3.地下一階、集団脱獄
地下一階への階段を上がった時、目の前で鉄格子が降りてきていた。
僕はかがんで、鉄格子をなんとかくぐりぬける。
しかし僕の脱獄が発覚した今、地上に通じる階段は鉄格子で塞がれてしまった。
看守用の鍵はあるが、これでは階段に通じる鉄格子を開けられない。
警戒が解かれなければ、この鉄格子は開かない。
警戒レベルを上げるボタンは、看守用の鍵で開くことができる。
警戒を解除すれば鉄格子は開き、サイレンは止まる。
無論、看守たちの警戒は解けないが、鉄格子を開かなければ活路は開けない。
警戒を解除するには、ボタンに辿りついて鍵を開けるだけの時間が必要だ。
今ボタンに向かえば、この階の看守に見つかって捕まるだろう。
時間を稼ぐため、僕はすぐ近くにあった囚人の独房の鍵を開けて、中に入る。
中では男の囚人が一人横になっていた。
地下一階にいる囚人は二階に比べると比較的罪の軽い者が収監されている。
独房を隔てるのは鍵のかかった扉一つで、鉄格子はない。
この地下監獄で最も広いフロアだ。
「お前、少し手伝え」
「え……?」
男の囚人はきょとんとしている。
地下一階の囚人は看守の顔を覚えていない。
死刑囚は毎日看守が来ることを恐れているので嫌でも覚えているが、彼らは来て間もない。
僕が来ても脱獄した死刑囚だとは思わない。
僕は囮に看守を引き付けてもらっている間、警戒を解除する作戦を取ることにした。
心配なのは、二階の看守たちが『僕が看守に変装していること』に気づいているかどうか、そしてそれが一階の看守に伝えられているかどうかだ。
「三階で火事が起こった。ここは消防が来るまで時間がかかる。ここの人間でできる範囲で消火する」
「はぁ……?」
男はため息交じりに僕を睨みつける。
納得がいかないらしい。
「安心しろ、報酬金は出す」
「はいはい」
報酬金という単語を出すと、男は渋々立ち上がった。
「階段から地下三階へ向かって、そこで看守の指示に従え」
僕は周囲に看守がいないことを確かめると、扉を開けて男を出す。
男が階段へ向かうのを横目で見つつ、ゆっくりと反対側に進む。
「おい、扉が閉まってるぞ!」
男が声をあげる。
「今開けてくる」
僕は警戒レベルの制御装置に向かって走り出す。
ここはあえて他の看守に見つかる。
しかし至近距離は駄目だ。
遠目で見つかるようにする。
「どうしたんだ?」
走る僕を不思議に思った看守が、隣の廊下で立ち止まる。
「D0146番が脱走した! 警戒レベルを5に上げる!」
僕は走りながら、男に聞こえないぐらいの声量で言う。
「二人目か!?」
看守に顔を凝視される前に、走り出す。
「おい!」
看守に呼び止められた。
しかもかなり怒鳴り声で。
どうする、走るか。
いや、ここで逃げたところで警戒は解けない。
すぐに捕まるだけだ。
冷静になって、最善の道を探し出すしかない。
僕が振り返ると、看守は階段の方を指さした。
「どこ行くんだ? 制御装置はあっちだぞ」
「すいません!」
これ以上質問されたらボロが出る。
僕は逃げるように、看守の指さす方向へ走った。
制御装置にたどり着くまで、他の看守に見つかることはなかった。
僕は周りに看守がいないことを確かめると、制御装置に看守の鍵を差し、そのまま左に回す。
サイレンが鳴り止んだ。
だがここですぐ地上一階に出たところで捕まるのは目に見えている。
ここは集団脱獄に見せかけて突破する。
先程下に送り出した囮が見つかる前に、もしくは制御装置を見に来た看守が僕を見つける前に、できるだけ多くの独房の鍵を開けなければならない。
僕は制御装置に近い扉から順に鍵を開け、扉を開ける。
そのまま次の扉に移る。
扉が開いていれば、脱獄しようとする者が必ず現れる。
「出ろ! 脱獄する!」
扉が開いたことに躊躇している囚人にはそう言って、鼓舞する。
「おいお前ら! 止まれ!」
他の看守が来た。
僕はすぐに扉から手を離し、逃げる囚人と同じ方向に走り出す。
「待て!」
僕は追いかける看守のふりをして、一階へ向かう。
他の看守には追いかけているように見せかけて、僕も同時に脱獄する。
これだけの人数がいれば、外の柵を体重で壊すことができるはずだ。
囚人たちと階段を駆け上がっていると、もう一度警戒レベルが上げられた。
鉄格子が降りてくる。
地上一階への扉が塞がる前に、囚人たちが我先と鉄格子の下をくぐっていく。
「早くしろ! 鉄格子が降りる!」
僕はこれだけ多くの囚人を出したことを後悔した。
自分を有利にするつもりが、墓穴を掘ってしまった。
囚人たちは自分が脱獄することしか考えていない。
僕は無理矢理囚人の間を潜り抜けたが、既に鉄格子は僕の膝の高さまで降りてきていた。
僕は鉄格子の下に腕を入れて、屈む。
頭が鉄格子にぶつかり、看守の帽子が取れた。
僕が出した囚人は十人程いたが、鉄格子をくぐり抜けた囚人は五人もいない。
何人かの囚人が鉄格子を掴んで、下降を抑えた。
僕を出さなければ、他の囚人は出られないからだ。
既に諦めた囚人もいるようだが、まだ諦めていない囚人が僕の足を押してくれた。
帽子を落とし、膝を擦りむいたが、大した怪我ではない。
後は外に出て柵を乗り越えるだけだ。
地下一階に囚人は収監されていない。
この階には面会室や倉庫、浴室があり、鉄格子つきの扉はない。
サイレンに警戒する看守がいるのには変わりないが、これだけの囚人がいれば僕に向けられる注意も減るはずだ。
ここは他の囚人と同じように入口に走る。
『集団脱獄発生! 脱獄者は地下一階から入口方向へ進行中! 主犯のA0344は看守の服を着ている! 優先的に捕らえろ! 繰り返す!』
サイレンに加えて、看守の声まで流れ始めた。
僕を優先してきたということは、囮が見つかったのだろう。
脱獄したのは地下一階の囚人だけだ。
麻薬密売や強盗など、殺人に比べると罪の軽い者ばかりだが、僕を最優先にするとは思わなかった。
ここで囚人に紛れて走るのは危険だ。
ほとんどの囚人の服はねずみ色だ。
この服装は目立つ。
僕は看守の服を上だけ脱ぎ、その場に捨てた。
鍵と警棒は腰にぶら下げたまま、もう一度走り出す。
僕は走りながら考えていた。
気になることが一つある。
この放送でA0344番が看守の恰好をしていると言う必要はどこにあるのだろう。
僕がこの服を脱いだら誰がA0344番か分からなくなるのではないか。
この放送が罠である可能性が出てきた。
だが、脱ぎ捨てた看守の服を取りに行く暇はない。
ここで戻るのは自殺行為だ。
曲がり角に差し掛かった。
ここを曲がってまっすぐ行けば、入り口に出られる。
しかし、そこになぜか一人の囚人が立っていた。
気にせず通り過ぎようとしたら、囚人は突然僕に殴りかかってきた。
思わず立ち止まって拳を避けると、彼は僕の腕を掴んで拘束した。