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3-5 屍人形は笑わない

前回からだいぶ遅れてしまいました……


 目の前には醜く笑みを浮かべるケスタ。私は彼のもとに届く前にバランスを崩して倒れてしまった。あと一歩だったのに……


「クヒヒヒッ、私の屍人形は動きを止めたくらいじゃ止まりませんよ。残念でしたね」


 私の背後から刃を突き立てた少女は間違いなく『土の腕(ゴーレム・アーム)』で動きを止めたはずだった。

 だけど少女は生きた人間なんかじゃなくて、感情の無い屍人形。彼女の右足は膝から下がすっぽりと抜け落ちていた。つまり、彼女は自ら足を切り離して……


 私はすかさず少女を裏拳で吹っ飛ばした。人間とは思えない軽さだった。そして彼女は胸部を思いっきり強打してやったのに何も物言わない。ただただ薄っすらと笑みを浮かべるだけ。


「しかし正直なところ、あなたは無傷で手に入れたかったのですがね」


 いつの間に目の前に現れたケスタが強引に私の顎を持ち上げた。肉感のない指が私の皮膚に深く喰い刺さる。


「……やんちゃですね。ここまで追い詰められているのに何ですか、その眼は?」


 私は思いっきり彼の顔をはたこうと手をあげた。だけどすぐに肘で止められ蹴り飛ばされた。

 魔力が込められていない単なる蹴り。鋭く溝を抉ったけれど、魔法礼装を纏っている以上そこまで痛くはない。


(まだ、まだ左足が負傷しただけ……。まだ負けたわけじゃないんだ……!)


 ケタケタ笑いながら近付いてくるケスタに私は手をかざし魔弾を撃ちつけた。ケスタはとりとめなく障壁を部分的に展開させてそれを防ぐ。

 だけどそれは陽動。彼から見えない位置から逆の手でそっと手をあてて再び拘束魔法を発動させた。

 しかしそれも届かなかった。魔力が足りていないのか、それとも集中力が足りていないのか分からない。地面から伸びた巨人の腕はケスタの外套にかすめさえしなかった。


「いやはや、たいした精神力ですね。何がそこまでお嬢さんを駆り立てるのやら……。しかし私としては喜ばしい限りですよ。見目麗しいだけでなく気高い魂まで持っていらっしゃるとは。クヒヒッ! あなたは実に素晴らしい逸材ですね!」


 私は飛びあがってケスタに殴りかかった。ほとんど魔力は消費させてしまったけどここでくじけるわけにはいかない……!

 しかし所詮は肉体活性を伴わない体術。簡単に手を取られ組み伏せられてしまった。


「放しなさい、この変態っ!」

「クヒヒッ、本当に強情な御嬢さんだ。ここまで恐怖に負けない人間は今まで見たことありませんね。しかしそれ故にあなたが屈するところを見てみたい。そしてその整った顔が絶望に歪む姿をコレクションにしてみましょうか」


 ケスタは狂ったように笑って腰元から刃物を取り出した。それはまるで手術で使うメスのような小さなナイフ。だけど一目で分かる。あれで多くの人の命を奪ったのだと。


「クヒヒッ、まずはどこからくり抜きましょうかね? 顔に手を下すのはもったいない。かといって内臓を取り出すのも趣に欠けますねぇ。クヒヒッ、まぁ傷などいくらでも塞げるんですけどね」


 私は何回も体をひねって抵抗した。だけど全く覆せない。それ程にケスタの腕にかけられた魔力の出力が違いすぎた。

 ここまでされては打つ手が……、やばい、本当にやばい……!


「それではまず眼からくり抜きましょうか。意志のこもったその瞳が悲痛の色に変わる様は片方だけでも見れますからねぇ」


 ケスタは慣れた手つきで刃を垂直に立てた。その行き着く先は私の眼。


(まだ、まだ私は死ぬわけにはいかない――)


 ケスタが狂気に満ちた顔でナイフを振り下ろし、私の眼を抉ろうとした瞬間。突如その動きが止まった。



「チッ、いいところでしたのに」


 そうケスタがつぶやいた刹那、私の眼の前に紅蓮の炎が走った。轟轟と駆ける炎龍のように。


「危ない危ない。こいつが死んでしまっては私の責任問題になってしまうじゃないか」

「く、九條先生!」


 炎魔法が放たれた方角には九條先生とセフィリアさんが立っていた。九條先生達は無事

 屍人形達を追い払ったのだ!


「驚きましたね。あなた方には数十もの娘達を送ったはずなんですが。ちょっとあてが外れましたか」

「ふん、ペド爺が。あんなガキ共じゃおままごとにもなりゃしない。もう少し女の趣味を磨いとくんだな」

「……まぁいいでしょう。あなたとはとことん相容れないようだ。しかしあの娘達がやられたとなるととっておきを出さないといけませんね」


 ケスタは九條先生から大きく距離をとって、大きな動作で手を合わせた。


「姫宮、お前は邪魔だ。下がってろ」

「けど……」


 ――私だってまだやれる

 そう言おうとした。だけど目の前の光景を見て先の言葉が続かなかった。


 ――目の前のケスタから溢れ出る膨大な魔力に、彼の後ろに浮かんだ巨大で禍々しい魔法陣に


 正直負傷した私でも九條先生のサポートくらいならできると思ってた。けれどそれはひどい思い上がりだった。ケスタは私との戦闘なんてお遊びで、ちっとも本気なんて出していなかったのだ。

 たとえ万全の状態の私でも目の前のあの男相手には足手まといにしか……


「ほう、やばいと判断してお嬢さんを下がらせるとは。この国の人間は平和ボケした連中しかいないと思っていましたがなかなか……。しかしあなた程度の一介の魔法士如きに私を倒せるなんて幻想、甚だ不快ですよ」


 ケスタの背後の魔法陣が輝く。巨大な魔法陣から現れたのは10体あまりの屍人形。だけどそれらはもはや人間の形相を保てていなかった。かろうじて顔だけは人の面影があるものの、体のパーツは明らかに他から繋ぎ合わせたものだった。なかには腕が6本もあるようなのもいた。


「この娘達は特別製でしてね。侮ってると痛い目見ますよ」

「……本当に趣味の悪い爺だ」


 九條先生の言う通り、目の前の屍人形達は相当に異形な風体だった。素材とされた人達の怨嗟が聞こえる程に。

 だけどそう言ってばかりはいられない。脈動する大気から皮膚に伝わってくる。彼女らに込められている魔力はさっきまでの屍人形とは比べものにならない量なのだと。


「だが所詮は人形だ。なら大して今でと変わりはしないさ」


 九條先生は焦る様子なくつぶやいた。そしてタンッタンッと二回足を踏み鳴らし中央にいる屍人形の足元に魔法陣を発生させた。


「おや、これはお嬢さんと同じ拘束魔法ですかな? しかしこの程度では止めるどころか足止めにもなりませんよ」


 『土の腕(ゴーレム・アーム)』は人間一人くらいなら簡単に行動不能にすることができる。だけどあの男の言う通りあの屍人形達は見るからに人の領域を外れている。たとえ彼女らに届いたとしても粘土のように簡単に振り解けられてしまうだろう。


 だけどそう思ったのもつかの間、今度はその魔法陣んを中心にケスタと屍人形全員を囲むほど大きな魔法陣が出現した。

 そして次の瞬間、その魔法陣から巨大な土龍の咢が現れた。屍人形達を食い尽くさんとして。


 しかしケスタも予想していたのか彼と数体の屍人形は大きく跳んで回避した。だがその土魔法の攻撃領域は半径十数メートル。屍人形の何体かは土龍の口へと消えた。

 さらに九條先生は手を休めることなく手をかざす。今度は私を助けてくれた時と同じ炎属性の魔法。だけどそれはさっきと違って魔力を収束させた鋭い一撃ではない。逆に拡散させた無慈悲な炎。

 ケスタと屍人形は瞬く間に豪炎に呑み込まれていった。これは、やったのか――?


「――生意気な小僧め」


 だけれどケスタは無事だった。彼の周りには青い膜が覆っていた。きっとあれは水属性を纏った障壁魔法。3体の屍人形も彼と同じ青い障壁を展開していた。

 しかし他の屍人形は虚しくも黒く変質して横たわっていた。きっと彼女らは水属性の魔法を使えなかったのだろう。つまりそれは九條先生の火力は並みの障壁魔法では耐え切れないということを示していた。


(九條先生があの死霊魔術師(ネクロマンサー)を圧倒している――!?)


 私にはケスタの実力も九條先生の実力も推し量ることはできない。だけど少なくてもこの場においては物量で攻めるケスタに対して広域魔法を次々と放てる九條先生の方が優勢であるということは理解できる。


 ――私なんかでは手も足も出なかったあの男に

 私は思わず手を握った。どうして、どうして自分は今こんなにも無力なんだろう、と。



「さっさと降参したらどうだ、爺? こんな木偶人形100体いたって私には敵わないだろう?」


 九條先生は余裕を込めて言い放つ。それは味方である私にもふてぶてしく聞こえた。

 しかし一方のケスタは苦い顔から豹変し、再び不気味な笑みを浮かべはじめた。


「確かに、いささか私とあなたとでは相性が悪いみたいですね。ここまでやるなんて思ってもいませんでしたよ。ですが――」


 不意にケスタの隣に少女が立った。それは私が戦った普通の屍人形。だけど彼女の登場は戦況を一変させた。


「そ、そんな……、セフィリアさん――」


 そう、少女はセフィリアさんを抱きかかえていた。セフィリアさんは気絶させられたのか力無くうなだれていた。


「何も戦場は相手をただ圧倒するだけでは勝ったことにはなりません。最終的に目的を達成した者が勝者なのです。クヒヒッ!」


 迂闊だった。私達の本来の任務はセフィリアさんを守ること。なのに倒すことばかりに気を捉われてそんな大切なことも果たせないなんて……

 しかもこの場において九條先生が前衛な以上、本来なら私がセフィリアさんを守らなくてはいけないはずだ。なのに私はこんなところでただ指を咥えて見ているだけ――


 私は咄嗟に飛び出そうとした。だけれども足が思うように動かずただ転げ伏すだけだった。


「魔法士の分際で依頼人を守りきることができないとは。随分と調子に乗っていた癖に無様ですねェ。ですがそんな驕った態度こそがあなたの敗因ですよ、小僧。クヒッ、クヒヒヒッ!」


 ケスタはこれ見よがしにナイフをかざした。言わずとも彼が何をするのか想像つく。見せつけるのだ。私達がどれほど愚かで浅はかだったのかを……!



 しかしケスタがセフィリアさんに刃を入れようとした瞬間、急に彼の動きが止まった。


「……確かに驕り高ぶった態度は敗北を誘因するだろう。だが、この場において身の程をわきまえない愚か者はお前だったようだな、爺」

「え――?」


 突然、うなだれていたセフィリアさんの顔が大きく跳ね上がり、後ろに迫っていたケスタを仰いだ。それはまるで道化に操られた人形(マリオネット)のような動きだった。

 そしてセフィリアさんの体から魔素が拡散する。するとセフィリアさんは生気のない少女へと変わったのだった。


「き、貴様! 謀ったな!」

「ふん、根暗な変態爺にはお似合いの結末だ」


 九條先生はこっちに来る前に鹵獲した屍人形に認識阻害の魔法をかけていたのだ。セフィリアさんになりすまさせ、ケスタに近付けるために。

 ケスタは急いで後退しようとするがもうすでに遅かった。屍人形の口にはもう十分な魔力が溜まっており、瞬く間にその場で爆発を起こした。

 それは奇しくも彼が公安の人を屠った時と同じだった。




 ◇




 ケスタを倒した私達はのろしを上げて警備隊を呼び、半死半生のケスタを明け渡した。そしてその後順調に魔境を進み、無事目的地の炭鉱場までセフィリアさんを送ったのだった。

 ケスタとの戦闘の結果日が暮れたため私と九條先生はそこで一泊して帰ることになり、ついでに私はそこで治療師の人に傷を治してもらった。傷はそこまで深くはなく数日で完治するとのことだった。

 一方九條先生はやっとセフィリアさんと一緒になれるだとかなんとか言っていたけれど、当然のように男子部屋へと隔離されたのだった。


 そして結局セフィリアさんが本当にテロ組織のメンバーなのか、日本で何をしようとしているのかということは分からずじまいだった。道中襲ってきたケスタは誰に頼まれたのかまでは言っていなかったし、この炭坑場だって仕事場とも隠れ家ともとれる。

 だけどセフィリアさんはもちろんのこと、九條先生もそのことに関しては全く言及することはなかった。臭いものには蓋、そういう心理が働いたのだろう。きっと。






「どうした? 相変わらず不機嫌そうな顔をして。また太ったのか?」

「……いえ」


 帰りの電車、私は窓外をただ眺めていた。今は、今だけはずっとそうしていたい気分だった。


「どうせあの爺に手も足も出なかったのが悔しいんだろう」

「……悪いですか?」

「いや、悪かないさ。君みたいな半熟者じゃ逆立ちしたって勝てる相手じゃないんだ。だったらそう悩む必要ないだろう」

「……」


 九條先生はつまらなそうに言ってコップに注がれたブランデーにちょっぴり口をつけた。


「……だけど、だけど私は魔導師になりたいんです。ケスタのような極悪人だって捕まえられるような強い魔導師に。けれど実際私はサポートどころか単なる足手まとい……。本当に滑稽じゃないですか、私は。絶対に私ならなれるって思っていたのにこれじゃ馬鹿みたい」


 ケスタとの戦闘だけじゃない。その半熟者が集まる学園ですら私はライバル達に引けをとってしまっている。魔導師は誰もが羨む魔法使い最高の称号。こんなんじゃ魔導師なんか本当に夢のまた夢じゃないか……


「魔導師になることのどこがいいのやら……。だが確かに君程度じゃ魔導師なんてなれるわけがないな。これくらいのことで泣くようでは」

「泣いてなんか……。ただ景色が綺麗だからうるっときただけです」

「ほらみろ、泣いてるじゃないか。お前はまだまだ弱いんだよ。心身ともにな。少なくともこのままじゃ凡庸な魔術師にしかなれはしないな」

「だったら……、だったら私はどうしたら……」


 ふっと九條先生を見た。すると九條先生は私にちり紙を差し出してくれていた。


「ならしょうがない。自分の無力さに打ちひしがれてどうしようもないというのなら、この私がじきじきに鍛えてやるよ」

「えっ……?」

「勘違いするなよ? お前が哀れだからだとかそんなんじゃない。いつまでも足手まといだと困るんだよ」


 意外だった。あんなにも私に対して適当だった九條先生がそんなこと言ってくれるだなんて……


「ありがとうございます……、ありがとうございます……」

「ふん、私の修行はちょっとばかりきついぞ。それでもついてこれるか?」

「はい!」




 東京に戻った時、私達を最初に迎えてくれたのは札幌ではすっかり感じられなかった夏特有の暑さだった。だけどそれは出発した時に比べると爽やかに感じられ、ちょうど季節の節目を越えたかのようだった。


すみません。打ち切りエンドです……。

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