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 本橋美香は、僕の話を聞き終えるとばしばしと無遠慮に背中を叩いた。まともに会話をするのは初めてだと言うのに、本来あるべきはずの敬いも恥じらいも、彼女にはなかった。

 休み時間になって隣の教室を覗き見たとき、彼女は複数の友人に囲まれていた。僕のそれとは違い、彼女は周囲に好かれ、中心に存在していた。拳も、足も、彼女の身体には伸びない。ただ、特別に羨ましいとも感じなかった。

「クールビューティーだなあ。相変わらず」

「本橋さんは、秋月さんとどこで? それとも大吾って人?」

 廊下のざわめきの中、僕たちの取り合わせは好奇の目で見られた。奇異に違いはなく、群集の一端であれば僕もそうした表情でこの二人を見ただろう。

「大吾?」

 返答は予想外だった。

「苗字は知らない」

「大吾っていう知り合いは居ないな」

「三年の、飛び降りた人」

「君は知り合いなの?」

「知り合いでは、ない」

「私も知らない」

「でも計画は三人でしてるって」言葉の選択が他に浮かばず、しかし聞いたものをそのまま伝えるのは憚られ、自然、声は小さくなった。「渋谷、新宿、秋葉原……」

「ああ。三箇所っていうのは聞いてた。ふうん。あの飛び降りた人が最後の一人なんだ」

「知らなかったの?」

「全然。だって死ぬんだよ? 誰が一緒かなんて関係なくない? どうでもいい」

 教室の中で友人たちと話すそのままの声音と声量で、彼女は言った。

 しかし慌てたのは僕一人で、すれ違う誰もが、それをわざわざ拾ったりはしなかった。

 戯言、だと思っているのだろう。死そのものは忌避するが、死という言葉は、いかにも身近に存在する。今更、それを特別に思ったりは、誰もしない。

 死ね。死ね。死ね。

「そうかもしれない。でも、計画の概要を聞いたりはしてないの?」

「全体像は多分把握してない。秋月さんに誘われたから乗っただけ」

「命が懸かってるのに?」

「どうでも良くない?」呆れたらしく、両手を腰に据えると、「そもそも君は参加しないんでしょ? 関係ないじゃん」

「そりゃ、そうだけど」

「それとも何? 打診して欲しいってこと? 俺も仲間に加えてくださいよって話? 生憎、そういう集まりじゃないんだ。なんとなくわかるでしょ。名前だって知らないし、詳しい計画だって知らないよ。でも死ぬってことだけはわかりきってる。それ以外何が欲しいの? 私頭悪いからわかんないわ。言われたことをやる、それでいいじゃん。だって今までだってそうだったし。自分で考えて何かあるの? 駄目だって言われてそうですかって諦めてきたじゃん。馬鹿にされてきたじゃん。良いんだよ。教えてくれる人が居るんだからそれに従えば。君だって教科書作ってるのが誰かなんて、いちいち気にしないでしょ?」

 何か言葉を返そうと口を開いても、考えは音にならない。

 そうしているうちに本橋は教室に戻っていった。

 有象無象に埋もれ、一人になる。

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