3-1 スランプ
前回の更新からかなり経ってしまった……
お忘れかもしれませんがどうぞよろしく('-'*)
私の通う私立駒場魔法学園は日本だけではなく、世界的にも有名な高等学校と呼び声高い。今まで着任してきた魔法大臣のほとんどは駒校出身者だし、日本にいる魔導師の過半数はここの卒業者なのだ。
またこの学園のトップクラスの生徒には国際魔法協会じきじきにスカウトの声がかかることもある。それで国際魔法協会に所属しそのまま魔導師となった先輩方も一人や二人なんかではない。
しかしそんなトップ校である駒学も国の教育方針から大きく外れることはできないわけで、7月いっぱいで一つの学期が区切られ夏休みに入る。
夏休みは8月から9月の中旬までの約40日間と長く、当然のごとく授業なんかはないものだから多くの生徒は歓喜の声を上げてしまうだろう。もちろん、その間ゼミも毎週行く必要がなくなるので私としても最高に嬉しい。
夏休み中にも一応ゼミで課題があったり、高難度魔法の修行や実践演習なんていうのもあるっちゃあるわけだけど、少しでも九條先生の顔を拝む機会が減ることはそれはそれは喜ばしいことだ。先生のもとに師事してまだまだ4か月ではあるものの、その期間は本当にひどいものだった。
だけどそうした楽しい楽しい夏休みが待ち構えているなかで、しかし私はあまり気分をよくすることはできなかった。
なぜなら学期末に必ずやってくるあの行事であまり芳しい結果を出すことができなかったから。そう、“期末考査”という戦いに――
「どうした姫宮、そんな不景気そうにしょげこんで? 生理か?」
「先生。それ、セクハラですよ」
テストの結果に落ち込んでいる私に、九條先生は相変わらずモラルのない発言を呈した。一応今日が一学期最後のゼミなのであるが、いまだにこの人とはうまくやっていける兆しなど見出しきれない。……むしろ溝が開くばかりだ。
「今回の期末考査……、あまりいい成績を残せなかったんです。筆記テストは問題なかったんですけど、実技テストで何人かの子に抜かれてしまって……。それもみんな神田ゼミの子に……」
「ふん、まるで私の指導に何か問題があるとでも言いたげな様子だな」
「……実際に私、九條先生からは魔法も何も伝授してもらったことないです。それに比べて神田ゼミの子たちは魔術師になってようやく覚えるような魔法をもう教えてもらってるって言ってました。それに神田先生のところ以外のゼミもどこも何かしらの魔法を教えてもらったって……」
九條先生のゼミも依頼の無いときは名目上『魔法修行』をやることになっている。しかし蓋を開けてみれば九條先生は忙しいの一点張りで私の修行につき合ってもくれず単なる『自習』と化しているのだ。
もちろん先生から自習内容についての言伝はあるのだけどその内容がまぁ随分と適当なものであり、『3時間瞑想、2時間精神統一、2時間魔法のイメージトレーニング』というメモを見た時には突発的に発火の魔法で燃やしてしまったほどだ。
「だが君は事務所の依頼に参加し、普通のゼミではとても体験できないようなことをやってきたではないか。それがたとえ期末考査が評価するポイントでなくても、君自身が一人前の大人として大きく成長できる要因にはなっただろう」
傍から聞くといかにもいいことを言っているような言葉を九條先生は吐いた。しかしそれに騙されてはいけない。
「九條先生、私が先月から3週間かけて参加した任務がいったいどういうものだったか覚えていますか?」
「ん? はて、何だったかな?」
九條先生は見事にすっとぼけた。いや、もしかしたら本当に覚えていないのかもしれない。しかしいずれにしてもそれは私をイラッとさせるのには変わりないもので、私はギリッと九條先生を睨みつけた。
「不倫の証拠を握り潰す任務です! 何が『大人として大きく成長する』ですか! 私はそんなドロドロとした成長なんて望んでいませんし、だいたい女子高生に何てもの経験させるんですか!?」
「いいじゃないか。いずれ君がそうなった時役に立つだろう。もっとも結婚できればの話だがね」
「う、うるさいです! ともかくですね、ここのところそういった下世話な依頼ばかりでうんざりしているんです」
「しょうがないだろう。そういった下世話な連中こそがいっぱい金を持っているんだから」
「それにしてもですよ! 最初の頃みたいに魔物退治の依頼とか、真由佳ちゃんの護衛みたいな依頼はないんですか?」
「魔物退治は金にならないから論外。護衛は金になるかもしれないが、お前みたいなチンチクリンを連れていくのは足手まといだ」
「け、けど真由佳ちゃんの時は襲撃してきた魔術師を倒しましたよ」
「ほう、私の大事なマジックリングを壊した挙げ句、不覚をとって敵の魔法の餌食になりかけた癖に大した口を叩くものだな」
「うっ……」
一介の高校生が魔術師に、それもお戦闘を専門としている者に勝つなんてよっぽど実力がない限りできることではない。その意味では私は高校生としては結構強い部類にいるのかもしれない。
けれどそれは高校生という半人前を前提とした尺度であって、魔術師として一人前であるかどうかと言われたら仲間がいることや魔導具の戦術的価値を失念していたことは大きなミスだ。
たとえ学校にいる生徒達よりも魔法ができたとしても、魔法士として活動している以上それは無意味なことなのである。
「学校では何て言われているか知らないが、私から見ればお前はまだまだ未熟者だ。そんなひよっこにおこぼれでも依頼を与えているのだからちょっとは感謝するんだな」
ムカつくほど偉そうにあごを上げる九條先生に、私はぐうの音も出すことができなかった。
◇
「ニュース見た? 女子高生連続失踪事件。最近何だか物騒よね」
帰りのホームルームが終わった放課後、私と由美とメイは各々の部活や生徒会会議が始まるまでのしばらくの間教室で時間をつぶしていた。
私が言った『女子高生連続失踪事件』とは一週間ほど前から宮城で起こっている謎の失踪事件のことだ。
「女子高生失踪事件ねえ。案外ただ都会に憧れて家出したのが重なっただけだったり」
「さすがにそれはないでしょ」
適当なことを言う由美に私は突っ込みを入れた。
同じ女子高校生として他人事に聞こえなくはない事件なのだけど、現場は東北地方と離れている上、私達は魔法を使って防衛ができることから学校でも警戒心を強めるというような生徒は少ない。魔法使いからすれば脅威なのは年齢や性別などではなく、魔法を上手く扱えるかそうでないか、なのだから。
「それよりさ、来週の花火大会どうする? やっぱりマナも由美も浴衣着ていく?」
「私は中二の時に買ってもらった浴衣があったからそれ着ていくかな。ところでメンバーって私、由美、メイ、そしてあずさの4人でいいの?」
来週ある東京湾の大規模な花火大会。高校生になったということでようやく私も親から許可をもらえてみんなと行けるようになったのだ。もちろん地元の小さな花火大会は小学生の頃から行っていたけど、こちらほど大掛かりではない。なので私もみんなも今回行けるとなってとても待ち遠しにしてたイベントなのだ。
「マナ、あずさは行けないって」
「え、そうだったっけ?」
あずさは今日ゼミのミーティングがあるとのことで今この場にはいない。けど確かあずさは一番これを楽しみにしていたはずで、由美が言うように行けなくなったというのは少し意外だった。
由美は悪戯めいた笑みを浮かべる。
「あ、正確には予定があって行けない、ではなくて私達と行けないってことだけどね」
「他の人と?」
「うん、ほら……」
……なるほど、高橋先輩と行くってことか。道理であずさ昨日から嬉しそうにしていたわけだ。
しかしそれにしてもこの場にあずさがいないことが何か残念だ。いたら茹でダコになるまでさんざんからかうことができたのに……
「あ、私太一達も誘っちゃったんだけど、別にいいよね?」
メイが言った太一とは隣のクラスの柊太一のこと。メイと同じ日比谷出身の男子生徒である。彼は小学校の頃から月城と仲がいいらしく、ゼミも同じ神田先生のところで別クラスだけど月城とよく一緒にいるのだ。
「柊達ってもしかして月城も?」
メイは『太一』ではなく、『太一達』と言った。ということは十中八九いつも一緒にいるであろう月城もついてくると私は思った。
「――何だ、俺がいちゃ悪いのか」
すると不意に後ろから声が聞こえてきた。月城蓮だ。
隣には柊を連れている。
「あ、いや別にそういうわけじゃなくて……」
「別に照れなくてもいいのに、マナ」
「そ、そんなんじゃないわよ!」
ボソッといらないことを言った由美を睨みつけた。みんなからはいたたまれない眼差しを受けている。それは何だか『ツンデレ?』って思われてそうでちょっと癪にさわった。
「ところでいいタイミングで来たわね二人とも。今ちょうど花火大会について話してたの」
とメイ。私から視線をずらし話を戻す。
すると柊は残念そうな面持ちで口を開いた。
「実はその花火大会の誘いなんだけど俺達ちょっと用事ができてキャンセルしたいんだ」
「ええ、どうして!?」
そう驚くメイに、月城も申し訳そうに頭を掻いた。
「実はその日ちょうどゼミの合宿があってな。俺も太一もどうしても外せないんだ」
「そう……、ならしょうがないわね」
「悪い、何かでまた埋め合わせすっからさ」
「……絶対よ?」
「ああ、もちろん」
しょげ込むメイを柊はいつものようにあやした。そういえばメイは柊とともに3年間クラス委員を共にした仲だったらしい。何でも二人のやりとりを夫婦漫才と揶揄されたこともあったとかなかったとか。
「ねえ、ところで神田先生の夏合宿って何するのよ?」
私は神田先生のゼミ内容についてちょっと気になって柊に聞いてみた。何せ来年こそは神田ゼミを志望するのだから。
「神田先生の独自魔法を伝授してくれるのだと。何でも夏休みの終わりに京都の学生と交流戦するからそれまでに俺達を強くさせたいんだってさ。強くなれるのは嬉しいけど、あの人結構厳しいからむしろ有難迷惑なんだよな」
「へ、へえ……、そうなの……」
正直、とてもうらやましかった。私のところは特別な魔法を教えてくれるどころか私の魔法を見てもくれない。
今回の実技テストなんかはみんなゼミの先生から教えてもらった高度な魔法を披露するなか、私は学校で習うような魔法で高得点を叩き出すしかなかったのだ。
「あれ、もしかしてマナうらやましいとか思っちゃってる? そりゃ実技のテストで俺らに抜かれちゃってたもんな」
柊からの軽口に私は一瞬言葉を詰まらせた。
入学当初は筆記も実技も月城とトップ争いをしていたのにいつの間にやら神田ゼミの生徒達が台頭してきて実技のテストで私は後塵を拝すようになっていた。目の前にいる柊はその実技で私を越していった一人でもあった。
「けど筆記と実技を合わせた総合順位なら2位よ」
私は柄にもなく強がってみた。私は筆記テストは変わらずトップであったため実技が4位でも総合は月城に続く2位。そのため一応、成績順でいえば柊よりは上。
けれどそんなこと何の慰めにもなっていないということは私自身、よく自覚していた。実技で負けていることはすなわち実際の戦闘能力では劣るということを示している。魔導師になるためにも強さを求めなければならない私がそんなことで妥協をするなんて許されるわけがなかった。
それに何といっても月城との初戦闘の時に懸念した彼との実力の開きがより顕著になってきていた。こんな状況では何と自分に言い訳をしたところで虚しいだけ……
「まぁまぁ二人とも。そんなこと言い争ってても無意味だろう。今回の実技テストは高度な魔法を使えればさらに加点をもらえる形式で、俺達はたまたま神田先生から教わっていたところが大きく加点されて成績が良かったんじゃないか。俺達と姫宮のゼミはやっていることも教わっていることも違っているんだからそんなわずかな差なんて関係ないさ」
月城はそう言ってフォローをしてくれた。実技テストは神田ゼミの生徒にとって有利なのだから単純に比べることなんてできないと。
だけどその月城のセリフは私からしたらむしろ悔しさしかなかった。月城はもちろん悪意はないのだろうけど、言い換えれば、『俺達とお前とでは立っている土俵が違うのだから比べても仕方がない』、ということなのである。
「どうした、姫宮?」
「ううん、何でもないよ」
私は自分の今の境遇を振り返りやりきれなくなってきた。入学当初はあんなにも熱く燃えていて、今もそれに負けないくらい努力してる。けれど、それなのに私はほとんど成長することがなく、差をつけられ始めている。
――この調子で自分は本当に魔導師になれるのだろうか?
そういった不安がこの時私に駆け巡った。