000 Prologue
あまりにも耳鳴りが酷くて耳を塞いだ。
目の前には真っ赤な「ナニ」かが落ちていて私の目を常に圧迫する。
先ほどまでそこに居たはずの黒檀の髪色をしたセーラー服の少女はもうそこにはいなくて代わりにそこには彼女の持っていた鞄が場所を塞いでいた。
一瞬何が起きたか分からなかったがすぐにわかった。今ここで何が起きたか。
女性の悲鳴が聞こえる。
自殺だ。セーラー服の少女ここから線路へ飛び込んだ。
ここの駅は比較的珍しい搭乗ゲートのついていない駅で人身事故も多い駅ではあった。しかし自殺の現場、それも自殺する本人が目の前にいるということは人生で初めてだった。そしてこんなことはもう起きないと思った。起きて欲しくないとも思った。
その場にしゃがみこんで耳を塞いで尚聞こえる耳鳴りや他人の悲鳴や駅員の声。
私の目を常に圧迫する赤い「ナニ」、つまり肉片から目を背けるために目をギュッと瞑る。肉片は真っ赤で少しだけ真っ黒な髪の毛が混ざっていた。それが頭の一部だということは見ただけですぐに検討が付いた。
耳を塞いでしゃがみこんでいる私の姿にやっと気づいたのか一人の駅員が私の肩をそっと叩いて「大丈夫ですか?」と声をかけるが私は無論見るからに大丈夫じゃない訳だ。私はそのまま耳を塞いでうずくまっている。
そのうちサイレンの音などが私の手を通り抜け鼓膜を震わせる。この体制でいることも限界に近付いた。
その様子に気付いたのか数人の駅員は私の腕をつかんで移動させる。
それが今日の午後のことだ。
私は今天井とにらめっこをしている。
目を瞑ると黒檀の髪の毛が混ざった肉片が私の視覚を圧迫し、耳にはまだサイレンの音や耳鳴りが残り、体は寒気に襲われている。
「そういえば初めて肉片って見たなぁ…」と不謹慎だけどそう言って「貴重な体験をしたなぁ」と思えれば何よりすぐに眠れるのだろうが生憎私はそこまでポジティブに今まで生きていないしどんなにポジティブな人間でも流石に自殺を目のあたりにすればそのポジティブの鉄壁の壁も崩れ落ちると思う。
私は今、過去進行形でネガティブで現在進行形でもネガティブである。ネガティブをネガティブで包こんだ女だ。そんな私が今ポジティブな気持ちになれる訳ない。今まで努力してこなかったことは当然できるはずないのだから。
私はただ馬鹿みたいに技とらしく「ハァ」と欠伸をして。
目を瞑った。当然眠れることは無くただ私の目の前に真っ赤な肉片だけが現れた。
「あぁ、今日はきっと魘されて眠るのだろうな。」と思った。