あなたの顔首(がんくび)がほしい
今、私が一番ほしいものはサトウユカリの顔写真だ。
私は早急にそれを手に入れなければならない。天井からは今夜も物音が響いている。来る日も来る日も、私はその音が始まるといつも同じようにイライラする。胸の鼓動を聞きながらただじっと耳を澄ませる。でも近頃ではすぐに思い直してほほ笑む。そしてそのうちに声を出して笑う。
私はバルコニーに出てひときわ明るくきらめいている中心部の繁華街の方に目をやった。あの灯りのどこかで、サトウユカリは生活の糧を得ていたはずだ。当初から私はそう思っていた。昼と夜とで違う顔をして、どこか小さな灯りの下で安い酒を提供し、呼吸をするように嘘をついて、その対価に偽りの愛と金を手にしていたはずだ。彼女の悪趣味なミニスカートと疑り深い目を見ているうちに、私は少しずつ、彼女が隠しているつもりの心の奥深くにある何かを肌に感じるようになってきた。その何かは、本当は私の心の奥底にもあって、自分でも気づかないふりをしていたものと似ているような気がした。
ハリモト君は彼女を、チャンスがあるにもかかわらずわざわざ隠し撮りまではしようとはしない。番組に必要かと言えばそれほどでもないのだろう。もちろん本丸はササキエイイチだが、私にとってのそれはサトウユカリだ。彼女はなぜ妻子のあるササキエイイチの愛人になり、子どもを設け、私的流用した金で買ったマンションに数人の従業員とともに他人家族のようにしてここに暮らし、頻繁に深夜に荷物の出し入れをしているのか。どんな両親にどういうふうに育てられたのだろう。彼女の身に起こったことは、すべてあらかじめ決められていたことで、選択肢はなかったのか。
サトウユカリを知る人物を探して、私はこれまで多くの知り合いに声をかけてきたがまだよい情報は届かなかった。彼女と私は同じくらいの年齢だろう。もし私たちがクラスメイトとして出会っていたら親しくなっただろうか。悩みを打ち明け合っただろうか。私は声をかけておいたユミコに連絡をした。
「何かヒントでもつかめなかった?どんな小さなことでもいいのよ。あの界隈にいたらしいとか、どこそこの誰かが間接的に知っているらしいとかさ」
「ごめん、ここのところ忙しくてそれどころじゃなかったのよ。やっと落ち着いたから、これまで声をかけておいた人たちに様子伺いでもしておくわ」とユミコは、電話の向こうでせわしなく動きながらそう言った。
「でもねアサヒ、この問題の主人公はあくまでもササキエイイチなのよ。本人が犯罪を犯したからといって、その家族や恋人までもが糾弾されるものではないわ。今のアサヒは、被疑者の愛人が近所に住んでいてうるさくて目障りだからという理由だけで大騒ぎしているようなものよ。共犯者なら別だけれど、今の時点ではそれははっきりしない。マンションの件だって知らないのかもしれないじゃない。ま、それは多分ないと思うけれどね。でも仮に知っていたことが分かったとしても、どこまで罪に問えるかというとまた難しいでしょうね」
「サトウユカリは共犯よ。だから近く必ず来るであろうXデーのために材料をいっぱい集めておきたいのよ。そうすることが私の慰めにもなるの。ただじっと耐えているだけなんて、そんなばかばかしいことはしたくないの」
そう言ってから自分でもその通りだと思った。ただ騒音に耐えているなんて丸損だ。
「それにね、ハリモト君に会ったのよ」
私はついでのようにそう言った。ユミコは「そう」とだけ答えた。彼女は、私とハリモト君のこれまでのことをよく知っている。
「今度話すわ、サトウユカリの件もよろしくね」
その翌々日、シンコからメールが届いた。タイトルは「グットニュース・フォー・ユー」だ。
「彼女は2011年から2013年の春まで、二十丁目にある”楽園“っていうスナックに勤めていたらしいわ。検討を祈る」
私はパソコンのメール画面から視線をそのまま西側の窓の下に移した。二十丁目といえば、今見下ろしている光の海の中のすぐそこの一角だ。街の中心部にある最も賑やかな繁華街から、二㎞ほど離れたところにあるこじんまりとした歓楽街だ。2013年の春までいたということは、ここに越してきてからも数か月間は働いていたということになる。だとしたら、ハリモト君が言っていた、彼女が勤務実態がないにもかかわらず給与を受け取っていた可能性がある時期と重なる。雇い主に出勤簿などを提供して証言してもらうことができたら、またひとつ彼らの嘘をあばくことができるということだ。二十丁目の歓楽街までなら歩いて通っていたのだろう。私はすぐに身支度を整えてその店に向かった。