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俺、ときどき冷太

作者: 奥岩創

ここは(いち)(えい)市立飛(とび)(ゆみ)第二中学校のサッカーコート。夏が過ぎて少しずつ涼しくなってきた九月下旬のグラウンド。俺は部活で今、ゲーム形式の練習をやっている。ポジションはディフェンス。

優介(ゆうすけ)! 上」

上を見ると、上空に浮かんだボールが、落ちながら向かってくるのが分かる。俺は咄嗟に右足を出すが、ボールは足に当たることなく、地面に叩きつけられて大きく弾み、グラウンドの外へと出ていった。

「何やってんだよ! マジ使えねーな」

「今のやつ、頭か胸で取るべきだろ」

文挟(ふばさみ)せんぱーい。二年生にもなって、そんなボールも取れないんですかー?」

グラウンドのあちこちから罵声が飛んでくる。俺は耳を塞ぎたくなるのを必死でこらえた。いつものことだと自分に言い聞かせる。グラウンドの外からボールが戻ってくると、みんなは再びボールを追いかけはじめる。追いかけようと思っても、また馬鹿にされるのが怖いのか、全然足が動かない。結局そのあとはボールに触れることなく、グラウンドで孤立したままゲームを終えてしまった。


 色々と嫌になっていた。サッカー部では右記のような感じになっていて、全くと言っていいほどチームの役に立てていない。学力は学年全体の半分くらいに位置しているが、今の(とび)()(ちゅう)のサッカー部の二年生には頭のいい人が多く、本当は可もなく不可もなくの順位のはずなのに、劣等感を感じていた。中にはサッカー部内での学力が低いことをネタにしてからかってくる人もいた。恋愛……? 勉強もスポーツも取り柄がないこんな男の恋が上手くいくはずはない。現に小学生の時に一度玉砕している。

 

その日の練習が全て終わり、俺を含む部員は皆部室に戻る。部室に漂う汗の臭いはだんだんと制汗剤の匂いへと変わっていった。

「今日の優介見た?」

「見たよ。あれまじ爆笑だったわ。もしかしたら帰宅部よりサッカーセンスねぇんじゃねえの?」

制汗スプレーの音に紛れて俺に対する悪口が聞こえてきた。まるで同じ部屋にいるのを分かってないかのように俺を嘲笑う。練習着からの着替えを終えた俺は、その悪口を言う部員達を見ながら右手を握りしめてプルプル震わせていた。ふと後ろを向いた部員の一人が俺を見て指をさす。

「あれ? 優介いたのー?」

その言葉に反応した他の部員達も振り向く。そして振り向いた人達も同じように俺を指さして笑いはじめた。歯を食いしばって必死に怒りをこらえる。まだ握りしめた右手は震えたままだ。

「そんな奴ら、ほっといてはよ帰ろう」

 そういって俺の腕を摑んできたのは関西弁を話す小代(こしろ)(れい)()だった。同じサッカー部内で唯一信頼できる仲間で、小学校こそ違ったが、部活繋がりで知り合い、仲良くなった。家が近いと分かってからは、他校ながら一緒に遊んだこともあった。帰り道が途中まで一緒なので、俺は時々冷太と一緒に帰る。駐輪場で自転車に乗ると、学校をあとにした。俺達は田んぼだらけの田舎道に入る。学校から少し離れると、家に帰るまではほとんど田んぼと木しか視界に入ってこない。冷太とはいつも途中の林の道のY字路で分かれる。飛二中は市永市の中でも隣町の(あさ)(よう)市に近い位置にあり、冷太は浅陽市に少し入った所に住んでいる。冷太の家に行くには浅陽市と市永市を繋ぐ大通りを渡る必要があり、交通量が多いのでなかなか渡れない。歩行者専用の押しボタンがついた信号機はあるのだが、ボタンを押して「おまちください」の表示が出ても、なかなか信号が変わらない。なので、冷太の家に行くときはいつもそこで時間を食わされていた。

「木曜日は毎度部活の終わる時間が彼女とずれるからな。優介と一緒に帰れるんや。それより最近大丈夫なんか? 部活」

 冷太が心配そうに尋ねてきた。

「俺、本当は部活、辞めたいと思ってるんだ」

 本音を吐く。街灯もあまりない夕暮れの道は、いつもよりやけに暗く見えた。無灯火のせいばかりではないだろう。

「なんでや? お前、サッカー好きなんやろ?」

「たしかにサッカーは好きだよ。でも、みんなに馬鹿にされてまで、やりたくはないよ」

 二人の間にふと沈黙が流れる。

「悪いな。俺もあまり注意できんくて。でも俺は、いつでも優介の味方や。何か嫌なことあったら、いつでも相談せい」

 冷太の言葉は、なぜかとても頼もしく感じられた。

「優介が辛いのはよう分かる。せやけど、自分見失ったらあかん」

 言葉が返せなかった。部活を辞めて果たして正解なのだろうか。辞めていいのかという疑問が心の中に生まれた。だが冷太になんと言ったらいいか分からなかった。沈黙が流れる。二人の乗った自転車はそのままいつものY字路に差しかかった。結局迷いは相談できぬまま、冷太と別れてしまった。

 俺は家に帰ると、ただいまも言わずに二階の自室に行く。ふと部屋を見渡すと、壁には有名なサッカー選手のポスターが何枚も貼ってある。床にはサッカーのゲームソフト「ウイニングイレブン」の空き箱があり、タンスの上には小学校の卒業記念に後輩から貰った二号球が飾られていた。サッカーが好きだということは、この部屋が証明していた。けれど、やっていてもただみんなに馬鹿にされるだけ……。俺はどうしたらいいのか? 部屋に一人佇みながら、サッカーを辞めるか続けるか、ずっと考えていた。

 静寂に支配された部屋で葛藤を続けていたが、答えは出なかった。ふと、一階の方からメロディーが聞こえてくる。このメロディーは家電の音だ。電話に向かう足音が聞こえてくる。おそらく母が調理中の台所から慌てて電話を取りに来たのだろう。母が「はい、はい」と、相槌を打つのが聞こえてくる。やがて、「ガチャリ」と受話器を置く音が聞こえた。その直後だった。

「優介ー。話があるからちょっと降りてきてー」

 母が、一階から叫んだ。さっきの電話は俺に関係のあることだったのか? 俺は階段を下り、母のもとへ行く。

「優介、落ち着いて聞いてほしいの」

母の目は真剣だった。俺は次の言葉を待つ。

「冷太くんが、今日の学校の帰りに、交通事故に遭って、亡くなったみたいなの」

「えっ……」

心にズシンと、大きな鉄球が乗っかったような、強い衝撃が走った。言葉の意味が理解できなかった。いや、理解したくはなかった。

「帰りに、大通りとぶつかる信号の前で、信号無視をした大型の、トラックに……」

 母の言葉は涙で途切れた。その言葉の意味をようやく吞み込めた俺は、ガクッと膝をつく。その言葉が正しいなら、俺と別れたあと家に着くことなく死んだということになる。事態が吞み込めても、正直、信じたくはなかった。明日、学校に行っても、冷太はいない。そんな実感がすぐわくはずがない。俺は明日から誰に支えられて生きていけばいいのだろう。分からない。これからどうすればいいか分からない。俺は立ち上がり、体を振るわせながらふらふらと二階へ戻っていった。そして、自分の部屋に入り、ドアを閉めると、再び膝をついて崩れ落ちた。

大粒の涙が出てきた。垂れる涙は、カーペットに大きなしみをつくる。涙が止まらない。終わりがないかのように、次から次へと涙が溢れてくる。

「何泣いとるんや?」

ふと冷太の声が聞こえたような気がして顔を上げ、周囲を見渡してみる。もちろんこの部屋には俺しかいない。幻聴か? そう思った。すると、カーテンの向こうの窓から、ドンドンというガラスを叩く音が聞こえてきた。けれどこの部屋は二階。それにベランダもない。常識的に考えれば、この部屋の窓を外側から叩けるはずがない。だが今、窓を叩く音が確かに室内に響き渡っている。

「俺や、冷太や。ちびっと窓を開けてくれへんか?」

 たしかにその声は紛れもなく冷太のものだった。

「死んだって、本当なのか?」

 俺はそれを聞かずにはいられなかった。

「せやからこんな場所から入ろうとしとるんやろ。今の俺に肉体はあらへん。本来なら、天国へ行くべきなんやと思う。せやけど、俺は優介のことが心配で心配でたまらんかった。こっちで、やり残したこともぎょうさんあるし、もうちっと、こっちにいたかったんや」

「冷太……」

俺はその言葉を聞くと、おそるおそるカーテンを開け、窓のクレセント錠を下に回す。窓に手をかけたとき、一瞬開けるのをためらったが、ガラッと一気に窓を開けた。すると、ブワッと風が自分に押し寄せた。両脇のカーテンが勢いよくなびく。そして俺の体は何かにど突かれたかのように勢いよく押され、そのまま意識を失った。


――どのくらい時間が流れただろうか。気が付くとあたりは闇に覆われている。ここは俺の部屋じゃない。そんなことはすぐに分かった。じゃあ、ここはどこなのだろう。もしかして、冷太に黄泉の世界へ連れて行かれた? そんな考えが頭の中をよぎった。ふと耳をすますと、サッカーの実況が聞こえてくる。その方向へ頭を傾けると、俺が持っているウイニングイレブンの画面がその空間に映しだされていた。テレビも、背後に見える壁も、俺の部屋のものだ。これは一体どういうことなのだろう。

「やっと気が付いたんか、優介。悪いけど今、お前の体とゲーム機、借りとる」

 途中理解できない言葉を聞いた気がする。体を借りる……? 

「つまり、そうゆうことや。今、優介の体は俺が使っとる。多分、お前がいるそこは俺達だけの精神世界や」

 精神世界……? そんなSFみたいな展開がこの現実でありえるのだろうか。けど実際、それが現実に起こっている。今俺がいるこの場所は縦横一〇平方センチぐらいの広さで、四方に囲まれた壁のうちの一面が丸くなって外に出っ張っており、そこに冷太の見た光景がスクリーンのように映し出されているようだ。冷太が聞いた音もここから聞こえてくる。

 ふと、部屋のドアが開いた。母だった。ゲームの音で気付かなかった。冷太はポーズボタンを押す。母は目を丸くしていた。

「優介、大丈夫なの? 部屋で泣き崩れていると思ってたから心配して来たのに、平然とした顔でゲームやってるから、びっくりしちゃった」

 何も知らない母が、こういう反応をするのは当然だろう。冷太の魂がこうして俺のもとにやってきていなかったら、母が考えていた通り、俺は間違いなく部屋で泣き崩れていた。

「そろそろ晩ごはんだから、食べられるならリビング来てね」

「分かった。すぐ下降りるよ」

 精神世界の中でそう言ったが、母は動かない。

「優介、大丈夫? 聞こえてる?」

「だから下降りるって……」

精神世界(そっち)で言ったことは、他の人には聞こえへんのかもしれへんな。俺が代わりに言っとくで」

 ふと嫌な予感が頭をよぎった。

「もうちびっとで下降りるから、少々待っといてくれへんか」

「……えっ。突然どうしちゃったの? 優介。大丈夫? 気おかしくしてないよね?」

母の反応は当然だった。自分の息子が突然関西弁を喋り出して不思議に思わないはずがない。

「冷太。俺に喋らせろ!」

 俺は半ば取り乱し気味にそう言った。

「分かった悪かった。後で体の入れ替わり方教えるから落ち着いて、な?」

だが結局入れ替わり方は教えてもらえず、冷太は俺の体を使ってスタスタと階段を降りていった。またさっきのようなことが起こらないか不安だった。本当のことを言おうにも、両親が信じてくれるはずがない。

「頼むから怪しまれないでくれ」

「分かった。できるだけ努力はしてみるで」

 冷太は食卓へと向かっていく。だが早速予想していた事態が起きる。

「あれ優介、歩き方変わったか?」

 新聞を読んでいた父がふとこっちを見て言った。父は鋭かった。話さなくてもいつもの俺と違うことに気が付いた。

「母さんから聞いたぞ。友達が事故で死んだんだってな。その割にはけろっとしてるけど、お前、本当に大丈夫なのか?」

「でもお父さん。優介、さっきからなんだかおかしいのよ。突然関西弁話し始めたり、なんだかまるで優介の中に別の人がいるみたいなの」

 実際、その通りだなんて言ったら、母はどんな反応をするのだろう。

テーブルにはごはん、きゅうりの漬物、コロッケ、刻みキャベツ、豆腐とわかめの味噌汁といった感じで母の手料理が並べられている。

「俺、コロッケ大好物なんや」

これ以上怪しまれたくはなかった。俺は冷太に自分の食べ方を言う。

「俺、一番最初に味噌汁を一口飲んでから、次にごはんを漬物と一緒に食べるから、食べるときはそうして。最初にコロッケに手出すなよ」

 冷太は無言だった。怜太はテーブルに座る。父と母が手を合わせた。怜太も「いただきます」と言い、箸に手を伸ばした。

 冷太は、最初にコロッケに手を伸ばそうとした。

「おい」と声をかけると、慌てて味噌汁の方に手をやった。冷太は俺の言った通り、味噌汁を飲んでからごはんと漬物を口に入れた。味は伝わってこない。どうやら視覚や聴覚は精神世界まで伝わるが、味覚は伝わらないらしい。とにかく、このまま何も言われずに夕食が終わることを願っていた。冷太は黙々と食事を進めていく。

「やっぱり今日の優介、なんか変だって」

食事の様子を見ていた母が言う。

「優介の箸の持ち方、こんなにきれいだったっけ」

同じ家で十何年も過ごしていると、親はいつもと違うということがよく分かるのだと感じた。

「あと、それ」

母が指さした先は俺のお椀だった。よく見ると、飲み干したはずの味噌汁のお椀にわかめが残っている。

「優介、味噌汁の具の中では豆腐とわかめが一番好きなはずなのに」

「お前やっぱり友達の事故のショックで頭おかしくなったんじゃねーか? いっぺん病院行った方がいいと思うぞ」

 父が真剣な顔で言ってくる。

「……わりい。俺、海藻類嫌いなんや」

 冷太が精神世界の俺に申し訳なさそうに言ってきた。

「部屋戻って。それで体の入れ替わり方教えて。そろそろ限界だよ。これ以上親を心配させたくない」

 いらいらが溜まっていた。おそらく親以外の人間に直接怒りをぶつけたのは初めてだろう。冷太は普段の俺から怒る姿を想像出来なかったのか、慌てて立ち上がった。冷太はそのままドタドタと二階へと駆け上がり、部屋に入る。

「すまんかった。とりあえず今から体の入れ替わり方教えたる。俺達の視界が見えてる方よく見るんや。俺がいるやろ?」

 そう言われて視界が映っている方をよく見ると、冷太の姿があった。

「うん。見つけたよ」

「そしたら俺の足元をよーく見るんや。少しだけ、窪んで低くなっとるやろ?ここに立つ人が優介の体をコントロールすることが出来るんや。ここで体を動かせば、現実の優介の体に行動が反映される」

 冷太はそう言って、自分の左手で左目を隠した。すると、精神世界の視界のスクリーンの左側が見えなくなる。なるほど、ここでの体の動きは、現実世界の俺とリンクしているのか。

「色々やってすまんかった。自分の体に戻るか?」

「うん。あ、それと気になってたんだけど、ここでの俺と冷太だけの会話と、現実の会話、使い分けられてたみたいだけど、あれどうやったの?」

「ああ、簡単や。現実世界で、片耳を塞いで会話すればええ。じゃあ、俺は窪みから抜けるで。ほな、ここに戻ってきてええで」

そこに立つと、自分の体が自分で操れる、もとの世界へと戻っていた。

こうして、俺と冷太の不思議な共同生活が始まったのであった。



 翌日の金曜日、俺は体内目覚ましで起きる。

「起きろや。もう、七時やで」

俺はうとうとしながらも起きる。

「えっ、まだ七時だよ? 俺、いつも起きるの四〇分頃だし」

「おまえ、いつも朝飯はどないしてるんや?」

「食べてない」

「せやから頭回らないんや。きちんと朝食はとらなあかんで」

 冷太はそう言って俺を精神世界の窪みから追い出し、体の主導権を握った。布団をめくり、一階まで行く。

「あれ、珍しく起きるの早いね。いつもは私が布団めくらないと起きないのに」

「そうなんか。もうここまで来たんやから、ちゃんと飯食え。な? 体はお前に返したる」

 冷太に普段の家での生活を知られて恥ずかしかった。俺は食卓へ向かう。

「優介、大丈夫? なんか昨日変だったから」

「いや、なんだか昨日はショックで頭おかしくなってただけ。もう大丈夫」

 少し落ち込んだ口調で言ってみた。母は安心した表情を浮かべる。いつも父は六時頃に仕事で家を出るので、たまに俺が早起きした日には母と二人で朝食を食べている。

 朝食を済ませた俺は、いったん二階へ戻って準備を整えた。アディダスのエナメルバッグを背負い、玄関を開ける。

「ちゃんと親に『行ってきます』ぐらいは言った方がええよ」

 口うるさい親がもう一人増えたな、と苦笑いした。俺は閉まった玄関のドアをもう一度開けると、「行ってきます」と言い、自転車が置いてある車庫へと向かった。ハンドルを押し、自転車を車庫の外に出す。

「お前のチャリ、ライトちゃんと点くんか? ――いや、点かへんよな。昨日、俺達の前、真っ暗やったもんな」

 冷太の声は真剣だった。

「俺が死んだ原因は、俺の無灯火にもあるんや。昨日、例の歩行者用信号機が珍しくな、前にいたおばちゃんがボタン押してたおかげで青になっていたんや。それでラッキーって思った俺は、信号変わる前に、猛スピードでチャリ漕いで横断歩道渡ろうとしたんや。そしたらな、トラックに猛スピードで突っ込まれて、あっとゆう間に俺の体はバラバラになりよった。多分、運転手はおばちゃんが渡り切ったの見て、信号変わるの待たなくても行けると判断したんやろな。俺がライト点けてたら、運転手は多分俺に気付いてた。俺が死ぬことも、運転手に罪背負わせることもなかったんや」

 冷太の声は涙ぐんでいた。俺は絶対に無灯火はしないと、早くライトを直そうと心に決めた。


 学校へ行くと、朝の会が始まる前から、冷太が死んだという話題で持ちきりになっていた。

「冷太、死んだって本当なの?」

「うん。二組来てみ。小代くんの机に花瓶乗っかってるぜ」

「昨日、連絡網回ってきてびっくりした」

いつも以上に学校は騒がしかった。

「こういうの本人が聞いとると、耳塞ぎたくなるな」

 冷太が溜め息交じりに呟くのと同じくらいに、朝の会を告げるチャイムが鳴り響いた。俺は一組の自分の席に座る。その直後に、担任の先生が、速足で教室に入ってきた。

「今日の号令はなしでいいです。そのかわりよく聞いてください。もう知ってる人も多いかと思いますが、二組の小代冷太くんが、昨日交通事故に遭って、亡くなりました。今日の六時からお通夜が営まれるとのことなので、仲の良かった人は参列してあげてください」

 サッカー部は部員全員で冷太のお通夜に行くこととなり、その日の部活はゲームだけやって早めに切り上げることになった。

「なんで冷太死んだんだよ」

「けっ、代わりに優介が死ねばよかったのに」

 悲しみの声に紛れて耳に痛い言葉も聞こえてくる。

「気にしたら負けや。俺に体貸してみ。今日は俺がプレーしたる」

 そう言って冷太は窪みに立つ。心強かった。俺は冷太のファインプレーを内側から見ていた。自分と違うということが内側からだとよく分かる。ふと上空にボールが飛んだ。それはまっすぐ俺の体に飛んでくる。冷太はそれを華麗に頭でトラップし、自分の足元に落とした。

「あれ? なんか優介の動き、いつもと違くね?」

「陰で練習してんじゃねーの?」

「でも昨日はあれ取れなかったじゃん」

 みんなの驚く声が聞こえる。

「よし、冷太! もっと……」

「はぁ、はぁ……。俺、そろそろ限界や。俺の動きに、体がついていかへん……」

 そうか、心は冷太でも体は俺なのか。いくら冷太がいい動きをしても、俺の体がボンクラでは意味がない。改めて自分の運動神経のなさを嘆いた。

 

短い練習はが終わると、部員は各自、冷太の通夜が営まれるセレモニーホールへと向かった。

「自分の通夜に自分が出るって、なんだか複雑やな……。同級生どのくらい来るんやろ」

「けっこう来ると思う。ほら、冷太人気者だし、友達多いし」

 セレモニーホールに着いて駐輪場に自転車を停めようとしたとき、二人とも驚いてしまった。駐輪場は置くスペースもないほどに自転車で埋め尽くされており、その大半に飛二中のステッカーが貼られていた。中には学年が違うことを示す色違いのステッカーも見受けられる。

「愛されてるな。本当に」

冷太の人望が、正直羨ましかった。駐輪場の自転車の数から予測できた通り、飛二中の制服がたくさんいた。まだ式まで三〇分ぐらい時間がある。普段、教室では静かに過ごしている俺は、同級生と顔を合わせないよう、隅の方へと移動した。

そこで見たのは、人目につかない場所で泣き崩れている飛二中の女子だった。それを見た俺と冷太は精神世界内で同時に叫ぶ。

()()!」

(おち)(あい)さん!」

その呼び方の違いが、俺達のその人に対する距離を表していた。落合理穂、俺が小学生時代好きだった人、そして冷太の彼女であった。

「理穂と、話す時間をくれへんか?」

冷太はそう言って、俺の返事も待たずに俺を窪みから突き飛ばした。止めようとしたが遅かった。すでに冷太はうずくまっている落合さんの肩を叩いていた。

「大丈夫や。俺は死んでへん。優介の体を介せばいつでも喋れる」

 落合さんがものすごい形相で睨んでくる。予想した通りだった。落合さんはすっと立ち上がると同時に右手を挙げ、俺の頬に勢いよく平手打ちを飛ばした。パァン! という勢いよい音と共に視界は右下に傾く。

「何言い出すの突然。そんな冗談が通じると思ってんの!? 冷太がいなくなったからって、これを機会にうちと付き合おうとしてるでしょ! 喋り方似せようたって無駄だからね」

叩かれたときに痛みは感じなかった。どうやら精神世界に感覚は伝わってこないようだ。だが、心に受けたダメージは計り知れなかった。

「いい加減にしてよ冷太! お前は俺の体使ってんだ。いくらお前の言葉で喋っても、それは俺が話したことになっちゃうんだ」

俺は冷太を窪みから追い出した。「すまんかった」と呟き、落合さんから離れた。体の主導権を俺に渡す。


それからしばらくして式は始まった。最初に冷太の父が前に出る。

「本日は、亡き冷太のために参列いただきまして誠にありがとうございます。冷太は昨夜、交通事故のため、一四年という大変短い生涯を終えました。未だに私は冷太が亡くなったという事実が受け入れられません」

「――自分で聞いてて、堪えられへんな」

 父の言葉を聞いた冷太が呟く。気を遣って席を離れようとしたが、さすがにこんな場面では離れるわけにいかなかった。

「こんなに多くの方々に見送られて、冷太もさぞかし幸せなことでしょう。冷太の……」

そのあとは涙に遮られ、言葉は続かなかった。

「俺、死んでるって実感が全然湧いてこん。今すぐ、今まで関わってきたみんなに『ありがとう』って言いに行きたい。出来へんけど。優介通して言ったって、誰も信じてくれへんやろうけど……」

 冷太は泣きながら言った。死んだ実感が湧いてこないという言葉は、俺達二人と、ここにいる他の人達とでは全く意味合いが違うのだなと感じた。

 冷太は式が終わるまで、ずっと精神世界の視界のスクリーンから目を背けていた。



 次の日の葬式のときも、冷太はずっと目を背けていた。最後、霊柩車に乗せる前に木棺に花を入れる場面では、かろうじて形をなしている自分の体が、包帯でぐるぐる巻きになっているのを横目で見て、「花入れたら、はよ立ち去ろう」と口にしたほどだった。

「俺、ホンマにここに来た意味あるんかな。優介にも迷惑かけてばっかやし」

少し腫れた頬を触る俺を見て、冷太は寂しげに呟いた。

「でも俺は、冷太と一緒にいられて嬉しいよ。たしかに迷惑かけられるときもあるけど、それはそれ、これはこれだよ」

「あんがとな。そういや俺、優介が心配やったから、ここに来たんやったな。なら俺の役目は、お前の支えになること、そして、お前を成長させることにあるんかもしれへんな」

「そんな、わざわざ……」

「せやけど、俺がここで心が生きてるなんて言っても、お前以外誰も信じてくれへん」

 それはそうだった。落合さんも信じてくれなかった。冷太の親はどうだろう。分からない。

「せやけど俺、せめて家族にだけは、お礼の気持ち言いたい」

「どうやって」

「簡単や。手紙に俺の字でメッセージを書きゃええんや」

「気味悪がられないか?」

「せやけど、それでも伝えたい気持ちがあるんや。それに、理穂に向けてもお礼の手紙、書くべきなんやろうな」

 冷太は俺よりも遥かにしっかりしている。本当にこの人と一緒にいれば、自分は成長できるのではないかと思い始めた。


 波乱の週末が明けて月曜日になった。学校では冷太の事故の原因が無灯火にあったことを受けて臨時の全校集会が開かれ、交通安全が呼びかけられた。昼休みには生徒一人ひとりのライト点検が行われ、ライトが点かない人や、取り付けていない人に対し、厳しい説教が浴びせられる。

「ありがとう冷太。冷太がいなかったら俺、ライトを取り換えずに今頃あの怒鳴り声の中にいたよ。うるさい声を聞かずにすんだ」

「うるさいとか言うなや。俺はこの学校側の配慮、すごく嬉しいで。もう二度と俺みたいなことが起こらないようにしてるんや」

 その言葉に、俺は何も言い返せなかった。


 その日の五時間目には模試が返ってきた。今の学力において志望校の(あさ)(よう)蒼丘(そうきゅう)高校の合格率は四〇パーセント。お世辞にも高い数値とは言えなかった。

「高校入試には一、二年生で習ったことが重点的に出題されます。今のうちから勉強を怠らないでくださいね」

 俺は「ふぅ……」と溜め息をついた。

「今のうちから諦めてどないするん? まだ先の話やろ? 努力次第でどうにでもなる。時間を活かすかどうかはお前次第やで」

「分かってるけど……俺、どうも社会が苦手で。勉強しても点取れないし」

「そんなら俺が頭に入りやすい勉強の仕方、教えたる」

 その言葉に対し、俺は思いついた案を言う。

「それだったら試験のとき、冷太が問題解けばいいんじゃない?」

「甘ったれるなや! 俺はお前に楽させたいためにここに来たわけやあらへん!」

 冷太は途端に剣幕な口調でそう言い放った。それ以降、冷太は問いかけても返事をしなくなった。だんだんと心細くなっていく。そんな状態で、部活が始まった。

「なんか優介が凄かったの、土曜日だけだったな」

「たしかに。優介のまぐれだったってことだよな」

 相変わらず辛辣な言葉が浴びせられる。だが、いくら耳を塞いで助けを求めても、精神世界からの返事はない。冷太がいなくなったのか?

 俺は帰り道、楽をしようと思った自分を責めた。これが本当の、永遠の別れになるなんて……。涙が溢れ、止まらなくなった。涙で視界がぼやけ、前が見えない。俺は自転車を止め、下を向いた。止まることのない涙がアスファルトを濡らす。

「ごめん、冷太……」

「これで分かったやろ?」

「えっ?」

 再び聞こえた冷太の声に、俺は顔を上げた。

「俺がお前の体を借りてなんか結果を残そうとな、それはお前の技術が上がったことにはなっておらへん。結局、お前が頑張るしかないんや。優介自身が本気で努力したいと思うんやったら、俺も精一杯協力するで」

 力強い声を聞き、安心で俺の顔から力が抜けていくのが分かった。

「怒っていたわけじゃあらへん。ただ、俺に頼るだけじゃダメだって、気付いて欲しかったんや」

「ありがとう。やっぱりサッカーも自分でうまくしないとダメだよね。どうしたら上手くなれるかな?」

 冷太は間を置いてから口を開いた。

「お前のプレー、内側から見させてもらったけどな。守備なんやから、もっと積極的にボール取りに行かなきゃあかんで」

「でも、ドリブルがなかなか取れなくて……」

「お前はすぐ足出すから、かわされて抜かされるんや。そゆときはな、相手とあと一歩の間合いを保ちながら、一緒に動いて向こうが隙出すのを待つんや。そうすりゃボール取れなくても相手の攻める範囲がせもうなって、守備がしやすくなるんや」

 冷太の話はサッカーの基本中の基本だった。遠い昔に聞いた覚えがある。もしかしたら俺はみんなに馬鹿にされて落ち込むあまり、そんなことすらも頭に入らなくなっていたのかもしれない。

「あとはトラップやな。いかに飛んできたボールを自分の足元にキープ出来るかってことや。たしかに力が入ってしまいがちやけどな。うまく力を抜いて衝撃を吸収するんや。そないすれば、ボールがどっかに飛んでいくこともあらへん。ま、これはよく練習しなきゃいけへんけどな」

「じゃあ、帰り寄ろうよ。途中にある空き地に」

「せやな。けど、その前にボールが必要やな」

「だね。いったん家帰って、取ってくるか」

 そして俺は自転車を走らせて家まで向かう。途中冷太が話しかけてきた。

「あとな、優介には、もう一つサッカーをやるにあたって不足している面があるんや。けどそれは今は言わへん」

 なんのことだか気になったが、何かあるのだろうと思って聞き返さなかった。

家に着き、自転車を降りると、ドンッ! という音が聞こえ、俺は体から追い出された。

「お前のためや」

 そう言って冷太は自転車から鍵を抜き、俺が視界のスクリーンで見られない足元に鍵を隠した。そして、体の主導権を俺に戻す。

「ほな、空き地まで走ろうや。普段部活で走ってるよりは、距離短いと思うで。お前、今日のランニング見て思ったんやけど、本気で走ってないやろ。本気で走らんと、体力は身につかへんで」

 普段顧問の先生があまり厳しくないせいもあってか、冷太がスパルタコーチに見えた。俺はこれでもか! というぐらいに空き地まで全力疾走した。片手にサッカーボールを抱えながらで、走りづらかった。距離自体は大したことはなかったが、全力で走ったので息が切れた。

「少し休んだら始めるで」

冷太はまた精神世界の窪みに入り、体を支配した。そして、ボールを真上に蹴り上げる。

「ほな、まずは足で取ってみ」

そう言うと、素早く俺に体を渡した。冷太がけり上げたボールは、俺の脚には当たらず、地面に落ちる。

「ボールをよく見なはれ。ほな、もう一回や」

 そんなことを何十回も続けた。俺の体は人格が目まぐるしく入れ替わる。ボールは足に当たるようになったが、まだキープは出来ない。当たったボールはどこかへ飛んでいってしまう。

「当たる瞬間に脚を下に下げて、勢いを殺すんや」

 言われてみても、それがなかなかうまくいかなかった。もう何十回やったか分からない。蹴り続けていた右脚が少し痛かった。

「今日はここまでにして、そろそろ帰ろうや。もう夜遅いしな」

 そう言ってその日の特訓は終わった。



それから毎日のように特訓は続いた。その成果もあり、気が付けばすでにボールは取れるようになっていた。さらには、胸や頭を使ってボールを取ることもできるようになった。

「いい成長やな」

 冷太は柔らかな口調で言った。思わず照れてしまう。

ある日家に帰ると、玄関で冷太の母親とうちの母が話しているのが見えた。

「やっぱり、うちの冷太は優介くんのことが、ホンマに心配やったみたいね。こないな文章を、わざわざ天国から送ってくれはったんだもの」

 母は不思議に思いながら、便箋を手に取った。

「こんな長い文章を、わざわざ家族一人ひとりにですか。なんて家族想いな子だったんでしょう。あれ、優介帰ってきてたの。見せたいものがあるからこっちにおいで」

 そう言われた俺は、冷太の母に挨拶をしてから玄関に向かう。

「優介、これ見てみて」

 母は便箋とルーズリーフを俺に見せてきた。ルーズリーフには、一枚ごとに同じ単語がびっしりと書かれてあった。

「不思議よねぇ。命日よりあとの消印になってる。誰かの悪戯かとも思ったけど、この字は間違いなく冷太の字だわ」

便箋には、冷太の家族への想いが長々と綴られている。その文の中に、「俺は優介のことが心配や。もしこの先、あいつが勉強で困ることがあったときのために、俺のルーズリーフ渡しといてくれへんか。とにかく、書いて覚えることが重要なんやって教えてやってくれへんか」と、書かれていた。俺は感動すると同時に、一つの疑問が生まれた。

「こんなの、いつの間に書いてたんだ?」

「ああ、これな。お前が寝ている間に、こっそり体を借りて書いたんや。んで、封筒にしまってポストに出し行った」

 そう言われてよく見れば、この便箋は俺の部屋にあったものだった。

「たくさん書いて覚えること、か。わざわざそんなことしなくても口で俺に伝えたらいいのに」

「せやけど、現物あった方が分かりやすいやろ?」

俺は、冷太の恩着せがましさに思わずクスリと笑ってしまった。


冷太のアドバイスを受けてから程なくして行われた中間テストで、俺は自分でも信じられない点数を取った。

「俺が英語六〇点台と、社会八〇点台……?」

 最近ずっと成績が低迷していた英語と社会においてこの点数は奇跡だった。国語で苦手だった敬語の分野も、それなりに丸をもらって絶好調だった。

「問題集をただ解くだけじゃ、いい点は取れないんだな」

 俺は冷太のやり方に習い、今回のテストは、問題集を一度解いて分からなかった問題は、覚えるまでルーズリーフに徹底的に書いた。

「この調子なら、志望校の蒼丘目指せるで」

「勉強はこの調子で大丈夫だろうけど、やっぱサッカーの方もっと鍛えたいな」

 その日のゲーム練で、俺はいつも通り守備についた。ポジションは、右のセンターバック。今回振り分けられたチームでは敵に攻撃的なメンバーが揃い、攻められる場面が続く。今、敵が二人、俺が守っている右サイドへ侵入してきた。俺の前にいた一人が今ボールをドリブルしている方にプレスしに行ったので、俺も一緒にプレスをかけに行く。

「いや、今の状況でそっち行ったらあかん。もう一人の方マークするんや」

 一緒にプレスをしていた右ディフェンダーは、敵の巧みなドリブルでプレスをかわす。そしてボールは、一緒に攻めていたもう一人のフォワードに渡る。

「今や! 前に出てそのボールを取るんや!」

 そう言われて咄嗟に前に出る。しかしボールにはあと一歩届かず、ドリブルでゴール前に運ばれ、キーパーと一対一になってしまう。そして、そのボールは虚しくゴールへと吸い込まれていった。キーパーが怒鳴る。

「おい優介。もう一人しっかりマークしろよ」

 冷太を含む周りからの反応で、俺の判断が間違っていたことがよく分かった。

「ああいう場合は、前のディフェンダーが突破されることを前提にして動くんや。そしてな、明らかに次にパスを回されると分かっているやつは、マークしといた方がええ。んで、後ろについて、ボールをそいつに渡す瞬間を狙って前に出るんや。今までよりボール取れる確率が、ぐっと上がるで。逆に後ろにまだ味方のディフェンスがおる場合は、積極的に勝負した方がええけどな」

 俺はそのアドバイスを意識しながら、守備をするようにした。


秋色が濃くなり、紅葉の季節になっても、俺達の特訓は続いた。蹴り上げの練習や壁パスの練習を、独自に行っていった。普通の部活中も、冷太が積極的にアドバイスを続けていたおかげで、判断力も身に付き、ようやく人並のプレーが出来るようになった。

とある土曜日のこと、いつもの空き地の前に一台の自転車が停まる。

「やっぱり、いつもここにいるの、優介くんたちだったんだ」

 そう言って自転車から降りてきたのは、幼馴染みの(いた)()()()()だった。紗由紀さんとは異性ながら、小学校高学年まで一緒に遊んでいた仲だ。紗由紀さんが家に遊びに来ていたとき、たまたま冷太が家に来たので、紗由紀さんと冷太も仲良くなった。家が近いと分かって以来、三人でよく遊んだものである。三人が同じ中学だと分かったときは、とても喜んだのを覚えている。

「冷太くんのお通夜のとき、優介くんが理穂に関西弁で話しかけて、頬を叩かれたでしょ。私、あのときから思ってたんだけど、冷太くんの心が時々優介くんに乗り移って行動してるんじゃないかって思って」

紗由紀さんはあまり冗談を言わない人なので、そんなことを言われるとは思っていなかった。

「分かっているんじゃ隠しても仕方ないからな」

俺は冷太に人格を譲る。

「さすが紗由紀。相変わらず勘が鋭いんやな。んで、なんでここに立ち寄ったん?」

「理穂とあれから気まずいままでしょ? 冷太くんは彼女と話せなくて辛いだろうし、優介くんは小学生の頃一度フラれてて距離置かれてからも、頑張って友達に戻れたのに、こないだの一件でまた壊れちゃったし。私が誤解を解いてあげるよ。冷太が優介の中にいるって、教えてあげる」

「そんなん、うまくいくんか?」

「どうだろうね。でも私が言えば、理穂は信用してくれるんじゃないかなって思うな」

そう言って紗由紀さんはニコリと微笑んだ。


 紗由紀さんと話をしてから三日が過ぎたが、話はついたのだろうか。そんなことを考えていると、背後から声が聞こえた。

「優介くん、これ冷太くんに見せてあげて」

 振り向くと、紗由紀さんが手紙を持って立っていた。「さゆから話は聞きました。今日の昼休み、『あの場所』で待ってます。冷太の人格で来てください」と書かれている。

「あいつよう考えとる。俺と理穂以外、『あの場所』がどこなのかは分からへんからな。そこに行くだけで、俺が本人って分かるってわけや」

 昼休みになって、俺は冷太に体を預けた。冷太はすっと立ちあがる。とはいえ、体は俺だ。顔も俺だ。いくら紗由紀さんが言ったとはいえ、果たして本当に大丈夫なのか。不安でいっぱいだった。

 冷太は、昼休みでもあまり人気のない、ボイラー室がある校庭の隅の方へと歩いていく。

「ここ、俺が理穂に告白した場所なんや」

 冷太がボソリと呟く。そこを歩いた先には、落合さんがいた。

「――本当に、冷太なんだね」

「ああ、本当や。置いて行ってすまんかったな」

「冷太……」

 落合さんは泣きながら抱き着いてきた。感覚はなかったが、突然俺の体に密着してきたのに驚いた。

「おい、俺の体だぞ」

 俺は罪悪感から言った。

「そんなこと関係ないんや。体は違えど中身は俺や。俺とまた話せる、それだけで理穂の心の空白は埋められたんや」

 のろけやがって、と思った。昔好きだったこともあって正直複雑な気持ちだった。けれど、俺は関係ないとはいえ、落合さんの心からの笑顔が見られたのは嬉しかった。


 それからというもの、冷太は死ぬ前と同様、部活の終わる時間が合う日には落合さんと帰るようになった。それはよかったが、冷太が落合さんを家まで送るので、サッカーの特訓をする時間が減ってしまった。どうにかならないかと考え、思いついた方法を冷太に言った。

「毎朝五時に起きて、朝練の前に特訓したいんだけど……」

「俺でもさすがに五時起きはきついで。悪いけど俺はその時間帯、精神世界で眠っとるから、手は貸せへん。あと、これからの時期は朝方寒いで」

「大丈夫。寒いのは着込めばなんとかなるよ」

 冷太は苦笑いし、「好きにせい」と言った。


 次の日、俺は五時の目覚ましで起きる。このときはさすがに空き地まで自転車で行った。最近はボールをいちいち持っていくのが面倒だったので、草むらの中にボールを隠していた。

冷太の助けがないので不安はあったが、俺はいつもの特訓で冷太がやっている通り、ボールを上に向かって蹴り上げてみた。

「えっ」

 自分でも驚いた。普段の冷太がやるみたいに、きれいに真上に上がったからだ。いつも蹴り上げの動作を内側から見ていたから覚えたのだろうか。これなら一人で特訓が出来る! そう思った俺は、毎朝一人で特訓をすることにした。


 そしていつの間にか、俺に対する部員の印象もあまり悪くはなくなっていく。

「最近優介調子乗ってきてない? なんかこないだ、落合と帰っているの見たんだけど」

「でも、最近サッカー上達してきてるよね」

「言われてみればたしかに……」

「特にトラップの技術とか。判断力も昔に比べて上がった気がするし」

 そう言われて悪い気はしなかった。サッカー部を辞めたいと言っていた時期が遠い昔のように感じられる。

「冷太のおかげで勉強もサッカーもうまくやれるようになったよ。本当にありがとう」

「何言っとるんや? 俺、別にお礼言われるほど大したことしてへんで」

 冷太は笑いながらそう言った。



 季節は過ぎ、春がやってきた。今年も新入部員が七、八人ほどやってくる。レギュラーに選ばれこそしなかったものの、補欠としてベンチに入ることができた。中学でサッカー部に入った当初はベンチに入れるなんて考えたこともなかった。それが今、メンバー表に名前が載っている。何度か頬をつねった。

「夢じゃあらへん。現実やで」

「俺からしたら一番信じられないのは、死んだはずの冷太が今ここにいることだよ」

「なんやそれ。今更過ぎるな」

 俺と冷太は二人とも笑った。

「それとな、俺もこれまでプレー中に色々アドバイスとかしてきたけどな、これからは自己判断でやってみるのも手だと思うんや。多分俺のアドバイスのおかげで、ある程度戦術パターンは身についたはずやで。それを上手く活かすんや」

 そうは言われても、初めてのベンチ入りに、実感など持てず、ただただ戸惑うだけだった。もし自分が試合に出られたとして、自分のミスで点を取られたらどうしよう、などという不安で頭の中が埋め尽くされていた。

「そう簡単に……いくかな」

「なんでこの期に及んで自分失くしてるんや? もっと自信持てや。今まで積み重ねてきた努力の結晶やで。それを今輝かせないでどうすんねん」

 そうだよ、ここまでやってきたのだから、せめて自分が満足できる結果を残したいじゃないか。そう自分に言い聞かせた。最後の夏の大会に向けて、悔いのないように精一杯頑張りたいと心に誓う。

 

その日は落合さんと冷太の帰る時刻が合う日だった。二人はいつも通り話しながら帰る。

「最後の大会までもうすぐだね。地区大会、どこでやるの?」

「浅陽市の総合運動公園や。ちと遠いけどな」

「そっかあ。サッカー部は浅陽市の方で地区大会に組み込まれているんだ。いくら飛二中が浅陽市に近いっていっても、市永市内の学校なんだから、そっちに組み込んでほしいよね」

「せやな。けど市永市には強豪校が二つあるからな。もしそっちに組み込まれたら、まず地区大会で終了や。それやから浅陽の方がええ。もっとも、浅陽地区にも、浅陽北中っていう強豪がおるけどな。俺の小学校の奴は、たいてい(あさ)(ほく)行ったから、知り合いも多いんや」

「その浅北には勝てるの?」

「いや、それは分からへん。でも、ベストを尽くすまでや」

 そのカップルの会話を内側から聞いていた俺は少し冷太に文句を言ってみる。

「俺にプレッシャー与えないでくれよ。頼むから」

「その方が燃えへんか? 大丈夫や。一番ディフェンスが気にしなきゃあかん浅北のツートップ、駒野(こまの)兄弟のことについてならあとで教えたる」

 浅陽北中といえば県でもまずまずのところまで行くチームである。そのため浅陽地区のリーグ戦は浅北が毎回一位を独占し、残りの学校で県大会出場の枠を争うのが常となっている。ちなみに我が飛二中は、二年前に県大会への切符を手にして以来、一度も県大会に出られてはいなかった。なので、今年の夏こそは出たいという気持ちがチームの間で高まっていた。

「確かに、浅北との勝負は捨ててそれ以外の学校と全力で戦うっていうのもあるけどさ。全身全霊をかけて浅北とぶつかってみたいとも思う」

「その意気が大切や」

 冷太は俺にそう言ったあと、外の落合さんに向け、

「わりぃな。今日、優介が家の用事で早く帰らなきゃいけないみたいなんや。せやから家まで送れへんけど、このあたりでバイバイでええか?」

 と言った。落合さんもこれに応じる。

「うん。それなら仕方ないね。じゃあまた明日」

 冷太と落合さんは互いに手を振り合った。

「なんで今日は早くしたの?」

「お前に駒野兄弟のこと少しでもはよう教えたいんや。ええか? ちょっぴり兄の方が仕切りたがり屋やからな。恐らく今一〇番をつけとるのが兄の方や。コントロールが正確でパスもシュートも確実に狙うから気をつけた方がええで。

 あとは弟やな。弟はサウスポーやからおそらく右ディフェンスのお前とよく対峙することになるやろうな。大ざっぱで力強いボールを放ってくるんやが、少々パスが苦手や。そこの隙つけるとええかもしれん。

 あと二人ともむっちゃ足早いから、圧倒されへんようにな。気が付いたらキーパーと一対一なんて状況も十分ありうるで」

 

 俺は次の日、冷太に言われたことを早速みんなに話した。しかしチームメイト達は浅北との試合を捨てきっているらしく、相手にしてくれなかった。

「優介、最近色々上手くいっているからって、調子に乗るなよ」

「とりあえず本気出しても出さなくても負けることには変わりないじゃん」

「強敵に全力出して戦って何が悪いんや!」

 冷太、いつの間に……。視線が一斉にこちらを向く。

「お前ら全員に聞くで。全力で戦って負けるのと、本気を出さないで負けるの、どっちが後味ええ?」

 みんなはポカンとしていた。普段はあまり言い返さない俺が、いきなりみんなの前で怒鳴ったので、驚いているのだろう。

「なんだよ、突然昔の冷太みたいになって」

 チームメイトの一人が言う。

「そうや、俺は去年の秋に交通事故で死んだ、あの小代冷太や。あのときからずっと優介のことを中から見守ってきたんや」

 俺は冷太を止めようとしたが、もう無駄だと判断する。

「なんか優介のプレースタイルが冷太と似てきたなと思ったら、そういうことだったのか」

「ああ。そうや。あいつは必死に努力して、今のプレースタイルを手に入れたんや。お前らはたしかに優介が嫌いなのかもしれへんな。でも、嫌いやからって、その人のええ所まで全否定するんか? そらおかしいやろ。純粋に、サッカーの技術の上達認めようや。

 それと、もう一度聞くで。浅北と、全力で戦いたいんか?」

 みんなは冷太に圧倒されたのか、一斉に首を縦に振った。

「だったらそのまま冷太がプレーすればいいんじゃねえの?」

「俺はもう一度死んだ人間やで。生きた人の体借りてまでサッカーやりたくはあらへん」

 冷太の言葉に感化された飛二中サッカー部の練習は、それまでより活気づいた気がした。

 


 そしてとうとう俺達にとって最後の地区大会が始まる日になった。

 最初は浅陽南中というところと試合だった。しかし、ここで大きな番狂わせが起きた。(あさ)(なん)の守備が思った以上に固かったのだ。浅北の攻めを想定し、守りのフォーメーションを徹底させたことが裏目に出た。今年の浅南はクラブチームから優秀なディフェンダーが二人も来ていたのだった。前半にカウンターを返され、一点を取られてチームの士気が失せてしまう。それでも後半は、守備を固めたおかげで追加点を取られずに済んだ。

「思わぬところにダークホースだったな」

「ハァー、想定外だぜ」

「でも俺らは浅北に勝つための練習をしてきたんやで。幸い浅南は浅北に負けとる。浅北に勝てばまだチャンスはあるで!」

 冷太がチームの士気を煽った。その言葉に反応した皆は円陣を組む。

「浅北に勝つぞ!」「オー!」

 そして運命の一戦が始まった。この試合に俺は先発で参加する。冷太の言った通り、浅北の双子のツートップは素早い攻撃で迫ってくる。常に二人を意識してプレーをし、相手がどの方向に動くかを考えながら自分の仕事をこなした。ひとまず前半は互いに無得点のまま終わる。

しかしそれで安心しきってしまったのだろうか。後半開始五分にしていきなり点を入れられてしまう。甘かった。迫ってくる弟に気をとられすぎて、兄の方へ目を向けていなかった。弟のパスはノーコンだったが、兄はその球をしっかりと受け取り、直接ゴールに叩き込んだのであった。

だが、それでもみんなの士気は衰えなかった。後半も半分が過ぎたあたりで俺は弟のボールを取り、味方にパスをする。その球は、ゴール前まで順調に運ばれていき、相手のゴールネットを揺らす。「やったぁー!」という歓喜の声が響きわたる。歓声に包まれ、ゴールのホイッスルが聞こえないほどだった。

 そこからは相手も躍起になって点を取りに来た。敵が攻めてくる度に体に緊張が走り、手汗がしたたる。だが負けられないのはこちらも同じだ。両チームとも必死でボールを追いかけた。

「ピッ、ピッ、ピーッ」結局両チームとも点を入れられず、試合は終了した。地区大会はリーグ戦だが、俺達のところに引き分けは存在せず、PK戦で決着をつけねばならなかった。

 お互いのチームのメンバーが一人ずつ前に出ていき、ゴールへ向かってシュートを放つ。だが、なかなか決着が着かない。片方が外せば、もう片方のチームも球を外す。そんな一進一退の状況が続いた。だんだんと俺の番が近付いてくる。胸の鼓動が高まっていく。次々とボールが蹴られていくその状況を、固唾を飲んで見守った。そして、とうとう自分の番になった。前に歩いていく足がプルプル震えているのが分かる。ボールの前に立つと、いったん深呼吸をし、心を落ち着かせた。そして、後ろに下がり、助走をつけてボールを蹴る――。だが、そのボールは、右のポストをかすめていった。

 それで決着が着いてしまった。すでに二敗。県への出場は絶望的だった。俺は膝をつく。気付くと、涙が溢れてきていた。

「泣くことなんてあらへん。優介は精一杯頑張ったやないか。ほな、周り見てみい」

 顔を上げると、俺の周りにはチームメイトが集まっていた。

「本当に優介、成長したな」

「うん、今まで馬鹿にして、悪かった」

「努力の賜物ってやつだよな」

 みんなの言葉を聞いて、今度は別の涙が溢れ出てきた。俺は涙を手で拭うと、大きく「ありがとう」と、冷太を含むみんなに言った。

 相手チームとの挨拶を終えると、俺達は陣地に戻る。監督からは、「結果は残せなかったが、それでも強豪相手にここまでの接戦を見せてくれたんだ。俺が言うことは何もないよ」とのお褒めの言葉を頂いた。

 陣地に戻ると、アディダスのスポーツエナメルバッグを手にとり、帰る支度を進めた。

「見てたよ、今日の試合。すごかったじゃん」

 そう言って話しかけてきたのは落合さんだった。試合を見にきてくれていたのだ。俺は体を冷太に渡す。

「お疲れさん。これ、差し入れ」

 落合さんはそう言い、おにぎりを差し出した。

「今日これを食べるのは俺やあらへん。お前や」

 そう言って冷太は体を譲ろうとする。

「な、何を言い出すんだよ。落合さんは冷太のために作ってきたんだよ」

「でも今日頑張ったのは全部お前や。俺は何もしてへん。せやから、このおにぎりはお前のもんや」

 そう言われて俺は落合さんのおにぎりを一口一口、味わって食べた。口に入れるたびに、温もりが伝わってくる気がした。俺は今でも落合さんのことが好きなのだろうか。ふと頭の中に浮かんだ疑問をかき消すため、俺は首を横に振った。


 かくして、俺の中学でのサッカーは終わった。

「これからは、受検勉強やな」

「うん。蒼丘に行くために死にもの狂いで頑張らなきゃ」

「優介なら大丈夫やで。自分を信じるんや」

 それからは真剣に勉強に取り組んだ。冷太にところどころアドバイスをもらいながら頑張った。   

気が付くと、模試では合格率八五パーセントの安全圏まで到達しており、このまま行けば合格は間違いなしだった。



そしてついに迎えた合格発表の日、俺は人混みの中で自分の番号を探した。胸の鼓動が止まらない。

「優介の番号、右から三番目の上から二番目やない?」

 そう言われて俺はそこを確認する。確かに俺の番号がそこにあった。

「よっしゃあー!」

 俺は飛びあがって喜んだ。

「良かったな」

「うん。ありがとう。サッカーが上手くなれたのも、蒼丘に合格出来たのも、全部冷太のおかげだよ」

「俺のおかげやあらへん。俺はただ、アドバイスをしていただけや。努力したのは全部優介や。お前が何も動かんかったら、何も変わってなかったやろうな」

「冷太……」

 大粒の嬉し涙が何度も頬を伝う。

「そや、俺この後、行かなきゃいけない場所があるんや。ちと体を貸してくれへん?」

 なんのことだか分からなかったが、俺は言われるままに体を貸した。冷太はそのまま、見知らぬ道に入っていった。涙が一気に引く。

「どこ行くんだよ」

 冷太は答えなかった。冷太はお寺と思しき場所に来た。

「何する気?」

 その質問も冷太はスルーした。だんだん不安になってくる。冷太はそのままずかずかと境内に足を踏み入れていった。

「おい! さっきから聞いてるのかよ」

 そう俺が精神世界で怒鳴ったとき、ボソッと

「お別れや」と呟いた。

「な、なんでだよ! おい!」

「今のお前に、俺はもう用済みや。これからは、俺の助言なしで本当に一人で考えて、行動していかなあかん。だから、さよならや」

「認めねーよ、そんなの」

「俺は死んだ身や。これ以上現世で好き勝手は出来へん。勝手に優介の精神に入ってきてすまんかったな。せやけど俺、優介のこと成長させるきっかけを作ったり、理穂とまた話すことも出来たし、ホンマに幸せやった。感謝したいのはこっちの方や。今まであんがとな」

 冷太が涙を流しているのが分かった。そして次の瞬間、精神世界で俺の首裏を突かれ、俺は意識を失った。

  

 気が付くとお寺の中にいて、目の前にお坊さんがいた。

「彼は、安らかに成仏されました。貴方によろしくと言っておりましたよ」

 冷太は自らお祓いを受け、旅立っていったのだった。もう精神世界にも入れない。だが、なぜか悲しい気持ちは起こらなかった。冷太が安心できるように、一人で頑張っていこうと思った。


 

 冷太が俺の体からいなくなって一ヶ月が過ぎた。今日は、浅陽蒼丘高校の入学式。俺は桜の花びらが舞う校庭を歩いていく。

「あっ! 優介。蒼丘だったんだ」

後ろから不意に話しかけられた。落合さんだった。

「ごめん、もう俺の体に冷太はいないんだ」

 俺は申し訳なさそうに言った。

「でもうち、優介が必死に頑張ってるとこ見て、優介のこと見直した。なんだか見てると、まっすぐさがよく伝わってきて。高校でも、一緒に頑張ろうね」

 そう言って落合さんはニコリと微笑んだ。冷太がいなくても、俺のことを認めてくれている。それが、素直に嬉しかった。

「あ、理穂、優介くん、おはよう」

 後ろから話してきたのは、紗由紀さんだった。

「あ、さゆも蒼丘なんだ。これからもよろしくね」

「そろそろ、式始まっちゃうんじゃない?」

「あっ、そうだね。行こ行こ」

 落合さんは、俺の手首を摑み、体育館の方へと走り出した。不意に上がる体温。

「あ、ちょっと待ってよ。二人とも」

 後ろから紗由紀さんの声が聞こえる。

 俺は落合さんに手を引かれながら、桜が舞い散る中を走っていった。俺は桜並木の間から空を見上げ、微笑みながら小さく、「ありがとう」と呟いた。


  〈了〉




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