『優しく残酷な』
自殺さんは、この辺りを歩きながら話そうと言いました。
私は断る理由も無く、自殺さんに続きます。
「思うに、化物は人間になるのが怖いんだ」
「……分かりません」
「そうだろう、いきなり結論が出ては面白くない」
自殺さんは本当に楽しそうです。
だけど知っています、自殺さんが楽しそうな時は、いつも寂しそうだって事。
「化物は前に言っていたな、自分は生きる事も死ぬ事も諦めてるって」
「はい、でもそんなの、今回は関係ありません」
「ある」
「どうして言い切れますか」
「お前が人間になったら、化物のお前は死んでしまうからだ」
「……それが、どうかしましたか?」
「大問題、もし化物が人間になっても、人間になれなかったら?」
「よく、分かりません。 私は化物ですから」
小さな反抗。
そんなつもりで言ったのですが、自殺さんは嫌な顔をせずに笑いました。
今度は、少しだけ楽しそうに。
「お前からそんな返答が来るとは思って無かったよ、良い事を言うな」
「ふざけないでください」
「あぁ、悪かった。 その代わりに答えを教えよう」
「……答え?」
「そう、今お前が恐れているのは番人なんだ」
「意味が分かりません。 番人なんて何処に居るんですか?」
「見えない、だから何処とは言えないが……」
自殺さんは振り返って私の方を向き、人差し指で私のおでこを触ります。
「ここだ」
「ふざけないでくださいと言ったはずです」
「大真面目さ、化物は『線の番人』を恐れている」
また変な言葉が出てきました。
私は化物だからよく分かりません。
「それに、線の番人は化物だけの物じゃない『もし顔が良かったら良い人生を送れた』『小さい頃から勉強をしていたら』『もっと練習していたら』『あの時上手に出来たら』そんな事を考えた事のある奴は大抵コイツを怖がってるのさ」
「何となくですけど、それは殆んどの人が、その番人を怖がっているって事ですか?」
「当たりだ」
「それだけじゃあ、まるで意味が分かりません」
「そうだな、じゃあ化物にも分かるように言うと……」
彼はたっぷりと間を置いて。
顔付を真剣な物へと変え、私を睨みつける様に。
「もし、そうだったら」
恐ろしく、冷たい声色。
そのせいで、何も言えなかったんだと思います。
「顔が良かったら、勉強したら、練習したら、上手に出来たら」
私は化物だから、何を話せば良いか分からないから。
何も言えませんでした。
「そしてもし、化物が人間として生まれたら」
……嘘です。
途中で、分かってしまったんです。
自殺さんの言う言葉の意味と、その続き。
もし私が人間だったら、それはそれは素晴らしい人生。
だったのでしょうか。
もし容姿が良ければ、虐められなかったのでしょうか。
親とも話せたのでしょうか。幸せを、普通を手に入れる事が出来たのでしょうか。
希望を抱ける、普通の人間だったのでしょうか。
「そして、化物は、その『もし』が手に入ってしまった」
彼の、自殺さんの言う事は相変わらず意味不明です。
ですが、今回は分かってしまいます。
「人間になれるという希望が、人間になっても扱いが変わらないという絶望を見せているんだ」
いやです。
「だが、そんな事考えても仕方ないさ、その格好で日常生活は送りにくいだろ? 帽子は被りにくいし、満員電車に乗ったら迷惑だ」
いやなのです。
「大丈夫だよ、お前ならきっと」
「違います」
あぁ。
分かってしまいました。
私は怖いのです。
「違わないさ、化物は上手くやれる。 俺は人と仲良くなる事は出来なかったけど、お前なら」
「嫌です!」
「ワガママ言うなよ、何の不満があるんだ?」
「不満だらけです! 自殺さんは人の話を聞かないし、意味が分かりません。 何でもかんでも分かった様な振りして、本当は何も分かってません!」
「何が分かって無いんだ? 言ってみろ」
「私が、自殺さんの事を好きなのです!」
「……あ?」
「確かに、自殺さんの言う怖さも分かります」
でも。
「でも、それよりも、人間になって自殺さんが私の事を嫌いになったら」
私から興味を失ったら。
話してもらえなくなったら。それが、とても怖いのです。
そう、言えれば良かったのですが。
嗚咽と涙で話せそうにありません。
駄目でした。
人間なら上手く出来るのでしょうか。
怪物だから、言えなかったのでしょうか。
分かりません。
私は泣き方を忘れていたはずなのに、何でこんなに泣けるのでしょうか。
分かりません。
ですが、人間になれば、分かるのでしょうか。
けれども、それだと自殺さんが私の事をどう思うのでしょうか。
あぁ、ああ。
「安心しろ」
ポンと、私の頭に何かが乗りました。
少し硬く、重い何か。
「俺も化物の事が好きだ、お前がどうなろうと、例え人間になろうとも。 俺はお前の友達だ」
……とても、優しくて。
とても温かいその言葉のおかげで、私は彼の言う線の番人を倒す事が出来ました。
ただし。
とても綺麗だけど、とても短い私の初恋は、終わりを迎えてしまいました。




