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遥かなるモブの理想郷  作者: サコロク
2/6

灰色の新生活

さあ、散々な目に遭った春休みもあっという間に過ぎ、時は高校生活の始まり ”入学式” にまで戻って来る。

入学式の朝、いつもと変わらず早起きでもなく遅く起きるわけでもなく、俺はまったりと新しい制服に袖を通していた。

高校デビューを迎える女子などはここでルンルンとなるんだろうが、まあ当たり前というか俺にとっては少しサイズの大きな正装と言ったところでしかない。

部屋に置いてある立ち鏡でネクタイを整え生徒指導に怒られない程度に緩めておく。

最後にブレザーとバックを片手にリビングへ降りていく。その際に部屋に汚いところがないかしっかり確認した後ドアを閉めた。

リビングの扉を開けると、すでに琴音が朝食の準備を始めていた。


「あ、お兄ちゃんおはよー……なんか新制服似合ってないね」

「ああ、自分でもつくづくそう思うよ。それよりも母さん達は?」

「いつも通り、世界のどこかで人助け、でしょ?」

「……あの人達は一体いつになったら落ち着いた生活をするんだ……」


ウチの親はどちらとも職業不詳、俺たち兄妹ですら何をしているか知らない。

ふらっとどこかに行ったかと思うとそのまま一ヶ月ほど帰ってこない事がザラである。

本人達曰く、人助けでアフリカ圏に行ったり、どっかの国の依頼で工作員をやっていたり、とどこまでが信用できる話なのか分からん。

春休みの間はいつもより長く滞在していたと思ったのだが……


「なんか昨日の夜慌ただしく、『北極圏に調査の依頼を受けたから行って来る』って言ってすっ飛んで行ったよー」

「もうそのまま凍結して、冷凍保存されてしまえばいいのに……」

「もうお兄ちゃん! 物騒なこと言わないでよー、本当にニュースになりそうで怖いから……」


うん、そうだな。あの人達ならなりかねないので、下手に想像するのはやめておこう。

俺は大人しく席について、飯ができるまでの時間で新聞を読む。

まず番組表を一通り確認した後パラパラとページをめくっていく。

何ページかめくったあたりで経済の部分まで来たところで、大きな見出しがあったのでとりあえず読んでみる。

そこには『如月グループ、企業統合で医療研究の進展か!?』と大きな文字で書かれていた。


「へぇー、今度は医療分野の統合か……如月グループは最近凄いんだな」

「最近っていうかー、もう何年も前から社長のワンマン経営でそれはもう凄いんだよ?」


独り言のように呟いたつもりだったはずがどうやら琴音にも聞こえていたらしい。


「お前が経済のことについて知っているのは珍しいな」

「私は流行に強いですから!」


えっへんと言いたげに得意げになる琴音に苦笑いしてしまう。


「へいへい……で、そんなに凄いのかその社長って?」

「うん、そうみたい。 ”如月 総一郎” っていう人なんだけど、普通はブラックとかになりやすいワンマン経営にも関わらず業績はトップ。分野も医療だけじゃなくてその他でもトップをいく超超有名な企業だよ。凄い企業だけに給料も物凄いらしくて友達の親がそこで働いているんだけど、労働時間も労働環境も最高なんだって」

「それはそれは……俺もそのグループの一つに就職しようかな」

「あはは、お兄ちゃんじゃ無理だよ。だってお兄ちゃん人付き合い苦手じゃん!」


よくもまあそこまで人の傷口に塩を塗るようなセリフを堂々と。やっぱこいつ嫌いだ。

ま、冗談程度に言ったことでしかないので別段どうも思わないのだが。


「でも、それだけこなしててよく倒れないな?」

「まあ秘書が奥さんだからねー、スケジュールの管理も分刻みで管理されてるらしいよ。なんでも、奥さんはもともとアメリカの領事館かなんかの秘書やってて、その社長がアメリカの企業との会談に行ってる時にあって運命の出会い的なのに落ちたんだって」

「それは、まあなんというか……どっかの恋愛小説みたいな話だな」

「うわー、お兄ちゃん恋愛小説とかも読んでんの? 引くわー……」

「読んでねーよ、一般論だよ一般論」


この生意気な妹は本当に腹が立つ。家から締め出してやろうかとも思ったが、朝昼夜飯を作る時間が増えるのは面倒なのでここは抑えておくことにする。


「ま、でも実際すごいよねー。それでここまで企業拡大しているわけだし、あながち ”愛の力” って凄いのかもね」

「恋だの愛だのに本当に力があると思ってんのか? 言っておくがあれは催眠術と一緒だぞ? 術が解ければ虚無感で今まで積み上げて来たものなんて一瞬で消え去る……」

「夢がないねー、お兄ちゃんは」

「夢だけじゃ生きていけないからな。俺はそんな催眠術にかかるくらいなら、自己暗示をかけて一生独り身で過ごす方が数倍マシだ」


だって理不尽じゃないか? それならば、そんな力に頼らずに地道に努力を積み上げて頂点にまで登り詰めた人間はどうなる? その人達は才能があるから、とそんな言葉で片付けられて良いはずがない。それはその人達に対する冒涜になるだろう。

別に俺はそういう人間になりたいわけでないが、そういう人間だっていることを知っていながらもそう言われると無性に腹ただしいのだ。


「お兄ちゃん安心して……絶対にお兄ちゃんにはそういう出会いはないから!!」


めっちゃキメ顔でグッジョブしてくる妹に殺意を覚えながらも、あえてスルーする。


「安心しろ、お前が義姉さんと呼ぶ存在は現れないから」

「あはは、なんかお兄ちゃんテンション高いね」

「そうか?」


自分自身では分からないが妹の目にはそう映っているらしい。

まあ妹に対する返しがやけに冴えているとは思ってしまうが、別段自分が気にするほどのことでもないのであまり考えなことにする。


「……っと、お兄ちゃん朝ごはん出来たよー」

「おう……」


読んでいた新聞を折りたたんで机の端に置くと、俺と琴音の分のコップや箸の準備を始める。

ご飯を二人分盛り終わって机に向かうと、すでにおかずと味噌汁、サラダが準備されていた。

今日のおかずはスクランブルエッグにベーコンという洋風な朝飯なのだが、味噌汁があるせいで和洋が混ざってしまっている。まあ、そんなことは気にしないけど。


「いただきます」

「いただきまーす!」


いつもと変わらない二人だけの食事。基本的には食べている間は会話はない。

時々、味がどう? とか、美味しい? とか聞いてくることはあるが、その時は素直に美味しいと答えておく。そうすれば、琴音の機嫌も良くなるし俺も無駄な会話をしなくてよくなる。


「……あっ、でさーさっきの話の続きなんだけど」

「続き?」


珍しく喋りかけて来た琴音に少し疑問を思いつつもとりあえず聞いてみる。


「うんうん……なんかね今度駅の近くに如月グループのデパートができるらしいよ。それでね、それの打ち合わせとかも兼ねて来てるんだってー」

「来てる? 誰が?」

「だーかーらー、如月 総一郎!!」

「ああ、そう……」

「そう、って……随分あっさりとしてるんだね?」

「だって、興味ないし……」


たかがお金持ちの大企業の社長がこの近くに来てるといって俺たちになんの影響がある?

むしろなんの関係もなさすぎて話題に上げる価値すらない、と俺は思ったのだが。


「ふーん……ま、そうだよね。でもその社長さん、しばらくこの街に住むらしいよ?」

「へー、そうなのか……」

「噂によると、今度できるデパートはアウトレットみたいな感じになって、世界中から色んなブランドが集まるんだって!」

「テンション高いな」

「そりゃあ女の子ですから。そういう事にはウキウキしちゃうでしょ」

「そんなものか?」

「そんなものです」


イマイチ女子が求めるイマドキとか流行りとかというものは俺には理解しがたい。

確かにファッションとは異性を判断する上で大切なものなのかもしれないが、それだけで判断するような異性ならば縁を切った方がマシだ。

異性はおろか同性にも友達のいない俺が言うのもなんだが、そんなのは ”友達” ではないだろう。


「まあ、インドア派の俺にとってはどうでもいい情報だけどな」

「どうでもよくない。お兄ちゃんがいなかったら誰が荷物持ちするのさ?」

「……それ最早お兄ちゃん扱いしてないから」

「これでも私お兄ちゃんをなかなか評価してるんだよ? ……荷物持ちとして」

「お褒めに預かり光栄です」


しばく、この妹絶対後でしばく。

おつかい程度ならまだしも荷物持ちなどというエネルギーを使うことをさせられては、運んでいる途中で活動限界を迎えてしまう。そうなれば大変なのは琴音であるわけだが、俺としてもそんなみっともない姿を知らない人に見せるのもやぶさかではない。


「……どうせできるのは何年後かなんだろ?」

「ううんそれがね、どうも四ヶ月で出来るみたい」

「……はっ?」


四ヶ月といえば一年の三分の一なわけであって、普通の家を建てるのにそれぐらいかかるからいくらなんでも……


「このプロジェクトは結構大きいので、如月の全力を持ってやっていきたいと思います……ってテレビで言ってた」

「マジかよ……」


やはりワンマン経営でここまで登り詰めた人間のする事は凄まじいらしい。

それだけの規模を四ヶ月とは驚きを通り越して、敬意を評してしまいかねない。絶対そんなことしなけど。だってエネルギーを大量に使いそうな生き方だし。

まあ、ともかくこの街、 ”桐ヶ丘市” に新たに大きなデパートが立つということは決定事項らしい。


「ここら辺も賑やかになるねー」

「……勘弁してくれ、外に出にくくなる」

「あれ、インドア派じゃなかったっけ?」

「インドア派にも外に出ないといけない時だってある」

「そんなもの?」

「そんなものだ」


という風にいつもはしない無駄なおしゃべりを一通りした後、食事を食べ終えた俺は流しで食器を洗う。

それを終えたら颯爽とリビングを去り洗面所に向かった。

とりあえず顔をはじめに洗い、その後歯磨きを始める。歯磨きをを終えたら鏡を見ながら寝癖がないかを確認した後少しだけ髪の手入れをした。無駄な事はしない俺だって身だしなみ程度はきちんとしている。

全て終えたらリビングに戻りブレザーに袖を通しボタンをきちんと止めた。初めて着たそのブレザーは予想以上にぴったりで、ダボっとした感じもなく着心地が良かったのだが……


「あはは、やっぱりお兄ちゃん似合ってない!!」

「うるさいぞ、お前もとっとと準備しろ……」

「はーい」


とは言いつつも、琴音はいつもは早起きであらかたの準備を終えた後朝ごはんの支度を始めるので準備すると言ってもせいぜい歯磨きと髪の手入れ程度だろう。

洗面所に向かった琴音を待つ間、俺はバックの中をもう一度確認する。中には、入学に関する要項が書かれたプリントやその他の書類がファイルに入ったものと、筆箱が一つだけと予想以上に何も入っていない。

教科書に関しては入学式の後貰う予定なので帰りはエネルギー消費が多くなることを見積もっておかなければいけないだろう。

と、思っていたら洗面所から琴音が戻って来た。その服装は見慣れた ”桐ヶ丘女子中” の冬服で、なぜかわからないが琴音にピッタリな感じな服装に見える。まあ、こいつ自身この制服のためにわざわざ受験してまで桐ヶ丘女子に入ったわけなのだが。


「どしたのお兄ちゃん? もしかして見惚れちゃった?」

「そうだな、そんな日がいつか来るのかもな」

「素直じゃないねーお兄ちゃん。そんなに照れないでもいいのに……」

「無表情な俺が照れてるって言うのか?」

「私を誰だと思ってるの? 森山 颯太の妹だよ? 何年一緒にいると思ってるのさ」

「……参りました」

「よろしい、じゃあ行こっかお兄ちゃん?」


どうやら俺はこの妹にはどうやっても勝てない運命らしい。まあ、負けるのも兄としての仕事だ、と納得させておくことにしよう。

促されるがままに琴音とともに家を出た俺は鍵を閉め、先に門を出ていた琴音のもとへ少しだけ早足で歩く。

俺がこれから通う高校、 ”桐ヶ丘高校” の通り道に琴音が通う桐ヶ丘女子はあるので、登校の際は一緒に行くことにしている。別に回り道でもないので別々に行く理由もないし一緒に行こうと琴音が提案してきたのだ。俺は構わないのだが、琴音がそんな提案をして来るとは思ってもいなかった。


「もうお兄ちゃん遅いー」

「はいはい、とっとと行くぞ……」


待たせていたにもかかわらず俺は先にスタスタと歩き出す。


「あ、もー待ってよ!」


先に行く俺を追いかけるように駆けて来た琴音は俺の隣を歩き始める。いや、俺としては身長差がバレてしまうのでやめてほしいのだが、まあこいつがいいのならそのままにしておこう。

と、しばらく歩いたところで見知った人物が前に見えた。あの少しだらしない歩き方、ブレザーの下に着込んだパーカー、いかにも高校デビューを目指している感じの男の姿だった。

すると、その男が不意に後ろを振り返って来たかと思うと、猛烈な勢いでこっちに迫ってきた。


「おーーーー!! 颯太じゃねーか! それに琴音ちゃんも!」

「おはようございます、涼太さん」


テンション高めのこの男は、俺の近所に住んでいる男で、自称俺の友達の ”辻 涼太” である。自称と言うのは俺がこいつを友達と認識していないからである。中学の時もモブ仲間だとかどうたらこうたら言って俺に話しかけてきていたのだが、無駄なおしゃべりをしない俺はいつも適当な返事で流してきていた。今も、琴音が挨拶をしたので俺は何も話さずスタスタと歩いて行く。


「お、おい颯太待てよー」

「断る、行くぞ琴音ー」


後ろを見向きもせず俺は歩みを止めなかった。そうする必要がないし、必要だとも感じない。

ひとりでに歩き始めた俺に二人は慌てて横に並んできた。


「連れないな、颯太。何かあったのか?」

「お前こそ高校デビューのために張り切ってんのか?」

「そりゃあそうだろ。だって高校だぜ? バラ色人生の幕開けかもしれないんだぞ?」

「やっぱお前もそっち側か……まあとにかく、万が一もないと思うが、俺と同じクラスになっても話しかけて来るなよ」

「おいおい、そりゃひでーぞ!?」


知ったことか、俺は俺が望む高校生活を送るんだ。それを侵害してこようものなら全力で拒絶し続ける。


「そうだよお兄ちゃん、ほら涼太さんに謝って」

「琴音ちゃんはいい子だな……ほら颯太、今なら笑顔で許してやるからほら」


何ニヤニヤしてんだよこの男は。俺が琴音に言われたからって簡単に従うと思ったか?


「ああ、すまん……じゃあな、俺は急ぐから」


はいオッケー。とりあえず言われた通り謝ったし問題ない。

俺は早足で目的地へ向かってただひたすらに足を進める。

琴音? 涼太? 知ったことか。モブであるためには目立つ行為は避けたい俺は、できる限りみんなが登校して来るであろう時間に合わせて学校に入るつもりなのに、ここで無駄な時間を過ごしてはいられない。

周りの音を遮断するために俺はポケットに入れていた音楽プレーヤーにイヤホンをつないで周りの音を聞こえなくした。流す音楽はロック、ではなくインストゥルメンタルの静かな音楽だ。

本来こういう歩き方は危ないのだが、一応俺は周りを警戒しながら歩いているので人にぶつかる心配は多分ない。

後はさっさと学校へ向かうだけ……のはずだったのだが。

突如、右腕が思い切り引かれて俺はとっさに片耳のイヤホンを外し引かれた右腕の方を確認する。


「もぉー、お兄ちゃん自己中すぎ」

「なんだよ琴音、俺は早く学校に行きたいだけだ」

「だーかーらー、私と一緒に行くって約束したじゃん。嘘つき」

「嘘はついてない、現に一緒に行ってたじゃないか」

「一緒にってのは、おしゃべりをしたりしてってこと!」

「それお前の定義だろ? 俺は……」

「あーもう、そういうインテリっぽい発言嫌い! だから……」


と、琴音がいきなり俺の右腕に抱きついてきた。

まずい、これは俺が嫌いなアレな展開になるわけで、それはつまり俺のモブとしての……

って色々と考えてるうちになんか非常に俺に対する視線が集まり始めた気がするのだが!


「お、おいやめろ琴音!」

「だーめ、今日の自己中なお兄ちゃんへの罰だよ」


さっき少しでもこいつに勝ったと思った俺の考えを訂正する。俺は絶対こいつには勝てません。

結果として俺は自分で自分の首を絞めてしまったことになるわけだが、問題はそこではない。

そう、まず一番問題なのは……


「おっ、羨ましいな颯太! 美人の妹とイチャラブ登校とか、バラ色な高校生活の始まりじゃねーか!!」


こいつとも関わらないと言ったが前言撤回。こいつは絶対後で締め上げる。

そんなことより、ここはみんなが使う通学路なわけで、当然周りには桐ヶ丘女子の生徒はもちろん、桐ヶ丘高校の生徒だっているのだ。

しかも、よりにもよって俺が選んだ時間は一番人が多い時間だったため周りには相当な数の生徒がいた。

最悪の一日の幕開けである……


そこから琴音の桐ヶ丘女子までは本当に地獄だった。俺のエネルギーメーターの二割がこれによって削られる。

視界に桐ヶ丘女子の生徒が増え始めた頃、やっと地獄から解放される時間が来た。校門が見えて来た時に俺は心からホッとすることができ、同時にここまでずっと俺の腕から離れなかった琴音にフンッとはなで一蹴してやりたい気持ちになったが、やめておく。だって、後での仕返しが怖いんだもん……


「おい琴音、もう学校だから流石に離れた方がいいんじゃないのか?」

「んー、どうしよ」

「どうしよ、じゃなくて離れるの、オッケー?」

「ノー……と言いたいけど、そうだね。私もブラコンって思われるのは流石に……」


どの口が言う、どの口が……

だが、言葉の通りに琴音はサッと俺の腕から離れて隣を歩き始める。とりあえず一安心だ。

校門も間も無くとなったところで何故か琴音が立ち止まってバックを漁り始めた。


「どうした? 忘れ物か?」

「忘れ物はお兄ちゃんの方……ホレッ!!」


琴音がカバンから取り出したのは、風呂敷に綺麗に包まれた ”弁当” だった。


「毎日は作れないかもしれないけど、せめても最初の日ぐらいはね?」

「ほー、助かる」

「残さず食べるんだよ? もし残して帰って来たりしたら二度と作ってあげないからねー」

「そんな無駄が多いことするわけないだろ? ま、サンキュー」

「お兄ちゃんへの愛を込めて作ったからねー、味わって食べるのだ」

「……どうせ1パーセント程度の愛だろ?」

「そう言うデリカシーのないこと言ったから愛と言う名の調味料は全部消えましたー」


そんな能天気なことを言いながらも琴音の作る飯は、まあ普通に美味い。

小学生の頃から作り続けて来ただけあって、家庭の味というのがピッタリな料理ばかりだ。

俺も作れないことはないが、やはりそれはスペックの差である。


「じゃあ、私はここでお別れだから。モブな高校生活をせいぜい充実することだねー」

「ふむ、割といいこと言う妹は好きだぞ?」

「ゲェー、気持ち悪い……それじゃあね」


そう言って手を振ると琴音は足早に学校に入っていった。それにしてもひどい言い草だ、珍しく見直したというのに。

受け取った弁当から伝わってくる暖かさは今朝作ったもので間違いなく、手作りの温かみが感じられる。


「お前ら本当に兄弟か? 側から見ればバカップルか学生夫婦にしか見えないぞ?」

「あ? お前の目は腐ってんの? 眼科にでも行ってこいよ……」

「……お前琴音ちゃんいなくなるとめっちゃSになるのね。今更になって知ったわ」


俺がS? いや違う、俺は通常運転だ。涼太がそう思う理由は俺ではなく今日の琴音のせいである。

何やら今日の琴音のテンションはおかしかった。あいつが俺の小さな変化を気づくように俺だってあいつの変化ぐらいすぐ気づく。

……ま、そんなことは俺にとっては関係ない。

とりあえず、人が多いところは嫌いなので俺は早々に桐ヶ丘女子の校門前を去り、これから幕を開ける新生活の場所へと向かうのだった……



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