001 Gingham check
いくら私が変わろうが春に雪が溶けるということも夏が暑くなるということも秋に葉が色づくことも冬に雪が降るということは変わらない。
いくら貴方が変わらなくても私が変わったと事実が消えることは無い。
いくら地球が回ろうが私が変わったという事実を抹消することは出来ない。
午前中の話だ。私はそこらのオシャレなカフェで安いコーヒーを飲みながらタブレット端末の画面をタップしていた。
ニュースアプリのアイコンをタップすると画面が切り替わり有名女優がアーティストと結婚しただとか有名俳優が死去しただとか所謂“エンタメ”と呼ばれる部類のニュースが一番初めに出て来た。
「どうでもいい…。」
呟きながらも私はそのままエンタメと呼ばれるジャンルだけがずらっと並んだニュース画面をスワイプしていく。女優、俳優、声優、小説家、漫画家、アーティスト、モデル、芸人等の嘘か本当か分からないニュースが大量に並んでいる。
エンタメとは本来娯楽だとか軽い読み物、気晴らしなんていう意味があるらしいけれど私がそれを読んでもなんの気晴らしにもならないし活字に弱い私からすればそれは軽い読み物ですらなかった。
私はその記事の見出しを読んで「そうなんだ。」と思うくらいで別にそれに対して更にもっと深い情報が欲しいとかそういうことを思ったりすることは無かった。
ある程度エンタメ記事の見出しを見終わると私は時事ニュースを見始める。
地下鉄人身事故のニュースがトップに下には政治のニュースやら経済のニュースやら。
昨日のことを思い出し胸糞悪い気持になった私はホームボタンを押してニュースアプリを閉じコーヒーを飲むことに専念した。コーヒーはホットで頼んだはずなのにすでにぬるま湯のように中途半端な温度になっていて美味しくなかった。
少し回りを見ると私が入ってきた時に居た客はもう殆どいなくて代わりに子供連れの母親や若い主婦などの定職についていない人間が多く席に座り下品な笑い方をしながらコーヒーを口に含んでいた。
心底胸糞悪い気分になった。誰も彼もが常識をわきまえていないという現状に腹が立った。
ある人間は公の場だというのにタブレット端末で大きな音を出して子供にアニメを見せていたりある人間は回りで勉強していたり静かにコーヒーを飲みたい人間なんてそっちのけでゲラゲラと大きな笑い声を上げている。
頭がおかしいのか親に常識を教えられなかったのか…。
席から立ちあがると私はコーヒーカップにまだ少しだけ入った温いコーヒーを飲み干しお盆に乗っけると足早に返却口にそれを置き出口に向かった。
後ろで笑う若い主婦の笑い声が自分に向けられている物ではないだろうかとそんなはずないのに無意識に思ってしまった。
自意識過剰の飛んだ馬鹿だ。
すぐに気圧の変化に気付き気持ちの良い気分になった。
カフェの圧迫された空気よりも外の冷たい空気の方がよっぽど好きだ。でも外でも沢山他人がいると気持ち悪い気分になるし何より虫とか鳥が近くにいるとより気持ち悪い気分になる。はっきり言って生物がたくさんいるのは好かない。
私はゆっくりカフェから離れてバス停へ向かう。
本当はここから家に帰るなら地下鉄を使ってそこから徒歩で帰った方が十倍くらい早いけれど現在私は地下鉄恐怖症…というか駅恐怖症で駅に入ることが出来ない。
バス停までは大体徒歩10分くらい。特に何もない住宅街と特に変哲も無い大きな路地を通っていく。
ポケットの中で携帯が震えた。舌打ちを小さくして私は携帯をほおっておく。
大抵のメールで送られてくるメッセージは対したことじゃない。バス停についてからゆっくり返しても恐らく問題無い。誰も文句は言わない。
住宅街を抜けると大きい路地にでた。
スーツを来たサラリーマン、制服を着たサボリ女子高生、主婦。当たり前のように色々層が電話を掛けながら、タブレット端末を見ながら、お喋りしながら歩いていた。
あまりにも日常的、凡庸的で目まぐるしくもなるその風景の中に私も潜り込む。
そんな中携帯が連続でバイブを繰り返す。
携帯を出して画面をいるとそこには「アユ」という文字が表示されていた。
アユこと望月亜由良は大学の同級生で「一応」友達だ。特別何をしてあげられる訳でも無い私にでも良くしてくれる私基準では良い友達だ。
画面をスワイプして電話を耳に当てる。
「はい。梓です。」
口早に自らの名前を名乗る。
『梓!大学サボってどうしたの?皆心配してたよ。』
甲高い声がビクリと鼓膜を震わせる。
「え、あ、うん。ちょっとね。」
どう答えればいいのか一瞬分からなくなりあどけない返事を返してしまった。
『ちょっとねってなに?スゴイ心配したんだから!休むなら一つくらいメッセージいれてよ!』
さっきの説明に追記。友達に対して母性でも抱いているのか過保護だ。
「そっか。心配させて御免。」
『風邪引いてたりする?』
「全然引いてないよ。」
『じゃあなんか悩んでるとか?』
「えぇとまぁそんな感じ…?」
少しの間無言のときだ続く。アユの話声が聞こえるから恐らく他の人と話してるのだと思う。
「アユ?」
少し待っても反応が無いアユが若干ながら心配になって声をかけると直ぐにアユの甲高い声が電話越しに聞こえる。
『わ、ごめん!研究室の蔦本先生の伝言教えてもらってた。』
「あ、大丈夫だよ。伝言聞き終わってからでも」
『いや、大丈夫もう終わった。で、何悩んでんの?』
「別に電話で話すようなことじゃないよ。長くなるし…。」
『じゃあこれから会おう!梓が暇なら。』
「私は暇だけどアユこれから授業…」
『いいの、いいの。サボる口実できたし。梓今どこ?』
「えぇと、まって…」
私は急いで周りを見渡す。
「人がいっぱいいる。」
『うん。分かってるそんな感じにザワザワ聞こえるし。』
「えーとデパートの近くに所在しております。」
『なんかキャラ変わった?ずっとそれでいればいいのに』
アユはそう言ってフフフと鼻で笑うとそのまま言葉をつなげた。
『じゃあそこのコーヒー屋分かる?』
「うん。」
『そこに居て。十五分くらいで行けると思う。』
「分かった。待ってます。」
『うん。じゃああとで。』
そうアユが私に返すと電話がポチッと切れた。
結局に流れに逆らえずそのまま流れで会うことになってしまった。今日殆ど化粧してないし服もあり合わせなのにな。
私は目の前に都合よくあるデパートの自動ドアを見て「ハァ」とため息をついて苦笑いを零しドアをくぐる。自動ドアは少し私を拒むように遅く開いたがしっかりと私の通れるくらいの幅を確保して開いた。
全く便利な奴だ。
平日だということもあり中は特に混んでいる訳も無くやはり外とは違いそこに所在する人間の層も限られていた。
そして私は生憎持ち合わせのお金が少なかったため遠目で服屋や雑貨屋を覗いてウィンドウショッピングをしながらカフェへ向かう。
デパートでやっぱり多く目にするのは服だけれども特にここのデパートは好きなブラウンドが比較的多くあるおかげでウィンドウショッピングが楽しく進む。
やっぱり私の目を引くのは花柄のワンピースとかだけれどもパステルカラーのギンガムチェックのワンピースも可愛いと思った。
でも濃い赤色の少し時代から外れたような真っ赤なギンガムチェックが特に可愛いと思った。