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貴玉の心  作者: 水雨
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 しかし酒場っていうのは良いもんだね。良い酒と美人と美味い飯、ビーストミートは素材の獣にもよるけど臭いのも案外悪くないよ。俺の知ってる連中は大体肉好きだったんだけど君はどうかな……ああそれは良かった。うん、ここの肉はそこまで臭くないしね。

 そういえば俺が狩りをして暮らしてたってのは言ったよね。地元の森犬は臭みも無いけど淡白な味でさ、街に着いてから初めて狩った魔獣の肉は本当に美味かった。忘れもしない三日目の昼、知人に教えられた依頼紹介所に行ってみて本当に良かったよ。


「コルネギス、ここは? 人がとても多いわ」

「俺もよく知らないんだけど依頼紹介所っていうらしい。主に街の人からの色んな依頼を引き受けたい人へ橋渡しをする場所だってさ」

「依頼……頼みごとね。シュトレから聞いたわ」

「シュトレから? 会って二日なのにもう仲良くなったのか。見た目の年が同じくらいだから気が合うのかね」

「お世話になっている方の息子さんだもの、丁寧な接し方を心掛けているの」


 その頃は街同士での横の繋がりも無くて本当にただの仕事の仲介所だったけど、今じゃギルドなんて大組織になってることに本当に腹が立つというか。便利だからいいんだけどさ。

 そんな場所だから黒いドレスのミルチェが浮いて仕方がない。身体つきはまるで子供だけど顔の造形は作り物の美しさがあって、どこか不気味なはずの赤黒い髪がかえってよく似合ってる。

なにより居候先の奥さんが笑顔の素敵なおっとりした人でね、ミルチェの面倒を見てくれたおかげでメキメキと言葉や女性らしい仕草を吸収しちゃって。表情も随分豊かになって仲介所の連中も見惚れてたよ。ただまあ、奥さんだけじゃなくて耳と目から入ってきた情報を全部学習したらしくて、おしとやかにはならなかったのが残念ではあるかな。


「店のお客さんが言ってた通り、板に紙が貼ってあるわ……この中から好みの仕事を選択して引き受ければいいのね。内容は主に採集、狩猟、配達。それぞれの依頼達成金額は狩猟など生命に危険性のある依頼ほど高額、現状の手持ち資金から考えると狩猟が一番効率的だと思うけど、どうかしら?」

「まあ配達は地理を知らないと無理だし、採集も穴場を知っておかないとな。それよりお前、文字なんて読めたのか」

「昨日学習したわ。統語構造に大きな変化は無し、文字の形や単語自体に多少の変化はあるけれど問題ないわね。それとどの依頼にするかの決定権はコルネギスにあるから、私はそれに従うだけよ」


 ミルチェの表情かい。いやいや別に無表情ってわけじゃなくて、微笑んだりはするんだけど変化が少し小さいっていうのかな。奥さんもそんな風だったから見習ったんだろうね。それが一層ミルチェを美しく仕立ててるんだから面白いもんだ。

 まあそんな子が見た目素人の俺と一緒に仕事をしようっていうんだから周りは当然止めるわけだ。でもそれに対してミルチェの奴、何て言ったと思う? これがさ、客商売用の笑顔で言うんだよ。


「お気遣いありがとうございます。ですがこう見えても相当強いですから、問題ありませんわ」


 俺を立てないのがミソだね。その辺りは一歩下がって旦那を立てる奥さんとは正反対だ。

 そんな笑顔で、まあ、あっという間に依頼を取り付けるもんだから俺の出番なんてありゃしない。せいぜい『この子はしっかりしてるのにコイツが保護者で大丈夫か?』みたいな目で見られるくらいだけど俺の方が保護される側なんだよなあ。とはいえその時はまだ分かってなくて、俺がミルチェを守らないと駄目かなって思ってたから仕方ない。


「行きましょうコルネギス。場所も遠くないみたいだからきっと夜までには戻れるわ」

「そりゃありがたいな。そういう事なら余った分は持って帰ろうか」

「なら燻製にできる肉がいいわね。奥様が今朝、燻製肉が欲しいわって言っていたもの」


 最初の依頼内容はコボルト肉を三人前。初心者には少し危ない程度とはいえ、初心者丸出しの俺達を見かねたんだろうね。俺達の目の前に出てきたのもそういう優しい人だったよ。根暗だったけど。


「ちょっと待ってくれ……君達、初めてだろ。それなら経験者がいた方がいい……さすがに自殺行為に近いと思う」


 全身真っ黒っていうのも妙だし、陰気な目にジッと見つめられながら言われると気遣いですら怪しい気がする。もう少し髪の毛をセットすればマシだろうに、下ろしたままでいるのが主義らしい。そんな雰囲気だから吊り下げた剣も暗殺用と言われればそんな気がしないでもなかったくらいだ。


「良ければ僕も一緒に行かせて欲しい……その、不要そうなら手は出さないから、安心してくれ……」

「いえ、本当にお気遣いなく。二人でも十分倒せる相手でしょうし、見ず知らずの貴方の手を煩わせるわけにはいきませんもの」

「なら……せめて一度でも戦っている所を見せて貰って……」

「必要ありません。どうぞご自身のお仕事に注力くださいませ」


 一回決めると俺が言わない限り頑として動かないのがミルチェなんだ。どうもその人が気に入らなかったみたいで、笑顔のままとにかく拒否、拒否。さすがに陰鬱そうな目も途方に暮れててさ、それでもすぐさま説得相手を俺に変えるんだからお人よしというか苦労人というか。


「……申し遅れたけれど、僕はイクティニス。君はコルネギスだったか……連れの子を危険に晒すなら、まず安全を確認すべきだ……僕なら」

「勝手に人の主人を甘言で惑わさないで頂けないでしょうか。そもそも貴方のような胡散臭い人間を連れていくわけがないでしょう。コルネギス、行くわよ」


 そう言って俺を引っ張っていくミルチェでしたとさ。さてどこが問題だったでしょうか……その通り、『人の主人』って言葉が大問題だ。おかげでイクティニスさんどころか仲介所の中の空気が凍り付いたみたいだったよ。

俺にできる事? 残念、ずるずると引き摺られる事しかできない能無しさ。

尻に敷かれてるとか言わないでくれるかな。

 

「なあミルチェ、何をそんなに怒ってるんだ?」

「別に怒ってるわけじゃないわ。ただ、おれの力があれば問題ないという事実があるだけよ」


 あれは間違いなく怒ってたね。たった二日で怒りまで覚えるなんて凄まじい学習速度だけど、後ろを見て舌打ちまでしたのは驚いた。参考にしてた奥さんはそんな事するような人じゃなかったはずなのに……人は見かけによらないのか、単純に別の人を参考にしたのかは今でも謎だ。


「あの方、付いて来てるわ。何が目的かしら」


 綺麗な幼子をつけ回す怪しい男なんて、俺には捕まえて売り払うか悪戯するかくらいしか思い付かないんだけどさ。君もそうだろ?


「まあいいけど……いたわ、特徴も合致するしあれがコボルトのはず。数は五匹で少し多いけれど問題ないわね」

「あれが魔物か。結構普通なんだな」

「あら、魔物を見た事ないのかしら。そういう時代なのかもね」

「時代というより場所かもな。で、どうするんだ? 俺は短剣一本しか無いから一匹ずつおびき寄せるか」


 森犬より一回り大きくて獰猛。実は見た目じゃ分かんないんだけど、鋭い牙は脆い金属なら噛み砕くくらいだって知ってるかい? しかもとびきり素早いからその時の俺一人じゃ絶対倒せない強さなんだよ。それと戦おうってんだから、我が事ながら笑えるったらない。

 ま、すぐに終わったから良かった。俺が何もしなくともね。


「その必要は無いわ。あの方も見ていて丁度いいし私がやるから、手出しは無用よ」


 さてコボルト五匹に向かって歩き出したミルチェと、それに気付いて飛び掛かるコボルト達。見る見るうちに距離が詰まって遠目でも大口開けたコボルトがおっそろしい牙を剥き出しにミルチェを食い殺そうとしたんだけど、結果は言うまでもない。

 よっぽど衝撃的だったんだろうってのは、後ろから飛び出してきたイクティニスさんが隣でたたらを踏んだくらいだから凄まじいもんだ。


「な……なんだ、あの子……どうなってるんだ、手刀で首を刎ね飛ばしたぞ……」


俺に見えたのはすっ飛んでった首だけだったから解説してくれるのはありがたい。しかも凄い動きらしいんだけど、俺にはこう、ちょっと動いたらいつの間にかコボルトが死んでいく感じなんだ。

真正面から来たコボルトは少し身体を反らして避けるだろ。四方八方から飛び掛かられたら今度は腕を伸ばしてくるくる回ってさ、それだけでコボルトの頭が上下に真っ二つ。逃げ出した奴にはどうしたと思う?


「見ていなさい二人とも。これで、お終いよ!」


 魔法? いや、ミルチェってどっちかって言うと脳筋っていうか。

 足元の小石を拾って。投げたって? いや、胸の前まで軽く放ったと思ったら両指をパチン! 

正確にはほんの少し時間差をつけて、左の指パッチンで威力、右で飛んでいく方向を調整したらしい。隣の解説係さまさまだ。指を弾いた衝撃で石を飛ばし、頭を砕いてさようならってね。無茶苦茶も良い所だ。


「この程度の魔物ならこんなものかしら。これで分かったでしょう、貴方のお手伝いが無くともなんら問題ありません。どうぞお気遣いなく」


 大事な食肉部分には傷一つついてないあたり配慮が行き届いてるし、ドレスを摘まんで一礼ってのも淑女らしい洗練っぷり。初対面ならたおやかな花って印象を持つ雰囲気なんだろうけど、直前のアレを見ると葉っぱとかギザギザして棘があってもおかしくない。

 実際イクティニスさんもなんて声を掛けたものかって感じで戸惑ってたし、第一声もまず疑問から。


「君は……何者なんだ……」

「あら申し遅れました、私はミルチェ。コルネギス・ジガートの有するササニード産共同開発ゴーレムです。もっともササニード自体は千五百年ほど前に滅び去ったようですが」


 鳥に石を投げたらあんな顔したりするのかな、呆けて押し黙ってたあたり、よっぽど衝撃的だったんだろうね。

 俺も驚いたけど、そんなことよりとりあえず五匹の肉を捌いてた。放っといたらせっかくの肉が悪くなっちゃったら依頼にも影響するかもしれないし。ほら、ろくに勉強とかしてないからササニード云々の古代史も、ゴーレムってのもよく分かってなかったからさ。


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