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貴玉の心  作者: 水雨
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3

 ええと、拾った子が人間じゃないってのはもう言ったっけ。そうそう、だから少しだけ血が滲んだけどそれだけだ。見たことも無い文字を大事な場所のギリギリ上あたりに刻んで笑ってるんだから、ホント意味が分からなかった。

 奴隷に持ち主の名前を刻んだりするのはよくあるだろ? それに似てたし、実際ほとんどそれに近い事だったんだけどね。

 ま、それはそれ。驚いたけど段々陽も傾いてきたし、まずは隣街まで近づかないといけないわけだ。色々聞きたいなら街に着いてからでも良かったからね。とはいっても、聞いて答えが貰えるなんて思ってなかったんだけど。


「コルネギス、おれの名前は何にする?」

「そうだなあ……とりあえず決めておいた方が便利か。どんなのがいい?」

「ええと、わからないから、コルネギスが決めてくれればいい」


 案外世界は平和だった。その時は、だけどね。魔物さえ出なければ街までの道はただの散歩道さ。

 少しずつ空が赤らんでいく中、俺とその子は川沿いを歩いてひたすら雑談。もう少し俺が小さかったら青春でも味わえた……いや、せめて石を拾う前なら良かったのに。あれはちょっと残念だったかな。

 そうそう、凄い事なんだけど、歩いている間にその子の言葉がとんでもない勢いで上達していくんだよ。砂が水を吸うようにって感じ。


「何でもいいのか」

「何でもいい。コルネギスが決めたのなら、何でも」


 道中一番口にしてのは名前をくれ、っておねだりだったっけ。何でもいいってひたすら言うもんだから、あれは付けるまで延々言い続けてたに違いないね。

 でも、そう簡単に名前なんて決められないだろ? 犬猫じゃあるまいし。


「じゃあミルチェでどうだ?」

「ミルチェ? ああ、それでいいよ。コルネギスのくれた名前だし」


 ……その目、疑ってるね。いや、本当に頑張って考えたんだよ、多少は知り合いの名前を参考にしたけどさ。それにその子も喜んでたから別に問題ない……と思うけど。

 ああ、いや、そんなことより問題なのが格好だった。なにせ上着を羽織っただけだから、ほとんど丸見えでね。本人も全然気にしてないからチラチラ大事な所も見えそうになるしで悩ましい所だったなあ。


「コルネギス、これからどうする?」

「とりあえず次の街に行ったら服でも買わないとな。今のままだと、人攫いとっ捕まってもおかしくないから」

「ふく。ふくは、それ?」

「ああ、俺が今着てる奴とかお前が羽織ってる奴。全部ひっくるめて服だ」


 強い風が吹くと色々大変なとこまで丸見えなんだけど、そこから目を逸らすと真っ赤な煌めきが目に入る。血みたいな色の髪でも風になびくと案外綺麗なもんだ。


「良い色だな、お前の髪の毛。最初は怪しい色だと思ったけど、こうやって見ると鮮やかでいい感じだよ」


 今でもあれは鮮明に覚えてる。まあ俺にできる事は覚える事だけって言ってもいいんだけどね。

 髪の毛を褒めた時の嬉しそうに細くなったミルチェの目。ほんの少しの違いだったけど、一番最初に見たあの子自身の笑顔だったんだ。

 顔を赤くする歳でも無いというか、そこまで心が揺れ動かないというか。ただ可愛らしく思ったのは確かだったから、いつの間にか手を握っていたのも……その目は止めてくれるかな。別に小さい子が好きな訳じゃないって。

 いや本当に何もしてないよ、って言うより早いとこ行かないとさすがに魔物が出てくる可能性もあったし、ひたすら歩いてさ。ようやく街に着いた時にはもう、とっぷり陽も暮れてたっけ。


「やっと着いたか。ミルチェ、お前はこの街から来たんじゃ……なさそうだな」

「ああ、ここは知らないよ。おれは街から来てないし」


 あっち、ってミルチェが指をさしたのは昼に出会った森の方。でもそっちにある街っていうと俺の街しかなくて、そこでミルチェを見た覚えも無い。不思議には思ったけど、俺も外の街なんて知らないからね。どうせ分からないだろうことを聞くのも面倒だろ。

 ただ夜で良かったよ。隣街は昼間だと人が多くて、半裸の女の子を連れて歩くには、ねえ? 

 

「今からどこに行く?」

「知り合いが店を出してるから、とりあえずそこに行こう。一文無しだから金も稼がないといけないし、寝る場所を貸してもらえるとありがたいんだけどな……あとは、お前の服と知り合い探しか」

「コルネギス、おれの知り合いは探さなくて大丈夫。おれはコルネギスの傍にいるから」


 さすがにその言葉を聞いた時には驚いたね。本当に俺の傍以外に居場所は無い、って感じで言い切られると返す言葉も無いよ。まあ、俺も全力でミルチェを助けてやろうってわけじゃなかったし、最悪誰かに預けて行けばいいだろ、くらいに考えてたんだ。結局そうならなかったんだけど、君は……へえ、知ってるのかい。さすがだね。

 それで俺達は知り合いの店に……ちょっと待ってくれ。いや、そうだ。アイツに会ったのもこの時だ。誰かって? 君も良く知ってるアイツだよ。はは、嫌そうな顔だね。

 

「……コルネギス、止まって」


 月も無い街の暗がりを歩いてる途中で、急にミルチェが俺を止めたんだ。俺は全然気付かなかったけど、真っ黒で飲み込まれそうな気配がしたらしいよ。声も随分固くなってたし緊張してたんだろうね。

 俺としてはそんなことより、俺を庇うように立つミルチェが上着を脱いですっぽんぽんになった事の方が困ったんだけどさ。誰か来たらどうするんだって思った直後に向かいから誰か来るし。

向かってきた奴は、君にはあえて言う必要も無いと思うけどね。金髪に軽薄そうな、へらへら笑ったまま煙草を吸ってる優男。そこらの不良みたいな見た目の相手にミルチェは怯えてた……緊張してたって言った方がいいか。傍目には微動だにしてなかったけどあれは間違いない、なんとなくバカからは圧迫感があったからそのせいだと思う。


「なーんだよ、珍しいのがいるじゃねーか。ここ最近全然見なかったくせに今頃目ぇ覚めたのか。なあ?」


 幼女にガン付ける不良。今思い返してもそうとしか考えられないんだから、アイツのバカっぽさも相当なもんだ。

 そのままアイツがミルチェに手を伸ばしてきて、それが何か嫌な予感がして思わず掴んだんだけどさ。後で聞いたら壊すつもりだったって笑って言ってたから、ホント危ないとこだったよ。


「……あぁ? なんだてめえ……つーかマジで何だテメエ」


 本人は別に睨んだつもりは無かったらしいけど元々目付きも良くないだろ。覗き込まれるだけでも結構凄味があるのはさすがだね。もし『石』が無かったら俺も怯えて、間違っても手を伸ばしてアイツ……バカでいいか、バカの頭を押しやる事なんてしないに決まってる。

 君達なら絶対しない? そりゃあ、バカの素性を知ってればしないだろうね。実際バカも目を白黒させてたし。あの時の顔はなかなか間抜けっぽくて面白かったよ。


「お、おお? おいおい、お前人間じゃねーのかよ。どーなってんだテメエ、肝座ってるってもんじゃねーぜ」

「どう見たって人間だろ。それよりアンタ、この子の事知ってるなら教えてくれないか。どこの子なのか分からなくて困ってるんだよ」


 ミルチェはまだ固まってたっけ。何か言おうと口を動かそうとしてたんだけど結局何も言わなかったのは、バカの気配に完全に当てられてたってことかな……魔力に当てられた? ああ、そういえばそうか。

 

「訳わかんねーな、これの事知らねーでマスターになったっつーのか。コルネギス・ジガードってお前だろ?」

「ああ、何で分かったんだ?」

「そりゃこれの腹に書いてあるから……テメエ、この文字読めねーのかよ。つーかそれならどうやって登録したのかって話なんだけどよ」


 これこれ、ってバカが指さしたのは、ミルチェが下腹部に刻んだ文字だった。素っ裸なんだけど薄暗くてイマイチ見えなかったのは覚えてる。結局勉強不足で何が書いてあるのは知ってるだけ、今も全然読めないのが何とも言えないね。向上心が無いだけ? ごもっとも。


「これは昔の人形だろーが。今は知らねー奴が多くなっただけで昔は色々いたもんだぜ。懐かしいなオイ、どこで見つけたんだよこんなもん」


 さすがにそう言われて、ああこの子は人間じゃないのかも、って思ったね。例え奴隷だとしても『昔の人形』なんて言い方はしないだろうし。

 そういえばあのバカ、この時ミルチェの頭をぽんぽん叩いてたな。下手したらあの時に壊されてたのか……意外と綱渡りだったんだなあ。

 ん? いいや、それ以上は絡まれなかったよ。バカも飽きたんだろ、そういう感じの顔してたから。


「まーいいわ、人間の作ったもんだし人間なら起動することもあんだろ。つーかそれより何でスッパなんだよ、テメエの趣味か?」

「まさか、森で見つけたんだけど何も来てなかったんだよ。だから俺の上着だけとりあえず着させてたのに脱ぐもんだから」

「はーん……リアネア! お前の服で何かくれてやれ」


 リアネアって名前は……知ってる顔か。俺は初めてだったから驚いたよ、呼ばれた途端にバカの足元の影から金髪の小さい女の子が出てくるんだから。それもとびきり可愛い子が満面の笑み、花が咲くような笑顔って言うのはあんな感じなんだろうね。中身はとんだ毒花だけどさ。


「あはっ、ギルド様のご命令ならぁ、いくらでもっ!」

「……」


 にっこり笑ったリアネアって子と、固まったままのミルチェ。色々と不自然なとこを見なければ初対面の子供同士でご挨拶って絵面だったけどさ、間近で肌で感じた空気は蛇に睨まれた蛙だったよアレは。


「ふぅーん? お人形さんってぇ、結構可愛いんだねぇ。リアネアの次くらいだけどぉ。服のサイズはおんなじくらいだしぃ、えっちぃ系? 可愛い系? 格好つけてる感じがいいかなぁ……ねぇねぇお人形遣いのおにいちゃん! おにいちゃんはどっちがいいのぉ?」


 俺の方を見て服の好みを聞いてくる目が、とにかく粘っこいって言うのかな。にこやかに笑ってるはずなのにネットリした嫌な視線で、ちょっとだけ鳥肌が立つような目でね。


「あんまり女の子の服装は分からないし、目立たない服でいいよ」

「えぇー! そんなのつまんなぁい! じゃあねぇじゃあねぇ、リアネアの服で二番目に好きな服あげるねぇ! あは、あははははっ! そんなにびくびくしないで大丈夫だよぉ? お人形さんだもん、リアネアの服でも死んじゃったりしないからぁ」


 リアネアがまた、石畳に響く甲高い声でケタケタ笑うんだ。あれも普通の人間だったら心が揺れるどころかぶっ壊れる声だったらしいから、もうあの時にはほとんど『石』の影響で安定してたってことだろうね、心がさ。

 そこから着せ替え遊びが始まったんだっけ。すぐに満足して終わってくれたからいいけど、あれで不満だったら陽が昇るまでやってたかもなあ。


「いいよぉいいよぉ、あははははっ! 見て見てギルド様ぁ、お人形さんにはやっぱりぃ、真っ黒なふりふりドレスだよねぇ。髪の毛真っ赤っかだもん、黒い方が似合ってるよぉ? ねー、マスターのおにいちゃん!」

「ご苦労さん、やっぱ人形は見栄えは悪くねーな。うっし、リアネアは戻っていーぞ」

「えーリアネアお人形さんと遊びたいよぉ! ねぇギルド様ぁ、だめぇ?」

「駄目だ。俺が今から何しに行くかって知ってるだろ? お前が出て来てたら相手が怯えちまうだろーが、いーから帰ってろ」


 あざといくらいの膨れっ面。リアネアの事を知ってるなら想像できるだろ? まあバカの命令だから拗ねながらも大人しく戻ってくれてよかった。さすがにリアネアに遊ばれたらミルチェが壊れちゃうよ。

 そのまま騒がしい金髪幼女が影の中に帰って行けば後に残るのは俺達とバカだけだし、バカも欠伸なんかしてて完全に興味なくなってたし。面倒くさそうに手を振って街の真ん中の方へ歩いてったけど、あれも今思えば、後のために準備でもしてたんだろうね。


「じゃーな、珍しいもん見た礼にその服やるよ」

「いいのか?」

「ああ、どーせ今の時代にあっても一つだけじゃ大して役に立たねーし。せっかく見た目の良い人形なんだから少しは飾り立てねーとな、テメエにゃ服買う余裕も無さそーだ」


 へ、って感じで笑ってたの顔は俺を馬鹿にしてたに違いない、そんなウザイ顔だったのが今更だけど腹が立つね。今なら蹴り倒すけど初めて会った相手にそれはできないから結局そのまま見送ったんだけどさ。ダラダラ歩くあの後ろ姿はただのチンピラだよ、よくもまあ人の上に立ててるもんだ。

 へえ、人を惹きつける魅力ねえ……やっぱりアレかな。人の心の隙間に入り込むとか、揺れ動く心を掴むのが上手いとか……昔から? 天性のモノって奴か。


「何だったんだアイツ。そういえばミルチェはアイツの事知ってたのか? やけに静かだったけど」

「……おれは知らない。けど知ってる。あの男は敵だ」


 バカの去って行った方を見るミルチェの目には驚いたね。睨みつけてるのは間違いなくて、でもその割に卑屈というか、弱い奴が強い奴に勝てるわけないって諦めた色をしてるんだから。それまでのやり取りを見ていれば完全に圧倒されてたし、納得せざるを得ないけどさ。

 あのバカとの出会いはそんな感じだったよ。ただひたすらよく分からなかっただけで、俺にとってはミルチェのドレスがタダで手に入った夜。そんなことよりも無事に知り合いが寝床を貸してくれた方が俺にとっては嬉しかったしね。


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