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遥かなるモブの理想郷  作者: サコロク
4/6

青春は時として凶器になる

さて、俺と如月さんが連行された場所は……


「ここよ、さあ入って……」


なんでよりにもよって生徒指導室なんだよ! これじゃあ俺と如月さんがなんか悪いことしたみたいになるじゃん!

まあともかくさっさと話を済ませて妹の1パーセントの愛がこもったお弁当を食べたいのだが、どうやらそうもいかなそうだ。

生徒指導室は思ったよりも広く、真ん中に大きな机が置かれている以外は本棚が三つ程度置かれているだけで、どこか殺風景にも感じてしまう。とりあえず椅子に腰をかけ一応持ってきていたバックを隣に下ろす。ヒナ姉さんと如月さんも席に着き、俺と如月さんが横並びで対面にヒナ姉さんという形になった。


「それで、まずは……ふー君? さっきは散々なこと言ってくれたわね?」

「ギクッ! い、いやそれは!」


あまりの緊張に声が裏返ってしまう。いや、だって仕方ないじゃん!? ヒナ姉さんめちゃくちゃオコなんだもん……

もう目が完全に侮蔑の眼差しをしており、これはこれで精神的にというか心臓に突き刺さってくる様な目つきである。


「……ま、これに関してはこっちの手違いでもあるわけだしね。お久しぶりねふー君」


……え、なに? 急に聖女みたいになったんですけど。てかヒナ姉さん全然変わってないなー。相変わらず完璧美人みたいな空気があるし……


「さっきはごめん……久しぶりだねヒナ姉さん」

「ここは学校だから一応雪絵先生、ね?」


人差し指を口に当ててウィンクをしてくるその姿は、先生という立場にもかかわらず女子高生の様なあざとさがある……でもやめてね、ここにいるのは俺だけじゃないから。


「あの……朝比奈先生と森山君は一体?」

「ああ、ごめんなさいねちゃんと説明するわ……ふー君は私の従兄弟で、私はまあ ”育ての姉” ってとこかな。子供の頃からずっと私が面倒を見てきたんだけど、ここ何年かは遠くの大学に行ってたせいでもう心配で心配で……」


よくもまあ恥ずかしげもなく話せるものだ……俺の方が恥ずかしくなってくる。

でも、ヒナ姉さんにお世話になってきたのは本当のことだし、正直ヒナ姉さんがいなかったら今の俺はいないと言ってもいいだろう。それぐらい大切な存在ではあるのだが……


「本当はね? 大学なんて行かないで一生ふー君の面倒を見ても良かったんだけど、ウチの親が無理やり大学に行かせて……本当に会えない四年間が辛かったわ!!」

「は、はあ……」


言い方は悪いが、俺に対して過保護すぎる所があるのだ……てか如月さん軽く引いてるから本気でやめてほしいんですけど!?

とは言っても誰かが止めないとこの人は寝るまでしゃべり続ける可能性が大いにありうるので、俺が止めにかかる。


「雪絵先生そこらへんで……ね?」

「あら、つれないのね? ヒナ姉さんでいいのに……」


いや、この人の言ってることめちゃくちゃ矛盾してますよ!? そんなに適当でいいのかヒナ姉さん……


「ま、まあとにかく用があって俺と如月さんを呼んだんだろう? 早いとこ済ませてよ……」

「え? ……ああ、あれは嘘よ、嘘」

「はっ!?」

「なんか如月さんがふー君に突っかかってたみたいだったから心配で……」


いやいや、それは当事者同士で話し合えばいいじゃん! とツッコんだら過保護なヒナ姉さんのことだから何を言いだすか分からないので抑えておく。このお姉ちゃん怒らせると本当に怖い、いろんな意味で本当に怖い……



「……で、如月さんはなんでふー君に突っかかってたの?」

「なんか私が悪いみたいになってるけど……春休みに私、森山君とデパートで会ったんですけどその時に……」

「まさかふー君が如月さんに何かいかがわしい事を!?」


してなからね? 断じてしてないからね? ……その侮蔑の眼差しを向けるのやめて、心臓に悪いから!


「い、いえ決してそんな事は! そもそも私が助けられた方で……」

「ふー君が如月さんを助けた? ……」


助けた? 俺は確かにぶつかった時に手を貸したが、その程度のことで助けたと言われても俺が困ってしまうわけだが……んー、それ以外には何もなかったはずだが……


「え、ええ……私の大切なものを届けてくれて……」

「ふー君が如月さんに? あら意外に男の子してたのねふー君?」


いや、別に……っておい待てよ? 今なんて言った? 俺が届けた……おいおいまさか!?


「まさか……あの財布如月さんのだったのか!?」

「気づくのが遅いんじゃないの?」

「遅いって……どうやったらあの財布が如月さんのって気づくんだよ!?」

「……そうね、あの時あなたは逃げ出したのだったかしら?」


グッ!? ……このアマ、やっぱりSか、いや絶対Sだな! 琴音のには多少の愛があるからまだ許せるが、こいつのは直接的に言ってこない分チクチクとくる何かがある。分かりやすく言うと愛のある鞭で全力でしばかれるのと、そこまで痛くないビンタを往復で喰らっているような違いである。


「一体どういうことなの? 私にも分かるように説明して!?」


蚊帳の外にされていたヒナ姉さんが頰を膨らませて俺たちに詰め寄ってきた。

そう詰め寄られても俺だって今話が見え始めたところのなんだぞ!? 俺じゃなくて隣にいる人に聞いてくれ……


「……別に森山君が悪いことをしたわけではないんですよ。私が落とした財布を森山君が届けてくれたんですけど、お礼を言い損ねて……」

「ん? そもそもなんでふー君が如月さんの財布を? というよりなんで逃げたの?」


めんどくさくなりそうだったから……って言うのは流石に酷いのでとりあえず別の言い方でうまく誤魔化そう。


「……あの時は琴音のが帰りを待ってたし、珍しく親が帰ってきてたからさ」

「え、おじさんと公恵おばさんが帰ってきてたの!? それは珍しいわね」

「ま、結局また北極に調査に行ったけどね……」

「じゃあ今度は三ヶ月ぐらい?」

「多分……」


息子とその妹を容赦なく置いていく親の行動などいちいち考えてたまるものか。てか、その度にお土産とか言って変な民族の置物を家に置いていくのはやめてほしいんだが、あの人達にとってはそれが俺たちの機嫌取りの様なものらしい。それで気がすむならそうさせておけばいい。

だが、そんな俺の家の事情を知らない如月さんはポカンとしている。


「ああ、ウチの事情は気にしないで。ちょっと変わったって家って程度だから」

「ちょっと変わった家の親が北極の調査?」

「別に北極の調査だけってわけじゃないよ。依頼があればどんな国にだって飛んでいくし、日本にいることはほとんどないかな……」

「そう…… ”ウチと似てるのね” ……」


ボソッと呟いた如月さんの瞳は少しだけ寂しそうに見えた。

だが、俺はここで重要なことを思い出す……そう、財布だ! 俺はあの財布のせいで死にかけたんだ! もし如月さんが本当のことを言っているのならば、俺の隣にいる人物は……


「……ねえ、もしかして如月さんって、あの如月グループの関係者だったりするの?」

「っつ!? ……」


図星、か……なんとなくそんな感じがしたんだよな。そうであるならあのブラックカードにも説明がつく。


「え、如月って……あの如月グループ!?」

「ヒナ姉さん声大きい、少し抑えて……」

「あ、ごめんなさい……」


子供の様な大声で叫ぶヒナ姉さんを少し注意しながら如月さんを見ると……まあなんとも複雑そうな顔をしている。正直突かれたくない話なんだろう。まあ、俺もそれに関しては聞くつもりもないし興味もない。今のはただの確認程度のことだ。


「……まあ、それについては全くと言っていいほど興味ないから。それと、あの時はぶつかってしまって本当にごめん」

「えっ? ……」

「いや、だからあの時は……」

「そうじゃなくて……なんで聞かないの?」


如月さんは不思議そうな顔で俺を見てくるが、別に何も不思議なことなどない。それは俺が生きていく上で別段必要な情報ではないから聞く必要がないだけだ。記憶領域が全部埋まることなど絶対にないが、だからといって無駄な情報まで一応記憶しておくのかと言われればそうではない。だってそれは無駄じゃないか? その中で豆知識として使える情報などもあるだろうが、それだけのために記憶するのは俺は無駄に感じてしまう。それなら最初からしっかりと知識して身につけておく方がよっぽどマシだ。半端な知識ほど愚かなものはない、と言うのが俺の考えである。

と言うわけで俺は全く興味ない如月さんの素性などよりも、これから変に気を遣ったり気を遣わせたりしないように謝ったというわけである。


「如月さんは聞いてほしいのかい? そうじゃないからさっき俺が如月グループの関係者か聞いたとき複雑な顔をしたんじゃないの?」

「それは……」

「……変に思うかもしれないけど、俺にとっては他人の人生は他人のもの、俺の人生は俺のものって考えだから、正直他の人が家の事情でどうなってあろうが興味ないし、ましてや理解なんてしたくもない。突き放すような言い方で悪いかもしれないけどあの時財布を拾ったのは本当に偶然……だからもう俺とは関わらないで構わないから。余計なお世話かもしれないけど、気を遣う必要も全くないから」


そこまで言ったところで改めて如月さんを見て見ると……なぜかキラキラした目で俺を見ている。え? なんなの? 実はMでそういうこと言われてドキドキする、とかじゃないよね? それはそれで引くんだが……


「……初めて、君みたいな人は」

「はっ?」

「私と……私と同じような考えの人間と会ったのは初めて!」


えーと……何でテンション上がってるのかな。ちょっと怖いよ、てか引くよ?

同種? 俺が? 冗談、まずもってスペックの差がありすぎるだろ。勝ち組コースの人間が俺と一緒なんて、ないない絶対ありえない。


「いやいや、ありえないから? 如月さんと俺のスペックの差がありすぎるし……」

「スペック? 私と森山君の何が違うっていうの?」

「その……身分、とか?」


と、その言葉を言った瞬間如月さんの表情が一気に曇る。どうやら禁句だったらしい……


「私は……如月グループの総帥に当たる如月 総一郎の娘というこの立場を、今まで一度も幸運だと感じたことはないわ」

「え、如月さんってグループの関係者どころか……それの一番中心部の人間じゃない!?」


一番驚いていたのはヒナ姉さんだった。もちろん俺も多少は驚いてはいたが、いかんせん表情に出ない人間のため驚いているようには見えないだろう。それにしても、まさかそこまでの立場だったとは……


「ええ……でもそのせいで、私は私としての生き方をすることが出来なかった」

「……籠の中の鳥ってやつか」

「うまいことを言うのね? ……まさにその通り。私は一人娘だったために、小さい頃からひたすら如月グループの後継者となるための勉強、作法、習い事を父と同じように分刻みのスケジュールでやらされてきたわ。自由時間は一週間で僅か三時間。地獄の日々だった……」


それはなんともまあ……充実した毎日で。って突っ込んでる場合ではないのだが。なんか物凄く重たい雰囲気になっていって、めちゃくちゃめんどくさそうな匂いがしてくる。


「私は……私はただ、一人で自由に生きられればそれでよかった。お金なんていらないし、立場なんて全然欲しくなかった。でもそんなのが許されるはずもなくて、私はただ従うしかなかった。別にそれが辛いわけではなかったんだけど、それでもずっと ”憧れてた” 。森山君みたいな生き方に……」

「いや、別に大した生き方じゃ……」

「それこそが私たちの ”差” 、でしょ?」

「……そういうことか」


如月さんとの差……それはお金や地位、そんなものじゃないんだ。きっとそれは ”環境” 、彼女にとってのそれは自分の生き方すら選ぶことのできないものだったのだろう。

俺は基本的に自由に生きてきた方だったし、琴音も俺のそんな生き方を受け入れてくれた上で一緒に生活してくれている。今思えば、あれほど出来た妹は普通はいないのだろう。よし、今度ケーキでも買っていっておだててやるか。


「じゃあさっきの自己紹介も……あれは如月さんの本心だったのね」

「ええ、私は面倒事や人付き合いというのが基本的に好きではないので。クラスの活動に積極的に参加するつもりもありませんし、だからこそクラス委員など降りたいわけですが……」

「そういうことだったの……」


やっぱりなぜか親近感が湧いてしまう。てか、このままいけばあわよくば俺もクラス委員から……よし、風向きが良くなってきたぞ! このままいけば押し切れ……

と、黙り込んでしまったヒナ姉さんを見て見ると、何か考えている様子だ。……なんだ? なぜだか嫌な予感がするのだが、気のせいか?

瞬間、ヒナ姉さんは何かを思いついたように手を合わせると満面の笑みになる。


「うん……やっぱりクラス委員は二人で間違いないわね!」

「ど、どうしてそうなるんですか!?」


如月さんが席を立って力強く反論しようとするのだが、ヒナ姉さんはそんなの御構い無しといった様子で満面の笑みを浮かべたままおっとりとした感じでその反論を受け流す。


「ん? だって私の仕事は生徒に楽しい学園生活を送ってもらえるように助力することだから、かな」

「理由になっていません! 私は楽しい生活なんて望んでいないんです!」


うむ、素晴らしい意見だ! 座布団一枚を贈呈しよう。その代わりもっと言ってやるんだ!


「あらー、じゃあ私は仕事を果たせなくてこの学園から追い出されて、挙げ句の果てには無職で一人悲しく……」

「うぐっ!?」


あー、出ましたよヒナ姉さんお得意のお芝居が。わっかりやすい嘘だとわかっていても反論をさせない何かがあるんだよな。先生とかやらずに役者やっとけばよかっただろうに。

……まあ、ここは俺が一つ助け舟を出すとするか。別に如月さんを助けたいわけではないが、あいにくと俺の三年間がかかってるんでね。たまにはヒナ姉さんにガツンと……


「そうだよヒナ姉さん、俺だって……」

「 ”颯太” ?……あなたが反論できる立場だと思ってるの?」


ヒィーーー!!ごめんなさいごめんなさい!! すいませんでしたーーー!!

無理だった……完全な敗北だ。だって目が氷よりも冷ややかで、俺の心臓を容赦なくえぐってくるような目なんだもん! 心臓がいくらあっても足りねーよ!

というわけで、すっかり縮こまってしまった俺はもう反論する気も失せ、絶望に満ちた表情でその後の様子を見守ることにした。

と言っても、結果はすでに見えているわけで……


「……で、如月さんも了承してくれるかしら?」

「わ、わかりました……はぁ……」


俺たち二人は完全にヒナ姉さんの手の平の上で転がされた挙句、死の宣告をされたわけだが……もういっそ不登校にでもなってやろうかとも考えてしまう。まあ、そんな無駄の極みなことするつもりなど毛頭ないが。

ともかく、これで俺たちの望んだ高校生活はヒナ姉さんに塗りつぶされたわけで、さてどうしたものか……


「……あー、あと私今日からふー君の家に住むことにするから。よろしくね?」

「はっ!? なんで!?」

「なんでって……家族だし?」


なぜに疑問形なんだ姉さんよ。家族ということに関しては否定するつもりはないが、一緒に住むなんて……どこまで俺のテリトリーを侵食するつもりなんだ。


「はぁ、もういい……その代わり学校では区別をつけてくれよ、雪絵先生?」

「それはもちろんよ、森山君?」


とりあえずは安心……でもないな。結局はクラス委員をやる羽目になったんだし。


「話は以上ですか先生? それならば私はもう行きますので……」


如月さんは颯爽と立ち上がると、見事なまでのお辞儀をしたのち生徒指導室を出て行く。あまりにも見事な作法だったために俺もヒナ姉さんもなにも言えなかった。


「ふー君……あの子が困ってたら助けてあげてね?」


どこか不安げな眼差しで、如月さんが去っていった方を見ながらヒナ姉さんが呟いた。


「……善処するよ」


俺はそれだけ言い残すと、バックを持って如月さんと同じように去っていく。

一人残されたヒナ姉さんの顔は見えなかったが、きっと呆れながらも笑っていったはずだ。

そして、俺の灰色の生活が失われ、クソッタレの日常が幕を開けたのだった……




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