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桜嵐會爆誕!!

「うわああん! かえして、かえしてよぉ……!」


カレイド村の広場に、幼い少女の泣き声が響き渡る。

声の主は、5歳になったばかりの狼人族の女の子、イリスだった。

彼女の頭には、今日、大好きなお母さんから誕生日プレゼントとしてもらったばかりの、真っ赤な綺麗なリボンが結ばれている――はずだった。


「ひゃはは! 見ろよこいつ、狼のくせにウサギみたいに震えてやがる!」

「おい、これ引っ張ったら耳までちぎれるんじゃねぇの?」


イリスを取り囲んでいるのは、村のやんちゃな人間のガキどもだった。先頭で下品な笑い声を上げているのは、ガキ大将のトマス。その手には、イリスから無理やり奪い取った真っ赤なリボンが握られている。


「それ、お母さんがくれたの……っ、おねがい、かえして……!」

「やーい、ダメだね! こんな上等なリボン、弱虫の獣人には似合わねぇよ!」


地面にヘタり込むイリスを、トマスたちは泥だらけの靴で囲み、ゲラゲラと嘲笑う。様々な種族がまぜこぜに暮らす境界の村カレイドだが、子供の世界には残酷な身分階級が存在した。泣けば泣くほど、いじめっ子たちは調子に乗ってエスカレートしていく。

まさにその時、一人の少女がドカドカと足音を荒立てて歩み寄ってきた。


「おい。ウチの目の前で、何晒しとんじゃワレ」


地を這うような低い声。

現れたのは、7歳の少女、サクラだった。薄い桃色の髪を揺らし、鋭い三白眼でトマスをキッと睨みつける。見た目はただの少女だが、その佇まいは完全に筋金入りのソレだった。

そしてさらに、彼女には大きな秘密があった。


「あァ? なんだお前、ただの人間の女のくせに――」

「あ? 誰がただの人間だコラ。そのリボン、今すぐ返さねぇと、そのフザけた面の形を変えてやるぞ。ああん?」


凄まじい威圧感。若干顔を引き攣らせるトマスだが、虚勢を張ってこたえる。


「はっ、やれるもんならやってみろよ! 返してほしけりゃ、村の外の秘密基地まで来い! いこーぜ、みんな!」


トマスたちはリボンをひらひらと振らせながら、一目散に村の外へと走っていった。

もちろん、素直に返す気など毛頭ない。村の外の森には、サクラをハメるために昨日から仕込んでおいた「落とし穴」や「ロープの罠」がある。そこに落として、泣きっ面を拝んでやるつもりなのだ。


「チッ、逃げ足だけは一丁前だなクソガキが。……おい、立てるか?」


サクラは地面にしゃがみ込み、イリスに手を差し伸べた。イリスは涙で目を腫らしながら、コクコクとうなずく。


「お姉ちゃん、リボン……」

「安心しな。ウチが絶対にブチ殺してでも取り返してやるから。行くぞ」


村の外。薄暗い森の奥にある、いじめっ子たちの「秘密基地」。

木陰に隠れたトマスたちは、サクラがイリスの手を引いてやってくるのを見つけ、ニヤニヤと下衆な笑みを浮かべた。


(ひひひ、あそこを踏めばロープで逆さ吊りだ。あの生意気な女、泣き叫ぶ面が楽しみだぜ……!)


トマスが心の中でカウントダウンを始めた、その瞬間だった。


ピキィィィィィン……!


突如として、森の空気が凍りついた。

鳥のさえずりが一瞬で消え去り、絶対的な静寂が訪れる。


ズゥゥゥン……!!


大地が、激しく揺れた。


「え……? な、なんだよ、これ……」


トマスたちの顔から余裕が消える。

メキメキメキ! と音を立てて、大樹が何本もなぎ倒されていく。その奥から姿を現したのは、カレイド村周辺には普段姿を見せることのない魔物。

全長十メートルを超える、禍々しい巨体。粘液でヌルヌルと光る緑色の皮膚。

バッファローリザードだった。


「ギチチチチチチッ!!」


大トカゲが咆哮する。その風圧だけで、トマスたちが作った浅い落とし穴やロープの罠は、木端微塵に吹き飛んだ。


「ひっ、ひいいいいいぃぃぃっ!?」


トマスはその場に腰を抜かした。股間からじわりと温かい液体が染み出す。取り巻きたちも、恐怖のあまり白目を剥いてガタガタと震えることしかできない。


(死ぬ。一瞬で、喰われて死ぬ……!)


誰もがそう確信した、絶望の局面。

しかし、大トカゲの前に一歩、踏み出す影があった。サクラである。


「…………っ!!」


サクラの全身に、ガタガタと猛烈な鳥肌が立っていた。


(な、なななな、何これキモい!! 無理無理無理! トカゲじゃん!! ウチが世界で一番大嫌いな、ヌルヌルしたクソ爬虫類じゃん!!)


サクラは、大の爬虫類嫌いだった。

一歩も近づきたくない。今すぐ全速力で逃げ出したい。

だが、サクラの後ろには、恐怖で声を失っているイリスがいる。そして、腰を抜かして泣いている、むかつくが死なせるわけにはいかない村のガキどもがいる。

サクラは、奥歯がガチガチと鳴るのを強引に噛み締めた。

そして、大トカゲの前に仁王立ちで立ちはだかる。


「トカゲはクソキモい……。一生、ウチの視界に入るなってレベルでクソキモい……」

「ギチッ?」

「だけどなぁァアア!! ウチの目の前で、ウチの『仲間』に手ぇ出そうとした罪は――万死に値するんだよコラァアアアアッッ!!!」


感情が怒りと気持ち悪さで限界突破した瞬間、サクラの頭からポコンと、禍々しくも美しい「龍の角」が飛び出した。お尻からは、鋭い鱗に覆われた「尻尾」が勢いよく突き出る。


「こっち見んなクソトカゲェエエエエエ!!(半泣きブチギレ)」


サクラは涙目で叫びながら、小さな拳を限界まで引き絞り、渾身の正拳突きを放った。


ズドォォォォォォォォォンッッッ!!!!


それは、7歳児が放っていい威力ではなかった。

大気が爆裂し、森の地形そのものがV字に削れ、一瞬で更地と化す。放たれた衝撃波は、大トカゲの巨体を一瞬で塵へと変え、肉片ひとつ残さず、遥か彼方の空の彼方へと消し飛ばした。

後に残ったのは、吹き抜ける爆風と、呆然と口を開ける子供たちだけだった。

実はサクラは、世界最強たる龍種の血を引く龍人族だった。しかし、その並大抵ではない爬虫類嫌いのせいで普段は人族に扮しているのだった。


「はぁ、はぁ……。あーキモかった。マジ最悪……。夢に出るわ……」


サクラは慌てて角と尻尾を魔法で隠し、鳥肌の立った腕をさすりながら愚痴をこぼす。

そんなサクラの後ろで、トマスをはじめとするいじめっ子たちは、完全に硬直していた。


「た、助かった?」

「てか今の、何?」

「トカゲが一撃? というか、地形変わってない?」

「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃっ!!」


トマスたちは、弾かれたようにサクラの前に五体投地でひれ伏した。額を泥に擦り付け、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら叫ぶ。


「す、すいませんでしたァァァァァッッ!! 俺たちが悪かったです! リボン、リボンは――あれ、どこ行ったっけ!? とにかく命だけは助けてください、姉御ォォォォオオッッ!!」


一瞬にして、ただの恐怖が狂信へと変わった。彼らにとって、サクラはもう逆らってはいけない存在となったのだ。


「お姉様……!!」


イリスがサクラの背中に飛びつき、感動の涙を流す。


「お姉様!?あー、よしよし。もう大丈夫だからな」


サクラがイリスの頭を撫でていると――ふと、自分の足元に目が留まった。

そこには、先ほどトマスが持っていたはずの、イリスの「真っ赤なリボン」が落ちていた。不思議なことに、あれだけの爆風が吹き荒れたというのに、土ひとつ付いていない綺麗な状態のままで。


「あれ? これ……」


サクラが首を傾げると、すぐ近くの木陰から、一人の少年が何食わぬ顔で現れた。

6歳の人族の少年、ヒューイだった。


「お前、これ拾ってくれたのか?」


サクラの問いかけに、ヒューイは何も喋らない。

ただ、どこまでも透き通った綺麗な瞳で、じっとサクラを見つめ返してくる。

沈黙。しかし、その瞳の奥には、底知れない強者としての器と、サクラへの敬意が隠されているのを、サクラは敏感に察知した。


(……こいつ、ただ者じゃねぇ。ウチの攻撃の余波の中で、無傷でリボンを守りきりやがった。しかもこの佇まい……言葉ではなく、背中で語るタイプか!)


サクラは不敵に笑い、ヒューイの肩を叩いた。


「フッ、気に入った。よし! お前、今日からウチのチームの『特攻隊長』な!」


ヒューイは無言のまま。


「……(コクり)」


と、小さく首を縦に振った。

サクラはそのまま、未だに地面にひれ伏しているトマスたちを見下ろし、親指で自分を指さす。


「お前らも今日から全員、桜嵐會の団員だ! ウチが総長。イリスが副長、ヒューイが特攻隊長! 文句ある奴は一歩前へ出ろ。今すぐトカゲのいる場所まで消し飛ばしてやる」


「滅相もないです姉御ォォォォッッ!! 一生ついていきます!!」


こうして、イリスの大切なリボンは最高の形で守られ、カレイド村に、後に世界を震撼させる最強のヤンキーチーム「桜嵐會」が爆誕したのだった。

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