2-1 模擬戦闘
何だかんだジャンルをファンタジーに変えました。
日差しが眩しさを増してくる4月の終わり。
私達1-A組は晴天下のグラウンドで魔法戦闘術の授業を受けていた。
「えー、今日の授業は前回言った通り1対1の模擬戦闘をやってもらう。も・ち・ろ・ん、ちゃんと準備はしてきたんだろうな?」
きっちりと4列に並んでいる私達の前に立っている一人の女性。彼女は魔法戦闘術の授業を請け負っている穂積真紀先生だ。
真紀先生は一通り生徒達を見回すと、その整った口元をニィッと緩ませた。
背丈が170cmと女性にしては高く、そこから繰り出されるサディスティックな笑みは言わずもがな生徒達を威圧する。
「じゃあまず私が君達に手本を見せてやる。……早川! まずはお前が私の相手だ!」
「は、はぃぃぃ」
ちなみに真紀先生は陸上部の顧問もしている。なので当然の如く由美は真紀先生にとても可愛がられているのだ。
「いいか。今回の模擬戦闘で使っていい魔法は攻撃魔法の『魔弾』と肉体活性の魔法、そして障壁魔法のみだ。以前話したように少なくとも肉体活性と障壁魔法ができれば戦いで惨めったらしく死ぬことはない」
どこぞの傭兵みたいなセリフを吐く真紀先生。
……つまり“肉体活性と障壁魔法をおろそかにしてたら殺す”っということのようだ。由美……、目があからさまに死んでるけど骨くらいはちゃんと拾ってあげるから……
しかしそれにしても最近は本当に暖かくなってきたと思う。暖かいというよりも暑いに近くなっているのかもしれない。
ほんの少し前まではシャツの上にカーディガンを重ねていたのに、今ではジャケットを羽織ることすらうっとうしく思う時もある。
高校に入った当初は一日一日がとても長く感じられたけれど、いろいろなことに追われているうちにあっと言う間に時が過ぎ去ってしまっている感じだ。
なんて友人の危機を尻目に雲一つない青空を見て少しぼんやりしていると、さっそくと言うか、目の前では真紀先生が由美の障壁魔法を拳一つで豪快に突き破って由美を数十メートル彼方へ吹き飛ばしていた。
由美は何回か地面にバウンドするやぴくりとも動かなくなった。ダメージを軽減する魔法礼装をちゃんと纏っているにも関わらず……
(これはもはやお手本というような生半可なものじゃなく、恐怖を植え付ける見せしめなのでは……?)
そういえば前に由美、魔術数学の初回授業でやったテストでやらかして部活に行けなかったんだっけか……。
「いいか、君達。いくら障壁魔法を張ったってそれ以上の力でぶっ叩けば破られてしまうんだ。だから決して障壁を張ったくらいで気を抜いたりするんじゃないぞ。さもなくばあそこでくたばっている愚か者みたいになるからな」
先生の発言に、瞬間、クラスの空気が固まった。
目の前の光景を見せられれば誰だって恐怖を抱かざるを得ない。ましてやまだ数週間とはいえ、同じクラスの一人が人柱になったのだから――
「……ねえ、マナちゃん。もし私と当たってもちゃんと手加減してくれる……よね?」
「あ、あずさ……、さすがに私でもあんな馬鹿みたいに障壁魔法を壊すことはできないわよ……」
「松本に姫宮、……なんか言ったか?」
「あ、いえ、何も言っていません!」
真紀先生の人をも射殺す眼圧。
私は一瞬、由美がぼろきれのように吹っ飛ばされた光景が脳裏によぎった。
「……まあいい。じゃあ次は生徒同士でやってもらおう。最初はそうだな、姫宮……そして月城!」
真紀先生は一息ついて次の生徒を指名した。それは私とあの月城蓮。
月城は何事もなかったかのようにスッと立ち上がり前に出る。それに対して私はワンテンポ遅れて前に出た。
定位置について対面する月城は普段と変わらぬポーカーフェイスだった。
その様子からは魔法を交えることなんて慣れきっているということがひしひしと伝わってきた。何せ相手は魔術の名族月城家の跡取りであり、日比谷の中等部では神童とさえ呼ばれていた生徒なのだから。
だけれど私には不思議と気負いはなく、むしろ彼と手合せできることにとてもわくわくしていた。
別に勝てるという保障があるからじゃない。自分以上の人と切磋琢磨し成長していく、そのことが私にとってとても刺激的でとても心が躍ることなのだ。
「私が始めといったら開始だ。それと二人とも。お互い手を抜くなんてこと、するなよ」
目を細める先生に、私と月城は小さく了承した。
「――それでは始めだ!」
真紀先生の合図の瞬間、私は素早く魔法陣を作った。教科書通りならまずは相手の様子を見るべきなのだろう。
だけど私にはそのような暇はなかった。
月城が間髪入れずに間を詰めてきたからだ。10メートルほどあった間合いは一瞬で彼の攻撃圏内へと変わる。
たかが体に魔力を纏った肉体活性。されど彼のそれは高校一年生レベルを大きく超え、熟練した魔術師レベルに匹敵していた。
しかしだからと言って私もおいそれと攻撃を許すほど甘くはない。
彼が拳を引いた刹那、私は障壁魔法を発動しきった。
先程真紀先生による盛大なデモンストレーションがあったが、いくら彼でも溜めもなしに障壁魔法を軽々と突破できはしない。
障壁魔法が発動しきるやいなや、月城はすぐさま魔法の壁を蹴り上げ大きく後退した。
そこにすかさず私は新たな魔法陣を生成し、大量の魔弾を月城に撃ちつける。
その衝撃で激しく砂煙が舞うグラウンド。
ギャラリーからは感歎と心配の声が上がった。「あんな一瞬でどうやったらあんなに魔弾を作れるんだ」、「月城君は大丈夫なのか」、と。
しかし私はそんなギャラリーをよそに全く気を抜くことはしなかった。
案の定、砂煙が晴れるともうそこには月城の姿がなかった。
私はすぐに頭上を見上げる。そこには空高く舞う月城の姿があり、今まさに私に襲い掛かろうとしていた。
重力と魔力が加わった恐ろしい程に重い踵落とし。
私は咄嗟にバックステップでそれを躱した。
振り落とされた足は地面と接触するや凄まじい音を立て、地面はまるで小さな隕石が落ちたかのように抉れてしまう。
(さすがは近接戦闘を得意とする月城家。使える魔法が限られているとはいえ、肉体活性だけでこれほどまでの威力を出してくるなんて……規格外もいいところだ)
月城はそのまま私へと再び距離を詰めていく。一方の私も迎撃するべく体に魔力を纏わせた。
確かに体術に定評があるだけあって月城はとてつもなく速い。私なんかではとても出すことなんてできない程に。
だけど決して目で追えない、というわけではない。
私だって彼をちゃんと認識できるし、彼の動きもしっかりと把握できている。ならば相手の軌道を予想して避ければいいだけだ。そしてその隙に反撃を決められる。
しかし月城が拳を放とうとした時、私はある違和感を覚えた。
神童とまで謳われた彼のスピードはこの程度なのか、彼の全力はこんなものなんだろうか、と。
深く考える時間はなかった。
だからだろうか。私は避けるのではなく、そんな直感に従って咄嗟に彼の拳を腕でガードした。
ガードの上から月城の拳が私を襲う。魔力を腕に纏わせて防御力を上げていたとはいえ、かなり重い一撃だった。
拳が交わった部位は赤く腫れ上がる。痛覚も少しばかり麻痺してしまった。
――しかし今のは私の直感が正解だったようだ。月城が私に正拳を撃つ瞬間、拳の軌道がぶれたのである。もしカウンターなんかを狙って躱しにいっていたら間違いなく喰らっていた。
私は赤く腫れ上がった部位をおさえながら大きく彼と間を空ける。
スピードとパワーでは限りなく月城の方に軍配が上がるだろう。それはこれまでのやり取りを考えればすぐに分かる。
だけどこれは体術のみの組み手ではない。体術も魔法も使える魔法戦闘なのである。なら私にだって勝機は十分にあるはずだ。
そう月城に対する熱い対抗心を胸に、私はさっきよりさらに巨大でさらに複雑な魔弾の魔法陣を展開させた――。
◆
「そこまで!」
模擬戦闘が始まってから5分。私と月城は一進一退の攻防を繰り広げた。
月城が迫ってくれば私は障壁魔法を展開し、私が魔弾を撃てば月城はそれを避けるといった具合に。
「二人ともいつまで続ける気だよ、全く。授業を持っているこっちの身にも考えてくれよ」
「す、すいません」
真紀先生はわざとらしくため息をついた。しかしその顔は満更でもないっと言いたげだった。
「姫宮、ちょっといいか」
ふと、構えを解いた月城が私に話しかけてきた。
クラスが一緒だったとはいえ、話しかけられたのははもしかしたらこれが初めてかもしれなかった。
「何?」
「何であの時お前は俺の攻撃を避けるのではなく防御しようと思ったんだ?」
月城のその問いに私はあの時を思い出し、ちらりと自分の腕を見た。月城の拳を受けた部位はもうだいぶ腫れがおさまっていた。
「……何となく、かな。月城だったらあんな避けられるような甘い攻撃をしないと思って」
「そうか……。いや、答えてくれてありがとう。戦闘中にそんなことまで勘付いてくるなんてさすがに一筋縄じゃいないな、三鷹の天才は」
三鷹の天才……ね。
「どういたしまして。日比谷の天才さん」
そう私が言った時、かすかにだが月城が笑ったように見えた。
いつもクールな顔を崩すことはなかった彼のその表情は珍しさも相まってちょっとドキッとしてしまった。
◆
「あぁ、もう真紀ちゃん私のこと絶対嫌ってるよ~」
魔法戦闘の授業も終わり、私達は更衣室で制服に着替え直していた。
目の前では由美が愚痴をこぼしながらボロボロになった魔法礼装をロッカーへとしまっている。
あの後先生も何人かの生徒に“お手本”を示してくれたけど、由美ほどボロボロになった生徒はいない。
「そんなことないよ。あんなにも由美ちゃんに愛情をぶつけてくれるのは真紀先生くらいだよ」
そう言ってあずさがシャツのボタンを掛けつつ由美をなだめる。
確かに由美は真紀先生から人一倍愛されていると思う。あの模擬戦闘だって由美への信頼から来ているものだろうし。
……もっとも私はあんな愛され方ごめんだけど。
「真紀先生って絶対Sだよね。彼氏を尻に敷いてるよ、あれ」
カラカラと私の隣で笑ってそう言ったのは月城と同じ日比谷出身の渡邊メイだった。
彼女はバレー部に所属していて真紀先生より少し背が高い。とは言っても真紀先生みたいな威圧感は皆無なのだけど。
学校は友達を作る場とはよく言ったもので、比較的席の近い私達と彼女は早くも打ち解けた仲でもある。
「あー、何となく分かるな、それ」
「年下の男の人を侍らせてそうだもんね」
メイの言に私とあずさは同意した。
真紀先生、鞭とか蝋燭とか似合いそうなんだよね……。
「――いや、意外とそうでもないのよ」
すると先程までため息ばかりついていた由美が急に口を挟んできた。
「真紀ちゃんああ見えても恋愛では尽くすタイプらしいのよ。それもものすごく。あ、知ってる? 真紀ちゃん先月くらいに彼氏に重たいって言われて振られちゃったんだって。それでさ、陸上部の先輩たちはそんな真紀ちゃんを慰めるので練習どころではなかったらしいよ」
さっきと打って変わって由美はうきうきと話し続けた。相も変わらずいったいどこからそんな情報を持ってくるのだか。というよりそれ真紀先生に聞かれでもしたらもっと悲惨なめに遭うわよ、由美?
「――そういえばマナ、よくあの月城君相手にあそこまで善戦できたね。私のところではあいつと拮抗して戦える子なんていなかったよ」
ふと、メイが先程の私と月城の模擬戦闘について聞いてきた。
彼女の視線は何だか輝いているように見えて、言われるこちらとしては少しむず痒かった。
「そ、それ程じゃないわよ。あの模擬戦闘は魔法の制限とかあったし……。それに制限なしの実戦だったらたぶん負けてたと思うし……」
「またまた。そんなの向こうも同じだって。ねえ、マナの入っている九條って人のゼミは確か魔法戦闘を扱うんだっけ?」
ふいっと出てきたメイの発言。それはごくごく普通なもの。しかしその中に出てきたある単語が私の頭に引っ掛かった。
九條。九條秀。あの傲慢で偏屈で俗物の性格最悪な男……!
条件反射で私の口元が引きつった。
「……あ、あははは。まあ、魔法士事務所だから魔法戦闘もやっているのかな」
「マナちゃん……。顔に哀愁漂っているけど何かあったの?」
何か……。ありすぎて思い出したくもないよ……。
「べ、別に。大丈夫よ、あずさ。ちょっと先生の性格に難があるなって思っただけ……。そういうメイはどうなのよ?」
「私? 私は由美と同じで警察関係のゼミよ。教官は違うけどね。私の教官は李教官って言うんだけど、何でも中国の伝統武術を継承しているみたいでさ。前の研修なんか道場貸し切ってずっと組み手ばっかりやらされてたわ」
「へえ、メイのところはそうなんだ。私のところは教えてもらうっていうより仕事のお手伝いって感じかな。交通整備だとか見回りだとか。ま、その分課題とかは少ないんだけどね。私としては結構ありがたいかな」
ゼミは先生によってだいぶ内容が違う。たとえ同業種だとしても。その点メイと由美は自分に合ったゼミに入ることができているようだ。
するとここで由美もあずさにもゼミの話を振った。悪戯な笑みを浮かべて。
「あずさはどうなのよ? 高橋先輩とは?」
「な、何でそこで高橋先輩が出てくるの!?」
由美の言葉に露骨に顔を真っ赤に染め上げるあずさ。毎度毎度高橋先輩のことになるとゆでだこみたいになるな……分かり易すぎる。
「高橋先輩? 誰なのその人は?」
「そっか、メイは知らなかったのよね。高橋先輩って言うのは――」
「ちょ、ちょっと!」
メイに秘密をばらそうとする由美に、あずさはすぐさま彼女の口を塞いだ。しかしあずさにとって不幸なことに、聞き耳を立ててた他のクラスの子たちが興味旺盛に集まってきた。
『え、あずさちゃんつき合っている人いるの?』
『その人カッコイイの? 写真見せてよ!』
『これだからリア充は……』
瞬く間にクラスの女の子たちに囲まれるあずさ。こうなってはもうどうしようもない。
いい加減あきらめなさい、あずさ……。すぐに赤くなっちゃうあなたが隠し通せるわけないでしょ?
しかしそれにしてもみんなゼミ楽しそうだなぁ……
目の前の友達たちを見て、私はそう思わずにはいられなかった。メイは戦闘指導、由美は職場体験、あずさは恋愛……
九條先生はあんな感じだけれども、いつか私のところも楽しくなっていくのだろうか……
……いや、波乱しかない気がする。