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2-3 峰真由佳という少女

長いので二話に分けました。

もう一話は明日明後日に投稿します。

 そして峰真由佳のソロライブ興行が始まる5月3日。

 私と九條先生は依頼の護衛のため彼女が泊まるホテルの前で待ち構えていた。


「姫宮くん、今回の任務は護衛ということだが、もちろん四六時中二人で彼女につくことはできない。だから基本的には会場やスタジオでは二人で、移動中は私が、控室では君というふうに護衛を割り振りたいと思う。それと前に渡したものはちゃんと持ってきているかね?」

「はい、もちろんです」


 私は鞄の中から障壁魔法の魔法陣が組み込まれた腕輪を取り出した。

 これはマジックリングといって表面に刻まれた魔法を魔力を込めるだけで発動させることができる魔導具である。一級の魔法使いならば“術式破棄”を使って瞬時に魔法を展開できるのだが、普通の魔法使いは言霊魔法などの特別な魔法を除いていちいち魔法陣を構成させなくてはいけない。

 もちろん“術式破棄”できる魔法はその魔法のランクによって難しさが変わり、大体の人は浮遊魔法や照明魔法などの基礎魔法くらいはできる。

 かくいう私も最近ようやく魔弾の“術式破棄”ができるようになったのだが、まだまだ障壁魔法はできないでいる。

 そのため急な襲撃にもほとんどノーモーションで魔法を展開できるこの魔導具は今回の任務にはぴったりなのである。


 ただもちろんこのマジックリングも便利なばかりではなく欠点も存在する。

 それはマジックリングをはめている手では新たに魔法陣を作ることができないということだ。

 これは魔法陣を構成しようと手に魔力を込めるとどうしてもマジックリングが反応してしまい、思い通りに魔法陣が作れなくなってしまうからである。なのでマジックリングを両手にはめると他の魔法を使うことができなくなってしまう。

 また同じ手に二つ以上のマジックリングを付けた場合も互いに反発しあってしまうため魔法を発動できない。

 そのためマジックリングは一人につき一つしかつけることができないのである。とはいえマジックリングは特別な鉱石から作られとても高価なのでそもそも二つ以上手にすること自体あまりないのだけれども――


「分かっていると思うが壊したりするなよ。マジックリングの中でも障壁魔法が刻まれたものは格段に高いんだからな」

「わ、分かってますよ。けれど今話題のアイドルに会えるって思うと何だかとてもわくわくしちゃいますね」


 すると九條先生は呆れた目つきで私を見つめてきた。


「……何ですか? その馬鹿を見ているような目つきは」

「飽きれてものも言えないな。たかがテレビに出てるガキに会うだけなのにどこにわくわくする要素があるというんだ。これだから流行に振り回されるだけの単細胞は……」

「た、単細胞!?」

「だいたい今時のアイドルなんて顔もよくない癖に雰囲気だけ見繕った性格悪いやつらの集まりにすぎないじゃないか」

「それは先生の勝手な偏見です。真由佳ちゃんはとても可愛いですし、テレビを見ている限りしっかりしている感じの良い子です」

「どうだか。テレビと実際は違うとよく言うしね」


 むっ……、よくもまぁ人をけなす言葉が次から次へと。


「……先生って性格が歪んでるって言われませんか?」

「そんなことはない。私は自分の思っていることをただ正直に言っているだけだ。こんなにも真っ直ぐな人間はそうそういないさ」


 なぜかしたり顔をする九條先生。

 もともと分かっていたけどこの人、本っ当にひねくれている。どんな育ちをすればここまで曲がってくるのだろうか?


 不敵ににやける九條先生にうんざりしてると、ホテルの自動ドアが開かれ、中からふわっとしたセミロングの髪をした女の子が出てきた。彼女が私達の護衛対象である峰真由佳ちゃんである。


「どうもはじめまして。九條魔法士事務所所属魔法士の九條秀です。そしてこっちが見習いの姫宮くん」

「姫宮マナです。この数日間よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 ぺこりっと真由佳ちゃんは深々とお辞儀をする。真由佳ちゃんの態度はとても礼儀正しく、落ち着きのあるものだった。

 アイドルということでもっと活発そうなのかと思ってたけど、どちらかと言うと大人しめの子みたいである。


「では峰さん。しばらくの間私達があなたの護衛につくことになります。その際ですがくれぐれも私達から離れたり、勝手にどこか行かないようにお願いします。護衛のスケジュールなのですが――」


 そうして九條先生は護衛上の注意をてきぱきと話していった。さっきまでアイドルへの暴言がまるで嘘のようである。


「――それと一つ、これを随時携行するようにお願いします」


 そう言って懐から九條先生が取り出したのは藁でできた5㎝ほどの人形だった。


「これは?」

「それはあなたの身を守る大切なお守りです。肌身離さず大切に持っておいてください。何があってもあなたのことを守ってくれるでしょう」

「分かりました……」


 あれは何かの魔導具なのだろうか? 私も魔法学校でいろんな魔導具を見てきたけれど、あのような魔導具はまだ見たことがなかった。

 護身用の魔導具としては頑丈で薄い装着型の耐魔プレートとかが便利って聞いたことがあるんだけど……。少なくてもあんな小さな人形ではそれこそ本当にお守り程度にしかならないんじゃ……


「では早速行きましょうか――」








 ◆







 真由佳ちゃんをホテルまで迎えに行った後、橋場マネージャーの車に乗って私達はテレビ局へと向かった。

 今日の日程は午前の時間にバラエティ番組の収録をし、その後夕方からお台場でライブということになっている。


「――このビデオに写っているネコはデウス・コンポネアと言ってですね、現地の言葉で神の生き物と呼ばれています。そしてなんとあのスフィンクスのモデルになった生物なんですよ。普段は温厚なんですがああやって外敵に襲われると魔力を爆発させて大きくなるんです」


 大きなスクリーンパネルの前では動物学者の先生がビデオに映る魔物の解説をしていた。

 真由佳ちゃんが今日収録する番組は『世界びっくり百科事典』というもので、名前の通り世界各国から驚くような映像を取りあげる番組である。夜の7時からやるゴールデンタイムの番組で視聴率もなかなかに高いとのこと。


「いやー、まさかあんなに小さな仔猫がライオンみたいに大きくなってアナコンダを追い払うなんてね。普段はあんなに可愛いのにびっくりだ。そういえば()()()は最近びっくりしたことってありましたか?」


 司会の清水哲が真由佳ちゃんに話題を振る。日常会話だったらどうってことない振りだけど、テレビということを考えるとなかなかに難しそうなお題だ。


「私のおばあちゃん家ではジョンとミルクって名前の犬と猫を飼っているんですが、遊びに行く度いつも喧嘩しているんです。けど先月遊びに行った時、ミルクが近所の犬にいじめられいて。それを見て私がその犬を追い払おうとしたら私の横をジョンがピューって駆け抜けていって近所の犬を追い払ってしまったんですよ。もう普段は仲悪い癖にそれを見てびっくりしゃって」

「ほのぼのする話ですね。喧嘩しててもなんだかんだで仲がいいって。全く、“ビリーズフットマウス”の二人にも見習ってほしいものだよ」

「ちょっと待ってください。哲さんの中で僕達って仲が悪いっちゅうことになってるんですか!? 僕達めっちゃ仲良いですやん!」

「そうですよ、哲さん。こいつと俺はめっちゃ仲良いです。仕事量が天と地ほどの差があるにもかかわらず、ギャラはちゃんと折半しとるほどですし!」

「いやそんなこと言わんでおいて! 僕が惨めになるだけやから!」


 どっと沸く会場。そして流れるような進行で次の映像へと移っていった。

 人気の司会者に大御所の俳優、そして今のりに乗っている芸人。そんな人達の中にいながらも真由佳ちゃんはしっかりとその輪の中で花咲いていた。

 まだまだ15歳にも関わらずである。


(真由佳ちゃんあんなにすらすらとトークできていて本当にすごいなぁ。アイドルって歌やダンスは得意だけどトークはあんまりってイメージだったんだけど……)


 確か真由佳ちゃんは8歳の頃から事務所に所属していて雑誌やCMに出てたんだっけか。そして12歳の時にまだ人気のなかったエメラルドガールのメンバーになってそこから3年で全国に名を轟かすくらい有名になっていって――。

 そりゃ他の子に比べてあんなに落ち着いていても不思議じゃないわね。






「――はい、オッケーです。皆さんありがとうございました」


 スタッフの掛け声とともに二時間ほどの収録もようやく終わりを迎えた。次は7時からお台場でソロデビュー最初のライブだ。


「真由佳ちゃんお疲れ様! 収録とってもよかったよ。バラエティであそこまで面白い女の子初めて見たかも」

「そ、そんなことないですよ。私なんてまだまだです……」


 初々しげに照れてしまう真由佳ちゃん。顔を赤らめる真由佳ちゃんは何だか思わず抱きしめたくなるくらい可愛かった。

 だけどその時、後ろからいかにも不愉快な女性のぼやき声が聞こえてきた。


「――はぁ、あの子マジムカつくわ。年下なのにでしゃばっちゃって。おまけにぽっとでの癖に護衛までつけちゃってるとか本当何様のつもりよ」

「ちょっとアゲハさんやめてください。声が大きいですって」


 すかさず止める彼女のマネージャーらしき男性。

 しかしその不躾な女性タレントは悪びれる様子もなく言葉を続けた。


「別に本当のことを言っただけでしょ!? あの子ちょっと人気あるからって調子乗ってるのよ。本当、嫌になっちゃうわ!」


 スタジオに響くその声はもはや嫌味を通り越して罵倒の域に達していた。

 周りの人達も面倒事には関わりたくないとこちらから目をそらすばかり。


「姫宮さん……控室に戻りましょうか」


 私は別に気にしていない、と健気に微笑んでみせる真由佳ちゃん。

 けれどその声は泣きそうなほどに震えているし、笑顔も嘘だってすぐわかる。そんなの、全然大丈夫じゃないじゃん……


 ぎこちなく笑顔を作る真由佳ちゃんに、手を差し伸べない周りの大人たち。そしてそれを知ってか知らずか目の敵のように彼女を罵る人間。

 ――そんな光景を見て、だけど私は燃えたぎる怒りを抑えることができなかった。


「ちょっとあなた! 失礼にもほどがあるでしょ!」


 相手はバラエティによく出ている女性タレントさん。ファッション雑誌にもよく取りあげられていて女の子たちからの人気も高い。しかしそんなこと、今の私にはどうだってよかった。


「あなたね、人の悪口をぺらぺらぺらぺらぺらぺらと大きな声で……非常識にもほどがあるでしょ! 仮にもテレビに出る者としてどうなんですか、その態度!」

「何ですって!?」


 女性タレントさんは私の指摘にテレビの人間らしい実に分かりやすい反応を見せてくれた。しかし私はかまわず続ける。


「だいたい真由佳ちゃんの悪口ばっか言ってますけどあなたはどうなんですか? さっきから真由佳ちゃんがでしゃばってるとかなんとか言ってましたけど、私からしたら単に活躍できなかったから彼女を僻んでいるようにしか聞こえないですよ!」

「あ、あんたさっきから護衛の分際で何様のつもりよ!」

「あなただって一体自分をなんだと思っているんですか? 自分のことは棚に上げて人の悪口ばっかり言っちゃって……そんなにあなたは偉いんですか!? それに人の罵る暇があるんだったら少しでも自分の品性を磨いてみてはいかがですか? そうした方が私はずっといいと思うんですけどね!」

「こ、このクソガキ――」


 殴りかからんと飛びかかる女性タレントさん。

 いいでしょう、そんなに()り合いたいのなら返り討ちにしてさしあげます――


 と、私も少し身構えたところでさっきの彼女のマネージャーらしい男の人がすかさず彼女を羽交い絞めにした。


「アゲハさんダメですって。暴力振るっちゃ――」


 男性に止められながらも女性タレントはなおも暴れる。しかしタレントさんの力が弱いのか、はたまた男性が羽交い絞め慣れているのか抜け出せる様子は全くなかった。


「さぁ。行きましょう、真由佳ちゃん」


 私は拘束されながらも息を荒くしている彼女を軽く一瞥し、真由佳ちゃんの手を取った。


「ひ、姫宮さん……やりすぎですよぅ……」

「いいのよ。ああいうのは黙ってやり過ごしちゃう方がたちが悪くなるの。だからガツンと言ってやらなくちゃ」


 それに何かあっても私がついているから、そう言って私は彼女の頬を撫でてあげた。普段麗奈先輩が私にするように。

 それに真由佳ちゃんはさっきよりもいっそう顔を赤くする。その様子に麗奈先輩が私を撫でる時必ず悪戯な微笑みを浮かべているのは何となく分かるような気がした。きっと私も同じ顔をしているのだろう。


 そうしているとスタジオの後方にいた九條先生と橋場マネージャーが遅れて私達のもとへとやってきた。


「やれやれ。姫宮君、あんな言い方は駄目じゃないか。ああやって相手を怒らせては」


 何やっているんだとばかりに咎めてくる九條先生。護衛の癖にでしゃばりすぎたから当然なのかもしれない。

 しかしその九條先生の発言に私はムスッとした。確かに言い過ぎたかもしれない。けれど真由佳ちゃんが馬鹿にされているのに黙って自分の保身ばかり考えている大人には言われたくない、と。


「で、でも――」

「――やるなら徹底的にやらなくては。あんなのでは生ぬるい! 二度とテレビ局に足を踏み入れられなくなるくらい精神をズタズタのボロボロにしてやらなくてはダメじゃないか!」


 うん……、九條先生はそういう人でしたね。やっぱりこの人性格がねじれにねじれてると思う……


「けれど姫宮さん、なるべく軽率な行動は慎むようにお願いします。アゲハさんは業界でも鼻つまみ者なのでそれほどですが、なかには過激なファンを抱えている人もいますので」


 と橋場さん。そう言ってポケットから胃薬を取り出し、手を震わせながら何錠もそれを呑み込んだ。


「……あ、はい。気をつけるようにします」


 連日心無き輩から真由佳ちゃんへの非難の手紙を受け取っては処理し続けている橋場さん。そんな心がボロボロの橋場さんに新たなトラブルを押し付けてしまったら――

 何だか私はバリバリと薬を噛み砕く橋場さんと目を合わせることができなかった。


「姫宮くん、分かっていると思うが次はお台場でのライブだ。収録と違って人が群がってくるから気を引き締めておけよ」

「は、はい分かりました!」



 そう、次の会場は人でごった返すコンサートステージ。危険度なんかテレビスタジオなんかとはくらべものにならないくらい高いのだ。

 私は強い覚悟を胸に真由佳ちゃんの手をぎゅっと握った。




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