恋の魔法(おてがみ)は不発弾
1971年(昭和46年)特定通信回線、1972年(昭和47年)公衆通信回線を利用した通信の自由化(回線開放)とともに、電話回線がデータ通信やFAX通信に広く利用されていく時代。
東方電機(後の松下電送)・NEC・東芝東京航空計器・日本無線等が競ってFAXのG1適用機を商品化。
さらに、由紀子達の物語の一年後である1976年(昭和51年)にA4サイズの原稿を3分で送信するG2規格が勧告。FAX便である電子郵便(現在名:レタックス)の登場は1981年。
1984年(昭和59年)にFAXデータを高速デジタル回線で送信するための標準化、G4規格が勧告。
G4規格はG3規格を拡張して回線交換公衆データ網 (CSPDN)、パケット交換公衆データ網 (PSPDN)、ISDNに対応した規格である。
以上の規格の制定や回線開放と共に量産とコストダウンが進み、官庁や新聞社から大企業、さらに中小企業や個人へと使用が拡大。
1981年には日本電信電話公社(電電公社)により、通信料金の安いファクシミリ通信網(Fネット)が開始。 同時に日本電気、日立製作所、富士通、松下電送、東芝が分担開発したミニファックスMF-1が電電公社から発売され、ヒット商品となった。
1984年にはG3規格摘要の改良機MF-2が登場。
現在の主力であるG3ファクスが開発され、また1985年に電話機を始めとする端末設備の接続が自由化されると、中小企業や商店などで急速にファクスが普及し始めるとともに、パーソナルコンピュータなどのFAX内蔵モデムが登場する。
1988年に開催されたソウルオリンピックを目前に高解像度のカラーイメージスキャナーが登場し、同時に日本の主要都市に光ファイバーが敷設され、デジタル通信回線により高解像度の電送された写真が地方新聞社に送られ、豪華で美しいカラー写真が紙面を飾るようになる。
1990年代に入ると、コードレス留守番電話機と結合された形で、一般家庭でも使われるようになった。また、ファクシミリの機能を活用しあらかじめ決められたコード番号を入力することで様々な情報を受信することが可能なFAXサービスの提供が主な企業より行われた。
電報に代わる新しい技術はそれまでの恋人たちを支えた『手紙』を駆逐していく。
その技術ですら、新たな技術に取って代わられ、現在の恋人たちはスマートフォンを駆使して画像、音声、音楽、知識。お互いのプライベートな時間すら共有するようになる。
などと。多くの人はまだ想像も出来なかった時代があった。
この物語は、日本国の絶頂期前の時代。
恋と青春を送ったかつての若人たちの物語である。
「断ってきます」どうしてあんな目にあってこんな女に会いたいとか言い出すのやら。
そして勝手に出合いの約束をしないで下さい。風鳴常務。
森本さんにそう告げると彼は苦笑い。
「僕もついていってあげるけど」ああ。いい人です。優しくて頼りになってハンサムなのです。
でも結構です。はっきり一言いってやるだけで充分なのです。
「ちゃんと恋人がいますし、風鳴常務が勝手に決めた話だと伝えれば」「まぁそうだが僕は婚約者が心配だからね」
話を聞く限り武田君という青年は紳士らしいが、それでも男と二人っきりは拙いと森本さんは仰ってくれます。
甘えたいのですが。ええ。甘えたいのです。
「森本さん。でも。明日は神戸に書類を持っていかなければいけないでしょう」
電話と違って書類は手渡しです。そして信用の置ける社員にしか任せてもらえない仕事です。
ふぁっくす……それはまだうちの会社にはありませんね。上は検討中のようですが。
ああいうのは大手の新聞社さんでもなくば。
私たちは会社の電話で思いっきり長電話中です。え? 職務違反?
ちょっとくらい。いいじゃないですか。
(※作者註訳。中卒の一般の人の月給が5000円の時代でも電話料金は10円です。
職務違反どころではありません。由紀子さん。私用ダメ。絶対)
「コホン。森本君にかわってくれないかな」けち。風鳴常務。
「うん。うん。頼むよ。重要な書類なんだ。あと接待も頼む。豪華にもてなしてやってくれ」
いくらなんでも森本さんをこき使いすぎじゃないでしょうか。風鳴常務。
「ああ。あとは全部領収書きってもらっていい。役得だと思ってくれ」ぶう。森本さんはそういう方じゃないですよぉだ。風鳴常務。
風鳴常務は変わり者で冷静で軽薄なところがあって苦手です。嫌いじゃないですが。
火乃さんもこの間お会いしましたが。こちらは情熱的で。悪く言えば短気です。どうして仲がいいのか分かりません。
「風鳴常務。お伝えせねばならないことがあるのですが」
御厚意は嬉しいのですが、私は大学に行きたくてこの会社にお勤めしております。
そして、社内恋愛は揉め事の元なので黙っていますが、森本さんと私はお付き合いしております。
「ふむ。先方から場所と時間の指定が来ている。楽しみにしているとのことだ」風鳴さんのだらっ。
逃げられないじゃないですか。逃げませんけど。
お手紙を開けると機械油の臭いがします。あの方、ちょっと手を洗ってからとか出来ないのでしょうか。出来ないのでしょうねぇ。
そういう男の人は嫌いではありませんけど、森本さんや若い頃のお父ちゃんのカッコよさと比べるとどうでしょうか。
ああ、でもかぐや姫とかの唄は好きですが、長い髪とか女の子みたいな態度はダメですね。
やっぱり男の人はスッパリ刈り上げて、男らしくしていらっしゃらないと。
「武田君は体格もいいし、男前だし、気風もいいし、西尾君にぴったりだと火乃が言ってたぞ」
勝手に決めないで下さい。もう。大迷惑なんですよ。秘密にしている私達も問題ですが。
そういえば、くちづけもまだでした。えっ? それ以上?! ありえませんっ?!
閑話休題。なのです。
だから。この御話は無かったことにすべきなのです。
私の前には武田さんがいらっしゃいます。よくもまぁ乙女を三十分も待たせてくれましたね。
常識がないのですか。あなたは。……私も大量の食べ物を折で持って帰りましたけど。
「言っておくべきことがあります」「言っておくべきことがある」
「お前と付き合う気は無い。俺には婚約者がいる」「私には素敵な婚約者がいます。久さんと会うことはありません」
激しく路上でにらみ合う私達。
周囲の人たちが時々足を止めます。
「乙女を連絡の手紙も無く三十分も待たせるなんて。お仕事でもあったのですか。それとも常識がないのですか。失礼ですがお里が知れますよ」
私がそう告げると「折」とだけ帰ってきました。
……。
顔が熱くなっていきます。あ、あれはわざとやったわけではないのです。
もとをただせば嫌われるためにやったわけで、うちのお母ちゃんの教育は普通です。
「30分前からいたぞ」「嘘おっしゃいませ。指定の場所にいましたよ」
今日の武田さんはカッコイイ一張羅を着ています。確かに美形ですよ。ええ。ハンサムです。
でも。ものすごく。腹が立ちます。
「断る気の癖に妙に気合の入った化粧だな」なんですって? あなただって一張羅でしょう。
靴だけであなたの月給並みはあるのではないでしょうか。武田さん。
「外に出るのにお化粧をしない女がいるとでも。常識の無い殿方は知識も無いのですね」「折」
この方は。どうしてどうして私の神経を底撫でするのでしょうか。
「言っておきますが、化粧なんてしなくても私は可愛いんですよ。森本さんはいつもそういってくださいます」
いってあげました。あとは帰るだけです。
「森本さんって君の恋人? 」「ですよ」頬を膨らませて睨んであげます。
「じゃ、その男は素敵なヤツなんだろうな」にこりと笑う武田さん。え……。
ちょっと、笑ってしまいました。もう。
「うーん。この服を借りた家の娘が俺の恋人なんだが」
マリリンモンローのように胸が大きくて御尻も大きい。背が高い。美人。
関西学院大学に通っていて、修士になる予定。性格よし、料理上手。
ツラツラと言葉少なに『恋人』の話をされる武田さん。そ、そんな下品な女の話をされても。
「妙に気品があってね。寮のみんなに頭を下げて挨拶してくれるんだ」負けた。かもしれません。
「そ、そんな素敵な恋人がいるのに、こんな子供みたいな女と見合いなんて迷惑ですねぇ」「うん」
むかっ。
「火乃さんは恩人でね。どうも断れない」
私の風鳴常務みたいな人なんですね。武田さんにとっての火乃さんは。
「事情は分かりました。もう今後会うことは無いでしょうね」「いや、こちらこそすまない」
むうう。こちらが悪い気がします。どうしてでしょう。
くぅーん。くぅーん。……あれ?
「犬です。武田さん」「ひっ?! 」人懐っこい犬ですね。って。
「お前等。何やってるんだ? 」
呆れたような声。この声は知っている人の声です。と言うか。
「あ。たっちぃっ?! 」「彰子。さん? 」
むかつくほうの武田さんじゃなくて、私の親友のほうです。
「シロ~♪ お前だったんだねぇ♪ 大きくなったねぇ♪ 」
子犬の頃から人懐こくて可愛い子でしたが。『もふもふ』です。もふもふってなんでしょうか。
毛が多くてとてもふわふわしてて可愛いんです。チャウチャウと言う種類らしいです。
「久さん。何をされているのですか」
何故か電柱に抱きついて顔を青ざめていらっしゃる武田さんにたっちいが声をかけます。
まさか。この人。
「犬。嫌いなんですか」「い、いや、嫌いじゃないんだが」ぷっ。
「犬がダメなんですか」「いや。その。あの」ふふふふ。
「シロ。あの人に可愛がってもらいなさい」たっちぃ。よくやった。
「い、いや、カンベンしてくれっ! 彰子さん! 」うふふ。
クンクンとじゃれつくシロになきそうになりながら頭を撫でる久さん。
ちょっと可愛いです。あんなに苦手そうなのにシロを可愛がるあたり。
シロはふわふわの毛玉の尻尾をぶんぶん振り回して御満悦です。人見知りしない子なのです。
「私は、『犬が好きですよ』」そういう私に彼は更に顔を青ざめさせて告げました。
「お前も『犬が好き』なのかよ」「ええ。大好きです」
シロと私をじろじろと見比べる久さんでしたが。
「木下じゃあるまいし、『犬が好き』なヤツなんてありえない」
吐き捨てるようにそう呟きました。
「なんですって」「なんですって」
私達二人の瞳がほそまります。
「シロ」「うわあああああああああああっ?! 来るなっ?! 」
久さんの絶叫を聞きながら、私たちはニコリと微笑みあいました。
「犬のよさを説明してやるから来週必ず来いッ 」たっちい。それ可哀相ですよ。
「いやいや。無理無理。彰子さん」「来ないというなら押しかけるぞっ」「いや、それも困る」
ホントに押しかけますからね。たっちぃは。
強引に約束を取り付けた私とたっちぃは……。あれ。
え? 私も。参加なのですか。
FAXは電話より歴史が古いのですが、技術として安定しませんでした。
それでもベルリンオリンピックで使用された写真はFAX技術によるものです。
久は犬が嫌いなわけではありません。
人懐こい犬を見るとポチを蹴り殺したトラウマが蘇るだけです。
あと、『犬が好き』といわれて、由紀子と彰子が『犬が好き』(主に食材として)だと誤解しています。




