トキメキココロは運命と
「智香」
「なんだよ。和利」
終電前。4時50分。駅に向かって歩きだす二人。周囲はすっかり明るくなっている。
「年収はないけど、指輪ならある」
和利は苦笑いした。「安物だけど、俺とやり直さないか」「……」
『安物』というが、200万近くするだろうな。と智香は見抜いた。因果な商売だ。
「ふざけんじゃねぇ」「本気さ」
「結婚してくれ」
「……ばっかじゃね? 」
智香は手を振る。その指輪は何処かに飛んでしまった。
あわてて探す。和利。
ため息をつく智香はふらつく脚で駅まで走った。ヒールが折れて。転ぶ。
「痛ッ……た」「智香?! 」
「しっかりしろ! 智香?! 」「さわんな。朝から騒ぐな」
和利は智香を抱き起こした。その瞳は優しい。
「なんで、オレみたいなキタネェ女なだよ」「お前以外にいるか? 」
智香は和利の目を見た。還暦前になった。睫や眉が薄くなった優しい目を。
「もっといい男を捕まえる」「俺よりいい男がいるか? 」
「うっわ~。不細工が言ってくれる。キモッ」「なぁ智香」
智香は黙って指輪を見せた。あっちこっちメッキが剥げていて透明マニキュアを塗った玩具の指輪。
「あの時、本気で言ってくれていたら、良かったかもしれない」「そうだな」
智香は苦笑いした。
「脚、くじいちゃった。駅までおんぶして」「ああ」
還暦前に身体の線の崩れだした智香を抱き上げるのは、正直辛い。酒を呑んで徹夜していたら尚更だ。
「……何年ぶりだろうな」「……ばか」
「介護、私がするのか? 」「そうなったら俺を捨ててくれていい」和利はつぶやいた。
「捨てるのは、いらない指輪と、金だけでいいよ」
智香はそういって和利の肩を強く抱いた。
側溝に落ちて泥水にまみれた指輪が、
朝の光に照らされていつまでもやさしく輝いていた。
(第三話。完)




