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貴玉の心  作者: 水雨
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話すのなら酒場がいい

ロクでもない話ですが、よろしくお願いいたします。

 酒場という場所は、会話を交わすにはもってこいの場所だ。

 酒があれば話は進む。周りの声が大きければ、それだけ秘密の話を掻き消してくれる。


「君は何か飲むかい? 酒でよければ奢るけど」


 加えて向かいに美人がいるときたのなら、これで楽しくなければ嘘というものだ。

 ただ残念なのは、その相手が不安そうに目蓋ごと顔を伏せている事か。あからさまに落ちこまれると苦笑が漏れてしまう。


「俺の事は知ってるんだろ。その意味も分かってると思う」

「……ええ」


 サラリと流れる金の髪。物憂げな目は元々あった儚げな雰囲気に合っていて、男心をくすぐってくれる。繊細に作られたような個々のパーツがまるで人形のような美しさを持っている。

 着ているものは街の女と何も変わらないのにここまでの色気を出すのだから、世の男は放っておかないだろう。実際、こうして俺と向かい合っている今でさえチラチラと女を見る男が絶えないのだ。


「けど面白いね。似顔絵は世界中に出回ってるはずなのに、誰も気付かないんだからさ」

「それは……その、似顔絵とは少しお顔が違いますから……」

「まあね。似顔絵はずいぶん美化されるというか、正直アレと同じ顔を考えてたら、俺だと気付かないのは当然か」

「……ええ」


 何かを言おうとしたのかもしれない。けれど、それが紡がれるより早く、ため息と共に彼女の顔が伏せられる。

 恐怖か、それとも諦めの感情なのか。そんな陰気な仕草でさえ魅力的な辺りは本当にさすがだと思う。もっとも、陰気である事それ自体が元来の性質なのだろう。目の前の女性の素性さえ知っていれば、納得もできるというものだ。

 

「それじゃあ話をしよう。まずは一番初めの、俺が旅を始めるきっかけからでいいかい?」

「……ええ、全てを事細かに教えてください。貴方が何をもって今に到ろうと思ったのか。どうやって今を築き上げる事ができたのか。せめてその全てを教えて頂けなければ、私は納得することができませんから」


 彼女の目に宿る光は、結局は後ろ向きの光ばかり。納得したところで今後の身の振り方を変えるつもりもないだろうけれど、自分から諦めてくれるというのならその手伝いをするのも悪くない。

 無理に事を進めるよりも、諦めて受け入れてくれた方が遥かに簡単で後腐れが無いのだから。


「分かったよ。まずはそうだね……俺が二十歳になる少し前の事だった。一生を小さな街の中で終えるつもりだった俺を変えてくれたのは、たった一つの小さな石だったんだ」


 目を瞑れば、いつだってあの頃の記憶が蘇る。

 自分の目で見て聞いたこと全てを覚えている俺だが、そうなってしまう前の事はほとんど霞の向こうに消えてしまっている。ただ、石を拾う直前の記憶だけは印象が強いのか、色褪せることなく残り続けてくれていた。

 酒があるのはいいことだ。口を動かす潤滑油になるうえに、周りの関係ない奴らには話が耳に入らないよう注意力を落としてくれる。そしてこういう店で酒を飲まない奴なんていやしない。

 あまり聞かれたくない話があるというのならそれはきっと、こういう場所でするべきなんだ。


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