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不確かなノイズ  作者: チョコレートブラウニー
25/28

鶴田浩二似の東北訛りの刑事、そして「運命共同体」

 「ヒガシオさん、ごきげんよう」

 「奥さま、お元気そうですね。お顔の色もよろしくて、少しふっくらされたのではないですか?」

 彼は、冷蔵庫からペットボトルの麦茶を取り出して私に勧めながらにこやかに言った。

 「ありがとうございます。一時期のように、正体もわからないまま騒音被害に苦しんでいた時とは気の持ちようが違うわ」

 もしかしたらハリモト君のことが心にざわめいて、人にはそんな風に映っているのかもしれないと思って目を伏せた。


 「奥さま。奥さまにはもうすべてご報告しますけれど、昨日、私のところに東北から刑事がきました」。

 「えーーー!」

 私はコントのように驚いた。

 ヒガシオさんは私の驚きと喜びが収まるまで口を真一文字に結んでじっと直立して待っていた。

 「で?どんな感じでなんて言っていったの?逮捕するって?」

 「グレースマンションを購入した経緯について聞かれました」

 購入前にはササキエイイチとサトウユカリがそろって下見に来たこと、代金は全額現金で支払われ、その金を持参したのは、先日あの部屋のバルコニーから飛び降り自殺した従業員のアサダミキだったことなどを話したという。

 「サトウユカリのことは何か言っていた?」

 「はい、十数枚の写真を見せられて“この中にサトウユカリはいるか?”と聞かれました」

「へ~」と私は感心した。「サトウユカリの写真だけを見せて“これはサトウユカリだが知っているか?”なんて聞き方をしたら誘導尋問になるものね」

 「そうですね」

 「ね、その写真って、サスペンスドラマみたいに、隠し撮り風の写真なの?車から降りてちょうどサングラスを外した瞬間とか」

 「いいえ、免許証のような証明写真でした」

 「ふ~ん。ね、刑事さんてカッコよかった?」

 「カッコよかったです」

 「ほんとなの?」

 「本当です。イケメンでした。鶴田浩二に似ていました」

 「ふ~ん」

 鶴田浩二はわりに好きだ。

 「それじゃぁ、サトウユカリも逮捕されるのね?」

 「それはわかりません」

 「どうして!」

 「サトウさんは直接かかわっていないかもしれませんし、横領した金で買ったものだとは知らなったと言えばそれまでです。事実知らなかったのかもしれませんし」

 「知らないわけはないでしょう?」

 「知らないわけはないと思います」

 「あとは?なんか言ってた?」

 「東北地方特有のイントネーションがすごく優しく穏やかな感じで、こんなおっとりした刑事さんで大丈夫かしらとも思いました」

 「へぇえ」

 私は鶴田浩二ふうのハンサムな刑事が東北地方のイントネーションで物静かに取り調べる様子を想像してみた。


 「ヒガシオさん、明日、メディアエキスプレスの記者を連れてくるわ。ヒガシオさんの知っていることを全部話してほしいの」

 「奥さま、お許しください。それだけはご勘弁を」

 ヒガシオさんは派手に取り乱した。右手を大きく振りながらへっぴり腰で三、四歩後ずさりし、目を丸くしておでこにしわを寄せた。

 「今グレースマンションにお住まいの皆さまはすべて私がお世話をさせていただきました。知らなかったとはいえ、あのような方たちに仲介してしまったことで多大なご迷惑をおかけしたと思っております。今後事件が明るみに出たら、あのマンションの資産価値も下がることでしょう。現に、飛び降り自殺者が出たことで、あの棟の売却物件が契約寸前でキャンセルになっています。もしかすると、私は彼らの正体を知っていながら仲介したのではないかとお思いになる方もあるかもしれません」

ヒガシオさんは肩を落とした。

 「何を言っているの、ヒガシオさん。申し訳ないと思うのならなおのこと、事件解決のために協力をするべきです。ヒガシオさんの情報は重要です。もうここまできたら前へ進むしかないでしょう。私たちは運命共同体なのですから」

 「だめです、だめです!テレビになんか写ったら私はもうこの先仕事をしていくことができません。サトウさまにもまた近いうちにお会いする用事だってないとはいえません」

 「大丈夫よ。首から下の手元しか写さないし、声だって変えるから」

 私は手を空手チョップのような形にして小刻みにのど元を叩き、声を変えてテレビのインタビューに応じる匿名の誰かの真似をしてみせた。

「運命共同体ですか」。

 ヒガシオさんは肩をおとしたままつぶやいた。

「そうよ。運命共同体って言葉、なんかカッコいいでしょう?」

「そうですね、わかりました」。

「では明日」。

案外あっさりと納得してくれたことで、私は明日、間違いなくハリモト君をここへ案内できると思ってひと安心した。

「奥さま!」。

事務所を出ようとした私の背中にヒガシオさんの少しうわずった声が追いかけてきた。

 「奥さま、お気をつけになってくださいね。本当はこのようなことは警察に任せておけばよろしいのですよ」。

「警察に任せておけないから私がこうして探偵まがいのことをしているんじゃないの」。

ヒガシオさんの言葉が終わらないうちに私は叫んだ。

「さようでございますね。では、くれぐれもお気をつけてくださいよ。ご主人さまも心配していらっしゃるのではないですか?」。

「過去にも、マスコミの報道が先行して、逮捕に繋がっていった事件があるでしょう?これがそのケースだわ。明日連れてくる記者はこの事件を最初から深く追っているの。私の同級生なのよ。では明日。ごきげんよう」。


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