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貴玉の心  作者: 水雨
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 君は眠らなくても平気だったりするのかな……どっちでもいい、か。けどこっちで暮らして長いんだろ?

 全部話すって言ったけどさすがに一から十まではとてもじゃないけど話しきれないね。まあ、今日はキリの良い所で切り上げるとして。君はアルエルナの話は聞いたことはあるかな。

 いや、別に知らないといけない事じゃないから大丈夫だよ。最近その子の話が広まりつつあるってだけだし。

 奴隷達の水浴びがあったのは奴隷商と交渉した次の日で、移動開始から警護につくためにえらく早い時間に奴隷市まで行ったわけだ。


「なかなか壮観ね。これだけの人数が一斉に水浴びに行くとなると、確かに丸一日かかりそうだわ」

「三百人は並んでるか。老若男女とはいえさすがに若いのが多いんだな」

「よほど経験や知識でも無い限り老人に需要はありませんからねぇ。それにここは王都に近い奴隷市ですから、愛玩用の奴隷も多いんですよ」


 私も一体欲しいんですが、ってため息吐きながらミルチェを撫でようと伸びる手と、叩き落すミルチェの手。たった二日で随分見慣れたやり取りになったりもしたけど、全員が同じ服で整然と並んで歩くのは王都の騎士もかくやってくらいだったな。見た目がミルチェと同じくらいの子供も統制が取れてるんだから、あれが牙を剥いたりしたら街の一つくらい落ちるだろうね。

 え? まさか。本当に牙を剥くなんてないだろう、なにせ奴隷市自体に国の関与があるわけだし。じゃないとそんな多くの人数を集められないし、そんな大規模な商売を自由にやらせるわけないから。


「でも奴隷っていうともっと痛ましい姿を想像してたけど、そうでもないんですね。痩せっぽちってわけでもないし、何かに繋がれてたりも無いなんて」


 王都でもそうだけど、基本的に高級奴隷以外は首輪や鎖に繋がれて売られてる事も多いだろ? それで疑問に思ったから聞いてみたら、案外大したことじゃなかった。


「私の店は卸売ですからねえ。各都市じゃ格安の奴隷販売屋は粗雑に扱うようですが、ここで虐待しては安く買いたたかれてお終いになってしまいます。健康状態にはある程度気を付けますよ。死なれたり病気にかかってもらっては丸損ですので」

「ふうん、食糧なんかの維持費を考えると随分かかりそうね」

「ええ。ですから、私の店で買い付けをしてもらうと値が張りますよ。もちろんそれだけの価値はあると自負しておりますが」

「なるほどね……あら? それなら貴方の言う奴隷販売屋が奴隷を粗雑に扱うのはおかしくないかしら。ここにいる奴隷達は安くないわけでしょ、勿体ないじゃない」

「奴隷を手に入れる手段は一つではないということですよ。困ったことに、拉致や法外な手段で奴隷にされる者もいるのです」

 

 珍しく本当に困ったように眉を顰めてたのは、やっぱり複雑に思ってたんだろうね。確かに泉に向かう奴隷達を見ると諦めの感情があるわりに、死にそうな悲壮感ってのは漂ってないんだ。それどころか咎められない範囲で笑顔で話してる奴隷達もいたりして不思議な光景だったなあ。


「衣食住足ればなんとやらと言いますが、彼らに希望を与えるのもやはり奴隷なのですよ。今話した粗雑に扱われる奴隷、その存在を彼らは知っていますから、自由は無くとも必要な教育を受けて必要とする場所に売られていくことを甘んじて受け入れられるのです。まったく、世の中とは妙なものですねえ」


 彼の店の奴隷はいわゆる高級奴隷、愛玩用としても労働用としてもね。それに対する虐待を受ける奴隷達は下層奴隷って奴で、使い潰されて死んでいくような存在で……あのバカの話を信じるなら、これからは無くなっていくのかな。

 ああ、そうなると良いとは思うよ。バカはその辺りやたら行動力があるから間違いなくやり通すだろうね。

 ……どこまで行ったっけ、そうそう、まだ泉に向かう前だったね。護衛自体はもう少しいたんだけど連中は先導したり、真ん中あたりで警戒してもらって、俺達は商人の計らいで最後尾から馬車で追う彼の傍にいる事になったんだ。当然彼はミルチェ目的な訳だけど。

 理由って、分かるだろ? 彼は小さい女の子が好みなんだよ、しかも真性の。だから体が成長しないゴーレムのミルチェは彼にとって垂涎どころじゃない代物だったって事だね。

 

「しかし本当に羨ましいものです。あれからゴーレムについて調べたのですが、古代ゴーレム個人で所有したという話はほとんどありませんでしたよ」

「へえ……そういえば、今もゴーレムは作られてるんですか? 前に魔導師の人からそんな話を聞いたんですけど」


 前にベルセリアさんが言っていたのを思い出してね。聞いてみたんだけど……その時には覚えた記憶の中から必要な部分を引っ張り出すのもそこそこ早くなってたな。記憶が消えないことに気付き始めた時期でもあるんだけど。


「ええ。と言ってもミルチェさんのような素晴らしい造形ではなく、土くれを固めただけの人形ですが。玉の肌と艶やかな髪とは比べるのもおこがましい物でした」

「それは残念ね。私なんて日々量産されていたような人形なのに」

「ええ、ええ! 本当に惜しい事です! 私がかの時代に生きていれば、どれだけ幸せだったか……ところでミルチェさん、こちらの馬車に乗りませんか?」

「お断りさせていただくわ。おれとコルネギスには護衛の仕事があるもの」

 

 うん? ああ、分かりにくかったか。馬車には商人が乗って俺とミルチェは歩いて移動してたから別々だったんだ。そりゃあ仕事の内容が奴隷の警護だったからね。

 残念そうな商人も相変わらずだけど、ミルチェは当然気にもせず。結局泉に着くまでの間同じようなやり取りが何回続いたことやら。

 平和ですねって、平和も平和だよ。魔物の影どころか雲一つもなくて、まさに水浴び日和さ。風も気持ち良くて服もすぐに乾くって事で、ついでに奴隷達の服の洗濯も始まるくらいだからね。

 そりゃあそうに決まってるだろ? 最初に着いた連中からさっさと脱いで全裸で水浴び、流れ作業で洗濯なわけだから乾いて着られるようになるまで全裸、すっぽんぽんだよ。老若男女全員が。特に女の子は目の毒としか……ねえ?


「けどこれは、なんだか凄い光景ですね」

「そう言っていただけると幸いですよ。私の商品は常に良い状態で管理していますから、どの女性も魅力的な体付きでしょう?」


 俺も男だからね。

 若い女の子が裸体を晒して水浴びしたり、屈んで洗い物してるのを目の当たりにしたら生唾くらい飲み下すっていうか……目が奪われるのは仕方ないんだよ。そういうものなんだってば。

 その中でも特に目を引き寄せられた女の子がいて、ああ、その子がさっきちょっと触れたアルエルナって子でね。今でも思い出せるよ……いい思い出かといえばそうかもしれない。


「あら、コルネギスはああいう女性が好みなの? やけに凝視しているわね」


 目ざといゴーレムがそんな風に言うから奴隷商も乗ってくるわけだ。


「おっとコルネギスさん、あの子を見初めるとはお目が高い! ご覧の通り青い髪は透き通るようでしょう? 生まれも末端ながら貴族階級ですのでそこそこの知識は持っていまして、旅の役に立つやもしれません。いかがです? 安くお譲りさせて頂きますよ」

「いや、別に惚れたとかそういうんじゃ無いんですが、なんか他の奴隷とは様子が違いませんか」


 確かに身体は悪くなかった。大きくも小さくも無く、形の良い胸と小ぶりなお尻は色白で、水面に反射した光で照らされて思わず触りたくなるような珠の肌でさ。長い青髪もしっとり濡れて中々の色っぽさだった。顔はまあ、こう言うのもなんだけど普通だったかな。上玉過ぎるミルチェを見続けてたせいで案外麻痺してたかも。

 違うってのは、水浴びの最中も身体を手で隠したり、服を洗うのも面倒くさそうにしてた事。彼女だけって訳じゃなかったんだろうけど、一番目立ってたのは間違いない。


「お恥ずかしい事に、つい最近仕入れたのは良いのですが出自もあってかご覧の通りでして。表立って処分せざるを得ないほどの我儘や反発はしないのですが、他の奴隷を下に見る言動もありましてね。少々手を焼いているのですよ」

「そんな不良物件をコルネギスに押し付けようとしたというわけね」

「いえいえ、奴隷でも貴族の血というだけでそれなりの力になるものです。特に王都で名を上げようというのであれば、彼女の知識は有用かと」


 さあ? 本当に使えたのかは知らないよ。後で聞いたら確かにそこそこの貴族ではあったみたいだけど、結局彼女がいない状態で問題なく名は上げられたわけだし。ああ、勝手に上げられたって言った方がいいかも。

 お察しの通り。その子がアルエルナって子だ。

 その日に泉で死んじゃったんだけどね。


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