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第六話



 夢を見た。

 まだ小さかった頃の夢だ。



 俺が公園でいつものようにトモダチと遊んでいると、そこにアヤが突然現れた。

 そしてこれまたいつものように、俺の手を強引に引っ張りそこから連れ出していく。


 トモダチ……確かケイだったとは思うが、そんな俺たちを不満そうに見ていたと思う。そりゃあ一緒に遊んでた相手が突然いなくなるんだから、文句だって言いたくなるだろう。

 でも俺は…当時は口が裂けてもこんなことは言わなかったと思うが…アヤがいきなり現れて、俺を連れ出してくれるのをいつも待っていた。

 トモダチと遊ぶのがつまらないわけじゃない。

 ただ、アヤと冒険に行きたかった。

 知らない何かを見にいきたかった。探しに行きたかった。

 弾けるような笑顔に、なににも怯まない積極性。大人にだって怖がらず話しかけるし、当時の俺が知らない、いろんなことを知っている。

 そんなアヤは、俺の憧れだった。



  ― ノイズ ―



「この前見つけた子ネコ、飼ってくれる人が見つかったの!」


 嬉しそうに笑いながら、アヤが言った。


「当然よね! あんなに可愛いんだから、貰い手が見つからないわけがないわ!」

「そんなこと言うなら、そもそもアヤが飼えばよかったじゃんか」

「私だって飼いたかったわよ! でもママが絶対ダメだって! ママって動物が嫌いなんだって。信じられないわね!」


 アヤはちょっと悔しそうだったが、それでも笑う。


「でも、あの子ネコが幸せになってくれるならなんでもいいわ!」


 今、その保護した猫はアヤの家にいる。アヤの必死の説得が、貰い手が見つかるまでの間だけ、家に置いて世話してもいいという母親からの譲歩を引き出したのだった。


「というわけで、今からその家に子ネコを引き取ってもらいに行くわ! サクラもついてきなさい!」

「いや、いいけどさ……そんな急ぐこともなくない?」


 ほんの数日とは言え、猫の世話をし、一緒に過ごしたのはアヤである。

 寂しいとか思わないんだろうか?

 そんな俺の疑問を知ってか知らずか、アヤは俺を引っ張りながら走って自分の家へ向かい、自分の部屋から子猫を連れてくる。

 段ボールの中にタオルが敷かれており、猫はその中で丸くなっていた。

 俺がそれをのぞき込むと、むくっと体を起こし、にゃあ、と鳴いて自分の顔を手で撫で始める。


「いやこれ、可愛すぎでは……?」

「まったくだわ……」


 俺とアヤはそう呟いて、お互いの顔を見た。そして笑う。


「よしっ、ゼンは急げって言葉もあるらしいし、早く連れてってあげましょ!」

「ぜんはいそげ? どういう意味?」

「ん? なんか、良いことはさっさとやっちゃえってことみたいよ?」

「へえ。それじゃ、ぜんはいそげ、しようか」

「うんっ」


 アヤは子猫の入った段ボールを両手でしっかりと抱え、走り出す。俺はそのすぐ後ろを、置いていかれないように必死についていった。



 …………。


 ………。


 ……。



「優しそうな人だったわ!」


 子猫を引き渡した帰り道。

 満足そうに笑いながら、アヤが高らかにそう言った。

 猫を引き取ってくれたおばさんは、俺たちを見るや自宅に招き入れ、ジュースとお菓子をごちそうしてくれた。

 その家にはすでに猫が2匹もいるらしく、俺とアヤが座ってお菓子を食べていると人懐っこく近寄ってきた。ちゃんと、家に人に優しくされている証拠であろう。


「あのおばさんなら、きっと安心だね」


 他の猫と同じように、大事にしてくれるだろう。


「名前、なんて付けるのかしらね?」

「名前? 確か元々いたのが、ハヤテとツムジ、だっけ」

「ハヤテ、ツムジ……風?」

「似た名前にするのかな、やっぱり」

「ウチワとか?」

「その方向性は考えてなかった」


 俺の隣を歩くアヤは、いつも通りに見えた。

 ちょっととぼけたことを言って、俺を笑わせようとしてくれる。

 でも。


「……あーあ!」


 赤く染まりつつある、夕暮れの空を見上げて。


「いなくなっちゃった」


 ぽつりと、アヤがそう言った。


 ここ数日は、アヤは猫のことばかりだった。ご飯を食べてくれただの、おもちゃに反応してくれただの、膝の上に乗ってきただの、いちいち俺に報告してくるぐらいには。

 本心ではきっと、自分で飼いたかったのだろう。

 でもアヤは、わがままを言わず、猫のことを第一に考えて、そして今回の決断をした。


「えらいよ」


 自然と、俺はそう言っていた。


「アヤ、えらい」


 アヤの頭をぐりぐりと、わざと少し乱暴に撫でる。優しく、なんて恥ずかしすぎてできない。

 しばらく、アヤは顔を下げ、何も言わないままでされるがままになっていた。

 俺は何もリアクションがないので困ってしまい、とはいえ止め時も分からず、とりあえずアヤの頭をなで続ける。


「……ねえ、サクラ?」

「ん?」


 ようやく、アヤが口を開く。


「女の子の髪は、そう簡単に触っちゃいけないんだからね?」


 俺はびくっとして、今まで撫でていた手を引っ込める。


「まったく、これが私じゃなかったら、今頃サクラはビンタされてるか、ソンガイバイショーをセイキュウされてると思うわ」


 ソンガイバイショー……なんかすごく嫌な響きだった。


「でも」


 アヤは一歩前に進む。

 夕日を背負いながら、くるりと俺に振り返って、


「ありがとう、サクラ」


 目じりに涙を残しながら、そう言ってくれた。

 そんなアヤを見て、俺は―――――





<>





「おーい、起きろやサクラ」


 まったく有難みを感じない野郎の声で、俺の意識は浮上した。

 目を開ける。そして机に突っ伏していた体を起こす。

 教室はもう人もまばらな状態で、荷物を背負って教室から出ていくヤツや、複数人で集まって談笑してるヤツなど、各々好きなように行動していた。

 つまりそう、放課後である。


「今日も一日、だいたいずっと寝てたわけか?」


 俺の前で呆れているのはケイだった。俺は体を伸ばすと、欠伸をひとつ。


「眠ぃ」

「これだけ寝てまだ眠いのかよッ!」


 頭を軽く叩かれた。おい何しやがる。損害賠償請求するぞ。


「損害賠償ってなんだよ。どっちかと言えば治療費だろ」


 ケイにそう言われてハッとした。確かにそうかも知れん。

 ところでケイ。女の子の髪を無断で触ったら、なんて罪に問われるかな?


「痴漢」


 痴漢。

 …………え、マジ?


「いや知らんけど。でも女の子の方が訴えれば、セクハラとかそういうのになるんじゃねーの?」


 やべえ。子どもの無知って怖え。

 ま、まあこれもあれだよね。子どもの頃だし、それに知ってる間柄だし、セーフだよね? 


「なんだサクラ、お前女の子の髪の毛触ったの? 無断で?」


 いや昔の話だよ。しかも相手はアヤだし。


「昔……それってどれぐらい昔だ?」


 んー?

 確か小学1、2年ぐらいだったような気がするが……あんまハッキリ覚えてないな。


「ふーん……ま、そんなガキの頃の話だってんなら、別になんも問題ねえだろ」


 だよな。別にイヤらしい目的があったわけでもないし、大丈夫だよな?

 てか髪の毛を触ったって言うか、頭撫でただけだし。


「あのなサクラ。昔の話みたいだから今は大丈夫だと思うが、ぶっちゃけ女の子の頭を撫でていいのはイケメンだけだからな? ただしイケメンに限る、ってやつだからな?」


 それぐらいは把握しておりますよ隊長。髪は女の命とも聞きますしね!

 と、そこで俺は違和感に気づいた。

 いつもなら頼まずともケイと共に現れる、我が愛しの天使の姿が見えない。教室をさらっと見渡すが、どこにもその姿はなかった。


「アヤならいねえぞ。お前に愛想尽かして、先に帰るとさ」


 マジか、死のう。


「冗談だよマジで死にそうな顔をすんな! なんか中庭に猫がいるとかで、ユズちゃんと一緒に見に行ったぜ。お前起きたら連絡くれってよ」


 なんだ、猫か。

 ……しかし随分とタイムリーな話だな。さっきまで猫の夢見てたんだが。


「行くか?」

「猫なら見ねばなるまいて」


 俺は机に下げていた鞄を取って立ち上がる。

 この学校で中庭と言えば一か所しかない。それほど広くもないから、行けばどこにいるかなんてすぐに分かるだろう。







「あ、サクラさん。ケイさん」


 俺たちが中庭に到着すると、すぐにめっちゃ可愛い女の子が出迎えてくれた。

 彼女の名前は加島ユズ。俺たちと同学年で、半年ぐらい前に知り合った子だ。

 知り合ったっていうか、俺に告白してくれた子なんだが。


「おっすユズちゃん。猫どこ?」


 ケイが軽く手を挙げて挨拶しながら、中庭をきょろきょろと見渡す。

 俺も一緒に見てみるが……いないな。猫どころか、アヤの姿も見えない。


「それが、私とトリちゃん、二人で猫さんに会いに行ったんですけど……」


 少し困ったように、ユズちゃんは後ろにあった木を見上げる。

 するとその木が、ガサガサと揺れた。「むぅうう~…!」なんて声まで聞こえる。


「トリちゃんが猫さんを抱き上げようとしたら、すごく暴れちゃって……そのまま木の上に登って、降りられなくなっちゃったみたいなんです」


 なるほど。

 そんで責任を感じたアヤが、その猫を連れ戻そうと木登りを開始した、と。


「おーいトリ、何やってんだお前ー?」

「うわあケイてめー来たのかよ!? いいか絶対上見んなよ! 絶対だかんな!」


 ケイの呼びかけにアヤが木の上からそう答えた。

 確かに今、木の下に行って見上げたら、そこにはスカートの中の神秘が待ってそうだなぁ。

 っていうかあの子、スカートのまま木登り始めたの?


「そ、それが、止める暇もなく……」


 なんでか申し訳なさそうにユズちゃんが言った。うんごめん、あの子が馬鹿なの。ユズちゃん悪くないから気にしないで。

 俺は木の下まで近づくと、思いっきり見上げたい気持ちを抑えつつ、アヤに呼び掛けた。


「とりあえずお前は降りて来いよ。あとは何とかするから」

「おっ、お前らに迷惑かけらんねーよ! ここは私が何とかするから!」

「って言ってもなぁ。お前どうせ、それ以上先には行けなくなってんだろ? 無茶すんなって」

「無茶なんかしてねーし! これぐらい余裕だしぃ!?」


 明らかに余裕がない声色でそんなことを言う。


「っていうかサクラ、おめーも絶対上見んなよ! 見たらお前、口きいてやんねーからな!」


 おっとそれは大変困る。アヤと会話できなくなるとか、俺の精神が死んでしまうじゃないか。

 これは俺にはどうしようもない。というわけでケイ、あとよろしく。


「上見んなって言われて、何をどうしろってんだよ」


 いやその通りなんだがね。


「あ、あの、お二人とも」


 そこで、またまた申し訳なさそうなユズちゃん。

 いや、だからユズちゃんはもっと堂々としてて大丈夫だから。何も悪くないから。


「た、たぶんなんですけど…………トリちゃん、自分じゃ降りられなくなってます……」


 …………。


 あっ、降りられなくなった、って猫の話だけじゃなかったのね!?


「ていうか、サクラ気づいてるか?」


 は?

 気づくって、何に?


「木の上に、猫、いなくね?」


 …………。


 俺はユズちゃんを見た。

 ユズちゃん、黙って頷く。


 降りられなくなったって、そもそもが猫じゃなくてアヤの話だったのね!?


「実は猫ちゃんは、トリちゃんがあの枝まで到達したときに、地面に飛び降りちゃいまして…」


 そのまま走ってどこかへ行ってしまったらしい。流石猫、といったところだろうか。

 俺とケイが顔を見合わせる。猫はもういなくて、アヤが木の上にいて、自分では降りられなくなっている。しかしアヤは上を見るな、見たら口をきかないと言うし……。


「帰るか」

「そうだな」

「何帰ろうとしてんだよお前らはぁ!?」


 木の上から非難の声が飛んできた。

 って言っても、やれることなくね? 上を見ることも許されてないのに、いったい何をしろと?


「下にクッション置くとかさぁ!」


 え? 落ちるの?


「いや落ちねぇけど!!」


 てかめんどくさいからさっさと認めろよ。自分じゃ降りられなくなってんだろ?


「おおおおおお降りれるしこれぐらいよゆーのよっちゃんだぜぇ!」


 動揺しまくってんじゃねーか!


「ど、どうしましょうか…?」


 困り果てた様子のユズちゃんである。ごめんなユズちゃん、こんなことになっちゃって。

 とりあえずあれだ。ほっとくといつまでも降りれなさそうだし、何より地味に危ない。早急に何とかすべきだろう。


「サクラ、お前が下でトリを受け止めるか?」


 ケイがそう言うが……え、無理だろ普通に。押しつぶされるわ。


「そんな重くねーぞ私は!!」


 上からアヤの声。

 いやね? お前が重いとかそういう話じゃなくてね?

 小さな子どもならいざ知らず、同年代の人間が飛び降りたのを下で受け止めるとか、双方が危ないだろ。

 ここは、人類が生み出した叡智の結晶を使うとしようじゃないか。

 俺の言葉に、ケイが首を傾げる。


「叡智の結晶ってなんだ?」

「梯子」



猫。じゃすてぃす。

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