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4.地下監獄、最後の砦

「お前さっき看守の服着てたよな? つまりお前をここに置いておけば囮にできるってわけだ」


 僕はてっきり囚人に変装した看守かと思ったが、違っていた。


 囚人は僕を担ぎ、入り口に向かって走る。

まさか、利用したはずの囚人に利用されるなんて。

因果応報とはこのことだろうか。さらに、後ろから看守の声と足音が聞こえてきた。

まずい、このままだと捕まる。


「入口の扉は暗証番号式だ。間違えたらここから出られなくなるぞ」


 僕は冷静に言った。


「は?」

「僕は弱い。見つかったらすぐ捕まる。時間稼ぎにもならない。でも僕は暗証番号を知ってる。そうでもなきゃ脱獄を計画しない……ここは僕を囮にして無駄な時間を使うより、僕と協力した方が賢明だと思うけどな」


 僕を担ぐ腕の力が緩んだ。


「僕がいなかったら脱獄すらできなかったくせに。お前だって看守には勝てないだろ」

 と言うと、囚人たちが僕を下ろした。


「さっさと暗証番号を打て」


 考える時間がないからか、囚人はあっさり僕の説得に応じた。


「お前は看守が来ないか見ててくれ」


 囚人が後ろを向く。

僕はすぐに腰の警棒を取り、思い切り囚人の頭を殴りつけた。

囚人は気絶した。


 この扉に暗証番号など、最初から存在していない。

全部僕がとっさについた嘘だ。

この囚人がここに倒れていれば、少しだけ僕を追ってくる看守の気を逸らすことができる。


本当の関門は、外に出て、電気の流れる柵を乗り越えることだ。

他の囚人の体重で壊す予定だったが、それはできなくなりそうだ。


 何年ぶりか分からないが、久しぶりに外に出た。

入口から柵までは50メートル程何もない地面が広がっている。

ここは一気に走って突破する。立ち止まるのは自殺と同義だ。


 僕は一度深呼吸し、地面を蹴る。

既に、二人の囚人が柵に辿りついている。

僕は二人がいる方向に向かって走る。

半分くらい走った時、少し後ろを振り返った。

不思議なことに、誰もいない。


 すると、発砲音と共に何かが僕の顔を掠めた。虫だろうと思って僕は向き直る。

しかしすぐに何かが頬を滴る感覚がして、まもなく口の中に鉄の味が広がった。


「え……?」


 鋭い痛みが気になって顔に手を触れると、僕の指先が赤く染まっていた。


 僕が再び後ろを見る前に、二度の発砲音が続く。

銃弾は柵をよじ登る囚人たちを簡単に射抜いた。

何の断末魔もなく、二人の囚人は倒れた。


「A0344番、脱獄できるものならしてみなさい。したらこれで撃っちゃうけど」


 先程振り返った時はいなかった、一人の女。

それが僕の目の前に立っている。

その人物が誰か、僕はよく知っている。


「看守長……」


 死刑執行の日、僕の前に現れるはずだった人物だ。


「いくら囚人とはいえ、看守長が銃で殺すのは犯罪じゃないのか?」


 僕は余裕を装いながら、必死に打開策を考えていた。

看守長がこんなところで待ち伏せているとは思わなかった。


「死んでないわよ。急所は外してあるし。脱獄しようとしたんだもの、ちょっとぐらい痛みが伴わないと、罰にならないじゃない」


 そう言って、看守長は銃に弾を込め直した。


「僕も撃つのか?」

「そうねぇ……そこはちょっと迷ってるのよ。あなたのせいで、大切なアンダー・ジェイルが燃えちゃったわけだし、看守たちも火事とあなたの優先度が分からなくなって、パニックになっちゃったのよね」


 看守長は顎に手をあてて、首を傾げた。


「……何を迷うことがあるんだ?」

「迷うに決まってるじゃない。あたしはあなたが無罪だってこと、知ってるからね。あなたさえここに入れなかったら、アンダー・ジェイルが燃えることもなかったわけだし」

「無罪って分かってるなら、何で死刑判決なんか……」

「だって、賄賂を受け取っちゃったし」


 賄賂? と僕は頭の中で聞き返した。


「あなたもついてないわね。真犯人の恋人と知り合いだっただけで濡れ衣着せられて。それでせっかく脱獄してここまで来たのに私に見つかってさ。ほんとについてないわ」


 誰かが、僕を嵌めたということだろうか。

つまりそれがなかったら、僕は逮捕されることも、死刑判決を受けることも、このアンダー・ジェイルに入れられることもなかったということだ。

真犯人へのやり場のない怒りが込み上げてきたが、ここで発散する暇はない。


 看守長がにやりと笑った。

ただ嫌な予感がして、僕は横に走り出す。

銃口が僕の走る先を向いている。


「でも、脱獄は有罪よね」


 僕がとっさに立ち止まると、すぐに二回の発砲音が響く。

銃弾は僕の前の空間を貫いた。

もし走り続けていたら間違いなく撃たれていた。


「せっかくあなたの好きそうな話をしてあげたのに、ちゃんと最後まで聞きなさいよ」

「聞いたら撃つんだろ」

「そうね……あれ、弾切れ?」


 看守長が次の銃弾を装填している間に、この状況を打開できるものがないかと周囲を見渡す。

逃げ道は当然塞がれているので除外する。

次に障害物を探す。

後ろに囚人を運んできた車が停まっている。

利用できるのはこれだけ、そうと決まったら走るしかない。


 ここから先はどんな策略も通用しない。

なぜなら、今駆け出すこと自体が僕の策略になるからだ。


 この看守長は無意識に僕の走る一歩前を狙う。

それを利用して、僕は車の少し手前を走る。

再び二回の発砲音が響く。

足に鋭い痛みが襲うと同時に、僕はその場に転ぶ。

一発が、僕の足を撃ち抜いていた。

しかしもう一発が、車に向かった。


「しまった……」


 看守長の銃を持つ手が降りる。

車は一瞬の間に小さな爆発を起こし、炎上した。

火の粉が僕に降り注ぎ、顔や腕に火傷を負う。


 僕の意識は、足の痛みや火傷より穴の開いた柵に向かう。

冷静になれば痛いだろうが、今はあまり痛みを感じない。

すぐに立ち上がって、穴に走る。

さらに多くの火の粉が降ってきたが、気にしていられない。


 僕が穴を潜り抜けると同時に、車がさらに炎上した。

この車といい火炎枕といい、僕は炎に好かれているようだ。

この車のおかげで、看守長は門を開かなければ僕を追うことができない。


 僕は市街地に出てから、背後を振り返る。

アンダー・ジェイルからは煙が昇っている。


 怪我をした足は目立つ。

僕は傷に服を巻きつけて、市街地を走る。

ここでは僕の顔を知る一般人はもちろん、僕の怪我を心配する人ですら看守と同等だ。


 まもなく、僕の脱獄が報道されるだろう。

そうなる前に、僕はこの国を出る。

そこから先はどうなるのか、僕には分からない。

だが、明日死ぬより良い時間を過ごせるはずだ。


 僕の地下監獄アンダー・ジェイル脱走計画は、成功を収めた。

治療できない足一本と、一緒に脱獄しようとした囚人たちを代償に。

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