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貴玉の心  作者: 水雨
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6

 君は案外酒に強いんだね。酒自体が弱いって? まあ君達みたいに頑丈じゃないから仕方ないさ。でも、その、蒸留酒をガバガバ飲まれるとさすがに周りの人も引いてるよ。

 ……今気付いたって事は、今まで酒場に行った時は……ごめん、自覚させない方が良かったかな。謝るから泣くのだけはやめてくれないかい。

 とにかく四人と出会ったのはそういう経緯だったわけだけど、とんでもない僥倖だったって気付くまでが長かった。つくづく無知とは罪であると実感したよ。


「コルネギスさん達は今後どうするか決めているのですか?」


淑やかに街角でお茶を嗜む美女神官。一言で纏めると絵画の一枚でも頭に浮かびそうなものだけど、真向かいの幼女にちょっとネットリした視線を飛ばしてるとしたらどうだろうね。多分ガッカリするんじゃないかな。

まあ、そんな事は席の向かい側で同席してる俺達にしか見えないから、周りの連中は羨ましそうに見つめてきてたけどさ。


「そろそろ間借りじゃなくて、適当な部屋を見つけようかとは思ってます」

「いえ、そうではなく。この先冒険者として各地を旅をされるのか、あるいはこの街に留まるのでしょうか?」

「ああ……一応あちこち周ってみようかと。目的地は特にないんですけどね」


 そもそもの方針が『とりあえず旅立ってみること』だったからね。その後はミルチェの知り合い探しだったけど、その必要も無くなった以上は目標らしい目標もありゃしない。ミルチェに関しちゃ俺の行くところに行くって、我関せずの態度でお茶を啜ってるだけだし。


「そういうことでしたら私達と一緒に王都を目指しませんか? 少し寄り道もしますが、何処へ行くにせよ王都であれば様々な情報が集まります。目的が無いのであれば、目的を作る一助になるのではないでしょうか」

「王都かあ、確かに一度は行きたいとこですね」

「いいんじゃないかしら。この変態と同行するのはどうかと思うけれど、何をするにしても情報は大切だもの」

「あらあら、変態だなんて。私はただ、男らしい殿方にも可愛らしい女の子にも神の名の下に愛を捧げるだけですよ」

「神も大変ね。腐った愛なんて掃き捨てるしかないでしょうに」


 ちなみにゴーレムは性的な使用にも対応してるらしいよ。ミルチェとしても別に変態神官が嫌ってわけじゃなくて、単純に主人以外に新品を使われるのが気に食わないから拒否してたとか……まあその辺りの話は君が好きじゃなさそうだし止めておくとして。

 同行自体は俺達としても悪い話じゃ無かった。どこに行くにしろ道を知らないまま二人で行くより四人について行った方が確実なわけだし、道中の食事から何からで便利なんだからさ。


「では六日後以降に日時を合わせて出発しましょう。ディムルト達には承諾を取っていますから、コルネギスさん達の都合のいい時で問題ありません」

「それは助かりますけど、六日後以降っていうのは?」

「私達の受けている依頼が明日から四日を要する仕事ですので。元々この街を訪れたのもそのためなのです」


 そうなんですか、それだけで話をお茶ごと流したのは良い思い出だね。まさかあのバカがそんな所で関係してたなんて、今だからこそ驚く事なんだけど。

 ああ、でも俺も直接見た訳じゃなくて、四人と王都に向けて出発してその道すがらで聞いただけだから。詳しい事が分かったのなんて後々にバカ本人から聞いてやっとだよ。あのバカ、放浪ついでに邪魔になりそうな相手の調査までやるとはね。

 その話は……いらないかい? 君も頑なだね。じゃあ俺達の話に戻ろうか。

 エロ神官のアトワールさんは次の日の準備があるとかで早々に別れたんだ。去り際にミルチェを頭から胸元まで撫で回してたのは挨拶みたいなものだから気にしなかったけど、それより六日後までの間をどうするかが悩みどころでさ。


「仕方ない、俺達は仲介所で仕事でも探そうか」

「それしかないわね。できれば手頃な狩りの依頼があるといいんだけど」

「その時は頼むよ。皮を剥いだりするのは俺がやるからさ」

「前にコルネギスがやってるのを見たから、全部おれがやっても良いわよ?」


 後で試しにコボルトを捌かせてみたら俺とバッチリ同レベル。俺の仕事が完全にミルチェの手伝いになったのはこの瞬間だったのかもしれないね……男としての意地? 俺は楽な方が好きだし。

 仲介所でドレス姿の幼女がうろつくのも、続けばわりとすんなり溶け込むもんだ。特に受付のおっちゃんのなんて器用でさ、大口開けて呆けながらミルチェに見惚れてたってのに、一か月も経たずに他の野郎と同じ扱いにするあたり完全に慣れちゃってたなあ。


「ねえ、何か良い依頼はないかしら。張り出してあるのは大した依頼じゃないのよね」

「あぁ? ねえ事はねえが……ほらよ、だが良い仕事ってのは取り合いだ。どうしてもってんなら依頼人に聞いてみな」


 それでいいのかって? この頃は本当に仲介するだけでさ、ギルドへの信頼とか依頼人の情報保護とかってのはもっと後、ギルドって構造がしっかり出来上がってからだからね。仲介所で依頼人の事を聞いて自分で行って直談判、そんなやり方も当たり前だったわけだ。

 とはいえ、よっぽど特別な技術や力が必要な依頼以外は基本的には早い者勝ち。こればっかりはどうしようもないわけで、俺達もすぐに諦めて適当な仕事でも受けて過ごそうかと思ったんだけど……言い方で分かると思うけど、結局は俺達が受けられたんだよ。

 何か特別な理由があったかって言うと、まあそうだね。依頼人に会った瞬間から嫌な予感はあったんだよ。

 そもそも受付の言う『良い仕事』ってのがちょっと後ろ暗いような仕事で、表に張り出すような物じゃなかったってことが……言ってなかったっけ? あんまり衆目に晒せない仕事は受付に聞かないと出てこないんだ。今でもそうなんじゃないかな。


「奴隷の掃除の手伝い? 意味が分からないわ。どういう仕事なのかしら」

「読んだままだがな。街の外に泉があるのは知ってるか?」

「ええ、前に泉近くの畑の警備をしたことがあるもの。ここで受けた仕事だったのだけれど」

「知らねえよ、誰が何を受けたかなんてどうでもいい。とにかく知ってるなら話は早え。月に一回、ちょうど畑の反対側を使って奴隷市の奴らが奴隷に水浴びをさせるんだが、あの辺は魔獣が出るからな」

「水浴びに合わせて警護を雇う、ということね。でも募集人数は五人だし、もう遅いんじゃないかしら」


 定期的に依頼が出るなら、それを分かってる常連が真っ先に取っていく。実際普段はそうらしいけどその時ばかりは違ってた。何が違うかはおっさんの目がミルチェに注がれてるあたりで想像はついたよ。


「だから依頼人に聞けっつってんだ。場合によっちゃ五人だけでもねえよ」

「そう……コルネギス、行ってみる? 無駄足になるかもしれないけれど」


 少し悩んで、行ってみる事にした。六日あるから一日くらい無駄にしても大丈夫って思いもあったからさ。

 君は奴隷市は? 知らないか。言葉にするとあまりいいイメージが無いかもしれないけど、案外綺麗なものなんだ。軒先の商品を汚れたままで並べとく商人はいないだろ。

 そうそう、見栄えのいい商品が多いってのは当たり。君の言うとおり、可愛い女の子だったり、使えそうな男だったりね。たまに奥の方に見える女の子が陰鬱な目をしてるのは……そういう客向けってのもあるらしい。

 いや、意外に綺麗ってのはイメージよりってだけでさ。やっぱり危ない場所だからミルチェみたいなのが歩いてるのは珍しくて、胡乱げな目を向ける奴隷達の多い事。物珍しそうなのはむしろ、ミルチェの方だったね。


「今はこういう場所があるのね。人族が人族を売り買いするなんて、おれの知識には無い場所だわ」

「なんだ、昔は奴隷制度って無かったのか?」

「違うわよ、おれみたいな魔導ゴーレムが作れたから人族の中で奴隷階級を設定する必要が無かったの。もっとも人族自体が少し下に見られていたのだけど」

「そういう事か……ん? 人族自体がっていうのは、人間以外にも生きてる種族がいたのか?」


 パッと思い付くのはお伽噺に出てくるエルフや魔族だね。どっちも遥か昔には存在してたらしい、ってのは寝物語でよく聞く話だ。まさか、って聞いてみれば笑うことなく頷かれてこっちが驚いたよ。


「エルフというのは知らないけれど、魔族はたくさんいたみたいね。魔導ゴーレムの共同開発にも魔族が関わっていたらしいし……そもそもコルネギスだって会ってるじゃないの」


 そんな言葉と一緒に呆れたように見られたけどさ、当時の俺自身はまさかあのバカがお伽噺に出てくる魔族だなんて思ってもいなかったから。普通なら分かるはずよ、って言われても。その辺は石の弊害といえば弊害かな。

 話してる内に着いた場所はカフェとまでは言わないまでも、案外洒落た清潔な店だった。カフェと違うのはカウンターの向こうに奴隷達が並んでて、飲みながら品定めができるって所。望めば個室で具合を確かめたりも別料金でできるらしいけどね。

 依頼主を探すより本人から話しかけてきたのはさすが商売人って思うかい? 違ったんだよこれが。


「やあどうも、失礼ですが貴方がたはコルネギス・ジガードさんとミルチェさんですね。これはこれは! 私の店にどのような御用でしょうか?」


 俺に握手するだろ? で、次にミルチェに握手。鼻を鳴らして小さい手の匂いを嗅ぐあたり、なかなかのモンだ。見た目がわりと好青年のせいで余計に変態っぽさを際立たせてたね。


「あら、おれ達の名前を知っているの? おれにはお会いした記憶が無いのだけれど」

「いえいえお気になさらず! 単に私がミルチェさんを街でお見かけした時から、非常に強い興味を持っているだけでして。なんでも、ゴーレムという人間ではない存在だとか!」


 ミルチェはといえばそこで怯えたりするわけもなく平然として返事をする。上手いのは飴を差し出すバランスでさ、更に興奮した奴隷商がミルチェの指先を舐めようとしたところであっさり手を離して、ふわっと俺の隣に戻るんだ。あの時の奴隷商の顔ったら無かったな。


「今日は貴方が仲介所に出した依頼の事で聞きたいの」

「依頼ですか。ああ、奴隷達の警護依頼の事ですね? それでしたら既に……もしかすると、依頼を受けたいということでしょうか」

「慧眼ね。仲介所のおじ様に聞いたら交渉次第という事だったのだけれど、私達も受けられないかしら」


 幼女の残り香を名残惜しそうに嗅ぐ変態も商売人には変わりないらしくてさ、なかなか鋭い目で俺とミルチェを見つめながら考えてたわけだ。

 追加で俺達を雇った場合のメリットとデメリット? それもあるかもね。ただ次の言葉を聞くに、主にミルチェを手に入れられないか思案してたっぽいけど。


「そうですね……コルネギスさん、単刀直入にお聞きしますが、ミルチェさんを売っていただくことはできませんか?」


 ね? もちろん売らなかったけど、欲望への忠実さは結構尊敬できると思うんだよ。


「えーと、申し訳ないけどミルチェを売ると俺も困るんですよ」

「そもそもおれはコルネギス以外の主人は登録できないわよ。この体もコルネギスに捧げたモノだから貴方の性処理もできないわね」

「む、では、媚薬などを使っても効果は無いのでしょうか?」


 本当にそう聞いてきたんだよ、真面目くさった顔で。


「ゴーレムに薬物の類いは効かないわ。マスター登録の変更も不可能だから諦めてちょうだい」

「ぐ……では、他にミルチェさんのようなゴーレムは、いないのでしょうか?」


 とにかく欲しかったんだろうね。後で食事や飲み物に色んな薬を盛って来たけど、それを口にしてもミルチェは何の変化も無し。俺に対する薬は全部ミルチェが弾いてくれたらしい。らしいってのは、依頼の後に奴隷商自身が俺に愚痴って初めて知ったんだよ。


「さあ。おれは量産型だけれど、目が覚めた時には同型は一体もいなかったわね。もしかしたら世界のどこかに未稼動の同型がいるかもしれないわよ?」

「そう、ですか……分かりました。ミルチェさんの事は諦めるとしましょう。話は戻しますが依頼の件でしたね?」

「さすがに人数がいっぱいだったら難しいですか? 駄目なら仕方ないですし、素直に帰りますんで」

「いえいえ構いませんとも! ただ、ミルチェさんも可愛らしい女の子ですからね。煩悩塗れの阿呆や男の奴隷達の欲望のはけ口とならないか心配で心配で。もしよければ私と一緒に居てはいかがです? 安全ですし美味しい食事や飲み物もお出しできますよ!」


 十分近く話し続けてたっけ。途中で店で働いてる奴隷が差し入れてくれたお茶に早速薬が入ってたっていうんだから、仕事のできる男が欲望に忠実になるってのは怖いもんだね。


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