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杖をつく王子と、忠誠の獣たち 〜転生した第六王子は魔力最強ですが、肉体が弱すぎるので裏から国を乗っ取ります〜  作者: guju


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第6話 静止する王子



王城の朝は、いつも同じ音から始まる。


石畳を打つ靴音。

開かれる重い扉。

規則正しく巡回する騎士たちの声。


それらはすべて、秩序の象徴だ。

そして同時に、「何も変わっていない」という証明でもある。


イオルは自室の窓辺に立ち、王都を見下ろしていた。

朝靄の向こう、白い石造りの建物が連なり、

その間を人々が忙しなく行き交っている。


建国三百年。

祝祭の名残はまだ街に残り、旗や装飾が完全には片付けられていない。


平和だ。

少なくとも、表向きには。


「……今日も、異常なし、ですか」


呟きは独り言に近かった。


「はい。

少なくとも、王城内では」


背後でロウが静かに答える。


「騎士団からの正式な報告は?」


「ありません。

噂話レベルのものは散見されますが、

いずれも証拠不十分として扱われています」


イオルはゆっくりと頷いた。


「正しい対応ですね」


それが“王城”という組織の動き方だ。

確証がなければ動かない。

動かないからこそ、責任も生まれない。


だが――。


「……違和感は、あります」


イオルは窓から目を離さずに言った。


「ええ」


ロウも否定しない。


「王都は、あまりにも静かです」


「そう。

静かすぎる」


噂はすでに広がっている。

黒い影、名もなき集団、騎士団より先に動く存在。


それにもかかわらず、

王城はまるで何も知らないかのように、

昨日と同じ日課を繰り返している。


「誰かが、意図的に止めていますね」


イオルの声は穏やかだった。


「はい。

報告は、途中で削がれている可能性があります」


「聖循教……あるいは貴族」


イオルは一瞬だけ目を伏せる。


「もしくは、その両方」


ロウは黙ったまま、続きを促した。


「ですが」


イオルはゆっくりと振り返る。


「僕は、まだ動きません」


その言葉に、迷いはなかった。


「動けば、目立つ。

噂が噂でなくなり、

誰かの“想定”に組み込まれてしまう」


「それは、避けるべきだと」


「ええ」


イオルは椅子に腰を下ろし、杖を膝に置いた。


「僕は、歯車を壊すつもりはありません。

……少し、ズラすだけでいい」


その日の昼、王城では小さな集まりがあった。


若手貴族と、数名の騎士。

話題は自然と、最近の王都の噂に流れる。


「黒い影、ですか?」


第三王子の側近の一人が、興味深そうに言う。


「ええ。

市井では、随分と話題になっています」


「騎士団が遅れているというのは、事実ですか?」


質問に、騎士は慎重に答えた。


「確認できていません。

魔物の痕跡はありましたが、

討伐された証拠は残っておらず……」


「つまり、誰がやったかわからない」


「はい」


その場にいた若い貴族が、少し声を潜めた。


「第六王子の話も、出ています」


「病弱な?」


「ええ。

最近、妙に名前を聞くと」


その瞬間、空気がわずかに張り詰めた。


「噂に、王族の名を混ぜるのは危険だ」


誰かが嗜める。


「ですが、事実として……

動いていないはずの王子が、

裏で何かしているのではないか、と」


その話題は、それ以上深まらなかった。


誰も確証を持たない。

だが、誰も完全には否定しない。


それが、違和感の正体だった。


夜。


再び地下の別邸。


円卓には、イオルとロウだけが座っている。

他の者たちは、それぞれの役割で外に出ていた。


「ミレアからの報告です」


ロウが短い紙片を差し出す。


「王都中層で、聖循教の集会が増加。

内容は表向き、浄化と救済。

ただし、参加者の身元に偏りあり」


「貧民だけではない」


「はい。

小貴族、元官吏、騎士見習い……

立場を失いかけた者が多い」


イオルは紙片を読み終え、静かに置いた。


「……わかりやすいですね」


「ええ。

不満と不安の受け皿です」


「そして、使いやすい」


イオルは指を組み、少し考える。


「彼らは、“救われた”と思い込む。

その瞬間、思考を預けてしまう」


「宗教の常套手段です」


「ですが、今回のは」


イオルは言葉を選んだ。


「少し、性急すぎる」


ロウは小さく頷いた。


「時間をかける余裕が、ないように見えます」


「ええ」


イオルのエメラルドの瞳が、かすかに光る。


「だからこそ、待ちます」


「……待つ?」


「相手が焦るなら、

こちらは静止する」


イオルは杖に体重を預け、立ち上がった。


「無名の力は、まだ名乗る必要がありません」


「噂だけで、十分です」


地下室に、静寂が落ちる。


動かない王子。

名を持たない影。


だが、その“静止”こそが、

王都の歯車に、じわりと異音を生み始めていた。


まだ、誰も気づいていない。


狂いは、ほんのわずか。

だが確実に、進行している。

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