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第2部:第一章 鏡の中の反乱

あの日以来、私の鼻の下もまた、私に従順であることを止めてしまった。

翌朝、洗面台の鏡に向かった私は、自分の顔に走る奇妙な違和感に手を止めた。歯を磨こうと口を開けた瞬間、鼻の下の皮膚が、私の意志とは全く無関係に「ふにゃり」と波打ったのだ。

「……え?」

ブラシを口に咥えたまま、私は凝視した。

鏡の中の私は、どこからどう見ても、これまで何十年と付き合ってきたはずの自分自身の顔である。しかし、その鼻の下だけが、まるで昨日の「対面の男」からウイルスを分け与えられたかのように、勝手なリズムでパントマイムを始めている。

それは、チャップリンが銀幕で見せた軽やかなステップそのものだった。

私は慌てて手で口元を押さえた。しかし、指の間をすり抜けるように、皮膚の下の筋肉がピクピクと躍動し続ける。恐怖というよりは、むしろ言いようのない「こそばゆさ」が脳の奥を突き抜けた。

「落ち着け、ただの筋肉の痙攣だ。昨日の変顔バトルの後遺症に過ぎない」

自分に言い聞かせながらネクタイを締める。鏡に映る私は、日々の数字や管理業務と向き合う、いたって真面目な男の顔に戻っていた。

しかし、家を出ようとしたその時、ふと視界に入った商品パッケージが足を止めさせた。

そこに描かれた、あのお菓子のお父さんのようなキャラクター。

その瞬間、キャラクターの髭が、一瞬だけ「クイッ」と動いたように見えた。

「……気のせいだ」

私は逃げるように家を出た。

しかし、街へ出ると事態はさらに深刻だった。広告のポスター、通りすがりの人物の口元、それらすべてが私にだけ読み取れる「変顔のコード」を発信しているような気がしてならない。

昨日の男が放った「魔法」は、あの日あの電車の中だけで終わるものではなかったのだ。

駅のホームに立ち、電車を待つ。

私の鼻の下は、再びふにゃふにゃと、何かに共鳴するように震え始めていた。

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