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酒は何がいいかってなると俺ならワインよりエールの方がいい。元々生まれも大したことないから、こういう安っぽい方が飲んでて腹にしっくり来るよ。肉もコボルトみたいな肉だと噛み応えがあるというか、喉越しは正直イマイチかも知れないけど意外と美味いもんだ。
その時に捌いて持って行ったコボルト肉も良い肉だったっけ。更に良かったのはイクティニスさんが紳士で口が堅いもんだから、ゴーレム云々ってのを広めないでくれたんだ。それに加えてゴーレムについても教えようとしてくれるくらいに良い人で、次の日に自分の……自分達の泊まってる宿にまで招いてくれたのはきっと心配してくれたんだろうね。俺もミルチェも世間知らずで放っておけないって意味で。
「まさかとは思ったけど……君は、本当に人間じゃない……そういうことか」
「昨日も言ったでしょう。それよりいい加減にしてもらえないかしら、おれ達は今日も依頼を受けてお金を稼がないといけないのよ。コルネギスが飢えて死んだりしたら貴方をすり潰して魔物の餌にしてあげるわ」
「あのな、確かに金は無いけどそこまでは切迫してないだろ。それよりイクティニスさん、結局ゴーレムってのは一体何なんです? 昨日ミルチェにも聞いたんですけどイマイチ分からなくて」
詳しく話してくれたんだけど、魔導がどうとかってのがサッパリで。基礎から理解しろ、って勢いで教えてくる内容が全然意味が分からないんだよね。そのせいか昨日にも増してやたらと不機嫌そうだと思ったら、どうも夫婦喧嘩で怒り心頭の奥さんを参考にしたんだとさ。
イクティニスさんもそんなミルチェを見て話しにくそうだったけど、粘っこいジト目に負けないのはさすがだよ。
「……僕も詳しい事を知ってる訳じゃない。仲間の方がその辺りの専門家だから、彼女に聞いて欲しい」
ま、その言葉でミルチェの眦が一気につり上がって、夏季の陽射しよりキツイ眼差しをくれるもんだから。獣同士の戦いじゃ目を逸らした方の負けだけど、人間だろうが魔族だろうがそれは同じさ。気まずいまま、ベッドに放った白い脚とめくれ上がったドレスを眺めるしかないときた。悪くない光景ではあるけどね。
時々脚を組み替えれば、その分柔らかそうな太ももがぺろんと見える。ようやくお仲間が入ってくるまでにミルチェの脚の隙間から何回下着が見えてイクティニスさんが気まずそうに唸ったことか。
「ごめんごめんお待たせ。いやあ、君達がゴーレムとそのマスターとかいう二人組かい? イクティニスから話を聞いた時に会いたいと思ったんだ。ああ、私は魔導師のベルセリア。どうぞよろしく」
颯爽と入ってきたおかげでミルチェの目がそっちに向いて、イクティニスさんは救われたような顔をしてたっけ。しかし世の中よくできてるよ、根暗な世話焼き剣士と明るく奔放な魔導師、色々と相性は良かったみだいだし。
ああ、イメージとしては魔導師の方が根暗な気もするね。けどベルセリアさんはホント奔放な人というか、笑顔ってわけじゃないのに明るい雰囲気の人だった。ローブは白くて長い髪も綺麗な栗色、杖が無かったら魔導師とは思わない人もいるんじゃないかな。
「ほうほう、君がゴーレムか。なるほど人間そっくりの見た目だという話を聞いたことはあったけれど本当だったとはね……ふむ、肌も髪も人間そのもの。ドレスも良く似合っているじゃないか」
「鬱陶しいわね、人の身体を勝手に触らないでもらえないかしら。それに貴方、魔導師と名乗ったかしら?」
「うん? ああ、これでもあちこちの仲介所じゃ知られた魔導師だよ。自分で言うのもなんだけど古代の魔導書の解読じゃ一家言をもってるくらいだからね」
どうも人間の場合は古代の魔導書を解読できるってのは相当な魔力と知識、素養が必要らしい。それを知ったのはまた後の事だから、残念ながらちょっと誇らしげなベルセリアさんを称賛できる人は居なかった。ミルチェ? 鼻で笑う姿を賛辞と受け取る人はいないだろうね。
「魔導書を読める程度で有名だなんて、今の時代には大した魔導師がいないのね」
「ははは、いやごもっとも。なにせ君が生まれたというササニードといえばまさしく魔法の時代そのものを表す国家だからね、比べられちゃあ勝ちの目なんてありゃしない。さて、私としてもこの子にはとても興味を惹かれるけど、まずはそっちのご主人様だ」
その頃は女の子と言えば、地元の妹や友達、知り合いの奥さん、それとミルチェくらいしかまともに接した事がなくてさ。笑われるかもしれないけど……正面から見つめられると恥ずかしかったよ、特別美人じゃなかったとはいえ、凛々しい目に結構ドキドキしたもんだ。ミルチェには舌打ちされたけど。
「イクティニスからはゴーレムについての知識を君は持っていないと聞いているけれど、実際にはどうかな。ゴーレムと聞いて思い浮かべること、何でもいい、話してみてくれるかい?」
「ええと……人形で腹に変な文字があって、強い。かな」
「変な文字? おっと本当だ、これはササニードの頃に使っていた文字だね。コルネギス・ジガートっていうのは君の名前かい」
「ああ、読めるのか」
「読める人はそう多くないだろうね、私を含めて両手で数えられる程度じゃないかな。しかしなるほど、これが主従関係の契約みたいなものか」
この時下腹部に刻んだ名前を確認したんだけどさ、ベルセリアさん、惜しみ無くミルチェのドレスを捲り上げて下着を引っ張ってたんだよ。イクティニスさんが哀れで仕方なかった。なにせ急に幼女の下腹部をさらけ出されて、慌てて顔を背けたのになぜか杖で殴られるんだから。俺は持ち主だから免除してもらえたのを、少し恨めしそうに見られたのには思わず苦笑いするしかなかったな。
「しかし、ええと、ミルチェ君だったね。どうして彼と契約したのか聞かせて貰ってもいいかな」
「別に。目が覚めてから彷徨っている間に初めて会った人間で、意志が通じたから登録できると判断しただけよ」
そういえばこの時の言葉もイマイチ意味が分かってなかったんだよ。無知は罪、って誰かの言葉であるらしいけど、その意味じゃ俺も罪深い男になるのかも……結構酔ってきてるね、ごめんごめん。
結局ベルセリアさんはゴーレムが何かって話はきちんとしてくれたんだけど、その間にもミルチェにちょっかい出しまくりでさ。後で聞いたら魔導師としての一つの到達点に古代級ゴーレムの作成ってのがあるらしくて、まさにミルチェは魔導師の憧れそのものだったらしい。君にとっては意外かい? あのバカもそう言ってたから、君らにとっては理解できない事みたいだね。
「おっといけない、話がずれてしまったね。文字は所有者の名前でいいとして、さっき言ってくれた『強い』というのはゴーレムに共通する事柄でもあるらしいんだが」
「らしい、っていうのは?」
「なにせ動いている古代ゴーレムを見るのは初めてでね。発見されたゴーレムは卓越した力と魔法を用いて魔物退治や戦争で大活躍ってのは文献で読むけど、今動いてるのはいないんじゃないかな。古代製は今作られているモノと違って一度所有者を登録すると所有者の死亡と共に機能を停止するらしくて、滅多に出てこないのさ」
ベルセリアさんは好きな事を語るのが楽しくて仕方ないんだろうね。反対にミルチェの方は、聞いてみても無茶苦茶どうでも良さそうに答えてくれたよ。
「へえ、そんな風に活躍してたのか?」
「私が目覚めたのはほんの数日前だもの、それより前に動いていたモノの事は知らないわ。ただ、おれ自身は量産型だから停止する時は貴方と同時であることは確かね」
その頃からそういうことを随分あっさり言ったもんだ。価値観は簡単に変わらないっていうけど、ミルチェも長い事あちこち冒険したわりにいまだにほとんど変わってないのは、ゴーレムだからってのもあるのかもしれない。
色々と話して数時間。別に中身はそんなに長い事は無かったんだけど、なにせベルセリアさんがすぐ脱線して参ったよ。結局途中からイクティニスさんが話を纏めたり引き戻したりしてくれなかったら、下手すると日が変わってた可能性もあるね。
「つまり……二人が仲介所で依頼を受けても問題ない……という事か?」
「この辺りの依頼くらいなら何の問題も無いだろうさ。むしろ徒手空拳で複数のコボルトを切り裂くなんて達人技を見たと言ったのは君だろうに。どうしてそんな物を見てるくせに心配するのか、私にはそっちの方が疑問だよ」
「……仕方ないだろう……そういう性分なんだ」
「知っているさ。安心してくれていい、そんな心配性だからこそ私は気に入ってるんだから」
やたらと楽しそうなベルセリアさんと赤くなったイクティニスさん。それだけならまだしも、やたら近い距離で顔を寄せ合ってるときたもんだ。どう思う?
「ねえコルネギス」
「ん?」
「おれの中にある微妙な腹立たしさはどうすればいいのかしら。おれ達、一応招かれた側よね」
その顔を見るに、君はミルチェと同じ気持ちみたいだね。微妙に眉を顰めた苦々しそうな表情がそっくりだよ。俺はどっちかというと苦笑いで、見てる分にはそこそこ面白かったんだけど……さすがにイクティニスさんの顔を掴んで唇を寄せ始めた時にはどうした物かと思った。
ちなみに俺達は止めなかった。むしろベッドに並んで座ったまま、ミルチェなんかコロッと表情を変えて、ゴクリと唾を飲みながら近付いていく唇を凝視してね。ゴーレムのくせして日に日に人間に毒され過ぎてて、部屋の机に恋愛戯曲の本が置いてあるのも納得したもんだ。
けど残念、いきなり扉が開いたらさすがに離れざるを得ない。それくらいの判断が出来たのが正直意外っちゃ意外だったかな。ミルチェとベルセリアさん、一緒に舌打ちしてたのがまた。
「まったく、人の恋路を妨害するなんてデリカシーの無い仲間だね。紹介するよ二人とも、今入ってきた二人が私達の残りの仲間、色男とエロ神官だ」
「毎度毎度のことだけど、そういう紹介は止めてくれないかな。別に誰彼かまわず口説いたりした覚えは無いんだ……貴方達が件のゴーレムさんと持ち主さんですね。僕はディムルト、新米ですが騎士の証を頂いています。どうぞよろしく」
入ってきたのはとんでもない色男だった。そう紹介されたってだけじゃなくて、入ってきた瞬間から五感全部に訴えかけてくる雰囲気がね。流れるようなブロンドの髪に輝く騎士の鎧、微笑まれて落ちない女なんていやしないって確信したのは初めてだ。むしろ男でもコロッと心酔するんじゃないかな。ああいうのが本当は勇者をやると良かったのに、世界ってのはままならないもんだ。
それに負けてないのが一緒に入ってきた神官さんさ。俺は吟遊詩人みたいな学が無いから比喩とかは苦手だけど、清純って言葉がピッタリ似合う淡い水色の花のような……綺麗な人だってことが伝わればいいや。見た目相応に物腰の柔らかい丁寧な人だった。
「私はアトワール、聖教の一神官として同行させて頂いています。それにしても可愛らしい方ですね、ゴーレムだなんて信じられません」
ただ一つ、問題があるとすれば。
「本当に可愛らしい方ですね……うふふ、お手てもスベスベで小さくて、とっても可愛らしいです」
「なに? 貴方、触り方がおかしいのだけれど」
「気のせいだと思いますよ。あらぁ、真っ赤な髪の毛も柔らかくていいですね」
妙な手付きでミルチェの手やら顔やらを撫で回してた事かな。聖教の掲げる男だろうが女だろうが誰にでも分け隔てなく接するってのは、ああいう性癖も含まれるのかね。美人がやるとあれはあれで一見の価値があるから俺としてはアリなんだけど。
「コルネギスさんでしたね、少し個性的ですが頼もしい仲間達です。必要な事があればイクティニス共々いつでも協力しますので遠慮なく仰ってください」
色モノ共を個性的で済ませるディムルトさんが一番クセがあるんじゃないか、ってね。再発したカップルの触れ合いと、欲望まみれの手をミルチェの胸の方へ伸ばそうとする神官、それを一切合財無視して握手を求めるのは相当な胆力が無いと無理だろ?
俺も胆力っていうかほら、この石のおかげで。驚きやショックのあまり唖然として動けなくなるってのは無いから。