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3-3 表と裏

 セフィリアさんから依頼を受けた翌日、私達は目的地である稚内(わっかない)の発掘場を目指して札幌行きの寝台列車に乗り込んだ。飛行船で向かった方が早いのだろうけれど、セフィリアさんはあまり飛行船が好きじゃないとのこと。日本に来る時も香港から船で来たらしい。

 しかしそれにしても、と私は思う。私達が乗った寝台列車は最上級の高級車両。部屋は個室だし、シャワー室なんかも完備されていた。今もちょうどダイニングルームで夕食をいただいているところなんだけれども、出される料理がフォワグラとかキャビアとか恐れ多いものばかり。

 今日の夜から明日の朝までの移動とはいえ、移動にお金をかけすぎなのでは、と思わずにはいられない。

 隣にいる九條先生は高そうなワインを口に含ませてはそのワインの薀蓄(うんちく)を間断なくしゃべり続けている。鼻の下を伸ばしているその様は実に癪に障る。

 どうせ九條先生がセフィリアさんにいいところを見せたいがための見栄なのだろうな。でなければ私の分の旅費まで出してはくれるわけもないし、私をこんないい列車に乗せてくれるはずもない。


 私はグラスに注がれたブドウジュースをくいっと口に含ませてセフィリアさんに聞いた。


「それにしてもセフィリアさんって日本語お上手ですね。以前にも日本に来たことがあったんですか?」


 私からの横やりに九條先生はムッとした顔をしていた。セフィリアさんはそんなことなど気づきもせずに口を開く。


「ええ、昔は何度も来ていましたわ。もう久しくは来ていませんけど」

「他にも行ったことがある国とかってあるんですか?」

「ええ。東洋は日本と中国、韓国やシンガポールしか行ったことはありませんが、欧州や中東はほとんど行き尽くしたと思いますわ。何せ父は忙しいお人でしたから」


 そう言ってセフィリアさんは優雅にフッと笑った。

 私なんか海外旅行に行ったことすらないのに。そういうことを平然と言ってのけるセフィリアさんは本当に住んでいる世界が違うのだろうな。

 そりゃあ別に海外に行った回数で人の優劣が決まるとかそういうわけではないけれど、純粋にいろいろな土地を巡ってきたという経験はとても羨ましい。そうした経験は自分の世界を広げて新たな発見を促すものであるし、様々な知見を得られること自体世界を股に掛ける魔導師を目指すことを考えれば有益なものに違いない。


 するとふと前方の席の男性がこちらをちらちらと見ていることに気が付いた。年齢は九條先生より若干上だろうか、背もだいぶ高い。こっちを見てくること自体何かとっかかりを覚えるのだけど、彼が一人で食事をとっていることに何より首をかしげてしまう。

 普通こういう高級列車は家族や恋人と乗るもの。仕事で乗るなんていうのは普通に無駄遣いだし、それこそどこぞの見栄っ張りさんくらいしかしない。

 そりゃあ中には熱烈な列車マニアもいるのかもしれないけど、彼は車内の装飾なんか目もくれず、ただ黙々と食事をしているのである。そのことを鑑みると列車好きというわけでもないだろう。


「九條先生、あそこにいる男性、さっきからこっちをちらちら見ているのですけど……」


 私はお化粧直しにセフィリアさんが席を立った際に小声で九條先生に聞く。


「そりゃそうだろう。あいつはこちらの動きを監視しているのだから」

「監視、ですか……」


 嫌な予感が当たってしまった。今回の任務は目的地までの護衛で主に途中にある対魔物戦闘を想定されていた。しかしそれ以外のトラブルからも当然セフィリアさんをお護りしなくてはいけない。巨大企業の社長令嬢であるセフィリアさんに危害を加えようとする輩が道すがらいてもおかしくはないのである。


「セフィリアさんの会社の競合が差し向けた刺客でしょうか……。それとも身代金狙いの誘拐犯……」


 私は推測を交えて九條先生にあの男の正体についてうかがってみた。少なくとも九條先生の気にも留めない余裕そうな顔から大方の予想はついているのだろう。


「いや、違うな。奴はおそらく公安の連中だ」

「こ、公安ですか!?」


 しかし九條先生の口から出てきたのは私の予測を大きく外すものだった。

 国家公安委員会、通称公安。公共の秩序を守るために組織されたそれは思想犯や敵国スパイを取り締まったりしている。しかしその実態や権力は未知数で、平和維持の名のもとに何でもやる、という噂さえあるのだ。


「い、いったい何でそんな人が私達を……」


 私達はただセフィリアさんを稚内の発掘場まで護衛するだけである。道中でセフィリアさんが襲われる可能性はあるものの、それは公安ではなく警察の仕事であり、それも事件が起こってから動くのが常套だ。

 もちろんセフィリアさんを襲うだろう人の背後に国家を揺るがすほどの組織が隠れているのであれば話は別かもしれないけれど、だとしたらちゃんと注意勧告くらい出されるはず。

 なら、どうしてこの場に公安の人が……


「それはあれだ。セフィがとあるテロ組織の一員だからだ。“純血派”、名前くらいは効いたことあるだろう?」


 ガチャリと金属が擦れる音。九條先生の言葉に、私は思わず持っていたナイフを落としてしまった。


「……く、九條先生、さすがにそれは冗談ですよね?」


 “純血派”なんて、子どもの私でも知っている反社会組織だ。

 何代もの魔術を受け継いだ純潔の魔法使いこそが混沌に満ちた世界に秩序をもたらす存在であり、民衆を統べる絶対者であるべきと主張する狂信的な連中。産業革命によって魔法使いと非魔法使いとの距離が縮まってきた現代を彼らは暗黒時代と危惧し、日々魔力による暴力行為をもって魔法使いの優位性を示そうとも画策している。

 当然各国も彼らを止めようとするのだけれども突発的なテロ行為や要人の暗殺などの報復行為でなかなか本腰を入れられていない。彼らの活動は年々広がるばかりで今もっとも恐れられている組織のひとつなのである。

 そんなやばい組織にセフィリアさんが入っているなんてそんな……


「第一、セフィリアさんは魔法が使えない一般の方ですよ?」


 そうだ。“純血派”は魔法使いで構成されている組織。そこに魔法を使えないセフィリアさんが入れるわけがない。


「何も組織員であることが必ずしも実行メンバーであるとは限らない。彼女は“純血派”という船に投資をしている、言うなればパトロンさ。彼女の家は代々魔鉱石の発掘を専門としている。もし“純血派”とやらが望む世界になったのなら、彼女たちは莫大な利益を享受できるだろうからねぇ」

「け、けどそれって魔法こそが絶対と謳う“純血派”の理念と矛盾しているんじゃ……」

「理想や理念なんて所詮方便にすぎない。飯を食べるにも、家を買うにも、戦争を起こすにも金は必要だ。テロなんていう非経済的行動をしている連中にとってなりふりかまっていられないのさ」


 私の目の前にスッとナイフが差し出される。さっき落としたナイフをウェイターさんが新しいものに取り換えてくれたのだった。

 私は驚きを押し殺してナイフを受け取り、ウェイターさんが持ち場に戻るのを確認して話を戻す。


「……ということはですよ、九條先生。もしかして目的地って“純血派”の根城だったりするんじゃ……」

「かもしれないな」


 九條先生は他愛もなくワインを口に含ませた。その顔はお酒のせいかやや赤く、不安も緊張感もかけらも感じさせなかった。


「かもしれないって……、これで何か起こったら私達国家反逆罪ですよ!」

「別に依頼書にもそんなこと微塵も書いていないし、彼女は日本では公に顔を知られてないんだ。いざとなったら知らなかったと言い逃れすればいい」

「そ、そんな……」

「それに何もテロ行為をするために日本に来たとは限るまい。それこそ本当に表向きの仕事で来たのかもしれない。彼女は()()何もしていないんだ。ならそう気にすることなどない」


 こんなことならこの依頼にひょいひょい付いてこなければよかったと私は今更ながら後悔した。今までも事務所に来る(こす)い依頼をいくつかこなしてきたつもりだったけど、今回は全くの別物。

 私達のやっていることは正義でも何でもなく、巨大な陰謀の一端に触れる行為であるのかもしれないのだ。


 お化粧直しから戻って来たセフィリアさんはさきほどと様子に変わりはないけれど、私には彼女の背後がどこか歪んでいるかのように見えた。




 ◇




 食事を済ませた私達はその後各自の部屋に戻ることになった。まだまだ夜は長いとはいえ、明日は朝早い。調子が悪くて魔物に全滅させられたのでは話にもならない。

 しかし何の因果か、……いや何の作為か、九條先生は部屋を3つではなくて2つしか取っていなかった。しかも二人部屋はなぜかダブルベッドという仕様。明らかに九條先生はイヤラシイことしか考えていなかった。

 よって私は断固それに反対して男女別の部屋割りを提案した。不純異性交遊なんて認めません! ダメ、絶対!


 しかしこの男もそう簡単には引き下がらない。私が『健全な高校生の前でそんなこと許しません!』って言ったら、『保健体育の時に赤ちゃんの作り方は習っただろう? ならもう君は立派な大人だ。何の問題もあるまい』と返し、『そういうものは大切な人のために取っとくものです!』って言ったら、『そんなメルヘン抱えているなんて君はまだまだ子どもだな。子どもは黙って大人の言うことを聞いていればいいんだ』と開き直る始末。


 結局長い言い争いの末、私はセフィリアさんを味方につけてセフィリアさんと一緒の部屋で寝ることになった。部屋に入り際に聞こえた『あの約束は嘘だったのか、セフィ!?』という焦燥に満ちた声は大変印象に残るものであった。もちろん、寒気がするという意味で。




「あなたがテロ組織に所属しているというのは本当なんですか?」


 電気を落とした室内。寝る間際になって私はセフィリアさんに事の真意を尋ねてみた。きっと、九條先生がいたのでは決して聞くことができないことだから。


「いったい何のことかしら?」


 セフィリアさんは体ごとこちらに倒して私に微笑みかけた。その微笑は本当に知らないようにも、すっとぼけているようにも見えた。


「九條先生から聞きました。向こうでは“純血派”のパトロンをしているって。本当のことを教えてくれませんか? そして今回の目的は何なのかということも……」


「九條先生ね……。けどそんなこと聞いてもいいのかしら? 聞いたらあなた、引き返せなくなるわよ?」


 私は言葉を詰まらせた。

 セフィリアさんは相変わらずただ微笑を投げかけるだけ。だけど、だからこそ私はひるんでしまう。彼女のその裏にある心の一端が垣間見えたような気がして。

 だけれども私はここで立ち止まりたくはなかった。もし、万が一セフィリアさんが悪いことをしようとしている人で、彼女を見逃してしまうことがあるのなら、それは私の正義に反してしまうことなのだから。


「それでも……、それでも私は知りたいです。そしてもし……、もしあなたが悪事をはたらくつもりなら、私は――」


 逃げてしまいたい。そんな思いを抑えながら、私はセフィリアさんを見つめ返す。

 するとセフィリアさんはこらえていたのを我慢していたかのように、息をこぼして笑った。


「ふふ、冗談よ。この任務は本当にわが社の発掘場を視察しにいくだけよ。それ以外であんな何もないとこに行くわけないじゃない」

「じゃ、じゃあ“純血派”の一員ってことは……?」

「さぁ、どうなのかしらね。そうであろうとなかろうと、プライベートなことをあなた達に話す義理はないわ」


 セフィリアさんはその細く長い人差し指を私のデコに押し付け、「女はね、秘密の一つや二つ持つものよ」とドキッとするようなウィンクをした。


「ねぇ、マナちゃん。今度は私から質問してもいい?」

「な、何でしょう?」

「マナちゃんは大人になったら何になりたいのかしら?」

「それは……」


 セフィリアさんの蒼氷色の瞳に見つめられ、私は一瞬言い淀む。薄暗い中、淡く揺らめくその眼は何だか私の心を透かしているかのようだった。


「私は……、私は偉大な魔導師になりたいです。誰もが幸せに暮らせる社会を、正しいことが正しく行われる社会を魔導師になって作ってみたいです」


 言い終わった時に、私は自分の言葉に恥ずかしくて顔が熱くなった。柄にもなく臭いセリフだった。


「ふふ、そうなの。何だかマナちゃんらしい夢ね」


 セフィリアさんはただ微笑み、私の頬に手をあてた。その手はひんやりと冷たくて、私の熱気を冷ましてくれた。


「なら、お姉さんから一つ忠告をしてあげるわ」

「忠告……ですか?」

「ええ、忠告」


 セフィリアさんはぶつかるくらいに私に顔を近づけ、薄紅色の唇を緩ませた。


「もしあなたが本当に魔導師になりたいのなら、あの男を師とするのはやめなさい。もしあなたが魔導師の道に進むのだとしたら、あの男は()()あなたの壁となって立ち塞がるだろうから」


 セフィリアさんは笑みを浮かべた。けれどその吸い込まれる程に澄んだ瞳からは彼女が何を考えているのかがまるで読めなかった。

 セフィリアさんは九條先生の何を知っているのか……、先生がいずれ私の壁になるとはどういうことなのか……


「セフィリアさん……、あなたは……ってうひゃぁ」


 瞬間、私の太ももにセフィリアさんの指がツーって走った。セフィリアさんはあられもない声を出した私を見て不敵に笑う。


「ふふ、くれぐれも忘れないでね。私の言うことって結構当たるのよ」



 結局その後彼女が本当は何者なのか、彼女の言うことはどういうことなのかということは聞きだせなかった。

 だけどその代わり感じたことが一つだけ。きっと今回の任務は単なる護衛という枠では収まりきらないだろうということ――


セフィ「ふふ、くれぐれも忘れないでね。私の言うことって結構当たるのよ」

マナ(ドヤ顔で紅茶を外したくせによく言うなぁ、この人)

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