ダークエンジェル
悪魔召喚師~ダークエンジェル~
作 マルーザ
ここは、エリシオンと言う世界。街はずれの森の中。真夜中で、月も出ていない為。そんな森の中を、松明を持った一人の若い女性が走っていた。いや、何かから逃げているようだ。
「はあ、はあ、もう、沢山よ!あんな所!」
やはり彼女はどこからか逃げてきた様だ。月の出ない夜を選んだのも追手から逃れる為だろう。しかし・・・
「おい、居たぞ!」
「ひっ!」
馬に乗った数人の男達が後を追ってきた!
「逃げられると思うなよ!」
彼女は必死に逃げたがついに男達に追い付かれてしまった。
「お願いです、見逃してください!」
「おい、女。サルビッシュ様の工場から逃げ出せばどうなるか、知っているはずだよな?」
「うううう」
「逃亡者は厳しい拷問による再教育を行われるのだ。だから最近じゃあ逃げる奴もいないと思っていたんだがな。馬鹿な女だ。」
「だって、あそこはおかしいわ。睡眠時間も僅か、食事も満足に与えない。逆らえば教育と言う名の拷問、あんなの仕事じゃない!」
「ふん、全てはサルビッシュ様の為、そして貴様等は自らの意思で働きに来たはずだ!」
「でも、こんな事は皆知らされてなかった。」
「とにかく来るんだ、工場に戻るぞ。」
「嫌よ!放してよ!」
女と男達は森の中に消えて行った。
その頃、街の別の場所・・・
「どう?ウルフ。」
ウルフと呼ばれるこの男。年は二十歳位だろうか?かなりのイケメンだ。
「サキュ様、やはりあのサルビッシュと言う男、貧しい人間達を言葉巧みに誘い、強制労働を強いているみたいですね。」
このサキュと呼ばれる少女、彼女は十六歳位だろうか?ツインテールに結ばれた綺麗な金髪に青い眼、ゴシック調のドレスを身に纏っていた。
「婆や!」
「ああ、サキュ。確かに奴の持つ工場から反応しとるよ。」
「そっか・・・なら決まりだね。」
「では、行きますか?」
「うん、婆や。今確かに強く反応したのよね?」
「ああ、このクリスタルが激しくねえ。」
「分った。」
この婆やと呼ばれている老婆は背は低く、腰も曲がっており全身を古ぼけた黒いローブで覆っていた。いかにも魔法使いを思わせるいでたちである。彼女等は一体何者なのか?
先程捕えられた女が工場がある敷地の広場に連れてこられていた。
「さあ、そこに座れ!」
「・・・・・」
彼女は口もきかずにその場にうずくまっていた。
「さあ、貴様等、早く来るんだ!」
そう言うと別の男が他の労働者達を広場に連れてきた。
「ああ、イリア!」
労働者の一人が声を出した。彼は逃亡した女、イリアの父親である。彼女を逃がしたのも彼だ。イリアの逃亡が失敗し、動揺は隠せないようだ。
「皆、静まれえ、静まれえ!」
ドンドンと太鼓を鳴らしながら男達が声をあらだてた。
「良いか貴様等、今より我々の主であるサルビッシュ様がおいでになる。」
すると、建物から一人の中年の男が出てきた。彼がサルビッシュ、この工場の支配者である。彼の周りには銃を持つ警備が10人以上いた。
「うおほん。ああ、労働者の諸君。夜遅くに集まって貰い悪かった。」
「・・・・・・」
皆様々な文句があるが誰も口には出せなかった。当然だ。反抗イコール拷問、なのだから。
「さて、こうして皆を集めたのは今さっき、我が工場を脱走した者がいたからだ。」
「ザワザワ」
皆がざわめいた。
「そこにいる女、イリアがその犯人だ。幸い我が自警団により脱走を阻止したがこれは契約違反だ。」
「何が契約違反よ。皆だって感じているわ!こんな強制労働もう真っ平よ!」
「イリア、変な言いがかりは止めるんだ。毎日食事、休息、給料。ちゃんと払っている。貴様等はもともと金が無く仕事が無かった。私はそんな貴様達に仕事を与えているんだ。」
「綺麗事を!」
「それにどうだ。ここに居る皆、不満など無い様だぞ?おい、不満があれば俺に言うのだ。こんなチャンスはなかなかないぞ!」
しかし誰も不満は口に出さなかった。
「どうだ?つまりおかしいのはイリア、お前なのだよ。」
「脅迫、脅し。サルビッシュ。あなた最低よ!」
「ふん、生意気な女だ。おい。」
「はは!」
サルビッシュは警備の男に何かを告げた。
「さて、皆の集は解散してくれ。今夜は特別に部屋に暖かいポタージュを用意させた。」
サルビッシュはいつも暴動に備え、反抗者を処罰する一方で、その時だけは他の者には少しだが待遇を良くしていた。
「さて、おい!イリアを連れて行け!」
「・・・・・・」
イリアが連れてこられたのは屋敷の別の広場だった。
「イリア、あれを見ろ!」
「?」
指さす先にはイリアの父親がいた。
「お父様?」
「制裁だ。お前の父親を、今より処刑する!」
「嘘でしょ?何でよ?お父様は関係ないじゃない!」
「ふん、お前を逃がしたのだ。同罪だろう?」
「違う。私は自分の意思で!」
「イリア、心配するな。私は自らの意思でここにいる。お前は安心していなさい。」
「お父様?」
「ふん。お前の父親はお前を助ける為に自分を犠牲にしたのだよ。美しい家族愛じゃあないか!なあ、イリア!」
「サルビッシュ。お父様は何もしていない!助けてあげてよ!」
「ノンノン、イリア。お父さんの行為を無駄にするものじゃないよ?なあ?親父さん。」
「ぐ、さあ、早く処刑でも何でもしろ。だが約束だ。娘は無事に解放してくれ!」
「ははは。俺がそんな約束守ると思うか?貴様を処刑したら直ぐに娘も後を追わせてやるからな。」
「な!約束が!」
「どの道このままでは恨みが残る。馬鹿な親父だ。やれ!」
「うおおおおおおおおおおお」
「お父様ああ!」
イリアの父親は槍に刺され、息を引き取った。
「ううう。許せない・・・」
「直ぐにお前も後を追わせてやる。他の奴らが二度と脱走などしなくなるように見せしめが必要だからな。」
「うわああああ!」
イリアはサルビッシュに襲いかかった!しかし逆に蹴られて大きく飛ばされた。
「あう。」
イリアは泥の上に倒れた。
「ふん。私は自身、護身術等嗜んでいる。貴様ごときに遅れはとらんよ。」
「くそ、何で・・こんな・・・」
イリアは泥の上で意識が朦朧としていた。
しかし、そんな中、視線の先に人影を見た。警備の人間ではなさそうだ。そうではない何か異質な感じがした。そして次の瞬間。突然突風が吹いた!
「な、何だ?」
突然の風にサルビッシュ達もその方向を見た。やはり誰かがいる。
「だ、誰かいる?」
皆の視線の先には二つの人影があった。夜であったし更に影の周りは何かこう暗い感じになっていて良くは見えなかった。そして二つの影はだんだん近くに歩いてきた。
「お前達、自分が醜いとは思わないのか?」
そう言いながら出てきたのは先程の謎の一味、ウルフだった。
「誰だお前、この屋敷でサルビッシュに意見するとは。命が惜しく無いようだな?」
「うーん。こりゃ駄目だ、サキュ様。こいつら全く聞く耳持たないみたいですよ。」
「そう・・・・」
奥からもう一人現れた。サキュと呼ばれる女の子だ。
「あなたがエレンね。」
サキュは泥まみれのエレンに声をかけた。そして持っていたハンカチを彼女に渡した。
「顔、拭いた方が良いわ、泥だらけ・・・」
「あ、あなた達は?」
「美しいお嬢さん。私とサキュ様が来たからにはもう大丈夫ですよ!」
「ウルフ、黙って。」
「あ、す、すいません・・・」
「私達は、あなたに呼ばれて来たのよ。」
「私に?」
「そう、あなたの心の叫び。確かに受け取ったわ。後は私達に任せておきなさい。」
「何なんだ貴様達。このサルビッシュ様をないがしろにして話を進めてるんじゃないぜ!」
「あなたが、サルビッシュ。成程、悪の香りがプンプンするわ。」
「お嬢さん、随分と失礼な物言いだな。あまり私を怒らせない方が良いぞ?」
そう言うとサルビッシュは口笛を鳴らした。直ぐに自警団の者が集まってきた。50人はいる!
「どこの誰かは知らないがこの現場を見られ、ただで帰す訳にはいかない。」
「愚かな・・・」
自警団が二人に襲いかかった。
「ウルフ!」
するとウルフの右手が突然獣のような強大な爪に変わった。そして鋭い爪が自警団達を切り裂いた!
「うわあああ、ば、化け物!」
「ふん、失礼な奴らだ。我こそは誇り高きウェアウルフの末裔だ。」
ウェアウルフ、要はオオカミ人間の事だ。彼は普段は人間の姿をしているが戦いに応じて体の一部を獣化することが出来る。
「銃を、銃を持ってくるんだ!」
自警団は直ぐに銃を持ち出した。
「化け物が、死ね!」
(パンパンパン)
ウルフは銃の集中砲火を受けた!しかし。
「な?弾が奴の体に届いてない!」
彼の前に鏡の様な、ガラスの様な物が現れ、全ての弾丸は弾かれた!
「これは・・・サキュ様。ありがとうございます!」
「いいから、さっさと行くわよ。」
「了解。」
自警団はサキュにも発砲したがやはり目の前で弾かれた。
「うわああ、逃げろ!」
自警団はバラバラと逃げ出した!
「おいおい!俺を置いて逃げるんじゃない!」
サルビッシュもうろたえていた。
「サキュ様、皆逃げようとしていますが?」
「そんな事、許す訳無いでしょ?」
そう言うとサキュは手をかざした。すると目の前に暗い小さな闇が現れ、その中から髑髏の形をしたステッキが現れた。ステッキには鎖の様な物が付いていて、サキュが掴むとジャラっと音をたてた。
「冥界に住む闇の住人よ、我の声に応えその姿を現したまえ!」
サキュがステッキをかざし地面に向けると、大地に髑髏の魔法陣が浮かびあがった。激しい音、光と共にその魔法陣は空間を歪めていた。
「何だ何だ!」
皆、ただ茫然と見ているしかなかった。
間もなくすると、魔法陣より異形の者が現れた。見た目は女性だが、腰から下は蛇、髪の毛も蛇、人間ではない!
「ゴルゴン!」
「ん?誰かと思えばサキュの嬢ちゃんじゃないか?どうしたの?」
「ゴルゴン、彼、サルビッシュと配下の者を裁く。協力して!」
「ああ、なる程。了解。」
そう言うとゴルゴンの目が真っ赤に染まり、次の瞬間その目からは激しい光が放たれた!
「うあ、な、何だこの光は!」
数秒後、光を見たほとんどの者は石に変わっていた!サキュ、ウルフ、イリアを除いて・・・そしてサルビッシュは足だけ石化していた。わざと上半身は石化させなかったのだ。
「これで良いかい?」
「ありがとうゴルゴン!」
「ちゃんと報酬は貰うから大丈夫だよ。それより嬢ちゃん。最初に何人か逃げた奴等はどうする?」
「良いわ、そのまま放っておけば、彼等は賢明な判断をしたと思う。」
「相変わらず優しいねえ。さて・・・」
ウルフ、ゴルゴン、サキュの三人は足を石にされ動けないサルビッシュの前に来た。
「な、何が望みだ!金か?金ならある!」
「望み、そうね。あなたの命、それが私の望みかしら?」
サキュはそう言うとサルビッシュの顎をクイッと持ち上げた。
「頼む、助けてくれ!」
「往生際が悪い男だ、ねえ?サキュ様。」
「頼む!」
サキュは数秒沈黙し、イリアを見た。そして。
「サルビッシュ、今からあなたを相応しい世界に連れて行ってあげる。」
「な、ど、どこに?」
サキュはそう言うとステッキで円を描いた。すると先程の空間の歪みが再び起こった!
「じゃあ、ゴルゴン。後、お願いね。」
「ああ、分ったよ。」
「お、おい。俺はどこに行くんだ?助けてくれるんだろ?」
「ふ、あんたこの状況分らないかい?あんたはこのゴルゴンと一緒に冥界に行くのさ。」
「冥界?」
「分りやすく言うかい?地獄だよ。」
「い、嫌だ。俺は死にたくない!」
「よっと。」
ゴルゴンはサルビッシュを抱きかかえた。
「じゃあね。サキュの嬢ちゃん。また何かあれば呼んでおくれ!」
「うん。ありがとう、ゴルゴン。」
「うわあああああああ」
空間は閉じ、ゴルゴンとサルビッシュは闇に消えた。そして辺りも静かになった。
「イリア。」
サキュはイリアの元に向かった。
「あなたは、一体、誰?」
「私はダークエンジェル。」
「ダーク、エンジェル?」
「そう、それ以外は教えられない・・・」
「・・・・・・」
「ただ一つだけ。もうサルビッシュはこの世に居ないわ。これからの事はあなた達皆で決めて行きなさい。」
「あ、あの、ありがとうございます!」
夜が明け、朝日が出てきた。
「サキュ様、そろそろ朝です。帰りましょう!」
「そうね。」
イリアが見つめる中。二人は森の中へ消えて行った。