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Trinity Knight's Soul  作者: 螢蓮
Episode.0 「いつもどおりの朝」
3/5

プロローグ2

 早朝。聖王都エイルは静寂に包まれている。南東に位置する大小さまざまな湖が多数集まる湖群ナインスレイクも、舗装された大きな街道を除き、東西南北数キロを覆っている恵みの森エレメンタルフォレストも、今は静寂を乱すものの気配はない。


 聖王都エイル。円形になっている街の中央に座す王城を中心に王都を囲うように建つ三つの塔と外壁は建てられたときより神代の魔法をかけられ堅牢な護りとして100年間王都を護り続けている。

 外壁の外からでもその荘厳な姿を望むことができる王城のその裏手にある庭園の一角、騎士と従士並びにその見習いが住む木造の建物の一部屋で。



「――……っっッッッッッ!?」



 声にならない声をあげ布団を跳ね飛ばし、右手に愛用の剣を握り締めて戦闘態勢を整える。早鐘を打つ心臓は思考の隅に追いやり、全身に力を行き渡らせる。そうして――



「……あれ?」


 小首を傾げた。一体なぜ自分は()()()()()()室内で闘気を漲らせているのか。まだ日も昇っていない早朝に、それもわずかばかり前に冬を迎え薄氷が張るような季節になった時期にこんなにも汗をかいているのか……。

 深呼吸をひとつ。きつく握り締めすぎて青くなり始めていた右手から愛剣を引き剥がし壁に立てかけると緊張からかわずかに硬くなっていた筋肉から力を抜いてベッドの上に座り込む。比較的涼しい時期の多い王都では訓練中でもなければここまでの汗をかくことはない。濡れたようなといわれる濃い藍色の髪も今は汗で濡れ重さを増している。汗を吸って重くなったシャツを脱ぎ捨てながら彼、アレンは未だに体にまとわりつくような不快感を覚えている。それはタオルで汗を拭いてもぬぐうことのできない不快感、いや、不安感だろうか。まるで自分が薄氷の上に立たされているかのような。



「夢……だったのか……?」


 悪夢を見たとしか考えられないものの、肝心の内容をまったく覚えていないようでは原因すらわからない。まとわりつく不快感を頭を振って努めて頭の隅に追いやり、立ち上がって新しいシャツと革の胸当てと剣帯を身に着けて部屋を出る。少し早いが、日課の自主訓練でもしなければ落ち着けそうになかった。



■□■□■□■□■□■□



 比較的冷涼な地域である王都の冬は寒い。吹雪が起こるような気候ではないにしろ、本格的に冬になると水には薄氷ができるし、雪も降る。寒さは馬の足を鈍らせるために、行商に来る商人の数も僅かに減少する。騎士や見習いが合同で住むこの木造の宿舎もそうだ。裏の井戸の水は身を切るような冷たさになるし、王城と宿舎の間にある庭園を吹き抜ける風は冷たく、剣を握る手の温度をいやおうなく奪っていく。

 少し老朽化が進んできたか、ぎしりと音を立てることもある廊下を抜け、庭園にでる。現在この宿舎にいる騎士・従士見習いはアレンだけであり、他の騎士やその見習いはわずかばかり離れた場所にある新しい石づくりの宿舎に自らの部屋を移している。アレンがこの老朽化の進み、隙間風すら入るようになった宿舎を今でも利用している理由は単純で、幼少から十数年間過ごしたこの我が家のような場所を離れられなかったからだ。もちろん食事や訓練、勉強などは他の訓練生と同じ場所で行うものの、アレンはこの隙間風の多い宿舎を気に入っていた。


「少し寒いな……」


 誰に向けたでもない言葉に反応したのは生物ではなく、アインディアに満ちている魔力の結晶ともいえる存在<精霊>だ。淡く明滅を繰り返す赤い珠のような形をしたいくつかの精霊はふるふると身を震わせると、アレンの周囲を飛び回り赤い軌跡を残していく。身体にじんわりと熱が与えられ、寒さが和らいだのを感じたアレンが礼を言うと精霊はまたふるふると震えた後糸が解けるように消えていった。

 <精霊>。アレンの周りに現れたそれはアレンにもわからない理由で彼を好むようで、時折アレンの周りに顕れては、さまざまな現象を引き起こしていく。それは先ほどのような簡易的な暖房であったりだとか、岩を崩すような強力な現象であったりと、アレンの精神状態や魔力量等によって違うものではあるが、共通しているのはすべて自然に起こりうる事象だけであるということだ。それゆえに万能ではないが、アレンは神からの贈り物といわれるこの力はむやみに使うべきではないと父であり、騎士団長でもあるダリルより教えられ育った。そしてよほどのことがなければ精霊を喚び出すことができないように訓練をして18になった今では任意でなければ顕れることのないように制御できるようになった。しかし先ほどまた昔のように自ら顕れたことにアレンは内心疑問を抱いていた。


 まだまだ修行不足だな、と心中で呟くと剣帯から剣を引き抜き、正眼に構える。

 物心ついたときから毎日欠かさず振り続けている訓練用の剣は手入れが行き届いているのが一目でわかるほど汚れが少ないものの、年月による劣化で僅かに刀身が歪んできている。振り上げ、振り下ろす。切っ先を返し切り上げ、斜めに打ち払い、また正眼に構える。体に染み付いた動きには無駄な動きは少なく、風を切る鋭い音と短く息を吐く小さな音だけが庭園に響く。15年もの間繰り返してきた早朝の訓練である。余計な思考を捨て去り、ただ速く鋭く……。


「……ふぅ」


 遠くに見える山脈から顔を見せた朝日が薄く王都を照らし始めた頃、アレンはようやく剣を下ろす。鍛えられている身体ではあるが動けば汗はかく。少し肌寒く、朝食の時間まではあと少しあるため一度部屋に戻ろうと踵を返したアレンの背に快活な声がかかる。



「おーいアレン! 今日は一段と早いな」



「何か目が冴えちゃってね。そういうトールこそ、今日はいつもよりか・な・り早いじゃないか」



 声の主はアレンの二つ上の義兄トール。ダリルの実子であり、聖王国エイル第一皇女アクサナ=アル=エイルの近衛騎士である。短く切りそろえられた金髪にスカイブルーの瞳が特徴的なこの青年は細身はあるが、アレンより高身長であり筋肉質で引き締まった身体をしている。所持している魔力、魔法適正、魔力抵抗値すべてにおいて団長であるダリルを大きく引き離すほどの才を持ち、本人も驕ることなく訓練に取り組んでいるため、騎士団での評価は高い。性格も快活で親しみやすく外見も整っているため、女性騎士や王宮内での侍女やメイド、王都の民にいたるまで人気も高い。総合的な実力ではまだダリルには及ばないものの、騎士団屈指の実力者として後輩からも尊敬されているのだが、唯一の欠点である朝の弱さだけはいくつになっても治っておらず本人も苦労しているらしく、今もアレンからのからかうような声に頬を掻き苦笑している。



「今日は親父に叩き起こされたんだよ……。式典に遅れたら罰則じゃすまないから当然なんだけどさ」



 よく見ればトールの頬はうっすらと赤くなっており、いかに強く叩き起こされたかが見て取れる。それほどにトールは朝が弱く、一人ではまず規定の時間に起床できないほどだ。



「それでこっちにきたってわけよ、どうだ? 一試合。」



 腰の剣帯を軽く叩き口の端を歪めて笑う。父親譲りのその癖は整っている容姿のせいか、妙に迫力がある。返答は腰の剣を引き抜いて。アレンにもダリルの癖が移ってはいるのだが、トールに比べるとやや幼い顔立ちのため、迫力に欠けるのが残念だ。アレンが剣を抜いたのを見てトールはうれしそうに笑い、3メートルほど距離をとる。



「ルールはいつもと同じ剣のみで、寸止め。でいい?」



「ああ」



 二人は晴眼に構え、地を踏みしめる。殺気とまではいかないにしろ、睨み合い全身に気合を入れる。

 一閃。首を刈るように放たれた横凪ぎをアレンは前に倒れこむようにかわすと、喉元へと鋭い突きを放つ。反射的、あるいは予見していたかのようにトールが僅かに身体の向きを変えたことによってアレンの突きは空気を穿った。




「そういや、誰も……見てないとこで、ッ……試合するのは随分久しぶり、だな……!」



「そうだね……! 何年振りか、だっ……!」



 お互いに剣を交し合いながらも笑みを浮かべ、軽口を叩き合う。試合、といってもあくまで準備運動に近いような動きであるためにその表情に最初の睨み合ったような空気はなく、明るい。




「今日こそは、あんたから一本とってやる」


 強気な笑みを浮かべたアレン()


「はっ! 俺に勝つにはまだ早ぇよ!」


 自信に満ち溢れたトール()



 ――――日が完全に昇っても続いた兄弟の戦いは結局、痺れをきらしたアレンの剣をトールが弾き、終了となった。互いに汗を流しながらも晴れやかな表情で互いの健闘をたたえあった。



「……お前ら、今日が何の日かわかってそんなはしゃいでんだろうな?」



「あ」


「げ」



 そうして、トールとアレン(兄弟)の頭に大きな瘤を残して、王都の朝はいつもどおり始まった。






Episode0.「いつも通りの朝」 Fin.

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