1-3 恋と魔法とゼミ選考
魔法学園なのに全然ファンタジーしてない件。oh……
「――よし、今日は以上だ! みんな、高校生になったからって浮かれずに気を付けて帰宅するように!」
60分もの戦いは終わりを告げ、クラスメイト達はぼちぼちと教室を後にしていった。
入学式の日ということもあり、ほとんどの生徒が保護者と記念写真を撮りに行くのだ。
一方、私と由美、それにあずさは三人で一緒に撮ろうと約束していたのだが……、案の定まだ由美は机に突っ伏していた。
「ねえ、マナ、あずさ。これってさ、赤点ペナルティとかない……よね?」
全く由美ったら。
このテストは成績は貼り出されるけれどもゼミ選考に影響出るくらいしか言われてなかったじゃないか。プリントにも赤点保持者の扱いについては書かれていなかったし。
だけど弱音を吐いている由美を見ているととっても意地悪したくなってしまう。
「あれれぇ、確かすごーく悪い点数取ったお馬鹿さんは放課後毎日補習を受けなきゃならないってプリントに書いてあったと思うんだけど。ねえ、あずさ」
とあずさに視線を送る。するとあずさはにっこりと笑みを浮かべて私に合わせてくれた。
「――ええ。確か知り合いの先輩がそれに引っ掛かって一週間で5キロも痩せたとか何とか。短期のダイエットだと考えれば随分と魅力的ね」
「うわあああんっ」
ガバッと立ち上がった由美はそのままあずさに抱きついた。
あずさは慣れた様子で由美をあやす。由美は何かあればちょくちょく私ではなくあずさに抱きつくのだ。由美曰く『あずさの方が柔らかい』からだそうだ。何がとは言わない。
「冗談よ、由美ちゃん。入学テストで悪い点数を取っても補習とか再テストはないわ。ただみんなから馬鹿のレッテルを貼られちゃうだけだから」
「……本当?」
「ええ、本当よ」
「ああ、なら良かったー。これで部活に入っても先輩に怒られなくてすむ」
由美……、それはそれでだめなんじゃ……。
◆
それから校門にて写真を撮った後、テストで頭使ったから甘いものを食べましょう、というあずさの提案で私達は学校近くの喫茶店に入った。
学校の近くの喫茶店ということでだいぶおしゃれなお店だったけど、今日は入学式ということもあってすんなりと入ることができた。
「ねえ、あずさ。部活動どこにするかもう決めた?」
幸せそうにミルクレープを口に含ませるあずさに、私はふと聞いた。
「うーん、私はまだ決めてないかな。中等部の時に入っていた美術部にしようかと思っていたんだけど新聞部も面白そうだし……。けれど写真部も捨てがたいんだよね。由美ちゃんは……って由美ちゃんは陸上部か」
「まあね。もともとこっちに来たのだって陸上部のレベルが高かったからだし。明日にでも挨拶に行こうかなって考えてるんだ」
由美は小学校の頃から学校の代表で、中学生の時は陸上部のエースだった。由美は勉強に対するモチベーションは壊滅的だけれど、陸上に対する情熱は本当にすごいのだ。
昨年のインターミドル予選を勝ち抜いた時だって由美は誰よりも輝いていた。残念なことに決勝戦までは行けなかったけど、インターハイではぜひリベンジを果たして欲しい。そして今度は三人で泣き明かすのではなく、喜びを分かち合いたいものだ。
「マナちゃんはどうするの、部活動?」
今度はあずさが私に聞いてきた。
私は中等部の頃、魔法決闘の部活に入っていた。
《魔導師》を目指す人間にとって魔法で戦えることは必要最低限の条件であり、私は自分を鍛えるためにも魔法決闘の部活で強くなるべく頑張ってきた。その甲斐あって中等部では攻撃魔法の成績は一番だったし魔法決闘の大会では優勝もした。
傍からみたら私はこのまま高等部でも続けていくべきなのだろう。だけど私は――
「――私は生徒会に入るかな」
「生徒会か……マナらしいね」
「うん、だから私は部活動には入らないつもり。それに……、麗奈先輩と同じ、あの神田先生のゼミにも入りたいとも思ってるんだ」
そう、私は神田先生のゼミに入りたい。やることはとても厳しく、一年生の内は部活動に励む暇すらないと言われているあの神田ゼミに。
しかし、神田先生は日本に20人もいない《魔導師》の一人。他の《魔術師》の教官達とは訳が違う。
もちろんその分人気が高く、なかなかゼミ入りできるものではない。だけど《魔導師》になるという私の夢のためにも、通らなければならない道なのだ。
「やっぱりマナちゃんはマナちゃんね。昔からどこまでも頑張ろうとするところは同じだわ。それにしても生徒会に神田ゼミって何だか西園寺先輩みたい」
「そんなことないよ……。私なんかより、麗奈先輩の方がずっとすごいと思うし……。ところで由美はどうするの、ゼミ?」
「私? うーん、誰にするかは決めていないけど緩いところがいいかなぁ。陸上に専念したいところだし」
実に由美らしい意見だ。総じて活動が緩いゼミはあまり人気がないから入学テストであたふたしていた由美でも大丈夫なのかもしれない。
「私は湯浅ゼミかな。魔法工学を専攻したいと思っているし……」
と今度はあずさ。
「あれ、魔法工学系なら三枝先生の方が有名じゃない?」
魔法工学とは魔法を研究したり、魔導具を開発したりといった研究系学問のこと。駒学には教官の中に何人もその分野の人がいて、特に有名なのは三枝先生だったはずだけど……。
しかし私がそう言うと、何かに気付いたらしい由美は目を細めて笑みを浮かべた。
「鈍いなぁ、マナったら。ほら……」
由美が私にちらちらとコンタクトを送ってくる。
……そういうことか。
「ちょっと何よ!」
そんな私達を見て、あの自己紹介さながらにあずさは顔を真っ赤にして声を荒らげた。
それに由美と私はついついニヤニヤしてしまう。
「だって……」
「ねえ……?」
「べ、別に高橋先輩がいるからとかじゃなくて……その……あの……」
あらら、自爆しちゃった。可愛いなあ、あずさは。けれど私と由美ももちろん止まることなどしてあげない。
「ねえあずさ、高橋先輩とはどこまで行ったのよ? もうデートはした? それとも……」
「そ、そんなこと……。去年の卒業式の日に第二ボタンもらいに行ったのが最後だったし……」
「ええ!? あずさそれはまずい! 冷静にそれはまずい! てか第二ボタンもらいにいったんだったらその流れで告白までしなさいよ!」
あまりの進展のなさに私も思わず声を荒らげてしまった。
いや、だって普通そこまで行ったら……、ねえ?
「だって……。その後に高橋先輩に『松本さんも勉強頑張ってね。高等部で待ってるから』って言われて。その、言いだせなかったっていうか……」
それで高等部に行ったら告白しよう、と……。
というか高橋先輩もせっかく第二ボタンをもらいに来てくれたんだからそういうことも考えてくれていいんじゃ……。
「相変わらずあずさは……。けどま、大丈夫でしょ」
すると由美は何だか我に策ありと言った面持ちをする。
「え、どうして?」
「陸上部の先輩から聞いたんだけど、噂によると湯浅ゼミって何でも毎年カップルができるって有名らしいのよ」
毎年ってすごいな。いわゆるリア充ゼミというやつか。
「……というか由美、何でテストはできない癖にそんなゴシップには詳しいのよ」
「あはは。まあ、そう言ってくれるなって。だからね、今年はもしかしたら……」
ちらっとあずさの方を見る。
耳まで赤いぞ、あずさ。普段は可愛い顔してえげつないこと言ってくる癖に自分のことになると弱いんだから。
「ねえ、マナはないの? そんな浮いた話? あずさみたいに未遂でもいいからさあ」
「残念だけどないわ。そんな恋バナは」
「えっそうなの? マナちゃんは可愛いから恋人なんてすぐにでもできちゃいそうだと思っていたけど」
「フフン。分かってないな、あずさは。確かにマナは、可愛い上に勉強も運動も得意で、魔法も抜群にできる。けれどそれが逆にお高くとまってるのよ」
「っ!!」
ゆ、由美め……、分かっててそんなこと聞いたな!
「た、ただ心ときめく出会いがないだけよ!」
「だけど待っているだけじゃ時間ばかりが過ぎていきますけどねえ」
と、あずさはニヤニヤしながら言い返す。
あずさ……、さっきのことを根に持っているな? あれはどちらかというと由美の方が悪いのに。
というよりあずさ自分のことはちゃっかり棚に上げちゃってるし。
「だったら月城蓮とかどう?」
「月城蓮?」
「うん。あいつならマナとも釣り合うだろうし」
釣り合うって何?
私は別に恋人にそんな高い基準を求めてるとかはないんだけど……。
「確かに月城君も神田先生のゼミを受けそうね。それだったらもしかしてがあるかも。もしかしてが!」
……ねぇあずさ、何でそこ強調するの?
「全く……、人を馬鹿にして。いつかカッコイイ人捕まえて後悔させてやるんだから」
「あはは、すねちゃったよ……、てかあれ、もうこんな時間!?」
由美の声に私も時計を見る。すると既に7時を回っていた。外を見るといつの間にかもう真っ暗だった。
「あらら。まだ話していたいけど今日はここまでね」
そうして私達は喫茶店を後にした。
ふと振り返ってみると今日はとても長い一日だった。こんなにも濃い一日を過ごしたのも久しぶりかもしれない。
まだまだ幼くもあった中等部では感じることもなかっただろう。
もちろん、高校生活がいつもこんなに充実した一日とは限らないけど。
けれど私はこの高校生活が夢と希望で溢れ、理想の自分へ近付くための足掛かりになるのだと信じてやまなかった。
あんなことが起こるまでは――
◆
それは四月も半ばを過ぎ、新しい学校にも慣れてきた頃だった。
その日の放課後、1週間前に行われたゼミ選考の結果が掲示板に張り出されることになったのである。
「ねえ、マナちゃん。一緒にゼミ選考の結果見に行かない?」
あずさは心配そうに私を誘った。しかし私にはそれは不要な心配のように思えた。
何せゼミの選考は初日にやった入学テストによって決まる。ゼミ志願書を書く時にはすでに入学テストの成績は貼り出されており、由美ならともかく、あずさはまず湯浅ゼミに落とされないだけの成績を取っていた。
「いいわよ。まあ、あずさなら大丈夫だと思うけど」
「そ、そうかな……」
「ええ、少なくとも朝練に疲れて結果発表の話に熟睡してしまい、放課後にはまっさきに部活練に行ったどっかの誰かさんよりはマシなはずよ」
つい一週間前は新入生のクラス表が張り出されていた掲示板。
今日はあの時程人でごった返してはいなかったけど、それでも随分と賑やかなことになっていた。
大体の生徒は入学テストの成績を念頭に置いてゼミを慎重に選んでいたためかホッとため息を撫で下ろす人が多かったが、なかには不相応なところを志願していたのか、第一志望を落とされてショックを受けている生徒もちらほらといた。
私達も見ようと掲示板に近付いてみると、辺りの生徒はそそっと道を空けた。入学してからずっとなのではあるが、私のことを好奇のこもった目で見つめられることがなぜかまだ多い。主に日比谷出身の生徒なのだけど。
そういった視線にもちょっと気にしながらも私は自分のクラスの列を見る。上の方から見ていくと、途中で神田ゼミに受かった人物がいた。
月城蓮だ。彼は入学テストでは満点をおさめていたので第一志望に受かるのは当然だろう。ちなみに私も同じく満点を取り、彼とともにトップの冠を戴いている。
中等部ではそのようなことはなかったから手強いライバルができたようでとてもわくわくする。そしてその人は同じゼミで切磋琢磨していく仲間でもあると思うと――。
クラスメイトの半分のゼミ先に目を通し、その列を折り返して隣の列に視線を移す。
さっきあずさには大丈夫だと言ったものの、いざ自分のことになると緊張してしまう。普通に考えて自分が落とされることはない、と自分でも思うのだけれどどうも落ち着かない。もしかしたら万が一が起こるかもしれないのだから。
そう、その万が一が――
32 早川由美 千歳京也
33 姫宮マナ 九條秀
34 星野太一 長瀬信明
35 細川充 ジョセフ・J・ホプキンス
36 増田浩太 白石咲耶
37 松永仁 千歳京也
38 松本あずさ 湯浅博士
39 吉井健太 豊永実
40 渡辺メイ 李春麗
出席番号33番、姫宮マナ。そしてその先の教官名には九條秀と書いてあった。
ずれているのかと思った。けれどそれは何度見ても同じで、紛れようもない結果であった。
「マナちゃん……?」
残念だとか悔しいだとかじゃなくて、ただ何の感情も沸かなかった。
何が起こったのか自分でも把握できなかった。
「な、何かの間違いだよ! 担当の先生に確認してみよう? きっと直してくれるよ」
そうだ。これは手違いか何かなんだ。
私は月城と同じ成績だった。彼と同じ学年トップだったんだ。
私よりも悪い成績の人が入れているのに私が落ちるなんてことはありえない――。
「――え、掲示板のゼミ選考の結果が間違っている? そんなはずは……。学年の先生方や《魔術師師弟制度》に参加してくださっている教官方にも何度も確認を取ったんですけどね……」
「そ、そんなはずはありません! だって……」
それから私はすぐに学園の事務室へ駆け込んだ。だけど事務の人はそんなはずはないと言うばかり。
しかし絶対にこの結果はおかしい!
ゼミ選考の決め手となる入学テストは誰にも負けなかったし、中等部の頃の通知表だって問題ないはず!
だったらこんなの入力した人のミスに決まってるじゃないか!
「姫宮、どうしたんだ?」
私達の喧噪を聞きつけたのか服部先生が駆けつけた。
先生ならきっとわかってくれるに違いない。
「服部先生! 実は掲示板に張り出されていたゼミ選考の結果なんですが、それが第一志望どころか第五希望にも書いていないようなゼミになっていたんです。ですからそれについての不服申し立てを――」
「第一志望? お前の第一志望って九條ゼミじゃないのか?」
「……はっ?」
第一志望が九條ゼミ? え、いったいどういうこと? 私の第一志望は神田ゼミのはずじゃ――。
先生はちょっと待ってろ、と言って引出しを空けると一冊のファイルを取り出した。
「ほら、これを見てみろ」
先生はファイルを開き、右側のページを指す。それは私が書いたゼミの申し込みだった。
「お前の第一志望は27番……ほら、九條先生となっているじゃないか」
「えっ!?」
申し込み用紙はたくさんの生徒の情報を素早く処理できるようマーク式となっている。
そして神田先生の番号は26番。……見事に一つ、ずれていた。
「もしかしてお前……間違えて記入してしまったのか? 書く時に言っただろう、誤記入に注意しておけって」
「そ、そんなはずは……」
あの時何度も確認したはずだったなのに……。
けれど服部先生が示す証拠は揺るぎないものだった。
「……あの、駄目だとは思うんですが、やり直しって効くんでしょうか?」
「そうだな……。記入ミスを理由にもう枠が埋まってるところへは行けないだろう。他の生徒にも示しがつかないしな。まだ受け入れられる枠があるゼミになら移ることもできるだろうが……、その場合は九條先生のところにお詫びしなければならないな」
「……いえ、それなら……大丈夫です」
「そうか。まあ二年になればゼミ変更もできるからな。今年いっぱいは九條先生のところで経験を積んで来い。様々なことを体験するのはいいことだから」
教室を出た私は外で待っていたあずさに事の顛末について話し、謝った。
けれどあずさは何も言わずただただ私の背中をさすってくれた。
これは高校に入って初めて味わった挫折だろう。
あんなにも渇望していた《魔導師》の先生のゼミに入ることができず、それも自分の愚かな失敗によるせいだったのだから。
しかしこれは私の高校生活においてこれから続くであろう波乱の道を一歩踏み出したに過ぎなかった。
次回、例の師匠の登場です。
我ながら導入が長すぎたっっ!!
>あれ、そういえばこれって魔法もの??
そのうちすっごい魔法でますよ、すっごいの……(汗