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Trinity Knight's Soul  作者: 螢蓮
Episode.0 「いつもどおりの朝」
5/5

崩壊

――曰く、それは雪のようであった。

――僅かに光を放つソレは光っているというのに暗く、闇色であった。

――(呪い)は王都を包み、人々は意思を奪われ、偽りの夢の中で、ただ同じ日を繰り返した。


[ポール=アランセル著書【魔の王】より抜粋]



「――魔術士隊!王都の結界はどうなっている! わからん!? 今すぐロゥに確認をとってこい! ……ダリル、これは一体何か見当はつくか?」


 始まりは静かだった。雪のようにふわふわと降り始めた黒い光は触れたものの意識を奪っていた。初めは倒れた者を気にしていなかった人々も、倒れる者の数が、十、二十と増えていくと次第に困惑と恐怖に混乱を深めている。

 王城テラス、ここでも数人の騎士が光に触れ、倒れ付していた。

 怒鳴るような声がテラスに響き、慌てて連絡に走り去る魔術士を尻目に、アルスは懐の魔道具の感触を確かめながら隣に控えていたダリルに問う。近衛騎士団の団長のこの男は魔術にもそれなりに明るく、エイルが擁する魔術士団の団長であるロゥという男と友人関係を築いていることもあり、この場では最も知識があるだろう。


「解りませんな……。王の魔道具やテラスに張られている結界に反応がありませんから、魔術による攻撃だとは思えませんが」



先ずは屋内に避難を、とこの場にいる兵に指示を飛ばしながらダリルはアルス、アクサナ、アリエラの三人を優先的に王城内へと誘導する。その間にも光は徐々にその数を増やしながら魔術士が張る結界をすり抜けるように降り注ぎ、人々の意識を奪っていく。すでに王都中心の広場で意識を保っている住人は一人として存在しなかった。



「アレン! なにしてる! 早く屋内へ入れ!」


屋内に入る直前、呆と空を見上げていたアレンの背をダリルの怒声が叩く。アレンはハッとした様子でダリルの傍に寄ると、慌てた様子で言葉を紡ぐ。



「父さん、あれは精霊だ」



「なに……? あれが精霊だと……!?」



 精霊は自然の象徴、マナの集合体だ。それ自体に意思はなく、自我があるのはその土地を修める最上位の精霊のみであり、その個体数は非常に少ない。自然の中にあり、自然を司っている精霊は本来人に無関心ではあっても、敵対はしていない。特に、エイルの背後を護るように広がっている大森林を修める木の大精霊アルラウネと親交のあるエイルとは友好的な方であるはずだ。それなのに目の前の息子は、人々の意識を奪っている光を精霊だという。



「いつも僕を助けてくれている子達と同じ気配がするんだ。でも、ひどく暗い感情だ。いつも彼らから感じる明るい感情じゃない、苦しんでいるのかも……」



「アレン……アレン!」



 ひどく取り乱した様子で囁く息子に少し強めに呼びかけ、頭にぽんと手を置いた。酷く取り乱している。精霊を友人として力を借りることができる息子にしか解らない感情ではあるが、それほど普段との差が激しいのだろう。



「…………父さん……?」



「落ち着けアレン。理解できないことを無理に理解しようとするこたぁない。今のお前の立場はなんだ?」


「……王都エイル近衛騎士団、見習い」


「騎士の本分は何だ」


「……己が仕える国の民を、土地を、護る」


 座学で教えられていることを少しずつ問い、一度目下の最大の問題から目を離させる。精霊の感情が直接に伝わってくる分、アレンはそちら側に感情を引き摺られやすいとダリルの親友であるロゥは言っていた。



「よし、なら今すべき事は何か。判るか?」



「……団長殿に指示を仰ぎ、王族の誘導ならびに城内の安全を確保すること、です」



「そうだ。それ以外のことを今は考えるな。忘れていいわけじゃないが、すぐに解決できないことを立ち止まって考えるな。……我々は国を、民を護る騎士である」



「……はい!!」



 まだ顔色は優れないままであるが、眼には先ほどのような混乱の色は無い。であるなら長々と立ち止まっているわけにはいかない。ダリルは急いで振り返るとアレンを伴ってアルス、アクサナ、アリエラの下に駆け寄るとその傍に控えていたトールに声をかける。



「トール、少し予定は狂ったが、予定通りお前はアクサナ殿下の護衛をしろ。……陛下、”あのこと”をアリエラ殿下には?」



「うむ、今回の式典で伝えるはずだったからな、何も言っておらん」



「父上、一体それは……」



 ダリルとアルスのやり取りを不審に思ったアリエラは傍らの父に眼を向けるが、肝心の父は悪戯を思いついた少年のような眼をしていた。時折見せるこの眼をした父は大抵ろくでもないことを考えていることが多いのである。非常時ではあるが、いつも通りの姿を崩さない父に内心舌を巻いていたアリエラだったが、次にダリルが発した言葉に驚愕することになった。



「では……アレン、お前はアリエラ殿下の護衛だ」



■――――――――――■


「……アレン」



「そんな目をされても困るよ……僕もついさっき知らされたんだから」



 軽く責めるような目つきで睨まれるも、肩を竦めるしか方法はなかった。それに、眼前の少女は幼少から一緒に育ってきた幼馴染のような関係であり、一つ上でしかないが凛々しく育っていく様は姉のようで、アレンの憧れでもあった。

 謁見の間を通り過ぎ、いくつかの小部屋と仕掛けを通り過ぎた先に脱出区画はあった。冷たい石畳を仄かな明かりの魔法が照らしている。部屋にはアルス、ダリルの姿はなく、アレン、トール、アクサナ、アリエラの四人しかいない。部屋の片隅に申し訳程度に置かれた簡素な椅子にアクサナが腰掛け、3人は腰の剣の柄に手を置きながら動ける体制で少し離れた場所に立っている。




「……そうだな、過ぎたことを気にしても仕方ない。それにしても、ここは少し肌寒いな」



「100年近くも使われていなかった区画ですもの……わたくしたちの代で使うことになってしまったのは残念ですねぇ」



 魔法による明かりがあるといってもお互いの顔をかろうじて確認できる程度であり、暖をとれるような施設もここにはなかった。姉妹も努めて明るい口調を意識しているが、薄闇と遠くからうっすらと聞こえる騒ぎにどうしても胸中の不安をかきたてられる。



「とにかく、親父達が戻ってこないことには現状がわからない。民衆が倒れたのも魔法じゃなさそうだったしな」



 トールは難しい顔をしてテラスからの光景を思い出している。

 この世界(アインディア)では、空気中に存在する魔素と呼ばれるものを媒介にして自らの魔力に形を与え外界に放出する。魔法、と呼ばれるものはすべて魔素が無ければ発動すらできずに魔力を外に出すことすらできない。魔素が無ければ体内の魔力を放出することすらできないので、今回のように国一つ巻き込むほどの魔法が使われれば土地にある魔素は急激に消費されるため気付かないはずがないのだ。



「……ロウさんならわかるんだろうが、この状況じゃあなぁ」



 トールの脳内にはブロンドの髪を後ろに流した切れ目の男。聖王国エイル最高位の魔法士ロウの姿が浮かんでいた。トール、アレンともに幼い頃から魔法の手ほどきを受けており、事あるたびに修行と称して様々な実験を行わされたこともあるが、基本的には理知的で子供には優しい人物だ。アレンの精霊魔法についても様々な面で協力してくれている。



「……おいアレン、俺だけ喋ってたら独り言みたいじゃねぇか、お前はなんか――っておい!? お前大丈夫か? すっげぇ顔色悪いぞ」



「アレン!?」「アレンくん!?」と姉妹の驚愕の声もアレンには届いていなかった。

 全身に汗をかき顔は青いを通り越して白くなっており、よく見れば瞳の焦点もうまく定まっていない。壁に寄りかかることで辛うじて倒れてはいないものの、今にも崩れ落ちそうな雰囲気を醸し出している。




「――だめだ……だめだ……アレはもう……でもみんなが……」


「――アレン!!」



「……っ! ト、トール……」



がん、と頭に強い衝撃を受けアレンの意識が急速に戻ってくる。重い頭を上げれば目の前には心配そうな顔をした三人の顔があり、それがアレンの胸中に大きな安堵をもたらしていた。



「……なにか心当たり、あるのか?」



 そう問うたトールの顔には心配の他に、王国を心配する一人の騎士の顔が浮かんでいる。先ほどの尋常ではないアレンの様子から、この問いがアレンに負担をかけるであろうことはわかっていたが、騎士として、聖王国エイルの一人として、抑えることはできなかった。



「……さっき起こったことの原因については全く見当もつかないけど」



 がんがんと頭を叩かれるような頭痛に耐えながらゆっくりと話し出す。原因はわからないが、降っていた雪のようなものが精霊であり、先ほどからずっと悲鳴のような負の感情がアレンに流れ込んできていること。アレンの傍にいつも存在している精霊がアレンに助けを求めていること。いくら魔力を送ろうとしても精霊に渡っている気配が無いこと。

 三人には精霊が見えず、声も聞こえないためアレンの状態を正確には理解していないが、アレンの憔悴しきった顔と震える声に些事ではないと理解する。



「魔力が足りなくて精霊術が使えないんじゃなくて、いくら渡そうとしても何かに阻まれるみたいに僕に還ってきてしまうんだ……。こんなにも助けを求めているのに、今までいっぱい助けてもらったのに、僕はなにもできない……!」



 眼前の三人にではなく、虚空に言葉を吐き出す。頭痛は止むことはなく、今では強烈な吐き気と心臓を何かに掴まれているかのような息苦しさすら感じ始めていた。

 そして、アレンの不調の原因もこの騒動の原因も何も解らない中、事態は四人を置き去りにするかのように進展する。



「――部屋の真ん中へ集まれ!!」



 ばん!と避難区画の扉が壊れるほどの勢いで開かれ、その音すら掻き消すような怒声が部屋に響いた。四人がその声に身構えるよりもはやく室内に転がり込んできたのは先ほどアルスと共に原因の究明に向かったダリルであった。



「エイル騎士団団長ダリルの名において空ろの中に路を創りこの身を時の外へ出し双子たる地への導きを! 『遠・空間転移ディスト・メタステイシス』!!!」



 言葉を発するより速く反射的に部屋の中央へ集まった――アレンは引きずられるように――四人の前に飛び込んできたダリルが素早く詠唱を済ませると薄暗かった部屋が爛々と輝きだす。



「これは……!? 部屋自体が魔方陣になっているのか……ッ!」



 床だけではなく扉のある壁を除いた壁や天井に至るまでびっしりと掘られた魔方陣は薄暗かった室内を強く照らし、薄闇に目が慣れていた四人が眼に痛みを感じるほどだ。それでも室内に充満する魔力の気配で状況を把握したトールの呟きと同時、開かれた勢いのまま閉じられた扉が黒く染まり、崩れ落ちた。



「くそっ! もう追いついてきやがったか!」



 崩れ落ちた扉の向こうから現れたのは全身に黒い霧のようなものを纏わりつかせたエイル騎士団の一人だ。瞳の焦点は合っておらず、ふらふらと身体を揺らしながら手に持った片手剣を出鱈目に振り回す。まるで幼子が木の棒を振り回すような無造作な振りではあったが、それを受け止め、魔方陣を守るダリルの腕には鉄の塊でも落とされたかのような重圧がかかっている。



「団長! ッ……!」



 騎士のむき出しの首を狙って正確に振るわれたトールの剣はまるで重鎧にでも阻まれたかのような金属質な音を響かせながら弾かれ、更にはその刃には黒い霧が纏わりつくように巻きつき刀身をボロボロに腐食させていってしまう。



「なんなんだコイツは! 『(ランツェ)……ッ!?」



 腐食した剣をすぐに手放したトールは身体の前に片手を翳し魔力を対外に放出しようとするが、身体から出た瞬間に足元の魔方陣に吸収されてしまい、魔法をくみ上げることができない。

それに反応したのか、ダリルを押しのけた騎士はトールのほうを向き剣を振り上げるが、振り下ろされた切っ先はトールではなく、魔方陣の端で蹲り頭痛に耐えているアレンへと向けられていた。



「アレン!!」



 抜剣して待機していたアリエラが咄嗟に切りかかるが、実態を持っているような黒い霧に阻まれ鈍い金属音を立てて弾かれる。すぐさま剣を放棄して手を翳し魔法を形成しようとするがトールと同じく魔方陣に魔力が吸い取られてしまう。



「…………」



 体勢を崩されているダリル、武器を失ったが予備の小剣を抜き放ったトール、魔法を唱えては魔力が吸われてしまうアリエラ・アクサナの2人の焦りもアレンには届かず、何かに耐えるように眼を硬く閉じてしまっている。



『――■■■、…………』


 瞬間、アレンの周囲に強い風が渦巻き、騎士の剣を僅かにそらすが、完全に狙いが外れることはなく、アレンの肩口を深く切り裂きながら、床石を砕いてしまう。

 そして、魔方陣はその光を失い、5人は深い闇の中へ意識を落としてしまった。






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