少女繭
第一章:アリーシアと過ごした日々
今より少し昔の、ある国のある時代の物語。
周囲の子供達よりも少しだけ裕福に育った少年クリミネルには
同じ年の女の子の友人がいた。
名前を「アリーシア」。
彼女はいつでも無垢な瞳でクリミネルを見つめていた。
彼女はクリミネルと違い学校に通っていなかった。
本来なら地域の子供達は貧富に関わらず学校に行けるのだが、
彼女はそれをしていなかった。
しかし、だからと言って親の仕事の手伝いをするでも無く、
ただクリミネルが遊んでいるとフラフラと現れて、
彼のやっている事を興味深そうに見ているのだった。
「キミ、名前は?」
「アリーシアよ。」
「学校は、行っていないの?」
「うん、行ってないよ。ずっとこの辺りを歩いてるの。」
「へぇ~、変なヤツ。
まぁ良いや、俺の家色んな玩具があるから、一緒に遊ぼうぜ。」
およそ4,5歳の頃から二人はこうして遊ぶようになった。
いつしかクリミネルはアリーシアが隣にいる事が当たり前のようになった。
ある6歳の頃、クリミネルは友人の男の子ウィトネスと共に
森の奥にある謎の建物を見に行こうと言う事になった。
ウィトネスが言った。
「オヤジの狩りに付いて行ったんだ。
そしたら森の奥に何かすげーデカい建物があってさ、
オヤジに『コレ何?』って聞いたら、
『知らなくて良い』って言われてさ。
他に誰かいるなら一緒に連れて行こうぜ。
仲間は多い方が良いからな。」
クリミネルはアリーシアに声を掛けた。
アリーシアは二つ返事で二人に付いて行く事にした。
そうして、三人の子供達は深い森の中へと入って行った。
森を少し進んだ時点で、クリミネルは少し不安になった。
「大丈夫かな、こんな森の奥深くまで来た事無いよ。
もし帰れなくなったら、父さん達なんて言うだろう。」
ウィトネスはそれを一笑した。
「絶対大丈夫だって。ボクの足で行けたくらいの場所だよ?
子供だから遠いように思うだけで、そんなに奥じゃないよ。」
そう話していると、森の奥の建物の前に辿り着いた。
建物は質素ながらも荒れ果てた様子では無かった。
ただ、手入れがされているかと言えばそれもまた違い、
どちらかと言えば自然の中に溶け込んでいるかのような佇まいだった。
周囲を柵で囲ってはいるが、それは鍵などで施錠されておらず
子供達が容易に飛び越えられそうなものであった。
ウィトネスが二人に尋ねる。
「もちろん、行くよな?」
クリミネルは少し緊張しながら無言で頷く。
アリーシアはクリミネルの様子を見て、自分も頷いた。
しかし子供達が建物に侵入しようとしたその時、人の気配がした。
三人は気配を押し殺した。
どうやらそれは建物の中から出て来る二人の大人達だった。
「いやぁ~、良い買い物をしました。
それにしても近年は良質のモノが多い!
管理方法が良いからですかな?」
「ハハ、コレはまた身に余るお言葉です。
管理と言っても、ただ正しく放置しているだけですよ。
良質と言うのは、それだけ良いモノにお目が向かれる
バイヤ様の選定眼がゆえの事でしょう。」
「いやはや、謙虚ですな。それでは、裏手に停めてある馬車で
帰るとするよ。『商品』は、馬車にすぐに積み込めるかな。」
「ハイ、わかりました。それでは、馬車をお持ち下さい。」
そう言うと何かを購入した男は建物の裏手へと馬車を取りに向かった。
ウィトネスが静かにクリミネルに言った。
「あのオッサン、何を買ったんだろう?
わざわざ馬車を建物の裏手に隠すなんて、何だか物凄く悪い事を
してる所を見つけちゃったんじゃないかな、俺達。」
クリミネルは何も答えられなかった。
ただ、静かにこの状況を眺めているしか無かった。
やがて裏手から男が馬車に乗り正面玄関に再び立ち寄った。
そして『商品』の受け渡しを始めた。
馬車の位置が邪魔になり、それが何なのかハッキリとは見えなかった。
しかし馬車越しに見えた『商品』は、人間の女の子のように見えた。
「え!?」
思わずクリミネルは声を上げてしまい、すぐに口を押えた。
コレはウィトネスも同じようになりそうだったが、
クリミネルの失態を見て自身はそれに続くまいと、強く口を押えた。
二人がそうしている間、アリーシアはただジッとその様子を見ていた。
そうして男が馬車に再び乗り込み、建物内の男に礼を言い馬車を出した。
ウィトネスは男に見つからないよう、馬車の動きを追った。
しかし、クリミネルはどうしても気になり、建物の内部に目をやった。
それは本当に一瞬の事だった。
建物内の男が周囲を気にしながら建物の扉を閉めようとしていたその刹那、
建物の奥の光景が一瞬だけ目に入った。
そこには何か蚕の繭のようなモノが並び、
その中に人間の少女が入っている、そのように見えた。
しかしあまりに一瞬の事で、それは見間違いのようにも思えた。
「アリーシア、見たか?」
クリミネルはアリーシアに尋ねたが「いえ、何も」と返された。
そうして建物の内側からガチャリと鍵を閉める音が聞こえた。
時間にして僅かな事ではあったが、一体内側で何が行われているのか、
三人は少しだけその場でただジッとしていた。
─しかし、暫く待ってみてももう建物に動きは無く、
ウィトネスが「そろそろ帰ろうか」と言ったのを皮切りに
三人は帰り道を辿った。
しかしクリミネルの中では先ほどの一瞬見えた光景に胸が高鳴り、
それはワクワクなどでは無く、ただ恐ろしい何かを見た、
といった取り返しの付かない後悔の念のようなものであった。
三人は町へ戻り、今日の事は大人達には口外しないと誓った。
それからまた時間が過ぎた。
~3年後~
クリミネルは学校へと通い始め、そこでの友人と遊ぶ事も増えた。
しかし変わらずアリーシアと遊ぶ事もあり、
次第に彼女の事を異性として意識し始める事もあった。
アリーシアは同じ年の同級生と比べてどこか儚げで花のようで、
しかし何を考えているのかわからない所は虫のようでもあった。
基本的にクリミネルの言う事に付き従い従順であったが、
時には癇癪を起してしまうほどに激情的でもあり、
しかしそれがアリーシアはただ思い通りの人形では無い、
人間なのだとクリミネルにとっては嬉しく思う瞬間でもあった。
二人の間であの建物について話す事はタブーとなっており、
しかしお互いに確実に胸の奥に刻まれたであろう事は明白だった。
そうして時は過ぎて行き、更に三年後のクリミネル12歳の時。
クリミネルは更に一つ大きな学校へ通うようになり、
アリーシアはまだ学校へは通わずに過ごしていた。
しかし彼女の魅力は衰える事は無く、むしろ増して行くばかりだった。
身体は随分と大人に近づいたクリミネルからすると、
もう十分に大人の男の相手にもなりそうなアリーシアを見て、
そのうち誰か悪い大人に奪われてしまうのでは無いか、
という気持ちが沸き上がった。
そうして、クリミネルはある日の夜に近い夕方の終わり頃、
アリーシアに告白をした。
「アリーシア、キミが学校に通っていなくても仕事をしていなくても
そんな事はどうでも良い。ずっとボクと一緒に過ごして遊んで
僕の良き友達でいてくれた。だけどボクはキミの事をどうやら
好きになってしまったみたいなんだ。
どうだろう、アリーシア。僕が結婚できる年齢になった時にキミを
お嫁さんに迎えたいと思うんだ。コレは本気なんだ。
アリーシア、今のキミにはまだ難しい判断かも知れないけど、
ボクの本気をどうか、受け取ってはくれないか。」
アリーシアは少し嬉しそうな顔をしたが、半面で大きな戸惑いを見せた。
そんな彼女の表情からは、告白の成否は読み取れなかった。
クリミネルはとても緊張しながら、彼女の答えを待った。
そうして、アリーシアはゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「クリミネル。本当にありがとう、とても嬉しいわ。
私は学校にも通っていないし、親の仕事を手伝うでも無く、
ただ自然やあなたを相手に過ごしている。
こんな私の事を好きだと言ってくれるのはあなただけだと思う。
そしてあなたと過ごした時間は本当に大切だし、それは一生、
・・・そう一生、忘れたくない思い出なの。
だけどね、クリミネル。先の事がどうなるのかは、
神様にもわからないと思うの。だからね、今だけ、
少なくとも今だけは恋人でいさせて欲しいの。
コレはあなたを傷付けてしまうかも知れないけれど、
私からしても本当のお願いなの。ねぇ、コレから3年間、
本当に一緒にいましょう?」
アリーシアの答えは、YESのようにも取れるものであったが、
その言葉運びが不思議な何かを纏っているようで、
クリミネルは正直に喜ぶ事が出来なかった。
「えぇと、ありがとう、アリーシア・・・。
とりあえず、ボク達付き合う、って事で良いんだよね?
今だけって・・・ボクは出来るならこれからずっと、
僕が結婚出来る年を超えても、一生の覚悟なんだよ?」
「えぇ、わかってるわ。もちろん、私だってそうしたいわ。
ただ、先の事は本当に誰にもわからないから。
せめて今この時だけは、愛し合えるでしょう。
ねぇ、私の中にあなたを刻んで。たとえそれがどれだけ
許されない事だとしても。」
アリーシアは積極的に自ら、クリミネルに体を重ねて来た。
もちろんクリミネルはそれを望んではいたものの、
まさかこんなに早く、告白をしたその日にそんな事になるとは、
想像もしていなかった。
しかし当然これを断る道理は無く、クリミネルはそれに応じた。
アリーシアは日中野外を出歩いているのに、それでも彼女の肌は白く、
絹のように繊細でガラス細工を触るようにそっと触れるべきものだった。
いつもなら何の気なく触れていた彼女の肌がどれだけ気高きものか、
クリミネルはこの時初めて知る事となった。
学校での同じ年の女の子達も、もちろん魅力的ではあったが、
そうした子達には無い魅力がアリーシアにはあった。
全てを見透かされているようでいて、儚げな瞳。
彼女の魅力の大きな部分が、ここに占められているように感じた。
しかしよく見れば整えられていくら乱してもまた流れを作る髪、
甘えたい気持ちを押さえながらもそれを隠せない唇、
繊細なのに何故か芯の強さを感じさせる指先。
彼女のあらゆる部分が彼に劣情を催させた。
そして理性を押さえられなくなったクリミネルは
激しくアリーシアを求めた。
アリーシアもそれに応じて、クリミネルは翌日初めて学校を欠席した。
汗だくになり眠りについた町外れの小屋の中で朝を迎えて、
目を覚ましたクリミネルはアリーシアの汗の匂いにまた劣情を催し、
再び激しく体をぶつけ合った。
アリーシアはどこか、今この瞬間を楽しみ切るといった風な、
覚悟とも取れるような何らかの思いを秘めながら応じていた。
しかしそこにはクリミネルへの強い好意があったからこそ、
クリミネルはそれを深掘る事は無かった。
さすがに子供達を心配して町中を駆けまわる親達の子を探す声に
二人は姿を現した。
・・・・。
親たちは二人の乱れた衣服や町外れの小屋で二人と言った状況から、
全てを察した。
クリミネルの父親がクリミネルの頭を強くゲンコツで殴った。
「お前は!!人様の娘さんに何て事をしてるんだ!!
しかもあのアリーシアちゃんだぞ、お前はわかっているのか!!」
そこまで言った時、父親はハッとした。
母親は口を押えて驚いた顔をしていた。
「え、アリーシアが・・・どうしたの?」
両親はそのまま口を閉ざして「とにかく、アリーシアちゃんを返す」
と言い、「お前はサッサと家に帰って明日の準備をしろ」と言った。
そこにはアリーシアの良心の姿は無く、代わりに町の大人達がいた。
腑に落ちない気持ちのまま、クリミネルは家へと帰った。
この件以降、クリミネルはアリーシアと会う事がほぼ不可能になった。
親や周囲の目線が厳しくなり、時々見かけても声を掛ける事さえ憚られた。
そして3年が経ち、クリミネルは更に一つ上の学校へと通う15歳になる。
町から少し外れた学校へ通う為、町へは定期的に戻りはするものの、
これまでのように毎日をこの町で過ごすワケでは無くなるのだ。
クリミネルの心にはまだ、アリーシアが深く根付いていた。
「もう一度、彼女に会おう。
そして、彼女さえその気持ちがあれば、今度こそ、
あと三年だと伝えるんだ。あと3年、すぐだ。
アリーシアよ、待っていておくれ。」
そうしてクリミネルは町外れにあるアリーシアがよく星を眺めている場所で
彼女を見つけた。それは満月の夜の事であった。
アリーシアは更に美しさを増し、もう大人の男から見ても十分に
誰もが綺麗だと言わざるを得ないほどに完璧に成熟していた。
この頃になると当然周りの大人達もアリーシアを気になり見ていたが、
誰も彼女には近づかなかった。それは彼女が特殊な生い立ちだからなのか、
それともクリミネルの事を慮っての事なのか、それはわからなかった。
ただ、クリミネルからすれば全てが整いつつあった。
自身は順調に年を重ね、アリーシアも美しく育った。
あと三年、あと三年だけ待てば、二人はずっと一緒にいられる。
クリミネルは明日から新たな学校へと通う前夜に、
アリーシアに声を掛けた。
「アリーシア、綺麗になったね。僕の事覚えてるよね。
あと三年なんだ。あと三年待てば、キミと一緒になれる。」
しかし、その言葉を受けてクリミネルに顔を向けた彼女は
・・・・泣いていた。
「アリーシア・・・何がそんなに悲しいんだい?
ボクは三年経てば戻って来るんだ。
それに、その間も今までほどじゃないけど、ちゃんと会える。
そんなに愛しいのなら、一緒に学校へ行けば良いんだ。」
しかし、彼女は首を縦には振らなかった。
代わりに、突然クリミネルに覆いかぶさり、三年前とは比較にならない程
激しく彼を求め始めた。
「アリーシア、そんな・・・急がなくても、ちゃんと三年後に・・・」
「三年後じゃダメなの。コレが最後の夜だもの。
クリミネル、貴方の方から来てくれて良かったわ。
もし今夜来てくれなかったら、私の方から襲いに行っていたもの。」
アリーシアは獣のようにクリミネルを求めた。
クリミネルは嬉しい気持ちの中でも動揺を隠せず、
何故彼女が最後の夜などと言うのか、不思議だった。
他に男が出来たと言う話も無い。
目の前の彼女にもそんな気が毛頭無い事は明らかだ。
だったら何故、彼女はこれほどまでに今生の別れを惜しむが如く、
身体が引きちぎれようとも求めて来るのか。
彼の体中はアリーシアによって舐め尽くされ、噛み跡だらけで、
激しい接吻により唇は腫れ、性器は使いものにならない程に
徹底的に使い尽くされた。
もし相手がアリーシアで無ければ精神的に死んでいたかも知れない。
それほどに濃密の極みを超えたまぐわいの中で一夜を超えた。
朝の鳥の声に目を覚ました時、既にそこに彼女の姿は無かった。
クリミネルにはただ、骨が軋むくらいに激しい筋肉痛が残り、
新たな学校の一限目の授業を遅刻してしまうほどだった。
第二章:アリーシアの失踪と少女繭の噂
クリミネルはそれからの日々を忙しく過ごした。
彼は自身の進路を決めなければならない段階に入り始め、
農業を継ぐのか軍人になるのか、それとも町で商売を始めるのか、
様々な進路の狭間で揺れ動く気持ちに喝を入れるように、
短時間の労働や部活動、学生会運動等様々な事に力を入れた。
彼は精力的な活動により女子生徒達からも人気があった。
憧れの男子生徒として見られるようになり、噂が噂を呼び、
その地位は確実なものとして固められて行った。
当の本人は忙しさの中でそれどころでも無く、
しかしあのアリーシアとの夜を上書きしたくない思いから、
彼は女子生徒達からの思いに応える事も無くただ忙しく過ごした。
しかしあれから、町でアリーシアを見かけなくなった。
彼は町に帰る度に周囲の人々に聞いたが、誰も彼女を見ていなかった。
これまでであれば、5人程に聞けば必ず、昨日はあそこにいただとか
目撃報告は数多く上がったほどに流浪していたはずだった。
それがあの夜以来、全く姿を見せなくなったのだった。
「だけど家はあるし、彼女の親は普通に暮らしているようだと聞く。
話を聞きに行ってもどうせ応じては貰えないだろう。
死んだのなら葬式が行われるはずだし、監禁・・・まさか、
そんな事をする程に気が触れたような両親にも思えない。
一体どうしてしまったんだ、アリーシア・・・。」
失意の中の彼の元にある『噂』が舞い込んで来た。
「クリミネル、知ってるか?『少女繭』の噂。」
悪友であるモベザミの言葉がキッカケだった。
「え、何だよソレ。どうせ薄気味悪い創作話だろ。
しょうもない話だったら承知しないぞ。
もし面白く無かったらパンを奢れよ。」
「おう、良いぜ。ただしもしこの話を聞いて興味がそそられたら
お前が貰っている仕事の内定先に俺がお前の代わりに行く。
それでどうだ?」
「どれだけ強気な条件なんだよ。
まぁ良いぜ、お前が負けるの前提な駆け引きだろ。
早く話せよ、聞いてやる料金がパンの代金だからな。」
「おう。この辺りのある町の森の奥にな、
ある使われなくなった古い工場・・・か何かの建物があるんだ。
そしてそこには数多くの『繭』があるんだ。」
モベザミの言葉にクリミネルはゾッとした。
あの6歳の時に見た建物の内部の光景。
あの時に一瞬見えたのも確かに繭のようなものだった。
彼は一瞬意識が飛びかけたが「続けて」と話を催促した。
「あぁ、何で話の最初で腰を折ったんだよ。まぁ良いや。
それでな、その繭は単なる繭じゃなく、中に人を入れるんだ。
しかも誰でも入れるワケじゃない。15歳になった少女が、
自らその繭の中に入りに行くんだ。」
モベザミの話があまりにこれまでの自身の半生の中で
疑問のまま終わっていた事に当てはまり過ぎて、
クリミネルは目を見開きながら吐き気を覚えた。
一瞬喉の奥で「おえっ」と嗚咽を漏らしながらも、
彼は尚も話の続きを求めた。
「おい、どうしたんだよ。そんな風にされたら全然話が進まねぇ。
それでな、その15歳の少女ってのも、全員じゃないんだ。
まぁ全員だったら、学校中が大騒ぎだわな。
少女繭になる人間ってのは決まっててさ、そういう人達は
学校とか行かないんだってさ。何でかわかるか?」
クリミネルはもはやモベザミの問いかけに応えられるような
精神状況では無かった。
学校へ行かない、それはもう彼の心を壊すのに十分な言葉だった。
「おい、お前なんだよ、この話が怖いのか?まぁ良いや、続けるぞ。
学校へ行かないその理由なんだがな、少女達は繭に入った後3年間、
身動き一つせず、虫の蛹みたいに繭の中でただジッとしてるんだってさ。
そしてその間、まさに虫の蛹と同じで中ではドロドロに溶けて
新しく体を作り直すんだとよ。その時は無菌状態らしい。
それで18歳の誕生日に繭になった時と同じ15歳の時の姿のまま、
だけど何の記憶も持たずに赤ん坊のような中身で生まれて来る。
凄くね?ってかお前、何でそんな顔面蒼白なの?」
クリミネルは信じたくなかった。
だが、モベザミは今の学校に入ってから友人になった。
当然アリーシアの事など知るワケが無かった。
「それでよ、ここからがまぁまぁエグい話なんだけどよ。
その少女繭の存在を一部の金持ち達は知ってるんだ。
それで、建物の持ち主に対して少女繭の見物をしに行き、
予約するんだってさ。
その金額なんと、俺達一般人が生涯で稼ぐ額を超えるんだとよ。
そこまでしてさ、欲しいモノって何だと思う?
単に若い女が欲しいだけならわざわざ大金払わなくても
色街にでも行けば良いだろ?ヤツらには別の目的があるんだよ。」
「別の・・・目的?」
クリミネルはその言葉に強く反応した。
おそらくアリーシアは今、その少女繭になっているのだろう。
だとすればそれを買いに来る金持ちがいるかも知れない。
その目的は知っておかなければならないと思ったからだ。
「もちろん、中には愛人や秘書、養女や性的対象にするヤツもいる。
だけど金持ち達が狙うのは『脳の移植対象』としての役割なんだ。」
「!?」
クリミネルは瞬間、ゾワッと総毛立った。
言葉の理解よりも先に、生理的な嫌悪感が体中を走り抜けた。
「な、気持ちワリーよな。
ヤツら、少女繭から生まれて来たばかりの少女は頭ん中空っぽだからさ、
罪悪感も薄いままで体を乗っ取れると考えてるんだよ。
金持ちどもは自分の古くなり老いた身体から脳だけを取り出し、
それを成熟した少女繭の成体の身体に移植する。
その時もちろん、元の少女繭の体の脳みそは取り出すんだけどな。」
クリミネルの目が見開かれ、ついには嘔吐してしまう。
「ぼお”お”お”お”え”ぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「お、おい!
クリミネル、それほどまでに気持ち悪かったか!?
俺、ただ話をしただけだぜ!?」
すぐに周囲がザワ付き始め、クリミネルは保健室へと連れられた。
彼は保健室のベッドに寝かされ、安静にするようにと言われた。
しかしクリミネルの心はもう穏やかでは無かった。
今すぐにでもここを出て、アリーシアを助け出さねば。
彼女が金持ちの移植の道具にされる前に、自分が奪い返す。
彼はそれだけを考えて、保健室を抜け出して故郷の町へと向かった。
~3時間後~
彼は自分の故郷に戻り、知り合いの誰にも見つからないよう気を付けながら
あの山の奥の建物を目指した。
しかしどうやってアリーシアを助けると言うのか。
金持ちが、一般人の生涯収入以上の金額をかけて先物買いをする少女繭。
そんなものを、ただの学生の自分が奪えるとは思えなかった。
しかし彼はただ、あの建物を目指すしか無かった。
やがて建物が見えて来た。
すると玄関にあの時の建物内部にいた男が何やら外出しようとしていた。
そして扉の鍵を花壇の中に隠す動作が見えた。
「しめた!アイツが外出している間に、アリーシアを助け出す!!」
そしてクリミネルは建物の男が完全に森を離れたのを確認した後、
花壇へと向かい鍵を手に入れた。
そして鍵穴へとそれを差し入れ、鍵を回した。
「ギィ・・・」と音がして、扉は開いた。
クリミネルはおそるおそる、扉を開いて建物の中へと入った。
するとその奥には、広い空間が広がっていた。
元が工場だったというのも頷ける。
そしてそこには無数の繭が、ビッシリと天井と床を繋ぐ糸の間に
悠然と、しかし不気味にその姿を見せていた。
そうしてその中のいくつか、およそ半数程度の中には少女達が入っていた。
その中には彼が見知った少女もいた。
「あ、コレは隣町のタイマじゃないか・・・。
という事は彼女も今、街では失踪扱いなのか・・・。」
他にも数人、思い当たる少女達がいた。
そしてその繭の前には値札の立て看板があった。
『@150,000,000-』
『@240,000,000-』
『@330,000,000-』
クリミネルがこのまま順当に学校を卒業し、更に最高学府に行けば
生涯の収入はおよそ@120,000,000-だと言われている。
つまりここにある少女繭はその一個一個が、一般人の生涯収入以上、
そんな馬鹿げた金額でやり取りされているのだ。
クリミネルは愕然とした。
学校に行っていなかったり、親の手伝いをせずとも彼女達は人間だ。
それをワケのわからない金持ち達が狂ったような金額で買取り、
挙句にはその体を自らの脳の移植先にしようと言うのだから、
この世には神はいないものだと彼はこの時強く感じた。
そして、アリーシアを探し始めた。
「そうだ、早くアリーシアを探さないと。
もしアイツが帰って来てもアリーシアを連れて逃げられるように
余裕を持って行動しないといけない・・・。」
そして建物中を見ている中で、彼は遂にアリーシアを見つけた。
『@1,800,000,000-』
今までの少女達と桁が一つ違った。どういう事だ。
しかし彼は繭の中に入ったアリーシアの姿を見て理解した。
それはあまりに美しく、依然のアリーシアを更に凌ぎ、
どうしようも無くこの美貌を手に入れたくなる程に
心の奥から心臓の鼓動がはち切れんばかりに鳴り響くほどだった。
他の少女繭達もどれも美しいものばかりではあった。
おそらく、少女繭自体がそのようなものなのであろう。
繭の中の少女達は繭に入る前よりも透明感を増し、
学校の同級生達の誰にも負けないような美しさを携えていた。
しかし、アリーシアはそれら他の少女繭から比べても圧倒的だった。
幼馴染であるという感情的な優位性を抜きにしても、
言葉に出来ない心、いや人間の性根に訴えかける何かがあった。
自身が10回生まれ変わっても手に出来ないような金額が、
アリーシアには付けられていた。
繭の中の彼女は全く微動だにせず、ただ生きているという感覚だけが
空気を伝わり理解する事が出来るだけだった。
そもそも触れても良いものなのかもわからない。だが、柵などは無かった。
クリミネルは誰も居ないのを良い事に、アリーシアの繭に触れた。
─それは、今までに触れた何にも例えようの無い感覚だった。
柔らかく、しかし固い。熱いと思ったがひんやりしている。
まるでこの世のものでは無いような、不思議な感覚だった。
しかしこれだけクリミネルが近くに寄り、繭に触れても
アリーシアは一向に微動だにしなかった。
「助けるなんて言って、結局何も出来ないなんて・・・。
せっかくここまで来る事が出来たのに、俺はアリーシアを
見殺しにするしか無いって言うのか?」
彼は膝を付き、大粒の涙を流した。
自分の力の無さがどうしようも無く悔しく、惨めで、
大切な人を救う事が出来ないその未熟さに己を呪った。
ひとしきり自分を否定した後、彼は覚悟を決めた。
「ここまで来てしまったんだ。
普通ならこんな場所に入る事さえ出来ないはずだ。
だけど俺はモベザミからあの話を聞いて、そして何より彼女と
アリーシアと幼馴染だった。俺が変えなきゃ。
少女繭が一体何故存在するのか、いつからあるのか、何もわからない。
それでも、彼女達を金銭で買い上げて道具扱いするのだけは違う。
俺が、俺がその気持ちの悪い仕組みを変えてやるよ。」
彼はアリーシアが包まれている繭が天井と床とに付けられている、
その支えとなっている部分に手を触れた。
「コレを、この部分を引きちぎれば、まず彼女は持ち運べる。
とても重いかも知れないけれど、まずは引きちぎり、隠し、
そして誰にも見られない状態でゆっくりと彼女を取り出そう。」
そうしてクリミネルは繭の上部分のひも状になっている所を引っ張った。
しかしそれはゴム状に伸びて弾力があり、中々引きちぎれなかった。
「くそぅ、これが引きちぎれなかったら助けられないじゃないか。
何か、使えそうな道具は無いか・・・。」
そして彼は建物中を家捜しして回った。
すると、建物周囲の木を切るためであろう斧が見つかった。
彼は斧を大きく振りかぶり、繭の上側に振った。
『─ブチィッ!!!!』
斧は見事に繭の上部分を斬り、繭がドンッと床に落ちた。
「よし、それじゃあ次は床との接続部分だな。」
彼は同じように斧を振りかぶり、しかし今度は繭が床にある為、
それを振り下ろした。
『─ブチッ!』
今度は片側しか繋がっていなかった為、切れた時の衝撃は小さかった。
こうして無事、繭を上下で固定されている状態から切り離す事が出来た。
「さて、後は中のアリーシアを取り出すだけだけど・・・。」
ここまで来て、今度はアリーシアを包み込む繭の繊維を剥がす事が
思いのほか難しそうである事に気付いた。
そして上下を切り離せば一旦どこかに隠すという案について、
先程上下両側の繭接続部分を切った際に感じた、繭と本人の重み、
これにより移動は困難であると理解したのだった。
「何とかしてアリーシアを救い出さないと。」
クリミネルは必死の思いで繭の繊維を手で引きちぎり始めた。
それは一本一本、とても煩雑で終わりの無い作業のようだった。
しかし、コレしか道が無いとなれば彼はがむしゃらに、
彼女を覆う繭の繊維の一本一本を引きちぎって行った。
僅かずつではあるが、アリーシアの姿が現れ始めた。
しかしそこで彼は手を止めないが、違和感に気付き始めた。
アリーシアの姿がどうにも、グロテスクなのだ。
アリーシアの失踪から一年ほど、しかし成熟には三年が必要だ。
おそらく彼女はまだ繭の中で一度溶けてドロドロになり再結成する、
その中途半端な時期だったのでは無いか。
クリミネルは自身の行いについて、何かとんでもない罪深い事をしている
そんな自覚が湧き始めた。しかし、彼女を覆う繊維を剥がす行為を
今更止める事は出来なかった。
おそらく、上下の固定をしていたひも状の部分は栄養補給の役割をしていた
のかも知れないと今になり思い至った。
と言う事は、そこから引きはがされてしまった彼女はもう死を待つだけの
憐れな存在になってしまっている、と感じられたのだ。
「早くしないと、もしアイツが帰って来たら・・・・
アリーシアも俺も終わりだ。早く、早く、早く早く早く早く
早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く
早く早く早く早く早く早く。」
もはや呪文のように呟きながら、クリミネルはひらすらに繊維を剥いた。
そうして何時間経ったか、アリーシアのほぼ全ての繊維を剥き切った。
しかしそこに現れたのは、所々が赤黒く変色し、腹は凹み、
明らかに生成の途中で掘り起こされてしまった不完全なモノだった。
しかし更に残酷な事にアリーシアには息があった。
彼女は中途半端に剥かれてしまった事で、急に心臓の鼓動が早まった、
そして遂には、目を覚ましてしまったのだ。
「あ・・・・わ・・・・」
彼女は言葉を話せなかった。赤ん坊同様だという事だ。
更に運悪く、建物の主が帰って来た。
クリミネルは心臓がギュッと縮まったが、生き残る為、
アリーシアの手を引き走り出した。
彼女は脳こそまっさらな状態ではあるが、運動能力については
最低限のものは発達していた。
走る、という高度な運動が出来るかは賭けだったが、
とにかく生き残るために彼はアリーシアの手を取り走った。
丁度先ほど、斧を探している時に建物内部をウロウロしていた時、
裏口にも扉がある事を知り、そこの鍵を開けておいた。
もう後はどうなるかなんてわからない。
とにかく彼は走った。
そうして運よく裏口の扉に辿り着き、そこから二人で外へ出た。
更に扉を出たすぐの足元に猪用の罠を置いた。
おそらく自分達を追って来るであろう建物の男が足を噛まれれば、
そこからは動けなくなる。
クリミネルはついに社会には戻れなくなる程の大罪を重ねながら、
アリーシアと共に森の中へと逃げて行ったのだった。
第三章:アリーシアとの暮らし
生死を賭けた窮地を脱したクリミネルだったが、
森の中で更なる窮地へと陥ってしまった。
自身が生まれ育った町からは反対側になる森の中。
ここを抜けてもおそらくは見知らぬ町だろう。
しかし、だからと言って森の中ではそう長くは暮らせない。
彼は目の前にいる話す事すら出来ないアリーシアを見て
始めて、自分のやった事のとんでも無さを認識し始めた。
もう、町にも学校にも戻れない。
アリーシアに購入予約をしていたとんでも無い大金持ちならば
国中に指名手配をかけるかも知れない。
まだ、アリーシアが普通の少女であれば二人で質素に
隠遁生活を送れるかも知れない。
しかし、今のアリーシアは赤ん坊のような何も知らない少女。
美しさもあるが、中途半端に引きずり出してしまったが故に
グロテスクな箇所も多数見受けられる、キズモノ。
クリミネルはいよいよ、自身の状況に体が震え始めた。
しかし、いくら体を震わせてもどうしようもないという思いもあった。
いや、自分が何とかしなければ、このままでは二人、
森の中でただ野垂れ死ぬだけなのだ。
それでは、命を賭けてまでアリーシアを救った理由がわからない。
救った?果たして、自分はアリーシアを救ったのだろうか?
しかし、今はそんな問いよりもまずは雨風凌ぐ屋根と食料、
生きるための最低限の環境が欲しかった。
それから、おそらく一日中山の中を歩いた。
もはや意識は朦朧とし、足はもつれて転び、脱水症状になっていた。
同じようにか、いやそれ以上にアリーシアももう限界だった。
二人はそのまま山のどこともわからぬ場所で、倒れ込んでしまった。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
クリミネルが目を覚ました時、暖炉の暖かい火が見えた。
「ん・・・う、アレ、ここは?」
そこにはヒゲを蓄えた立派な体格の男がいた。
「おや、気付いたかい。キミ、山向こうの子だろう。
ここらでは見ないからね。」
「えっと、・・・貴方は?」
「あぁ、私はオレイオス。この山で木こりをしている。
キミとそこの少女が倒れていたからね、最初は死んでいると思ったよ。
だけど微かに息があったから、助けたんだ。
彼女の方も命に別状はないみたいだから、良かったよ。」
「そうなんですね、ありがとうございます。
えっと・・・だけどごめんなさい、お金とか持ってなくて。
やっぱり、元気になったらここを出て行かないとですよね?」
「ふむ。起きてすぐにそう考えると言うのは、よほど何かあるね?
例えば自分がお尋ね者であるという自覚があるとか。
そもそもその女の子、少女繭だろう?
中途半端な状態で引き剝がして来たから、そんな状態なんだろう。」
「!?」
クリミネルは酷く動揺した。
まさか、森の中で暮らしている木こりにここまで正体がバレてしまうとは。
しかしそれ以上に驚いたのが、アリーシアの事を少女繭であると
何故この木こりはわかってしまったのだろうか。
「山の向こう側に少女繭の保管場がある事は知っている。
だってこちらの山の麓の町から買いに来る人もいるからね。
それに俺は山の神の元で働く存在だから、そうした自然の摂理は
色々と知っていないと森で暮らせないからね。」
「自然の、・・・摂理?」
「あぁ、とりあえずは山菜のスープを作ったから、
これを呑みながら聞きなさい。温まるし、落ち着くぞ。」
クリミネルはオレイオスの言葉に耳を傾けた。
「少女繭はね、元々は、神の器としての選ばれた存在だった。
生贄とはまた違う、自己を器として捧げる事で神と同化し、
それにより人々が神の神託や預言を聞けるようになる、
その為に地域毎に時々生まれる存在だった。
繭は限られた神聖な地域の森の奥に自然に出来ているものだった。
ただキミが侵入したあそこの繭場はそれを見つけた者により
繭工場のような形にされてしまったんだな。
元々は自然の中にただあったものだから、それを建物で囲ったんだ。
そうして世界の金持ち連中に珍しいモノとして高値で売りさばいた。」
「えぇ、その話は学校の友人から聞きました。
繭から成熟して出て来た少女の頭は赤ん坊と同じでまっさらだから、
その脳を取り出し、代わりに自らの脳を移植する、と。」
「そうだね、確かにそんな金持ち連中が後を絶たないようだ。
だけどキミ、本当にそれが上手く行くと思うかい?」
「え?」
「だって、それがもし本当なら少女なのに大富豪、みたいな人が
世界にはいくらかいるという事になるだろう。
だけどね、そんな事はあり得ないんだ。何故なら──」
「何故なら?」
「脳だけを取り出して移植するなんて、不可能だからさ。
少なくとも今の医療技術ではね。
それは金持ちから金を取りたいヤツが流した嘘さ。
本当の所は、金持ちの脳を取り出した段階で金持ちは死ぬ。
そして少女の脳を取り出した風に見せて、頭に傷を作る。
実際にはただ少女繭の脳みそのままなのさ。
そして言語が出て来ない事については『まだ移植したばかりで』
とか適当な嘘を並べて、だけど当然、その後に金持ちの意識が
そこから芽生えるなんて事はあり得ない。」
「・・・!!!!」
クリミネルはひどく驚いた。
金持ち達が少女繭を買い、その身体に脳を移植するというだけでも
相当に驚かされたのだが、実際にはそんな事は行われておらず、
ただ金持ちの脳が取り出されて金持ちは死に、少女繭だけが生きている。
このどうしようも無く残酷で救いのある物語に思考が止まった。
「あ、えと・・・何て言えば良いのか・・・・。
とんでも無い話ですね、理解が追い付かないや・・・。」
「まぁ無理も無い。一般にはあまり知られていない話だ。
ところでそこの少女はキミの恋人か何かだったのか?
これほどまでに不完全な状態で、それでも引き剥がして連れて来て
アテも無く山の中で死んだような状態になる無計画、
単なる若さだけじゃなく、理由が無ければおかしいよな。」
「えぇ、幼馴染なんです。
それで、ある時から恋仲になって、身体の関係も。
だけど15歳を機に失踪してしまって、それで友人から話を聞いて。
だけど、この先何のアテも無くて、俺達死ぬんですかね。」
「・・・・・。」
オレイオスは暫く黙った後、クリミネルにこう言った。
「私は山二つ向こうに故郷があるんだが、
両親がそろそろ高齢でね、せめて最後は一緒に過ごしたいと思っている。
そこでこの小屋はもう必要なくなるんだが・・・もし良ければ、
キミ達の生活に使うかい?お金があれば麓の町に出れば不自由は無い。
ここの麓は小さな町だし国からの指名手配みたいな情報は来るとしても
絶対に最後の方になるだろう。好きに使って貰って構わないよ。」
「・・・・!!
オレイオスさん、ありがとうございます!!!!!
俺達、しばらくはここで自給自足をしながら暮らして、
お金が出来れば町に降りて生活をして、その中で彼女にも
言葉を教えて、二人で慎ましく幸せに暮らします!!」
「うむ、もちろんそれは構わないんだが・・・幸せに、ね。
本来神の宿る器であった少女繭が今では量産されるようになり、
売り買いされている現状・・・・。
コレはね、どうも人間への罰のように感じるんだ。
だっておかしいだろ、こんなに少女繭が増えるなんて。
彼女の幸せももちろんだが『彼女が厄災にならない』よう、
気を付けてくれよ。こちらも助けた身としては、
キミに生きていて欲しいからね。」
「キミ『達』では無いんですか?」
「・・・私は、彼女の幸せまで願えるほどの立場じゃないよ。」
そう言ってオレイオスは山小屋を後にした。
クリミネルはひとまず雨風を凌げる宿を得て安心した。
食料は山の山菜等を採り、自らも畑を耕したりして自給自足を行い
アリーシアと二人で慎ましく暮らして行こう。
そうした中で彼女に言葉や知恵、知識を教えて行き、
きっと二人で暮らして行ける、そう思っていたのだった。
しかし、アリーシアとの暮らしは壮絶を極めた。
何せ赤ん坊と同じ情動故に言葉すら持たずに泣き喚く。
何が欲しいのかもわからず、しかし体は成熟している為、
抑え込む事が困難で厄介だった。
また、自らの起こした事に起因している為どうしようも無いが、
グロテスクな未成熟の卵の中のような薄い皮膚から見える内臓、
そうした自らの罪を一日に何度も目にする事で、彼の気は削がれた。
「俺、何してるんだろう・・・。
あの時俺がアリーシアを無理矢理引き剥がさなければ、
アリーシアはちゃんと成熟して美しい少女の姿で
多分世界でも有数の大金持ちに・・・そうだ、そうだよ、
今になって考えれば脳を壊されるワケでも無かったんだろ。
だったら俺がやった事って何なんだよ。ただアリーシアを
中途半端な状態で引き剥がしただけの大バカ野郎じゃん。
俺、何やってんだよ、くそぅ・・・・。」
彼は精神崩壊の寸前まで行ってしまったが、それでも気を保った。
それは彼が自暴自棄になれば二人が同時に終わるから。
せめて、アリーシアの命だけは繋がなければならない。
それがクリミネルの最後の生命線だった。
「ホラ、アリーシア、山菜のスープだぞ、
あまり熱くも無いから、飲んでみろ。
固形物は好き嫌いがあるかも知れないから、
スープなら最低限の水分と栄養分が取れるはずだ。」
しかし、何が気に食わないのかアリーシアは暴れて手を弾き
スープを零させてしまった。
クリミネルは一瞬イラッと怒りがこみ上げたが、グッと抑えた。
「ごめん・・・ごめんな、アリーシア・・・。
中途半端な状態でお前を引き剥がしてしまったから・・・。
お前は本当は知っていたんだよな、自分が少女繭だから、
俺と未来を約束しちゃダメなんだって事。
それなのに俺は一人で勝手に舞い上がって、お前を欲した。
そして今こうして、お前を守る事ですら十分でない、
惨めな暮らしだ・・・ごめん、本当にごめんな・・・・。」
そうして彼は疲れ果て、いつしか眠ってしまった。
しかし彼が二度と目覚める事は無かった。
あまりの壮絶な数日間。そして目の前の現実に、
彼の体や精神が、心が、その動きを止めてしまったのだ。
こうして山小屋には一人、アリーシアが残された。
第四章:アリーシアの成長
「隊長、この小屋に誰かいるようですよ。」
クリミネルの死後二日、小屋に声が響いた。
自ら水分を摂取する事は出来ても食料の確保が難しいアリーシアは
やせ細っていた。
「む、何だこの匂いは・・・人が、死んでいる?
ん、その隣にいるのは・・・少女繭の成り損ないか・・・、
コレだな、アリーシアと言う少女繭は。」
彼らはアリーシアを購入予定だった金持ちが国に要請を出した
捜索救助部隊の軍隊だった。
山向こうが怪しいとしてこの辺りを重点的に捜索していた。
「よし、作戦完了だ。確保するぞ。」
こうしてアリーシアを命を賭けて愛したクリミネルは
その亡骸を山小屋に残し、アリーシアだけが生き残った。
~一日後~
アリーシアを買い上げる予定だったのは国家だった。
しかし何故、彼女を特別視して他の少女繭の10倍近い値段で
買い上げようとしていたのか。
それは奇しくも、彼女が少女繭の禁忌を犯したからに他ならない。
少女繭は生まれた時、対応する繭が一週間鳴き続ける。
それを町へと伝える事もあの建物にいた男の役割だった。
最も、こうしたサインが無くとも彼女らは生まれ持って特別だ。
感情の起伏に乏しく、見た目には不思議な透明感がある。
計算等の勉強が出来ない代わりに自然に対する造詣や
人の感情に関する深読みがとても鋭い。
これらの特徴から少女繭の親はどことなく察する。
そして3歳時の国の血液検査で告げられる。
別室に連れられて、そこで少女繭の事実を告げられるのだ。
少女繭となれば学校へは行かずとも良い。
何故なら、15歳になれば全てが一度無になるし、
そこからの人生は一般の庶民とは違ったものになるからだ。
そして、ここで少女繭となる少女には決して犯してはならない事がある。
それが、繭に入る事になる15歳までの間、純潔を守る事。
もちろん体は一度繭の中でドロドロに溶けて再編成されるのだが、
その中に他人の血や精液を混ぜる事は禁忌とされて来た。
しかし今回、アリーシアはその禁忌を犯してしまったのだ。
通常であれば少女繭達は幼い時から一般の子供達とは交わらない。
今後彼女らに用意された運命は彼らとは異なるものである為、
あえて学校へは行かせず、家庭によっては外へも出さない。
しかしアリーシアはクリミネルと出会い、その中で交友を深めた。
そして遂には激しく互いを求め合い愛し合った。
その結果、彼女の中には命が宿っていた。
コレは少女繭という現象が起こってから初めての事だった。
アリーシアが少女繭に入った後、
定期的に少女繭の視察に来ている国の特使がそれを発見した。
国はこれを吉凶を決する一大事と捉え、その少女繭を手に入れようとした。
しかし今回、クリミネルの狂行により完全な成熟を待たずして少女繭は
破られてしまった。これもまた、少女繭発生以降初めての事だった。
これだけの大事が二度も続き、
国はアリーシアの確保とクリミネルの逮捕、若しくは殺害を計画した。
しかしクリミネルの方は自ら死に至った為、都合が良かったとも言える。
アリーシアが国家トップの前に対面させられた。
「コレは・・・。途中で引き剥がされたが故の傷が痛々しいが、
本来なら国宝級の美しさであったようなもの・・・。
死んでしまったものの、クリミネルという少年は本当に
大き過ぎる罪を犯してしまったようだ。
本来ならその家族の命を持って償わせる所だが、
今回の経緯の中での彼の絶望感とそしてある種の手柄、
こうしたものを勘案した上で家族については不問としよう。」
国家トップはアリーシアの近くに寄り、その顔を間近で見た。
グロテスクな箇所も含めた上で、本当に美しく儚い存在だった。
彼女は自らを守る術を何も持たないし、知らない。
言葉すら喋れず、しかし動物のように自ら餌を取れもしない。
完全に他者に依存しているものの、美しさだけがある。
人の哀れを詰め込んだようなこの存在に、その場にいる誰もが
彼女を持ち帰りたい衝動に駆られた。
しかし個人の手元に置くにはあまりに複雑な存在である。
何より無傷であれば趣味の悪い者がはく製にでもするかも知れないが、
アリーシアの剥がされた時に付いた傷や未完成のままの臓器や
肌の内側が透けて見えているのは本当にグロテスクだった。
国家トップは彼女を国の保護の元、『飼う』事を決断した。
研究の為にその血液や遺伝子を使えばそのストレスで死にかねない。
扱いは慎重に慎重を重ねて低調に扱われた。
教育も施しながら、彼女が他の少女繭と何が違うのか、
それを監視し続け、管理し続けた。
それから5年が経った。
もしアリーシアが普通の少女であれば成人を迎えている頃だった。
しかし彼女は15歳時の美貌のまま、この時を迎えていた。
彼女は言語を習得し、意思の疎通が出来るようになっていた。
痛々しい身体の各所は包帯等で隠し、生活にも慣れて来た。
彼女の記憶は繭の中でリセットされた為、教育され始めた
ここ5年のものしか無かった。
しかし言語の習得や思考の獲得は早く、
彼女は既に10歳程度の思考や言語を獲得していた。
彼女の教育係にはパイデイアーという中年女性が付いた。
彼女はパイデイアーに言った。
「私の身体中の何かが、とても大切な事があったように
記憶しているような気がするの。
だけどそれは体のアチコチに行ってしまっていて、
何だったのかが思い出せないわ。
パイデイアー、人は大切な何かを、いつか思い出せるのかしら?」
パイデイアーは少し答えに迷い、やがて彼女に答えた。
「アリーシア様、人は思いの生き物です。
思い続ければきっといつか、いや必ず、
その思いは形となり身に落ちて来ます。
ですから、大切なその何かを忘れずにずっと、
心に思い続けていれば思い出せます。」
彼女はそれを聞くと安心して眠ってしまった。
パイデイアーはその寝顔を見ながら思う。
(こうしていると、普通の少女のようです。
それでも彼女は少女繭。国からすれば研究の対象。
だけどこの5年間、彼女から得られたものは何も無い。
繭から成熟して成体になった彼女達は、もうとっくに
普通の人間なんじゃないかしら。もしそうだとしたらコレは
単なる人権侵害にしかならないわ。
少なくともどのような成長の過程を経ようとも、
人から生まれたものが人で無いはずが無いもの。
あと5年したら、自由にしてあげても良いと思うのだけどね。)
彼女のそんな思いとは裏腹に、国は少女繭に関する研究を続けた。
少女繭と言う現象は相当古くから認識されており、
それは都市では物語として語られ、町や村では現実の現象として
一部の人々の間で語られ続けていた。
しかし近年はどうにも少女繭の数が増え過ぎているのだ。
これは人口増加のペースを遥かに凌いでおり、特に国にとって
子供を産み育てる少女の実質的な損失には大きな痛みが伴う。
彼らはただ手をこまねいているだけでは無かったものの、
かと言って少女繭について抜本的な対策を打てずにいた。
ある神学者は、森の精霊達による人口調整機能だと語った。
またある医療従事者は集団ヒステリーに結び付く精神的事象、
ある政治学者は敵国による水面下でのテロだと論じた。
しかしそのどれもが確証に欠け、ただ謎を増すばかりだった。
そうしている間にもアリーシアは更に美しく成長し、
傷や怪我が隠されている事もあり彼女の美しさに
あらゆる男達が夢中になっていた。
包帯の下にはグロテスクな部位が見えている事を理解しているものの、
彼らはそれを外してしまいたい衝動にも駆られた。
ある時彼女はパイデイアーに語った。
「少女繭とは、あらゆる学者の誰もが言っている内容とは違う。
それは単なる現象なのです。
別に私達は神に作られたわけでも、人が介在しているワケでも無い。
ただそこにある現象なのです。
近年少女繭が増えている事について様々な論拠を示す方がおられますが
そのどれもが間違っています。
それはただ、増えているだけなのです。それは流れです。
決して、そこに理由を求めてはいけないのです。」
パイデイアーは、アリーシアがここに来てからの成長を思い、
涙が出そうになった。
彼女はここまで自分の言葉で思いを語れるまでに至った。
しかしその内容については、パイデイアーの理解が及ばぬ
意味不明なものであった。
「国の監視と管理の元で生きなければならないと言うのは
理解しております。
しかし、私達少女繭は本来そのようなものでは御座いません。
申し訳ありませんが、今夜ここを発たせて頂きます。」
そう言うと彼女は自室へと戻って行った。
パイデイアーは、完全に塀に囲まれた彼女の部屋から
出られるはずが無いと考えた。
しかし一応、念の為と言う事でこの事を周囲に伝えた。
そして、その夜の事であった。
第五章:少女達の国
アリーシアは部屋から窓を眺めていた。
ただの満月では無い、9月のハーベストムーン。
収穫を祝うその満月の中をいくつかの光が舞っていた。
そしてその光がアリーシアの部屋の窓に近付くと、
それは羽根の生えた少女達であった。
その見目は非常に麗しく、彼女達は少女繭だった。
彼女達は実体を持たぬ存在であり、
窓を超えてアリーシアの部屋の中へと入って来た。
「アリーシア様、ようやく私達の世界が出来ました。
今夜、あなた様をお連れに迎えにあがりました。」
アリーシアはただ、静かに頷いた。
すると彼女達はアリーシアの体をふぅっと浮き上げ、
そのまま窓の外へするりと抜けて行った。
そうして羽根の生えた少女達と共に、アリーシアは飛んだ。
いつの間にか彼女にも羽根が生えており、
それは周囲の少女達よりも大きく美しいものだった。
建物の外で見張りをしていた者がそれに気付いた。
彼は叫び人を呼ぶべきであったが、あまりの光景に言葉を失い、
ただその流麗で荘厳な様を見惚れているしか無かった。
それは夜空を彩る星空に等しく、およそ人が作る事の出来る
あらゆる美に勝っていた。
少女達は遠くの空へと飛んで行き、その行き先はついぞ判らなかった。
見張りの者の報告により翌日には混乱が生じたものの、
それは全くの後の祭りであり、人々はただ喪失感のみを得た。
一方でアリーシアは、羽根の生えた少女繭達に連れられて
人の手が入った事の無い深い森の奥へと至っていた。
やがて少女達がふわりと森の地面に足を着けた。
アリーシアもそれに倣い、ふわりと地面に降り立った。
するとそこに老婆に差し掛からんとする、
大人の女性がやって来た。
「アリーシア・・・ついにこの日が来たのね。
新たなる少女繭の女王、あなたはその器よ。」
アリーシアは言葉によるものでは無く、
その女性の意識へと繋がろうと意図した。
するとフッと目の前が白い空間になった。
そこにはこれまで生まれ、生き、犠牲になり、
またある者は生を全うし、そんなこれまでの数多の少女繭達の
魂とでも呼ぶべき者達が集まっていた。
彼女達は一様に皆幸せそうな表情を浮かべて踊り歌い、
願えば果物が現れて動物とも言葉を交わせる、
ただひたすらに幸せの国の住人であると感じられた。
アリーシアは、自身がこの中で次の女王になる事を理解していた。
それは言葉によるものでは無い、心で理解したのだった。
「皆、これまで本当に多くの生を生きて来て、
その中で様々な困難や苦難、無理解や差別、
あらゆる事に曝されて来たと思う。
それなのに自分の役割をシッカリと果たして今ここに居る。
本当に、本当にありがとう。」
アリーシアが簡単な言葉を述べると、周囲は拍手の渦が鳴った。
そこは地上のどの空間よりも暖かく愛に溢れたものだった。
アリーシアは全てを理解した。
あの少女繭は、少女達を人々から奪い、金持ちに横流ししたり
ただ青春を奪ったり人の欲望を増幅するものでは無い。
あれは少女達にとって真の救いの繭であり、
近年それが増えているのは救いを必要とする少女が増えているから。
彼女は人の世の儚さや醜さ、不条理の中にある一筋の光に目をやった。
そこに写ったのはかつて、自身を愛した男の姿であった。
「クリミネル・・・。」
アリーシアはこの時、忘れていた名を思い出した。
自身に全てを差し出した愛に生きた男の名を。
そして夢半ばでその命を失い、それが故に彼女は生き延びた。
「あぁ、なんて事・・・。
彼がいたからこそ私はここに在る事が出来る。
それなのに彼は、道半ばで愛を抱えたまま、一人で・・・。」
そこへ、先代の少女繭の女王が歩み寄って来た。
「アリーシア。人の中にも、必ず愛を持つ者が一定数います。
そして貴女がそれを本物の愛であると感じられるのなら、
黄泉の国へと向かい、彼の魂を救って差し上げなさい。
しかし、あそこは必ずしもここのように愛の溢れた場所ではありません。
絶望、失意、裏切り、別れ。
あらゆる黒い思いに苛まれながらもそれでも救い出す覚悟があるのなら、
行きなさい。私達は止めません。ただし、応援するものでもないわ。」
アリーシアは一瞬戸惑い、しかし覚悟を決めた表情を浮かべた。
口元をキュッと閉じ、静かに頷いた。
「もし、ここに戻って来れなくなってしまった場合、
貴女の魂は永遠の闇の中で救いの手から外れてしまい、
ただ終わりの無い絶望の中を生き続けるのみです。
それでも、彼の魂を救いたいと言うのですか。」
アリーシアはもう迷う事は無かった。
次は声に出し「ハイ。」と答えた。
「わかりました。その覚悟、本物であると認めます。
それでは、その前に清めの湖へと向かいなさい。
貴女の清らかな心と体を更に最澄の存在へと変えてくれます。
貴女は名実ともに最も済んだ者に成れるのです。」
先代女王に促されるまま、アリーシアは湖へと向かう。
そこは湖面が鏡のように美しく整えられ、水中には
あらゆる水棲生物達が不自由なく暮らしている場所だった。
彼女はそこで裸になり、沐浴をした。
水の温度は彼女にとって最も快適なものであり、
そこに永遠に留まりたいと思わせるものであった。
一通りの沐浴を済ませた後、彼女は新たな服装へ着替える事を勧められた。
「アリーシア。黄泉の国へと向かうのですから、
ここの服装は適しておりません。
この妖精の雫のペンダントを点け、魔除けの羽衣を着、
ハーブの香水を振りかけましょう。
皆、あなたの幸運を助けるものですよ。」
こうしてアリーシアは、少女繭の女王になったその翌日に
早速黄泉の国へと向かう準備をしてしまった。
彼女の門出に際して、ここに集まった少女繭達による
盛大な祝いの儀が開かれた。
彼女はまだクリミネルの魂の救出に成功してはいない。
しかしこれは少女繭の伝統に基づいたものである。
先に成功を祝う事により、これから行われる難題は
必ず成功するというのだ。
彼女は有り難く、その中心の蓮の上に座り込んだ。
周囲では美しい舞と歌で囲まれた。
とても心地が良く、ずっとここに居たいと思わせた。
気が付くと一瞬眠っていたが、また起きても宴は続き、
アリーシアは極上の幸せの微睡みの中で、
永遠に続くように思われた一夜を過ごした。
彼女の身体はいつしか黄金色の薄い膜に覆われた。
これは少女繭の加護というものであり、これに包まれている限り
あらゆる不幸を寄せ付けないというものであった。
彼女は多大なる祝福を受けて、この世界で一番幸せな存在になった。しかし、それを捨ててまで今から向かう場所はその対極とも言える
暗く陰鬱な場所なのだ。
アリーシアは一夜を超えて朝に目が覚めた時、
昨夜の夢のようなひと時が自らの生の内にあった事を励みとし、
これからどのような不運や不幸、不条理が起ころうとも
決してそれに不満を漏らさず、乗り越えると誓った。
そして彼女の黄泉への旅の為、湖の湖面に繭が浮かべれられた。
「アリーシア様。この繭にお入り頂き、繭の中で目を閉じて下さい。
そうすれば自然と繭は向かうべき場所へと向かい、
次に目を覚ました時にはその場所へと辿り着いております。
あなた様が目的を達成した時、繭はまた現れます。
その時、あなたは命からがら逃げ伸びて来るのか、
それとも愛する者と共に繭の中へと入るのか。
どうか、強く自らの幸運を疑わないで下さい。
魔は、心の1ミリの隙間を縫い入って来ます。
強い心で自らの幸運のみを確信している時、
魔は付け入る隙を失います。
どうか、この事をお忘れなきよう、旅に幸運を。」
先代の女王を始め、少女繭の少女達はアリーシアを
最大限の敬意と祈りを持って送り出した。
アリーシアは決意と共に彼女達への幸運の祈りを欠かさなかった。
自身へ向けられている思いに報いるように、
彼女もまた全ての少女繭達への加護を願い続けた。
自然とアリーシアの目には涙が浮かんで来た。
それは寂しさや後悔などでは無かった。
ただただ、ひたすらに圧倒的な感謝の念であった。
彼女はそれをぬぐいもせず、繭の中へと入り込んだ。
懐かしい感覚が彼女を包み込んだ。
繭の感触は不思議なもので、安心と共に勇気や力、
あらゆる肯定的な感情を生み出すものでもあった。
この国は、空間は世界は、あまりにアリーシアにとって
心地良すぎるものであった。
だからこそ、これから向かう黄泉の国の壮絶なる絶望に飲まれぬよう、
彼女は自らの意思を強く持ち、繭の中でソッと目を閉じた。
やがて意識は薄れ、繭はゆっくりと流れの中に飲み込まれた。
残された少女繭達はいつまでも彼女の幸運、成功、帰還を祈り続けた。
そうしてどれだけ経ったか、彼女は目を覚ました。
そこにはただ暗く陰鬱な空間が広がり一瞬でここが黄泉の国だと理解した。
彼女は繭を降り、黄泉の国へと足を踏み入れた。
その瞬間、彼女を暗く絶望的な衝動が襲った。
あれほどに念入りに彼女の心身を守るために祈られ、清められ、
少女繭の全てを捧げて行われた祝福の加護は、
一瞬にして全て壊されてしまった。
それほどに、この黄泉という世界は絶望の底に広がっていた。
第六章:黄泉の国
アリーシアが少女繭の全祝福を受けて守られていた、
その全てを黄泉の国は一瞬にして破壊してしまった。
やがて間もなくして、アリーシアの心の中に薄ら寒いものが芽生えた。
『帰りたい』『怖い』『死にたくない』
そうした執着は歩を進める毎に念を強めて行き、
遂には一歩も前に進めなくなってしまった。
(一体どうすれば良いの?
前には進みたくない、だけど後ろにも下がりたくない。
だからと言ってこの場所に留まるのも嫌だ。
もう、どの可能性も全て地獄への道のように思えてしまう。)
そこへ、一匹の蜘蛛がやって来た。
「何だ、黄泉の国に客とは珍しいな。
ここは好き好んで来るような場所じゃないのに、
おいお前、何でここに来たんだ。」
「私は・・・愛する者の魂を救うためにここに来ました。
だけどもう、帰りたい・・・いやでも、帰りたくない。
私のこの穢れをあの国に持ち帰るなんて事もしたくない。
自分が何をすれば良いのか、全くわからないの。」
「ふぅーん、俺はよく知らないけれども、
それって『愛』って言うヤツなのかね。
まぁでも、お前がそれを諦めている以上は
もう絶対に叶わねぇよなぁ。
全てを投げだしてここに順応すれば、
少しは暮らし易いかもだぜ。
望みなんて全て捨てて、絶望の中に生きろ。
何も期待なんてせずに、痛みと苦しみ、悲嘆、
あらゆるそうした感情が普通だと心得ろ。
そうすればこの国でも暮らせるさ。
最低だけど、それが俺の居場所なんだ。」
アリーシアはもはや、返事をする気力すら無かった。
ただ蜘蛛の言葉を右耳から左耳に流していた。
やがてだらしなく開いた彼女の口から涎が流れ落ちた。
それは酸のように地面を溶かし、湯気が立っていた。
「おぉ、お前随分とこの国にやられてるなぁ。
これほどまでに瘴気にやられるって事は、
よほど純粋だったんだな。
よし、お前を黄泉の国の女王に出来ないか、
国王に相談しに行ってやるよ。
まぁどうせ無理だと心得ろ。
だからと言って、女王になっても得られるものは何も無い。
俺達はただ絶望の中に生きるだけだ。
そこで屍人のように待っていろ、ゴミクズ。」
蜘蛛はそそくさと行ってしまった。
アリーシアはただひたすらに何も考える事が出来ず、
その場に立ち続けていた。
彼女の足元から立ち上がる瘴気が体にまとわり付く。
振り払う力も無くただ、されるがままに任せる。
すると更に彼女の空っぽになっていたやる気を削ぎ、
ついには起きている事も眠る事も同様に面倒になり、
彼女の意識は完全に『無』という檻の中に閉じ込められた。
そこへ、雲が国王を連れてやって来た。
「この娘か・・・む、この娘はもう既に息をしておらぬ。
いや、そもそも魂すら消えてしまっているのでは無いか。
あまりに早すぎる。普通ならあらゆる因果を解消し、
ようやく辿り着けるのが無の境地だ。
それにこの短時間で辿り着いてしまうとは、この娘、
一体どれほどまでに無垢な魂を持っていたと言うのだ。
完全なる透明は白にも黒にも、染めた時の純度が圧倒的だ。
出来る事なら黄泉の国を全て貰いたかったが、そもそも
このような国で望みを持つ事自体が無意味である。
これもまた黄泉の摂理と言うものか。」
国王は、この世界で最も位の高い者では無い。
彼自身もまた、この世界の摂理の中の一つの仕組みなのだ。
ただ、国王と言う名と役割を与えられているだけであり、
彼自身にも何の希望も望みも救いもあってはならない。
やがて国王はアリーシアの身体に触れ、こう言った。
「このままここにあっても邪魔なだけだ。
業火の沼に沈め、存在を消却しよう。
蜘蛛よ、この娘の身体を糸で包み込め。」
蜘蛛が吐き出した糸に包まれたアリーシアの身体は、
繭に包まれていた時のそれとは大きく違い、
固く守られていた繭の時とは違い、蜘蛛の糸は細く、
黄泉の国の瘴気の影響で彼女の肌からは自然に血が滲み、
細い蜘蛛の糸の間からはそれがチラチラと覗き、
彼女の亡骸のようになっていた。
同時に、彼女の呼吸は生存の為の最低限のものとなり、
あとはただ死を待つだけの人形のようであった。
業火の沼に連れられたアリーシアは、なおも無為だった。
もはや死んでいると同義のような姿のまま、ただ横たわり
しかしその内側の魂は痛みや恐怖と苦しみに憎しみ、
嫉妬や憎悪と言った感情に支配されていた。
(どうして、どうして私はあんな男のためにここに来たの?
もう彼は死人なのに。死人を今更生き返らせた所で、
それに何の意味があるの?
私は全てを間違った。あの少女繭の世界の中にいれば良かった。
あの少女繭の人達が妬ましい。どうして、私は女王だったのに
誰も助けてくれない。おまけに中途半端な加護だけ寄こして、
黄泉の国に入った途端に全て壊されてしまった。
あの国のバカども全員、私の代わりに業火に焼かれれば良いのに。
妬ましい、憎らしい、出来る事なら私の手で殺してやりたい。」
ただひたすらにアリーシアは黄泉の国の瘴気の中で、
全く違った人格に落ちぶれていた。しかしそれは仕方の無い事だった。
この世界・国では誰であろうがそうなる定めであった。
むしろ、希望や感謝といった感情を持っていれば異質と見なされ
すぐに瘴気が纏わりついて来てあっと言う間に感情を剥がれる。
こんな国の中で、良い気を保てる者など皆無であった。
ただ一つの特異点を除けば。
それは、唯一許されるこの国の反力。
光と闇があるように、この国の圧倒的な絶望・怒り・恐怖、
そうしたものの反力としての希望・喜び・感謝。
これらが集約され唯一存在している地点があった。
それがこの業火を見届ける高い位置にある、審判人であった。
審判人はこのあらゆる負の感情の吹き溜まりのような場所の中で、
あらゆる存在が最後に無に帰す際、その審判を行う人物である。
より多くの者を無に堕とす事で彼の喜びや希望は増す。
こうして審判人が置かれてからの幾年もの間、
決して業火の中に投げ入れると言う審判は覆る事は無かった。
そして今回、アリーシアが審判の時に曝された。
国王が言った。
「審判人よ、今日はこの娘を業火に投げ入れたい。
どうか、審判を下してくれ。」
審判人は高い位置からヌッと顔を出した。
どうせいつも事、それにより自身は喜びや希望を得られる。
本来なら一瞥すらする必要も無く、ただ『許可』を言えば
それで事足りる事であった。
むしろ、審判人はここ暫くそうして来たのだった。
しかし今回に限り、審判人は気まぐれに顔を覗かせた。
そして、審判の対象となるアリーシアを見てしまった。
その瞬間、審判人の表情に焦りが見られた。
「・・・・・アリーシア!!!!!!!」
審判人は、クリミネルだった。
彼は死の間際までアリーシアを愛していた。
しかしその死はあまりに脆く必然で、哀れなものだった。
彼が黄泉の国に来た頃、審判人が数十万と言う任期を終え、
次の審判人を求めている時期であった。
ちょうどそこへ、深い愛を携えたままのクリミネルがやって来た。
これは丁度良かったと審判人はクリミネルを新たな役職へと就け、
彼自身はどこかへと消えて行ってしまった。
不意に与えられてものではあったものの、クリミネルはこの陰鬱とした
絶望が支配する黄泉の国の世界の中で唯一、希望を持つ存在だった。
『きっといつかアリーシアにまた会える』
そんな不可能に思える彼の無謀な希望が、
願い続けた事により今まさに現実となっていた。
彼は叫んだ。
「アリーシア!!!!」
しかしその声はアリーシアの耳には届かなかった。
彼女はもうほぼ全ての生命活動を終えていた。
あとはただ、業火に投げ入れられる事のみを待つ運命。
その上で、もう今更後戻り出来るほどの力は残されていない。
一刻も早く業火に投げ入れなければ、業火の外で死ぬだけだった。
「アリー・・・シア。」
クリミネルの希望が、黄泉の国の絶望に呑まれて行く。
唯一の特異点ではある審判人だったが、その全てが叶うワケでは無い。
あくまでこの国の基準として希望や愛を持っているだけであり、
その力の総量は少女繭のような世界には遠く及ばない。
クリミネルの内側で絶望の色がその濃度を高めた。
国王が言った。
「審判人よ、もしこの国の瘴気がその身体を侵すなら、
私が審判人の代わりを務めよう。」
それは企みなどでは無く、単なる役割の受け入れでしか無かった。
もし審判人がその役割を放棄するような事があれば、
誰かがその代わりを行うしかない。国王はただ、それに名乗りを挙げ、
仕組みを継続しようとしているに過ぎなかった。
クリミネルの中で希望と絶望が入り混じり、抵抗を見せる。
「アリーシア・・・絶対に救わなきゃ。だけど、どうやって?
彼女の身体は既に、業火に投げ入れられる運命に向かっている。
今更、また息を吹き返して一緒にここから出る事なんて、
どうすれば叶えられるのか、何も思いつかない。」
それでも彼は希望を抱き続け、未来を忘れないよう努めた。
ここで絶望に呑まれてしまえば、全てが終わる。
今ここで、自分が希望を捨てない事だけが、二人の未来を創るための
ただ一つのピースなのだと強く確信していた。
クリミネルは何度も挫けそうになる自分の心を自らから分離させ、
それらを業火の中に投げ捨てて行った。
それを続ける程に黄泉の瘴気が空いたスペースに入り込んで来ようとする。
その度に彼はその空いたスペースに膨らませた希望を詰めて行った。
こうする事で彼の心の中は徐々に希望の念だけが支配するようになった。
やがて絶望が1ミリも入る隙が無くなった時、彼は宣言した。
「俺は、アリーシアと共に彼女が望む世界へと行く!
目を覚ませ、アリーシア!お前の絶望は全て、
俺が希望の色に塗り替えてやる!!
また共に真実の愛を築き、今度こそ二人の理想郷を築くのだ。
アリーシアよ、俺への愛を叫んでおくれ!!」
クリミネルの心からの叫びであったが、アリーシアは依然として
1ミリも動く事は無かった。
彼女の心には希望の言葉を聞くための隙間が無く、それは例えると
耳の穴が無いどころか、そもそも耳が無いのと同じ意味だった。
しかし、彼女の心の内側には確かに声が聞こえていた。
アリーシアの心は歓喜した。しかし、身体がもう起きない。
彼女は自らの身体を飛び出し、クリミネルの元へと向かった。
そうして自らの身体から抜け出したその姿は、まるで、
まるで繭の中から飛び出した蝶のようであった。
『アリーシア!!!!!!!!!!』
クリミネルは心で応えた。
もはや二人の間には物理的なやり取りなど必要無いと、
彼自身も気が付いたのだった。
クリミネルの肉体が無感情に言った。
「その者の身体を業火で焼く事を許可する。」
そう言われ、国王と蜘蛛はアリーシアの身体を業火の中に投げ入れた。
次の瞬間、クリミネルの身体も自ら乗り出し、業火に焼かれて行った。
この瞬間、次の審判人は国王が取って代わる事となった。
そんな自分達の身体を見て、二人の心が笑った。
「何だ、結局身体なんて、その程度のものだったのか。
アリーシア、キミのおかげで気付く事が出来たよ。」
「クリミネル・・・あなた、最後まで私の事を願い続けて、
信じてくれて・・・ありがとう!!」
二人の心・魂は繋がり合い、溶け合いやがては一つになった。
もはやそこに『個』の概念は無く、またこの黄泉と言う国のルールさえ
彼らには何の意味も成さなかった。
『俺達は永遠の宇宙の中でそれぞれの繭の中で育ち、
それが全てだと思い込む。
だけど本当はいつだって繭の中を出て本当の自分を生きられる。
それを信じる事が出来ないままでいると、あの業火に焼かれて・・・。』
『クリミネル。あなたが居たから私は気付けたよ。
どんな絶望も意味を成さない、絶対的な感情。
愛という宇宙が与えた全ての根源の力は、こんなにも美しい。
少女繭が増え始めたのは、この事に気付かせようとしていた。
それでも気付く事が出来ない人達はきっと業火の中に入れられる。
私達はもう自由だよ。クリミネル、行こう。
私の故郷じゃないよ、二人だけの世界を作り出し、そこで暮らそう。
永遠に、幸せの中に。』
溶け合った二つの魂は、もはやこの黄泉の中にあったとは
言えないのかも知れない。
それは輝きを放ちながら空中を飛び回り、黄泉中を照らした。
薄暗いこの国は照らされた事により希望を思い出す者もいた。
そうしてひとしきり飛び回ると、二人が溶け合った魂はそのまま
上空高く飛び上がった後、フッと消えてしまった。
後には鱗粉のような金銀の粉が舞っていた。
それらに触れた者達は大切な何かを思い出し、
過去の自分の過ちや大切にしていた事、愛する者などを思い出し、
ワンワンと泣き始めた。しかしそれは黄泉の国でよくある、
単なる後悔では無かった。愛ゆえに愛したいと言う、
希望から湧きおこる感情であった。
この日を境にして、黄泉の国に陽の光が漏れだした。
そしてそれは人々に選択を迫った。
『希望か、絶望か。いずれの道を選ぶのか。』
こうして黄泉の国の仕組みさえ変えてしまった二人の魂は、
宇宙の座標軸のまだ何も無い空間へと辿り着き、
そこで二人だけの世界を作り始めるのだった。
第七章:二人の世界
何も無い宇宙空間の中で、溶け合った二人の魂は一つになり、
どんな世界を作り出すのかを相談していた。
「愛と平和に満ちた世界が良いわ。
そりゃちょっとは、嫉妬とか力があっても構わないけれど。」
「ただ平坦なだけで何の起伏も無ければ面白くないよね。
最悪な事態は避けながらも、茶番の争いくらいはあっても良いか。」
「緑が多くて、心を落ち着けたいわ。
あぁだけど、緑ばかりでは飽きてしまうかしら。
赤や青、様々な彩も加えましょう。
良い香りが欲しいけれど、悪い香りが無ければわからないわね。」
「結局、色々と詰め込んでいくと俺達の世界と同じようになるか。
だけど、コンセプトだけは決めておこうぜ。
コレだけは外せない、絶対に通すべき筋道は、何が良いと思う。」
「それはもちろん、『愛』でしょ。
それだけが根底にあれば、たとえどれだけ悲劇的だとしても
必ず最後に救いがあるもの。」
こうして婦たちが生み出した世界の中では、
人が生まれる仕組みを問われ始めた。
「人は幼い時、様々な事を学ぶけれど。
そうしたものを全て記憶するのでは無く、
一度全てを同質に変えてしまった後で再度、
生まれ変わっても良いのかも知れない。
まさに僕達の魂が溶け合ったように。」
「そうね、だけどアラ、そうだとすると・・・・。
それって結局『少女繭』と同じ仕組みになるわよ。」
「なるほど、それじゃあ全ての存在に対して繭を与え、
そうすれば元いた世界とは違う仕組みに・・・
あぁ、でもダメだ。そんなんじゃあ、社会が成り立たないや。」
「いくらかの選ばれた存在だけをその役割に担わせせてみたら?
そして彼女達が世界の方向性を正しく導く。
もちろんそれは明示的にでは無く、人々の無意識下でね。」
「そうだね、やっぱり少女繭の仕組みは変えずに取り入れよう。
人々が荒廃し心が荒れ果て、黄泉の国のようになった時、
もう一度愛を思い出せる仕組みとしての少女繭。
その意味に人々が気付くまでに時間がかかるかも知れない。
だけど、きっといつか必ず人は気付く。
何故なら・・・・」
「『愛』がその根底にあるからだね。」
こうして、二人の世界は作られた。
そしてこの世界が成り立ち、時を進めて行き幾星霜の時が経った。
~~~
そこには、クリミネル達が元居た世界とほぼ変わらない世界があった。
しかしその成り立ちは元居た世界と若干違い、人の心に闇が芽生えた。
これは、二人が善い行いにばかり目を向けて作ってしまったがゆえに
闇に対する造詣が足りておらず、その事が逆に仇となり、混乱を起こした。
各地で少女繭の乱獲が起こり、それらをすり潰して薬にしたり、
面白可笑しく他の生き物の皮や皮膚を取り付けて化け物扱いしたりと、
とても人の所業とは思えないような事をする者達が現れた。
しかし一方で人間の歴史は残酷なものに塗れており、
ある意味で言えば『人間らしい』と評する事も出来た。
美しく最も価値ある状態の無垢な『少女』が繭に囲われている、
人々は少女繭に対して意識を向けざるを得なかった。
最初の頃は冷ややかな目で見ていた理性的な人々も、
世の流行が少女繭を使ったインテリアや食料となると、
徐々に外圧に圧されてそれらを受け入れざるを得なくなった。
そうして世界の大半が闇に呑まれ、少女繭は乱獲もされるが、
意図的に養殖もされるようになった。
人々の好奇に対する意識とは恐ろしいもので、
遺伝子工学、クローン技術、あらゆる医学。
様々な分野は少女繭の量産に対して異様な執着を見せた。
そうして生み出された技術により、少女繭の少女達は
人間では無い、という言質が国家より触れ出された。
もちろんコレは倫理的な法治国家においては重大な欠陥だが、
そもそも人権意識の欠けた部分について意識が向かなければ、
その段階の人類においては問題とすら捉えられなかった。
こうして二人が作り上げた世界は徐々におかしな方向へと進み始めた。
やがて、少女繭はこの世界では最もポピュラーな食料となり、
また遊び物であったり、素材ですらあった。
量産の裏側で、多くの意識を持ったまま屠殺される少女繭が生まれた。
血なまぐさい歴史のページが増える度に、この世界の共同創造者、
アリーシアは吐き気を覚えた。
そしていよいよ人々が少女繭を巡って世界を丸ごと壊してしまうような
恐ろしい軍事兵器を生み出した時点で、彼女はこの世界を閉じてしまった。
それはまるで恐ろしい夢をみているようで、しかし彼女達が作った
一つの世界という箱庭の中では確かな現実として進行していたのだった。
「もう無理よ・・・あんな世界。
どうして、『愛』を軸にして作った世界であんな事が行われるの・・・」
これにはクリミネルも言葉が無かった。
自分達二人で理想郷を作ったつもりだった。
しかし時を重ねてみればそれは人間と言う恐ろしい化け物達によって
蹂躙されて命とすら認識されなくなってしまっていた。
どこまでも底の無い悪意、いや悪意とすら呼べるか怪しい。
人間の底なしのそれは『知恵』と呼ばれるものだったかも知れない。
そこで、アリーシアが提案した。
「もう、知恵や知識なんていらない・・・。
私がいつだか聞いた話で、人間は知恵の木の実を食べたとあった。
それから、人間の罪が始まったと。
そうであるならば、もう知恵や知識なんていらない。
最初から全て、正しかったんだよ、少女繭は。」
彼女は、無知でともすれば白痴とも取れるほどに愚かな
無垢な少女の存在を求めた。
そしてそこに自身の魂の故郷を描いた。
『少女繭のみの世界』である。
少女達は自然に繭の中に発生する。
それは人口が一定に保たれるように調整された上で、
あくまで超自然的な存在として生み出されていた。
人間のいないこの世界、少女繭は上手く機能していた。
彼女達はお互いを美しいとすら思わなかった。
皆が一様に美しく、しかしあまり賢くは無かった。
それは文明を築く必要すら無かったからだ。
彼女達は言葉を用い、服を着て過ごしていたが、
それを大きな枠で捉えるとまるで虫のような暮らしだった。
しかしそこに大きな争いは無く、ただ平和だった。
他者を認めると言う愛にも溢れていた。
「完璧、・・・だよね?」
アリーシアがクリミネルに尋ねた。
「コレが、アリーシアの作りたかった世界なんだね。
確かに平和だ。でも・・・。」
アリーシアは不思議に思った。
これほどまでに完璧な世界の何が一体、
『でも』と言わせてしまうのか。
「でも、もしこんな世界なら、アリーシアを愛する俺という存在は
きっと現れない。キミは本当にそれで良いのか?
人間は確かに争いを起こし、世界を壊してしまい兼ねない。
だけど、欲望を持った者がいなければただ平和なだけで
そこに『愛』がある事を確かめる事は出来ない気がするんだ。」
クリミネルは自身の言葉に上手く本質を載せられなかったが、
つまりは愛を確かめる為にはその反力も必要だと言いたかった。
結局二人の世界作りは振り出しに戻り、
『全てを組み入れる』という条件の下で合意が付いた。
コレはつまり、愛があれば裏切りや無関心があり、
喜びがあれば悲しみもある、あらゆる物事を確かなものとする為、
その反意の概念や物質が存在すると言う、つまりは彼らが元いた世界、
その焼き直しだった。そしてここにもやはり、根底には『愛』を込めた。
その経過を見守ると、およそ彼らが習って来た歴史や成り立ち、
それをただなぞるだけだった。
そしてアリーシアが気付いた。
「そっか。結局は私達が元居た世界も、根底には愛があったんだね。
だって貴方は私を愛してくれた。
これだけ色々な事を試してやっとわかったわ。
貴方は貴方の自由意思に基づいて私を愛してくれた。
これがどれほど尊くて愛しいものなのか。
ねぇ、クリミネル。私、もう一度二人で子供の頃に戻って、
もう一つの可能性を追体験してみたいの。
あの頃の私達の世界を再現して作って、その中で暮らさない?」
それは、もう世界想像を二人で行う事を止めて、
世界の中に二人で入り込んでそこで生きると言う事だった。
しかしこれをすればもう二人は有限の命となり、今のように
ずっと一緒に世界想像をして遊ぶ、というような事は出来ない。
「アリーシア、俺は構わないけど・・・命を得てしまえばそれは有限だ。
今度こそ、一生を終わってしまえば永遠に離れてしまう。
それで良いのか?」
「永遠に離れる事は無いわ。
だけど、確かに二人の思いが違えばそうなるかもね。
私は、信じるわ。貴方と、そして自分の愛を。
ねぇ、あの時もし私が少女繭に入らなかったらどうなったか、
気にならない?」
「それは・・・そんな事をしてしまって、それはつまり・・・
神の意思に背く行為じゃないのか。
そんな事をしてしまえば、本当にキミは・・・・。」
「ねぇ、クリミネル。思い出して。
この世界の根本原理、筋道は何で出来てるのかしら。」
「愛・・・・。
そうか、わかったよ、それじゃああの時の僕達の世界を
もう一度再現し、その世界の中で命を得よう。
キミとの出会いから、あの少女繭に入ってしまう所まで、
今度はもうキミを離さないよう、二人の物語をもう一度、
始めてみようか。」
こうして二人はあの日二人が過ごした世界を作り始めた。
自分達の記憶の中にある風景や人物を元に、時には宇宙に問いながら
彼らは注意深く丁寧に自分達の幼い頃の世界を再現し始めた。
そしてついに、それは完成した。
「出来た・・・・。
これで、やっとアリーシア、キミともう一度やり直せる。」
「少し怖いけれど、きっと大丈夫よね。
だってこの世界の根本には『愛』があるのだもの。」
「それじゃあ行こうか、アリーシア。
もう一度、今度はキミを離さない、そんな愛を叶えるんだ。」
そして二人の魂はこの世界の中へと入って行った。
そしてそれはもう二度とこの創造の宇宙には戻らない事を意味していた。
第八章:愛が二人を分かつまで
二人はそれぞれに、二人が出会った最初の頃の景色にいた。
「アリーシア・・・。」
「クリミネル・・・。」
まだ幼い4,5歳の二人は、共に出会いの頃に戻れた事に喜んだ。
「ねぇ、クリミネル。もう私、少女繭に入る事を前提にして、
学校へ行かなかったりしないの。
あなたとずっと居る為に学校へも行くし、仕事もするわ。
そしてあの少女繭を・・・燃やしましょう。」
それはとんでもない計画だった。
一つには、他の少女繭達をもう繭の中に入れない為、
そしてもう一つは、自身も繭の中に入る事を出来なくする為だった。
「アリーシア、とんでも無い事だけど、本当にやるんだね。
だけどどうやるんだい。あの建物には管理人がいて、
鍵もかかってるんだよ。」
「クリミネル。あなたは知っているはずでしょう。
管理人は定期的に外出するわ。それに、鍵は隠しているでしょう。」
「そうだった、忘れていたよ。
よし、アリーシア、行こうか。」
二人は少女繭のある建物へと向かった。
しかし道中でそれぞれの心の中に暗雲が立ち込めた。
建物の中には今、育っている少女繭がある。
建物を燃やすという事は、彼女達を・・・・。
しかしだからと言って、アリーシアをそうしたように
一人一人を引き剥がしていたら時間が足りない。
この計画を中止するか、それとも決行するか。
判断は今しか無かった。
「・・・わかってる。俺達はとても大きい罪を背負う。
だけど、それは二人の愛の為なんだ。
そして、これからこの馬鹿げた仕組みを無くすための
誰も出来ない事を二人で成し遂げるんだ。」
クリミネルの言葉にはまだ少し恐れがあった。
それでも、アリーシアがそれを信じて付いて行く事で
二人の間に共犯者としての絆が芽生えた。
今後二人は同じ罪を背負い、生きていく。
その覚悟の上で、犠牲を厭わないという恐ろしいまでの覚悟。
「人間は、・・・・残酷だからね。」
それは少女繭から生まれたばかりの無垢なアリーシアであれば
考えられないくらいの発言だった。
しかし彼女はそれを躊躇なく言った。
アリーシアは人間でありたかった。
少女繭という非人間の存在である事を否定したかったのだ。
自分はクリミネルと同じ存在、人間であるのだと証明したかった。
あんなに優しく心地良かった、少女繭だけの世界。
あそこにいた全ての少女達に背く行為でもある。
それでもアリーシアは、これを決行する事に迷いは無かった。
全ては、二人がずっと一緒にいるためだった。
「着いたよ。
さぁ、建物に火を・・・放つよ?」
「ちょっと待って、クリミネル。
その前に・・・今中にいる少女繭達を見ておきたいの。」
「そんな事をしたら、決意が揺らがないかい?」
「大丈夫よ。ただ・・・覚えておきたいの。
私が殺す事になる少女繭達の顔を。」
「だったら、俺も行くよ。」
二人は隠してあった鍵を使い、扉を開けた。
そして奥にいる少女繭達を見た。
「ごめんね、皆・・・。
だけどいつか必ず、どこかで誰かがやらなければ、
ずっと繋がってしまう事だから・・・。
あなた達の犠牲が、次の犠牲の連鎖を断ち切るの。
ごめんね、ごめんね、ごめん・・・・ね・・・。」
その場に泣き崩れてしまうアリーシア。
その肩を抱き、クリミネルが言った。
「アリーシア・・・。辛いのは本当によくわかるよ。
何なら止めたって良い。責めないよ。
なぁ、アリーシア。キミの気持ちを優先しよう。
止めるのなら、今ここで。決めよう。
まだ、引き返せる。」
「大丈夫よ、やめないわ。だけど、ありがとう。
この子達の魂だってきっと、わかってくれる・・・
なんて、少し自分勝手過ぎるかな。
だけど、やらなきゃ。いつか誰かがどこかで、じゃない。
今ここで私が、やらなきゃ。」
そうして、アリーシアが建物に火を点けようとした。
「待って。俺も一緒にやる。二人で共犯で罪を犯そう。」
そして二人は建物に火を点けた。
少女繭は繭に包まれたまま、悲鳴をあげるでも無く、
ただその命を散らした。彼女達が自らの死について、
何を思うかはもうわからない。
帰り道、アリーシアが大粒の涙を流しながら嗚咽を漏らしていた。
「ごめん、本当にごめん、皆・・・!!!!!!」
クリミネルはただ、その姿を見守りながら走った。
翌日、国の役人達が町にやって来た。
しかし町の人達にはそれぞれにアリバイがあり、
結果として自然発火、という形で事件は処理された。
それから、町から消える少女がいなくなった。
そしてアリーシアは2、3年後、クリミネルと共に
学校へ通い始めた。
元々賢かった彼女は才能でメキメキと伸びて行き、
学校で一番賢い生徒として持て囃された。
見た目の美しさも子供ながらに期待させるものであり、
多くの男子生徒に限らず大人達までもが魅了された。
一方のクリミネルもアリーシアの優秀さに触発され、
元々優秀な生徒ではあったものの、更に磨きがかかった。
二人は学校では才色兼備のカップルとして認められ、
多くの生徒達から憧れの的となった。
しかしそこで、ある噂が流れた。
『少女繭工場を燃やしたのは、クリミネル達では無いか』
と言うものだった。
この時には少女繭工場の被災が町の住民に知れ渡っており、
そうした建物が森の中に存在した事が羞恥の事実となっていた。
この噂の出所は、あの時少女繭工場を一緒に見に行った少年、
ウィトネスだった。
「俺、オヤジの狩りに付いて行ってさ、森の中で見たんだ。
クリミネルとアリーシアが建物に近付いて、中に入って、
出て来たと思ったら二人で火を点けていたんだ。
後からオヤジに言ったんだけど、そんなワケが無いだろって言われて。」
もちろん、ウィトネスの嘘と言う可能性も含めて
コレを信じる者は一定数に留まった。
既に国の側は自然発火と結論付けている以上、
それ以上の真実の追求は無意味でもあった。
しかしある時、クリミネルの家にある人物が尋ねて来た。
それは、少女繭を購入予定であった金持ち達であった。
「お前、あの建物を燃やしたのか?
正直に言え、嘘は通じんぞ。」
クリミネルは一瞬ギョッとしたが、証拠も無いのだろうと
シラを切り、知らないの一点張りをした。
しかし、次の言葉が彼の心臓をギュと縮め、いや、止めてしまった。
「あの共犯の少女、アレは元々少女繭だったろう。
今、別のヤツらがアチラへも行っているんだ。
嘘を言えばアイツを、殺す。
さぁ、本当の事を言え。」
クリミネルは目の前が真っ暗になり、何も考えられなくなった。
アリーシアが、ようやく運命から逃れたかと思ったら、
まさかこんな所で!?嘘だろ、ただそれだけが浮かんだ。
次に何をすれば良いかわからず、返事が出来ないでいると
「やはり、怪しいな。言葉に詰まると言う事は何かを知っている、
そうだろう?隠せばあの少女は・・・どれだけ無残な殺され方をするか。
お前の返答一つなんだぞ?ホラ、早く本当の事を言え。」
「・・・・・・。」
クリミネルは生きた心地がしなかった。
自分が死ぬのなら、まだ良い。
だが、アリーシアを殺されるのだけはどうしても止めたかった。
ここは、もし自分達が燃やしていなかったとしても、
嘘でも彼はそう言ってしまったかも知れない。
それくらいに、ただアリーシアの命を守りたかった。
「俺達・・・いや、俺がやりました。一人でやったんだ。
アリーシアは・・・あの子は関係ない。
ただ、俺と一緒に居ただけなんだ。」
─ボッゴォーーーン!!!!!!!─
突然、クリミネルの脳が揺れた。
何が起こったか、一瞬わからなかった。
どうやら、金持ちに殴られたらしい。
後からジワジワと痛みがあがって来た。
涙が出た。とても痛かったのだ。
「うぅ・・・ごめんなさい、ごめんなさい・・・。」
「あ”ぁ!?泣いて済むワケねぇだろこのガキが!!
お前は殺す!!あと、あのガキも殺す!!!!
当たり前だ!!いくらの金を用意したと思ってるんだ!!
せっかく新しい身体に脳を移植しようとしていたのに、
お前のせいで全部がパァだ!!
俺だけじゃない、少女繭を購入予約していた全ての金持ち、
ソイツらからお前は吊るされた上で殴られ蹴られ、
挙句にはナイフで1ミリずつ皮を剥がされるんだ!!
死よりも酷い苦しみの中、絶望と共に死んで行け!!」
クリミネルは震えあがり、失禁してしまった。
そして、アリーシアにも同じ事が起こっているのかと思うと、
彼はもう居ても立ってもいられず、この場を走り去って逃げ出した。
「おいコラ、逃がすワケねぇだろ!!
ガキの足に負けるワケがねぇだろがよ!!
俺達を怒らせて何がしてぇんだ、この馬鹿ガキが!!」
クリミネルはもちろん、ただ逃げ出したい気持ちもあった。
しかしそれ以上に、アリーシアの元へと行きたかった。
せめて死ぬのなら、アリーシアと一緒に。
彼女の家まで、せめて逃げ切りたい。
彼は文字通り心臓が潰れるまで、走った。
およそ子供の足と思えない程の早さだった。
常識では考えられない足運び、火事場の馬鹿力。
しかしその代償は大きく、吐血してしまう。
彼の身体が限界を超えて、内臓が破裂した。
どうせ殺される命、彼は覚悟した。
しかし、最後に一目見たかった。
アリーシアを、愛しの運命の相手を。
彼はアリーシアの家の裏庭に辿り着き、
同じように逃げ出した彼女と金持ちを見た。
薄れゆく視界と朦朧とした意識の中で見たアリーシア。
その最後の姿は・・・・
その、最後の姿は・・・・
・・・・・
・・・・・・
・・・・・
金持ち達により、肉を食べられていた。
彼女は既に事切れており、瞳は黒く濁っていた。
─プツッ─
ここで、彼の意識は完全に途切れてしまった。
金持ち達はアリーシアにも同じようにクリミネルの命を引き合いに出した。
同じようにクリミネルの命を守ろうとした彼女は、逃げ出した。
しかしすぐに掴まり、暴行を受けた。
ここまではクリミネルと同じ流れだった。
しかし金持ち達は、彼女が少女繭である事を知っていた。
暴行の際に力が入り過ぎて、殺してしまった。
そこで彼らはある事を考え付いたのだった。
どうせ殺してしまった少女繭、このまま腐らせるくらいならいっそ、
食べて血肉にしてしまおう。もしやすると長寿の秘薬かも知れぬ。
そんな思いが、金持ち達の中にあった。
そして奇しくもその肉は人肉だと言うのに非常に美味だった。
長寿の妙薬かはわからないが、単純に料理として見た時、
生食にも関わらず、いや生食だからなのか、最高級の味だった。
こうして二人は愛と言う共通の絆で結ばれたまま、その短い生涯を閉じた。
少女繭はもう二度とどこにも現れなかった。
終章:少女繭と言う宇宙
広い宇宙の中で、クリミネルの魂は彷徨っていた。
もうアリーシアに出会う事も無い。
身体が痛む事は無いが、何よりも彼にとっては
アリーシアに出会えないその事が痛みだった。
後悔はしてもし切れない。
しかし今更もうどうしようも無い。
アリーシアが居なければ自分はただ、
この無限の空間の中で永遠に悔い続ける事しか出来ない。
彼はそれほどまでに罪深い事をしたのだろうか?
確かに多くの罪無き少女繭を犠牲にした。
それは立派な殺人罪だとも言えるだろう。
しかし彼らが意図したように、それにより今後、
被害者になる少女繭の再発を防ぐ事が出来たのだ。
そうした功罪両面を鑑みても尚、彼には無限の宇宙で
ずっと苦しみぬくといった罰が必要なのだろうか。
それとも、これは罰などでは無く、単なる仕組みの結果なのか。
本来、良いだとか悪いだとかは人間の指標だ。
宇宙規模での真理の中では、人間の価値基準など無意味だ。
ただ、ずっと彷徨い、後悔し続けるだけ。
それがクリミネルの魂に課された永遠の運命だった。
条理・不条理すら無い、無限の理の中でただそうあった。
一方のアリーシアは、魂が少女繭の世界に向かっていた。
再び、少女繭達が彼女を迎えた。
「おかえりなさい、アリーシア。
貴女は自分がやった事を悔いる必要はありません。
私達の命は宇宙の中の摂理の中にあります。
そこに間違いなどありません。
ですから、あの時燃やされた命達もここに辿り着きます。
その時彼女達の口から漏れるのは怒りや悲しみではありません。
ただ、ここに辿り着けた事への安堵と感謝のみです。
私達はここに来て、ようやく本当の自分になるのです。」
アリーシアはまた、とてつもない安心と幸福に包まれていた。
ただ一つ、不足しているものを彼女は知っていた。
「クリミネル・・・。」
「二度、あなたはその魂と別れを経験しましたね。
それでも尚、運命に抗いその魂を求めるのですか。
それは、何故ですか。」
責める風では無く、彼女の純粋な本心を聞きたいといった質問。
「私は・・・私だけの命ではありません。
彼と二人で一つなのです。
お願いします、どうか、どうかもう離れない二人を
一生、もう、彼と引き離されたくありません。
どうすれば良いのですか。
これほどまでに幸福に包まれた世界の中にあっても、
尚、彼を求めてしまう。私には彼しかありません。
全ての幸福、安定、喜び、何を捨ててでも、
彼と共にあらん事を既に私は誓ってしまっているのです。」
取り乱し、少女繭の世界の中で唯一彼女は悲しんでいた。
「・・・わかりました。
それでは、これは私達から貴女への最後のプレゼントです。
私達の命、魂を全て投げうって、大きな一つの繭になりましょう。
その中でだけ、貴女と彼は幸せにずっと一緒に暮らせる。
それは貴女達が作り出した世界ではありません。
私達、これまでの幾万、幾億という少女繭が作り出す、
貴女達だけの世界です。私達には本来、自己と他者という
境界がありません。つまり、全ては自己の喜びであり、願いです。
今回、私達と同じ存在である貴女が魂の全てを賭けて願う、
彼とずっと一緒にいたいという願い。
それは私達が全てを賭けて叶える価値があるものであると判断します。
さぁ、全ての少女繭の中へお入りなさい。それは貴女自身でもあります。
この理想的な世界の中へ彼を招き入れ、永遠に褪せない夢を見ましょう。
私達の全ては、この時のためにありました。
アリーシア、『真実の愛』の名を持つ少女繭。
永遠の夢の中で貴女達二人は、真実の愛で結ばれます。
さぁ、彼を見つけてあげて。」
アリーシアは、全宇宙を見通す眼差しを少女繭の中で得た。
そして、1ミリの点にも満たないクリミネルの輝きを見つけ出した。
「クリミネル・・・やっと、見つけた。」
アリーシアはクリミネルを自身の中に取り入れた。
そこは完全に愛のみで構成された空間。
もう死ぬ事も絶望も死も無い、ただ愛のみの空間。
そこでアリーシアは遂に、別れの無い再会を果たした。
「クリミネル・・・もう、別れる事は無いのよ。」
「アリーシア・・・やっと、やっと・・・・
二人だけの愛の世界を作る事が出来たんだね。」
「えぇ、全ての少女繭は私に繋がっているの。
そして、その中で私達は永遠の愛になる。
もう二度と離れない。いえ、離れられないわ。
だって今度こそ私達は、一つになるのだもの。」
二人は大きな大きな少女繭の中で溶け合い、自我を失った。
そして再融合した時、文字通り一つの存在になっていた。
それは完全な形をしていた。
『愛』と名を付ける事が相応しい存在だ。
『少女繭』は、果たしてどこにあるのか。
こうして二人だけの存在になってしまった今となっては、
その姿形を世界のどこにも見つける事は出来ない。
しかし本来、完全な愛とはそのようなものだ。
完成した瞬間に他の者からは見えない場所へ行ってしまう。
それゆえに私達は『愛』の存在を疑ってしまう。
しかし、完全な愛というのは確かに存在する。
そしてそれは完成した瞬間に目の前から消えてしまう。
愛無き世界に咲く幻や夢のような存在。
それこそが少女繭の正体だ。
そしてこれは人々の前に一度だけその姿を現す。
そこで人は、選択を迫られる。
『愛を信じるかどうか』
形に出来るものでも無い。
言葉にしても、本質は伝わらない。
ただ信じ、ただ愛し、ただそこにあるもの。
この大きな少女繭が成熟し、その内側から何かが現れる時、
それは奇跡の姿をしている。
もはや人々はそれを視覚や感覚といったものでは認識出来ない。
心の時代が開いた時、それは羽化するのだろう。
その時私達に起こる変化はもはや、人類の進化を超えている。
新たな生命体としてのステージを迎え、それはまるで
『少女繭』というものの本質が最後までわからなかったかのようである。
形でも概念でもない、ただそこにあるだけのもの。
この物語を通じて伝わるものがあれば幸いだが、
無ければそれはそれで構わない。
これは魂に呼びかける物語であり、
意味を理解する必要は無いからだ。
そして人類の新たなステージを迎えるにあたり、
創世の書となることだろう。
多くの『愛』により進化して来たこの世界で、
私達がそれに触れられた時、羽化の時は訪れる。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
どうか『少女繭』の存在を信じ、それを身近に感じて頂ければと思います。
全ての人の心の内側に在る、愛の物語。そこに刻まれた文字の中に必ず、
私の名前が、そしてあなたの名前が刻まれています。
どうか、日々を愛を持って過ごして下さい。
それだけが、この世界の真理に近付き、生きる意味を辿る、
そのたった一つの答えとなるものです。
それでは、ここまでお読み頂き本当にありがとうございました。
ご意見ご感想など頂ければ幸いです、それでは。




