家庭という名の密室
翌日の夕方、私たち四人は大通り駅前にある日本料理店で会った。
ヨシダサチコの両親は結婚当初からふたりで小さな印刷会社を営み、ひとり娘のサチコを育ててきたという。
「サチコが大変なご迷惑をおかけしています」
五十代後半と思われる飾り気のない、少し疲れたような表情をした両親は、そう言いながら地元の有名店のものだというお菓子の箱を差し出した。私はそれを笑顔で、でもとても複雑な気持ちで受け取り、先日、駐車場にいるところを隠し撮りしたサチコの写真を手渡した。母親はそれを思いがけなかったらしくとても喜んでくれた。輪郭もぼやけた彼女の写真を長いこと見つめ、やがて涙ぐみ、少しやせたみたい、とつぶやいた。
「彼女は使いっぱしりをさせられているように見えますわ。いつも同じ服を着ているし、いつも大きな荷物を持っています。幸せそうには見えません。私はサチコさんのことを、サトウユカリ同様よくは思っていませんでしたが、きょうお二人にお会いして、私は彼女の笑った顔を見てみたいと思いました」。
「ありがとうございます」
そういって母親はまた涙を流した。丸く、大きな目元がキミコにそっくりだ。唯一救いなのは、サチコがメールを受信拒否にはしていないことだと言った。
「この二年半、全く返信はありませんが、私からのメッセージは読んではいるのだと思います」。
父親はサチコ奪還のために相談しているという地元の弁護士に提出するために自身で作成した十数枚にもわたるレポート用紙に印刷された資料を見せてくれた。サチコがチャイルドネットワークに転職した経緯や、両親が二度に渡ってこの地を訪れ、奪還を試みるも警察を巻き込んで追い返されたエピソードなど。
ハリモト君は、彼女の両親からずいぶん頼りにされているように見えた。ハリモト君にとってサチコの両親は、追及中の取材対象者の両親であり、重要な情報源であり、でもまた一方では個人と個人のつながりでもある。両親の心情を思いながらも、知り得た事実は報道するし、あるいは”取引“という名のもとにあえて公にせずに胸の中に留めておくこともあるのだ。
サチコとこの両親はどんな親子関係だったのだろう。どことも似ていない、家庭という名の密室だ。
「サチコさんは、、、」
と言ってから私は次につなぐ言葉を慎重に探す。
「ご両親の反対を押し切って地元を離れ、ササキエイイチの事務所に就職して突然連絡を絶つわけですよね?その前に、何かきっかけになるようなことはあったのですか?それとも、お父さまか、お母さまと以前から意見が対立していたことがあったとか」。
母親は私の言葉をさえぎるように大きく首を振った。
「全く思い当りません。本当に素直ないい娘だったんです。それはまわりのどなたに聞いていただいても皆そう言ってくれます。ある日突然なんです。訳が分かりません。きっと脅されているのだと思います。軟禁状態なのではないでしょうか」
私は目を伏せた。ハリモト君も何も言わなかった。ただはっきりしていることは、彼女の両親は彼女を愛している、それは間違いのないことだった。私は母と二人だけで過ごした日々を思い出した。その時の匂い、手触り、息苦しさを。