってきた俺を見て、申し訳なくなったといったところだろう。
「んで、次に会った時は逆に落ち着いてて、車輪は何回回ったかって尋ねてきた」
これは俺が一日を繰り返していることに気づいて、確認してきたのだ。『最後の一日を何回繰り返したか?』と。そして俺の反応から一回目の繰り返しだと考え、村長の所へ行くよう促したのだろう。
つまり俊明さんはなぜか俺が繰り返していることに気づいていることになるが、それは今は関係のない話だ。説明のつかない現象など他にも沢山ある。
俺が答え終えると、村長はそうかそうかと言って髭を弄った。
「さて、お前さんに持ってきてもらったこの封筒じゃが、これはな問診票のようなものじゃ」
村長は封を切って中の手紙を取り出し、俺に渡してくれた。紙に書かれていたのは、俺と母の健康状態などだった。過去に重い病気にかかっていないか、最近の体調はどうか、など他にも事細かに書かれている。
「お前さん方の他にも、全ての家族からもらっておる。儂はこれを見て健康そうな者を選別するのじゃ。取り憑いた人間がお供え物となるまでに死んでは敵わんからのう」
それは人間をただの物だとでも思っているような台詞。つい先ほどまで村長の心境がどれだけ辛いことだろうと思ったが、違った。この人は辛いなどとは微塵も思ってはいない。何も感じていないのだ。
「お前……何様だよ!」
俺の問いに対して。
「儂か? 儂はな」
村長は。
「シャリンさまじゃよ」
そう答えた。
***
「春平、いつまで寝てんだい。起きな」
階下から響く声に、俺は目を覚ます。眠い目を擦り、欠伸をして大きく伸びをすると、勢いに任せて布団から立ち上がった。