1-4 最悪の顔合わせ
今回はちょっと長いです
魔術師師弟制度。
それは今から15年前に私立駒場魔法学園で初めて取り組まれた制度である。
一般的に高等魔法学校を出た生徒は《魔術師》の認定をもらって魔法職に就くことになる。それは魔法省に勤めたり、民間のお抱え魔術師になったり、大学に入って研究に没頭したりといった具合に。
しかし、ただ漠然と魔法の才があるからといって魔術師になった若者が魔法社会に必ずしも適合できるわけではなかった。というのも実際に就職すると『本当に自分のやりたいことじゃなかった』『こんな辛い仕事だとは思わなかった』と辞めていってしまう人が多かったのだ。
そしてそうした者達が無事再就職できることは少なく、だいたいは魔術師資格を必要としない職種に落ち着くか、親のすねをかじることになるかと高等魔法学校で学んだ技術を活かしきれない状況が生まれてしまった。
そこで我が駒場魔法学園は全国に30校余りある魔法学校の先駆けとして、その理想と現実とのギャップから生まれる離職問題を解決するために学生の内に実際に社会で活躍する魔術師、またはより上位の魔導師のもとで社会に触れ、己の将来を考えてもらうというこの制度を採用したのだ。
一般的に教官となる魔術師、または魔導師によるその研修のことを大学のゼミナールになぞってゼミと呼ぶ。そのゼミの内容は教官によってまちまちではあるがだいたいは魔法研究や魔法修行、職業体験となっている。
マナちゃんゼミ選考うっかり事件(由美命名)から五日後の水曜日。私は九條先生による初めてのゼミに参加するため、自由が丘にある先生の職場に向かった。
新参の教官ということで知名度が少ないのか、今年九條先生のもとで教わるのは私一人とのことだ。そのためここまで行くのも当然一人。他のゼミがだいたい5人前後だと考えると寂しさを感じられずにはいられない。
それとこれからお世話になる九條先生は駒学の出身で、今は魔法事務所を立ち上げているとのことらしい。
魔法事務所とは魔法の使えない、または魔力の弱い人達の代わりに魔法を使って依頼を遂行するところで、その事務所のメンバーは魔法士と呼ばれている。
この魔法士だが、駒学の卒業者のほとんどは大学に進学したり、政府の省庁に就職したりすることが多いせいか、実は駒学生からしてみれば結構珍しい存在なのだ。
小川にかかった橋を渡って気品ある住宅街を進むと、正面にヨーロッパを思わせるレンガ造りのモダンな建物が見えてきた。そこの表札には綺麗な字で『九條魔法事務所』と彫られている。
(魔法事務所っていうと古いビルの二階にあるってイメージがあったんだけど……。豪奢な建物からするにだいぶ羽振りがいいみたいね)
獅子をかたどったドアノックを鳴らしてしばらく、『どうぞ』と声が聞こえた。
丁寧に挨拶して中に入ると、外観と同じく内装も小奇麗にインテリアが並びところどころに装飾品が並んでいるのが目に映る。
そして客間に進むと、高級そうな黒の椅子に腰掛けてデスクに肘を付けている男性がいた。年齢は若く20代中頃といったところ。
おそらくこの人が九條先生なのだろう。そう思って私ははきはきと声を張った。
「今年から九條先生のもとで師事させていただくことになりました、駒場魔法学園1年姫宮マナです。よろしくお願いします!」
すると男性はじろりと私を値踏み見た。
「……九條秀だ、まあよろしく」
やる気の薄い声で自分の名を名乗る九條先生。私が自らの意志ではなく、手違いでここに来たということは伝わっているだろうから当然といえば当然なのかもしれない。……そういう意味で私は非常に申し訳なく感じていた。
「あ、あの……確かに私は手違いでここに来てしまったので距離をお感じになるかもしれません。しかし私は九條先生の弟子として精一杯九條先生から魔法を学び、お仕事のお手伝いをしていきたいと思っています。ですから遠慮することなく、私に御教授お願いいたします!」
私は精一杯な想いで先生に一礼した。
確かに私は神田ゼミを目指してはいたが、もともとこのゼミに入ってしまったのは私自身の責任である。今更四の五の言ってもそれはただのわがままというもの。
だから私はこの局面をしっかりと受け入れ、九條先生に様々なことを教えてもらいたいと思っている。神田先生と比べると足りないところもあるかもしれないけれど、同時にこのゼミでしか体験できないこともたくさんあるはずだ。
しかし、私の高いテンションに比べて九條先生は先程と変わらず表情が固かった。
怒っているという訳ではなさそうなのだが……もしかしてクールキャラなのだろうか?
「そうだな。じゃあさっそくこのゼミの説明を始めていこう。姫宮くんと言ったか? とりあえずそちらに腰掛けてくれ」
「はい!」
依頼人用であろうソファに私が座ると、先生は一枚のプリントを机に置いて私の対面に座った。
「このゼミでやっていく内容はこの事務所に舞い込んでくる依頼を私とともに解決していくことだ。もちろん、それは君ができる範囲となってくるが。それと当然依頼は水曜日の夕方以外にも行われる。土日は空いているか?」
「はい。もともと土日はゼミが入っても大丈夫なように空けていたので」
ここで言うもともととは神田ゼミのことである。しかしこのゼミでも土日を使うそうなので本当に良かった。もし平日だけなら土日の過ごし方をどうしようか悩んでいたところだ。
「そうか、それは良かった。魔法の修行については依頼がない日に行いたいと思うがあまり期待しないでくれ。私も見てあげたいのはやまやまなんだが、何しろ忙しい身でね。そういう日は自習ということになるが大丈夫かね?」
「はい、大丈夫です! そういう時って課題とかってあるでしょうか?」
「……一応、その時は何をすればいいかくらいは伝えておく。だから私がいなくても気を緩めずに励んでくれ。次に――」
◆
それから魔法事務所に来る依頼の種類だとか先生不在の際のクライアントの接客の仕方だとかをざっと説明された。実際に任務の時の動き方などについてはその時になったら伝えるとのことらしい。
そう一区切り説明が終わり最初のゼミが終わろうとしていたところ、不意にドアノックの音が聞こえてきた。お客さんが来たのだろうか?
まだここのいろはも知らない私は九條先生から隣の部屋でじっとしているよう言われ、そそくさと客間を後にした。
待機するよう言われた隣の部屋は書斎のようで、棚にはたくさんの魔法書が並び机には事務所の契約書だとかが無造作に散らばっていた。
部屋をうろうろするのはいろいろと怖かったので私はドアの隙間からこっそりと様子を覗く。別に見ちゃいけないとまでは言われていない。
九條先生が入口から戻ってくると、少々古びた服を纏った初老の男性が入ってきた。見た印象としては上京した息子を追ってやってきた父親といったところか。
「ようこそ、九條魔法事務所へ。熊谷さんと言いましたか。どういった用件でこの事務所を訪れたのでしょう?」
「ええ。私は群馬の赤城に住んでいるのですが、近頃魔境から凶暴な魔物が里に下りて来ては村の作物荒らしたり、家屋を壊したりしているんです。私達も抵抗するんですけれども追い払うのが本当にやっとでして」
魔境とは山や洞窟、密林といった入り組んだ環境下に魔素が溜まり生態系に変異を起こした場所のことだ。そこでは強力な力を持つ魔物が生まれる。
過去にはその魔物による被害を防ぐために魔物狩りが幾度もなく行われたのだが、地形そのものに問題があるためにそのほとんどは無意味に終わってきた。
そのように魔境を制御することは非常に困難となっているため、現在は魔境を危険区域と定めて国が管理しているのである。
「それで最近私の家につながったインターネッツでネッツサーフインしていたらここの事務所がいいと書かれていまして。魔物を退治してもらおうとこの事務所まで汽車で来たんです。いやぁそれにしても東京はすごいですね。汽車は頻繁に通っていますし、人がいっぱいで……。ここに来るのにも随分と迷ってしまいましたよ。私の息子も昔ずっと東京に――」
「――コホン。要するに村に度々やってくる魔物を退治してほしいということですね?」
熊谷さんが長くなると予感したのか、九條先生は咳払いで打ち切った。九條先生の顔は見るからに苛立っていた。営業時間ギリギリということもあり急いでいるのだろうか。
けれどお客さん相手何だからもう少し思いやっても……。
「役所の連中はどうしたんです? 本来であれば奴らの管轄でしょう?」
「もちろん最初に被害が出た時まっさきに役所の人に頼みました。けれど近場の村で魔物の大量発生があったみたいでこっちに来るのは2週間程待って欲しいと。しかし私達はそんなには待てません! 一昨日なんか村で怪我人まで出た始末……。だからどうか、私達の村を救ってやってください!」
魔法事務所とは時々こうした役所では対処しきれないような魔物の退治を引き受けると聞く。なぜなら魔法士は魔法を《実戦》で扱うエキスパートであり、何より強いのだ。
しかしそう思うと魔法士って実に素晴らしい仕事ではないか。困っている人達を魔法の力で助ける、まさに私が夢に描いた魔法の在り方そのもの!
魔法の真髄に触れる《魔導師》を目指す私にとってこのゼミはとても素晴らしい経験になるに違いない!
「なるほど、魔物退治ですか……。確かに私なら魔物の一匹や二匹屠ることなど赤子の手を捻るより容易いことだ。……しかし魔法行使にはいろいろと準備がいりますし、お金もかかります。こちらもボランティアではないのでそれ相応の報酬を望むのですが……」
「わ、分かってます! 村人全員からお金を集めて持って来ています!」
熊谷さんは懐から紫色の風呂敷を取り出し、机に広げてみせた。
「ここに50万程あります。どうかよろしくお願いします」
ご、50万!?
それはべらぼうに払い過ぎではないのだろうか!? テレビのドキュメンタリーで見た時は確か10万もしなかったはず……。
さすがに九條先生も微動だにしていないし――
「……熊谷さん、顔をあげてください。こんな金額、受け取れませんよ」
そう言って九條先生は札束を熊谷さんに返した。さすがに九條先生も魔物退治でそんな大金を受け取ることに抵抗を感じたのだろう。
しかし今までの先生の様子からちょっと性格に難があるのかな、て思っていたけどそういうところはしっかりとしているみたいだ。これから長くお世話になるのでそういった先生の人徳というのを見れて嬉しい限り――
「こんなはした金じゃあ、依頼なんて到底引き受けられません。少なくともこの4倍、200万は持ってきてもらわないと困りますよ」
――え?
「そ、そんな……。この金額では足りないんですか?」
「当たり前でしょう。ここをそこらへんにあるポンコツ事務所と勘違いしていませんか? ここはね、引き受けたら必ず完遂させるというのが売りの、この九條秀が経営する最高の魔法事務所なんです。だからあなた達のような萎びた貧乏人なんて相手にしないの、分かります?」
「お、お願いです! このままじゃ村の作物がやられて私達がのたれ死んでしまいます! どうか、どうか私達を助けてください!」
熊谷さんは札束を九條先生に差し出したが、先生は有無を言わさずはたき落とした。
「こちらが満足できる額を用意できないんなんて話にもなりませんね。姫宮くん、熊谷さんは御帰りのようだ」
そう言うと九條先生は手をパンパンと叩いた。
何度も頭を下げる熊谷さん。それを九條先生は不愉快そうに見下ろしていた。
せっかくわざわざこの事務所を頼って群馬から来たのにこの扱い。これでは熊谷さんが可愛そうすぎる……!
そのはらわたが煮えわたるような光景に、ふと、幼き日にお父さんが言った言葉が私の中でこだました。
『マナ、魔導師、いや、魔術師もそうだけど立派な魔法使いになるのだったらみんなから尊敬されるようになるんだよ。いくら強くったって決して弱い人をいじめるような悪い人間にはなってはいけない。偉大な魔導師になりたいのだったら、強きをくじき、弱きを助け、決して悪に加担しないという強い信念を持ちなさい。そしてどんなことがあってもその正義を貫きなさい』
そうだ。いつだってそうであった。私にとって理想の魔法使いとは、魔法の在り方とは――
そして何とも形容できない熱いモノが私の頭を支配した。
私はガタッとドアを開け九條先生の前に立った。
「どうした、姫宮くん? この老人を早くお連れしないか」
九條先生は睨みつける私にこともなげに言い放つ。しかしそれが私のタガを外すトリガーとなった。
「――いい加減にしてください! 熊谷さんは自分の村を救おうと身を切ってまであなたのもとに頼みに来たんです。それなのにあなたときたら……」
私はバンっと机を叩いた。九條先生は顔をしかめてきたが私はかまわず続けた。
「あなたは悩みを抱えている人を蔑んで楽しいんですか? 今まで頑張ってきた人をお金をもってないからといって馬鹿にして楽しいんですか? そんなの……、そんなの絶対に間違っています! 魔法は人々の夢を叶える希望の力なんです。魔法を多くの人に使っていくのが私達魔法使いの使命なんです! それなのに魔法を金をせびる道具としているあなたは魔法使いとしても、人間としても最っ低です!!」
普通に考えてこれから師となる人に無礼をはたらくのは褒められたことでもないし愚かなことだろう。だけど私の良心の前ではそんなことはささいなものに過ぎなかった。
「お、お嬢さんありがとう。私のためにそこまで言ってくれて……」
「いえ、人として当然のことを言ったまでです」
私は九條先生を力強く睨みつけた。別に依頼を受けろとは言わない。けれど熊谷さんに働いた無礼の数々は詫びてほしかった。
すると九條先生は私の言葉に折れたのか、参ったとばかりにため息をもらした。
「いやはや……。実に素晴らしい言葉だ、姫宮くん。最近はとかく自分のことばかり考えて他人のことを思いやらない者が多いというのに」
「え、九條先生……?」
あれ? さっきまでとは対照的な九條先生の口調。
意外なことにすんなりと自分の非を認めてくれたみたいだ……。先生の表情も穏やかになっている。
この一連の流れそのものがまるで私を試すドッキリか何かのように思えるほどに――
「しかし魔法は人々の夢を叶える希望の力か。実にいい響きじゃないか。社会のイロハも分からないクソガキなんかには実に受けがよさそうだ。小学校のお遊戯会か何かで紙芝居でもやったらどうかね、姫宮くん。きっと猫型ロボットもびっくりなおとぎファンタジーができあがるだろう」
「……へ?」
「聞こえなかったか? 要するに現実と空想を履き違えた妄言は寝てから言えと言ったんだ、このまな板娘! 魔法は人のために使う希望の力だって? そんな白馬の王子様がいつか迎えにくるレベルの、しょうもない妄想なんか抱いているからちっとも胸が大きくならないんだ!」
「な、何ですって!?」
「いいか、物分かりの悪そうな君に私の大っ嫌いなもの三つを教えてやろう。まずまともに金を持ってもいないのに私の前に現れる貧乏人! それから薄汚い衣装を纏ってまとわりついてくる聞き分けの悪い爺婆! そして掃き溜めのような理想を振りかざす貴様のようなクソガキだ!!」
な、何て奴……! こんなに無礼で傲慢で性根の腐りきったこと言う人、今まで見たことない……!
「それに魔法は金のために使っちゃ駄目だって? おかしすぎてお腹がねじれ切れそうだね! だいたい私達魔法士は魔法もまともに使えない哀れな愚民共に君の言う奇跡の力で金を稼ぐんだ。まともに金を払えない貧乏人と契約するなんて気が触れたとしか思えない」
耳がキンキンする。
そりゃあ確かにお金がなければ依頼は受けられないかもしれないけど、あなたの要求する額はあまりにも大きすぎるのよ!
「しかしだからと言って――」
「もういいよ、お嬢さん」
「く、熊谷さん、でも……」
「いいさ。ろくに調べもせずにこの事務所に来てしまった私が悪いんだ。まだ開いているところがあるか分からないけれど、他の事務所を当たってみるよ」
「そうなさるといい。あなたのような泥臭い年寄りには、ここのような一流事務所なんかよりカビ生えた四流事務所の方がお似合いでしょうから」
このゲス野郎……!
「ありがとう、お嬢さん。東京は冷たい街だと思っていたけどお嬢さんのような温かい子に会えて本当に良かった。もう会うことはないと思うけど、どうか元気で」
熊谷さんはそう言うと力なく立ち上がり、玄関へと足を伸ばした。
熊谷さんはこれから事務所を探すといっていたけど、近場に他の事務所なんてないしこの時間まで開いているところなんてなおさらない。それに明朝には帰らなければいけないとも言っていたから……。
これで本当にいいの?
別に今さら九條先生に受けて欲しいとは思わない。非はめちゃくちゃ先生にあると思うけど、おそらくテコでも依頼を受けるとは思えないし……。
しかしそれだと熊谷さんは、村の人達を救うことができない。村を魔物の手から救うことができない。
私は熊谷さんをただ黙って見送ることしかできないの……?
――いや、方法ならあるじゃないか!
「待ってください熊谷さん!」
「お嬢さん、慰めの言葉なんか――」
「――その依頼、私に引き受けさせてください!」
「……へ? お嬢さん今なんと……?」
「ですから、この魔物退治の依頼、九條秀に代わりこの私、姫宮マナに任せてはもらえないでしょうか?」
私の発言に、熊谷さんの顔色が変わる。今まで人を小馬鹿にした態度を崩さなかった九條先生ですら豆鉄砲を喰らったハトのようにに驚いていた。
「な、何を言っているんだね君は!? そんなことできるわけないじゃないか! だいたいこの手の依頼にはだな、規定があって、まだ魔術師でもない君が受けられるわけがないだろう!」
「ちょっと待っててください」
私は声を荒らげる九條先生を無視してさっきまでいた書斎に戻る。そして一枚の紙を持って熊谷さんの前にそれを置いた。
「熊谷さん。これがこの事務所の契約書になります。ここにサインしていただければ、九條魔法事務所が正式にあなたの依頼を認可することになり、私でも依頼を受けることができます」
「馬鹿め、そんなもの私のサインがなければ無効に決まっている」
「あらあら、馬鹿なのはどちらでしょう? よ~く契約書を見てください。既にサインはなされているでしょう? いちいち書くのがめんどくさいからってあらかじめ自分のサインを書いておくなんて、悪用してくれと言っているようなものじゃないですか」
「なっ!?」
きっと私は今せせら笑っているのだろう。
あんなに余裕ぶっていた九條先生が怒りでプルプル震えているのだ。当然である。
「ふ、ふざけるな! こんなこと、こんなことあってたまるか!」
しかしそんな九條先生の怒り虚しく、契約書からは光が溢れた。
――契約完了の合図だ。
その後私と熊谷さんはむくれて窓外を見ている九條先生を尻目に、依頼の詳細を話し、今度の土日にその村に行く約束を取り付けた。
◆
「ふん、悪徳魔法士にいじめられていた老人を助けられて嬉しいです、て顔しているな。この偽善者が。結局私も行くことになるんじゃないか。何が“課外研修の際は必ず教官が監督しなくてはならない”だ。ふざけた決まりを作りやがって、学園め……。しかしあそこまで自分がやると豪語したんだ。魔物退治は任せるぞ、小娘?」
九條先生は不機嫌な眼で私を睨んだ。 今にしてみればちょっとやりすぎてしまった気もしなくはない。……ほんのちょっとだけ、ね。
「ええ、もちろんです。話を聞く限り村を襲った魔物はやっぱりアーテル・ウルススみたいです。私も中等部の演習授業の時にアーテル・ウルススの疑似魔導人形と戦ったことありますし、多分大丈夫のはずです」
一般的に魔境の生物は一般の生物と区別するためにラテン語が使われることが多い。 村を襲ったというアーテル・ウルススとは日本名に訳すと“黒い熊”。文字通り黒い熊ではあるのだが体長は3m~5mはある。
アーテル・ウルススは魔境から下りてやってくることは稀ではあるが体は分厚い皮膚に覆われていて、魔法の使えない人間にとっては厄介このうえない魔物だ。
しかし魔法使いからしてみれば獣の苦手な火属性の付加魔法で追い払えるし、皮の厚さなど切断系の攻撃魔法でどうとでもなる。演習の時もそこまで苦労することはなかった。
「まあいい。しかしこんなゴミみたいな任務でも受けてしまったからにはやり遂げるしかない。みっともない真似をしてこの事務所に泥を塗るようなことだけは絶対にするなよ?」
「分かっています」
私は九條先生を真正面から睨み返した。それは私なりの意思表示でもある。いくら学生という身分だからといって甘えるつもりはない。そもそもこの魔術師師弟制度も学生を厳しい社会にさらしてより強い大人を作るものでもあるのだから。
「フン、分かったならさっさと帰るがいい。子どもにはもう遅い時間だ」
「ええ、では失礼させてもらいます」
そうして私は先生に一瞥もせず事務所を出た。
結局、ここに来る時にも帰る時にも私は心に熱いものを抱えることになった。しかしそれは前者と後者とではまったく違うもの。
なぜなら前者はやる気とか元気とかいわゆるそういったもので、後者はメラメラと燃えたぎった闘志のようなものなのだから――
さて、次回はいよいよ魔物討伐の任務です^^