1-2 檀上の決意
あ、これ一応魔法もモンスターも出てくるファンタジー系ですよ(汗
学園内にチャイムの音が鳴り響き、いよいよ入学式が始まる。
座席の並びは新入生、二年生、三年生となっていて、新入生代表の私は最前列だ。
この学校の生徒数はどの学年も200人前後で、会場である体育館に収容するには十分ではあるのだが、なにぶん生徒の後ろには子ども想いの父母(私のお母さん含む)が押しかけているので館内はとても狭いものだった。
すると時計の針が9時半を指し示し、檀上にいる校長先生のマイクにスイッチが入った。
「皆さん、入学おめでとうございます。様々な苦難を乗り越え、今日ここに出席が叶った皆さんに、駒場魔法学園の教職員を代表して心よりお祝いを申し上げたいと思います。また、この場にはご家族の皆さまにも多数参加いただいています。この日に至るまで皆さんを支えて下さったご家族の方々にも、お慶びを申し上げます。この晴れの日を皆さまと共にお祝いさせていただけることを、誠に嬉しく思います」
打ち合わせの際に校長先生と話す機会があったけれど、その時は冗談ばかり言う気さくな人というイメージが強かった。
しかしこの名門学園の入学式式辞というだけあってか、今は打って変わって荘厳な口調となっていた。
「――また、皆さんの世界はこの学園に入り社会的な意味でも大きく広がるはずです。自分とは異なった地域で生まれ育った人達、自分とは違った能力や経験をもった人達との出会いは、中等部の時とは比べ物にならないはずです。学園外での活動も広がることと思います。これまで自分が慣れ親しんできたものとは異なった環境、しかもそれぞれに素晴らしい能力をそなえた人々に取り囲まれた環境の中で日々を送ることは、間違いなく自分を成長させてくれるものです。そのような変化が起こるのだということを意識し、その変化を楽しむということが、まさしくこの学園での生活の醍醐味です。この恵まれた環境を最大限に活かすために、皆さんには学園内にて知的で社会的な生活に、積極的かつ能動的に関わっていってもらいたいと願っています。長くはなりましたが、これからの皆さんの実り多い学園生活を心から祈って、式辞とします。」
喝采が飛び交う。
すぐ後ろの新入生から発する熱気が凄まじく上昇したのを感じる。
「――次は在校生からの挨拶です。それでは在校生代表西園寺麗奈さん、お願いします」
私の隣に座っていた麗奈先輩はスッと立ち上がった。麗奈先輩は檀上に上がるとマイクの高さを慣れた手つきで調節した。
私は麗奈先輩を一挙手一投足つぶさに観察する。先輩の次は私の番なのだから。
「新入生の皆さん、我が駒場魔法学園へようこそ。在校生一同、皆さんの入学を心より歓迎いたします。皆さんご存知の通り、本校は魔法高等学校の中でも長い伝統と高い水準を誇る進学校であります。新聞やテレビを見れば数多くの卒業生の姿を目にするでしょう。しかし、そんな本校に入ったからと言って決して驕ってはなりません。皆さんの人生は今まさに始まったばかりなのです」
麗奈先輩は声を紡ぐ。
「本校は皆さんご存知の通り、《魔術師師弟制度》を設けた最初の学校でもあります。それは一人の社会人として、実際に現場で活躍している先輩方の元で経験を積み、将来の目標を見据えることのできるプログラムです。その道中には皆さんを待ち受ける数多くの困難があるでしょう。道すがら躓くこともあるかもしれません。ですが、皆さんならば必ず立ち上がり、どんなに高い壁が立ちはだかっても乗り越えていけるでしょう」
ふと、麗奈先輩と視線が交錯する。その瞬間、麗奈先輩は少し微笑んだように見えた。
そう感じた時、急に私の頭が熱くなった。私もいつか、麗奈先輩みたいに格好良い人になりたい。そう思った。
「私達は先輩としてできる限り皆さんを優しく見守っていきたいと思います。皆さんも一日でも早く我が校の雰囲気に慣れ、この三年間を楽しく充実した時間として過ごしていただきたいと思います。以上を持ちまして在校生の挨拶とさせていただきます」
麗奈先輩が一礼し、体育館内がどよめく。私も思わず立ち上がって讃えたくなったが、そこはぐっとこらえた。
そして先輩は私の隣へと戻る。この次が、私のスピーチだ。
「ありがとうございました。次は新入生代表挨拶です。それでは新入生代表姫宮マナさん、お願いします」
麗奈先輩が私の膝をそっと撫でた。不思議と緊張が振り解かれるような感じがした。
私はゆっくりとその場を立ち、檀上に向かう。全校生徒の視線が私に注がれるが、私は歩幅が乱れないよう注意を払って位置につく。そして大きく息を吸った。
「本日は、私達新入生の為にこのような盛大な式を挙げていただき誠にありがとうございます。私たち新入生198名は駒場魔法学園の入学式を迎え、本校の学生の仲間入りをすることになりました。真新しい制服を身に纏い、私たちはこれからの高校生活への期待や希望に胸を大きく膨らませております」
目の前には圧倒的な人の数。
数多くの視線に思わず呑み込まれそうになるが、私は先程の打ち合わせの際に岡部学年主任に教えられたことを思い出す。
『群衆とは時に巨大で恐ろしいものに見えるかもしれません。しかしどんなに大きなものであっても、それは個々の人間が寄り集まったものに過ぎないのです。もしたくさんの人を相手するのでしたら、群衆として彼らを捉えるのではなく、個々人を尊重し、一人一人と向き合うといいでしょう。きっとそれまでとは違った景色が見られると思いますよ』
さっきまでぼやけていた生徒の顔が、今でははっきりと見えるような気がした。
この場にいるみんなが私を見てくれている。みんなが私を期待してくれている――
「今までとは違う環境の中で、私たちは幅広い知識や技術を身に付けたり、クラブ活動に打ち込んだりして新しいことに挑戦していく訳ですが、その中には苦しくて辛いことが待ち受けているかもしれません。しかし、私達には大きな目標があります。それを達成するためなら今がどんなに辛くても将来の夢に近づくために頑張ることができます。それに、私たちには高い志を持つ仲間達や、私達を指導し夢を叶えるために支援してくださる先生方がついています。そんな心強い方達と共に考え、悩み、喜びを分かち合えることは、本当にすばらしいことだと思います」
自分でも自覚できる程に顔が紅潮してきた。
最初の内は不安と緊張が胸をきつく締めつけていたが、今は違う。高校生になったという自覚と、この先の高校生活への情熱とが私の体中を巡っているのだ。
「最後になりましたが、私達はどんなことにも全力で取り組み、どんな辛いことがあっても正面からぶつかっていき、周りの人達に思いやりを持って接していく。これらのことを常に念頭に置いて学校生活を送ることを誓い、入学の言葉といたします」
◆
「マナ、いいスピーチだったよ! 感動した!」
入学式が終わった教室で、由美が私の手を握った。
由美の名字は『早川』なので『姫宮』である私の前の席となっている。中等部の頃も私の前席が由美の定位置で、席が離れたのは『樋口』さんと同じクラスになった時だけだった。
そして由美の左隣、つまり私の左前方はあずさの席だった。あずさの名字は『松本』なので列違いで近くの席なのだ。
「うん。もうね、みんなマナちゃんの可愛さにメロメロだったよ」
「ちょっと、からかわないでよ……」
「そんなことないさ。女子はみんな化粧してきたっていうのにマナだけしてこなかったからすっごく目立ったよ。もう嫌みかってくらい」
「もうっ……」
ふと辺りを見回すと何人かの生徒、見覚えはないので日比谷の生徒なのだろうがこちらをちらちらと見ていた。
何だかクラスメイト達の視線が恥ずかしい。檀上に上がった時は大してそう思わなかったのに……
「ところでほら、あそこにいる彼が多分月城蓮。やっぱり他の男子と比べても段違いに輝いてるわ」
由美が目線を流す先には噂の美男子が一人難しそうな本を静かに読んでいた。
普通の男子であれば友達のいない寂しい子になるのだけど、彼の場合はとても様になっていて、逆に引き込まれそうになってしまう。
「それに身長もだいぶ高そうね。180cmは越えているのかな?」
とあずさが言う。
私の背丈は160ないくらいだから彼との身長差は20cmくらいか。確かテレビか何かで理想のカップルの身長差は20cm以上と言っていたから……いやいや別に月城に一目惚れしたとかそういう訳ではなくて。
そうこう話している内に授業の開始を知らせるチャイムの音が鳴り、前のドアがピシャッと開かれた。入ってきたのは20代半ばくらいの精悍な男性だった。
「えー、みんなおはよう! 俺はこのクラスを担任させていただく服部総一郎だ!」
服部先生は隣のクラスにまで聞こえてしまうくらい大きな声であいさつした。心なしか黒板に自分の名前を書いている音すら大きく感じられる。
体付きもがっちりしているし、学生時代はラグビーでもやっていたのだろうか?
「年は26歳で教員歴は4年。先生としてはまだまだ若いが熱い心は誰にも負けないつもりだ。担当科目は英語。俺のモットーは『英語は頭じゃなくて心に刻め!』だ! まぁこういうことについては英語の初回授業で話すとしよう」
やたらと熱い先生だな。教室の温度も上がってきたような気がする。
……だけどそういう熱血なのって嫌いじゃないかな。それだけ生徒想いって感じがするし。
「――まぁ、俺からの話はこれくらいでいいだろう。で、次はみんなの自己紹介だ。だがただ単に自己紹介するだけじゃあまり印象に残らないだろう。そこで、だ。みんな、全力で声を張って自己紹介するんだ! そうすれば君達の熱い想いがクラスにも先生にも、いいや、全校中に伝わること間違いなしだ!」
服部先生は圧倒される生徒を置いて熱く吠え猛った。
……大きな声で自己紹介するのはともかく、『全校中に』というのは喩えですよね?
◆
「――よし、みんないい自己紹介だった! みんなの熱い心は痛い程伝わった!」
私は喉と鼓膜がものすごく痛いです。あずさなんかは6回くらいやり直しを喰らったせいか、ひどくむせ返っていた。
「じゃあ次に学生保険に関わるプリントや電車通学者向けの定期証明書についてのプリントを配布する。大事なものだからお前達もよく読んで、それから保護者の方に渡すようにしてくれ。連絡事項は以上だが、10分休憩を入れた後、入学テストをやる。各自勉強はしてきているとは思うが、この成績で今後お前達が入るゼミに深く関わってくるので決して手を抜かないように!」
服部先生が言い終わったと同時に授業終了のチャイムが鳴る。
先生が教室を後にすると過半数の生徒はバテたみたいでグッタリと机に突っ伏した。これは無理もないだろう。あんなことをやらされたのだからテスト前は休養に当てたいと思うのは人としての摂理だと思う。
一方でもう半分の気力が比較的残っているだろう生徒はいそいそと鞄の中から参考書を取り出した。名門校だけあって休み時間に勉強することが浮くということは特段ない。
「……ねえ、マナ」
ふと由美がゆっくりとこちらに振り返った。彼女の顔はどこかぎこちなく、哀愁が漂っていた。いつもノー天気な由美がそんな顔をするのは結構珍しいことである。
しかし私にはなぜ彼女がそんな顔しているのかはっきりと分かる。何せ3年もの付き合いがあるのだから。
「助けて……次のテスト、ヤバい」
「自業自得よ」
しかし付き合いが長いからといって必ずしも優しいとは限らない。
それに“時には世の非情とやらを教えるのも愛情だ”、とか何とか。そうどっかの誰かさんも言っていたみたいだし。
さすがにまぁ、由美が可愛そうではあったので持ってきていた参考書を彼女に貸したけど(そもそも由美は参考書すら持ってきていなかった!)、所詮は休み時間。
無情にも由美が範囲の半分も読み終わる前にテスト開始のチャイムが響き渡った。
長い長い入学式のセリフ……。
書いてみると先生たちがどれほど苦労して原稿書いているのか、少しだけでも分かった気がする……。
ちなみにマナも麗奈先輩も原稿見ないでとのこと。主人公は正義感が強くて熱い心を持った優等生系少女です