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1-6 初めての魔物討伐

ようやくバトル回。

さてさてどうなることやら……

 九條先生が寝に入ってから、私は迫り来る孤独と恐怖から必死に耐えた。未だに妹抜きでホラー映画を観ることができないことを鑑みれば、それはそれはたいそうなことだった。

 だけど人間頑張ればどうにかなるもので、握りしめていた懐中時計はいつの間にか午前1時を指し示していた。この時間になってくると私の意識も緊張よりも眠気が支配し、うつらうつらとしてくる。


 するとそんなぼんやりとした意識のなか、鐘の音が聞こえた。キンキン、キンキンと非常にうるさい。

 その音は心地よい睡眠を妨害するものでしかなかったが、そう看過できるものではなかった。それは魔物の襲来を知らせるベルの音なのだから。


(とうとう来たのか。やっぱりちょっと手は震えるな。けれど村のみんなを守るためにも――)


 両の手で頬を叩く。もう退くことはできない。戦わなければいけない。

 決意を胸に刻みつけ、私はアタッシュケースの中の白い魔法礼装を羽織った。そして同じくアタッシュケースからお父さんから授かった黒い魔導具を取り出した。





 ◆





 鐘の音が鳴ってから1分もしないうちに私と九條先生は小屋の中から飛び出した。音が聞こえてきたのは魔境の近く、荒らされた畑や壊された家屋があった辺りだ。


 現場に着くやいなや、目の前に巨大な黒い影が見えた。アーテル・ウルススだ。 演習で戦った魔導人形(マペット)と同じく全身は黒い毛皮で覆い包まれていて、鋭い爪がたき火を反射して赤く輝いている。

 しかし演習の時と明らかに違うことが一つ、それは目の前の魔物の方がずっと大きいということだ。大きさは目分量で8mはあると思われ、体重はトラックに引けをとらないだろう。


 そしてそんな巨体が今まさに村の人を襲わんとその獰猛な腕を振り上げていた。


 私はすぐさま右手に魔力を集中させて虚空に魔法陣を浮かばせた。構成した魔法は基本攻撃魔法である『魔弾』。

 魔法陣からは魔力の弾が飛び出てアーテル・ウルススの顔面に直撃する。その巨体はわずかに揺らいだ。

 魔物はこちらをギロリと睨む。


「姫宮くん、そのまま奴の注意を引きつけて広場の方まで誘導させろ! その間に私は村人の避難をさせておく」

「分かりました!」


 九條先生は腰を抜かした老人のもとに向かった。彼はおそらく警告鐘を鳴らした人なのだろう。

 しかしアーテル・ウルススは駆け出した九條先生につられて今度は大口を開けて二人に噛みつこうとしてきた。


「そっちじゃなくてこっちよ!」


 私は連続して『魔弾』をアーテル・ウルススに放った。攻撃魔法のなかでも威力が低い魔法ではあるけれど、アーテル・ウルススを適度に刺激するには十分だ。


「こっちに来なさい!」


 巨大な魔物は攻撃を放った私に標的を替え、ゆっくりと近づいてくる。

 ここで焦って攻撃してはいけない。近くに人がいないとはいえ、下手に暴れられて住居や畑を壊されてしまう。


 それから適度な距離を保ちつつ、10分ほど時間をかけてアーテル・ウルススを広場まで誘導した。その間にあらかたの村民は避難できたようで、少し離れた柵には九條先生が寄りかかっていた。


「どうだ、魔物との初戦闘は? 中等部の模擬戦闘なんかとはリアリティが全然違うだろう。怖くて怖くて泣いてしまいそうというのなら、私も手を貸してあげなくもないぞ?」


 それはムカつくほどに見え見えの挑発だった。

 怖いのかと言われたら確かに怖い。初めての実戦なのだから。

 だけどこの依頼は私がやると自分で言いきったのだ。それに先生にとってこれは私を試す試験でもあるはずだ。だったらなおさらここで甘えるわけにはいかない。


「……このくらい、大丈夫です」

「そうか。じゃあ私は高見の見物と決め込むとしよう」


 九條先生がフッと笑った。その笑みにはどんな意味が込められているのか分からなかった。


 私は視線を九條先生から外し、すぐさま魔物に戻す。

 ウルススはまだこちらの出かたをうかがっているようだ。すぐに襲い掛かってくるような戦闘態勢でもない。


 ――なら、今がチャンスだ!


 私は先程と同じように魔法陣を構成した。しかしそれは単なる魔弾の魔法陣ではない。

 それは魔弾の術式に『火』属性の術式を組み込ませた魔法、その名も炎弾(フレア・ブレッド)だ。炎弾(フレア・ブレッド)は魔弾に火属性が加算された分、威力が数倍も高いのだ。

 この攻撃術式に属性術式を付加させるということは学園のカリキュラム上は2学期にやることである。しかしたかが属性付加、魔法使いの最高位である《魔導師》を目指している私からしたらこれくらい――


「ほう、ひよっこの割になかなか……」


 九條先生のつぶやきが耳に届く。そしてそれと同時に魔法陣からは一つの赤く輝く火の玉、炎弾(フレア・ブレッド)は一直線にウルススに飛んでいった。

 大きさは魔弾とさほど変わらない炎弾(フレア・ブレッド)。けれどそれは並みの魔物なら大ダメージを受けることが必至の攻撃。



 しかしそんな私の思惑とは反対に、ウルススは炎弾を受けて体に炎が回るや否や、何事もなかったかのように腕で払って炎を消してしまった。


(そ、そんな、炎弾(フレア・ブレッド)が効いてないなんて……。獣には火属性が有効のはずじゃ……)


 予想外のことに汗が頬を伝う。

 け、けど別にお手上げというわけではない。ダメだったのなら次の策を打つまで!


 私は次に背負っていた魔導具を構えた。それは昨晩お父さんから借りた銃火器型対魔物制圧装置。

 この魔導具には雷属性の術式が込められており、被弾した魔物の神経にダメージを与えてしばらくの間動きを止めることができる。


「今度はさっきの炎みたいにかき消せないわよ! 喰らいなさい!」


 銃口から目も眩む光柱が放たれた。弾道上の地面は抉れ、砂塵が視界を覆い尽くす。

 魔導具はメンテナンスが必要というデメリットはあるものの、その威力はモノによっては馬鹿にならない。

 私のようにまだ強力な魔法を使えこなせない魔法使いにとってはとても重宝する代物だ。


(後は急所に魔法を放って……)


 しかし、そう思って私が魔力を溜めた時だった。


「油断するなよ、馬鹿者」

「えっ――」


 九條先生の声が聞こえた。

 続いて倒れているはずのウルススの腕が迫ってくるのに気付く。私の体を覆うほどの大きな腕が。


 反射的に私は身を翻した。けれどもそれでは不十分だった。

 ウルススの鋭い爪が私の左腕を切り裂いた。


 左腕に痛みが走る。

 魔法礼装が裂け、掠り傷が生じた。もし耐性のある魔法礼装がなかったら大変なことになっていただろう。


「な、何で……!? 確かに当たったはずじゃ……」

「ああ、確かにやつは喰らったさ。息だって荒くなってる。しかしそれじゃまだまだ足りなかったということさ」


 ――そんな馬鹿な!?

 この魔導具は被弾した相手の神経に膨大な電気を送り、体を麻痺させる効果を持っている。どんなに強靭であっても動けるはずがない!


 ウルススは低い姿勢で私を睨んだ。さっきので完全に吹っ切れたみたいだ。


「く、九條先生……。申し訳ありませんがお手を貸してもらえないでしょうか?」


 魔導具が効かない以上、私としてはもうお手上げに近い状況だった。

 確かにまだまだ強力な魔法はある。だけどまだ私はそれを実戦レベルで使用できるほど使えこなせてはいないのだ。


「……ほう、あんな熊公君一人でも倒せると思ったんだけどな。威勢がいいのは最初だけか? まぁ概して立場を弁えることも知らない未熟者はそういうものだろうがな」


 尊大な態度の九條先生。しかし依頼解決する以上ここは恥を忍んででも……


「そうだな……、自分の無能ぶりに打ちひしがれてどうしても私の助けが欲しいのならばしょうがない。地面にその出来そこないの頭を擦り付けて私を拝み崇めるというのなら考えなくもないぞ」

「っ~~!」


 こ、こいつ! 弟子が今まさに危機に陥っているのにニヤニヤしている! 人が悪戦苦闘しているのに悦んでいる!


 ウルススはそんな私の心情にかまわず突進してきた。

 私は肉体活性の魔法を使い、何とかこれを躱す。


(こんな奴に助けを求めた私が馬鹿だった。しかしそしたらどうやってウルススを倒す? 魔導具は効かないし、魔力を最大に込めた炎の弾なら通るだろうけどそんな時間は与えてくれない……。なら弱点は――)


 牙による噛みつきを跳んで躱し、空中からウルススを眺める。しかしそんな弱点らしい弱点などゲームのボスキャラでもないし、あるはずがない。


「先生、せめて魔物を倒すための助言……」

「ん、何だ?」

「……いえ、何でもないです」


 ダメだダメだ。先生に聞いてもどうせ『その栄養が行き渡っていなさそうな胸もとい頭じゃそんなことも分からないのか?』とか言ってくるに決まってる!


 考えろ考えろ……。

 そもそもこの魔物は本当にアーテル・ウルススなのか? こんなに大きくて強いなんて聞いたこともない。

 それに特徴の一つである獰猛な牙はところどころ欠けているし、体毛も白くなっているところがある。

 もしかして新種の魔物ではないのか……?


 ウルススは大きく腕を振り回した。私は後ろに跳んで距離をとり、すぐに魔弾を撃った。

 しかし威力が弱いせいか、その分厚い皮膚に防がれてしまう。


(とにかく倒すにはあの皮膚を貫けるようでなければダメだ。『風』属性付加はまだ使えないし、威力を伴った魔弾は撃つ隙もない。切断の魔法は魔法陣を完成させるのに時間がかかりすぎるし、私の技量じゃ無意味に終わるかもしれない。となると物理的に鋭いモノを浮遊の魔法で操作して突き刺す方法があるのだけれども……)


 ウルススによる激しい攻撃を掻い潜りながら辺りを見渡すが、しかしそんな都合のいいものなどそうそうありはしない。



 ある一つを除いては――



 けれどそれはとても危険な賭け。失敗したら大怪我じゃすまない。

 ……だけど方法はそれしかなかった。


 私は意を決してウルススの正面に回った。

 息を大きく吸って、ゆっくり吐く。そうして私は腹をくくり両腕をかざして魔法陣を作り始める。私の目前には魔弾の魔法陣とは比べものにならない大きさの魔術式が浮かび上がった。


 魔法陣を作って立ち止まっている私にウルススはチャンスとばかりに重い腕を振り下してきた。あの腕を叩きつけられたら簡単にぺしゃんこになってしまうだろう。

 だけど私は逃げない。ウルススを倒すためにはこの魔法を完成させなければならないのだから……。


 ――そして鋭い鉤爪が頭に触れるか否や、魔法陣が輝いた。


 私を貫かんとしていた巨爪は凄まじい金属音を伴って弾かれた。私の眼前には金色の障壁が展開されている。

 これは『障壁魔法』と呼ばれる防御の魔法。私はこの一撃を受け止めるために魔法陣を作っていたのである。


(さて、問題はここから……)


 ウルススは悲鳴を上げた。大きく振った手が私が展開した魔法障壁とぶつかりその衝撃で二本ほど爪が折れたのである。いや、どちらかと言ったら剥がれたと見ていいだろう。


 私はこれを待っていた。

 武器がないのなら作ればいい。そのために私は勢いよく振り下ろした鉤爪と魔法障壁とをぶつけさせたのだ。


 これは賭けだった。

 魔法障壁がウルススの攻撃に耐えられるように私はちょうどぶつかる瞬間に魔力を集中させた。もし一歩間違えれば大変なことになっていただろう。

 そしてもちろん爪がとれるかどうかも賭けであった。しかし幸運なことに丈夫な見かけとは裏腹に、爪の付け根はずいぶんともろかったようだ。


(あとはこれを――)


 剥がれ落ちた二本の爪に浮遊の魔法をかける。幼稚園児一人分ほどもあるそれをぷかぷかと浮かべ、その切っ先をウルススに向けた。

 それを見たウルススは悲鳴を止め、私をただただ見つめていた。

 その表情は爪を剥いだ私を怒っているのか、それともこれから起こることを想像して怯えているのか私には分からない。


「これで終わりよ。きっとすごく痛いけど、一瞬だから――」


 ひゅんっという風切り音の後、ウルススの腹に二つの風穴が空いた。

 わずかばかりの沈黙。ウルススは低いうめき声をあげてその場を倒れ伏した。




 ◆




「ずいぶんと手間取ったじゃないか、小娘」


「いろいろと予想外のことが多かったもので。けれど初めてにしては結構頑張ったとは思いますけど?」


 へたり込んだ私を見下ろす九條先生はどこか残念そうな面持ちをしていた。きっと私が根を上げるのを待っていたに違いない。本当に性格の悪い人だ。


「お嬢さんお見事。よくやってくれた」


 九條先生の隣には熊谷さんが立っていた。その笑顔はとても柔らかであった。そして奥の避難壕からは続々と村人たちが出てきた。


「いえ、魔法士が困っている人のために尽くすのは当然ですから」


 流し目で九條先生を見る。すると小さく舌打ちされた。


「本当にありがとうございました。これで私達もまた安心して暮らすことができます。……それにこれでようやく収穫できる」

「収穫……ですか?」

「あ、いえいえこちらの話です。それよりも今晩はゆっくりとお休みになられてください」

「はい、ありがとうございます」


 長かった夜も終わり、ようやく睡眠もとれる。

 そう思ってゆっくりと立ち上がり、手を伸ばしてリラックスする。



 するとウルススと目が合った。立ち上がって今まさに私に喰らいつこうとしているウルススに。


 ――えっ


 咄嗟、九條先生は熊谷さんと私を抱えその場から飛びのいた。

 肉の代わりに空気を噛んだウルススはうめき声をあげ、その場で己の頭を掻き毟った。鋭い爪で掻かれた頭からは夥しい量の血が溢れ出ていた。


 ――何なのこれは……?


 そしてウルススは涎を撒き散らし、充血した目で辺りを見回した。その眼は酷く虚ろなものだった。

 一通り見回した後、ウルススは魔境の方に視点を定め走り出した。


「待って――」


 私は反射的に魔境に向かうウルススの後を追った。何とも形容しがたい不安と疑念を携えて――




次回でこの話も一区切り

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