第4話 静かに巡る金
祝祭の喧騒は、地下までは届かない。
円卓会議室に満ちているのは、石の冷たさと、慎重に抑えられた緊張だけだった。
イオルは白い杖に両手を添え、姿勢を崩さずに口を開く。
「……では、具体的な話に入りましょう」
声は穏やかで、よく通る。
命令ではないが、この場の主が誰かは明確だった。
「お待ちしておりました、坊ちゃん」
オルフェが軽く頭を下げ、商人らしい笑みを浮かべる。
「王都を中心に、ここ半年ほどで金の流れが妙です。
寄付、施し、献金――名目は様々ですが、どれも同じところへ集まっている」
「税では、ありませんね」
イオルが確認するように言う。
「ええ。税にしては、あまりにも痕跡が薄い」
オルフェは指を組んだ。
「表向きは信仰への奉納。
実態は、思想と引き換えの金です」
「宗教、ですか」
イオルの声音には、感情がほとんど混じらない。
「《聖循教》と名乗っています」
名が落ちた瞬間、空気がわずかに沈む。
「循環……」
イオルは小さく復唱した。
「命も、金も、信仰も巡る。
正しい場所に還る――そう説いているようですね」
「聞こえは、随分と耳触りがいい」
レイが鼻で笑う。
「でも、だからこそ危ない」
ネイが静かに続けた。
「弱っている人ほど、救いを約束する言葉に縋ります」
「問題は、その広がり方です」
イオルは視線を上げた。
「宗教にしては、動きが早すぎるように思いますね」
オルフェが、わずかに目を細める。
「ええ。
貧民街や下層区画だけでなく、中級以下の貴族とも接触を始めています」
「没落寸前の家が多いな」
ロガディンが低く言う。
「立場の不安定な者ほど、縋りやすい」
「その上で」
オルフェが続ける。
「第三王子、第五王子――直接ではありませんが、周囲が動いている」
ロガディンが、短く息を吐いた。
「上と下を同時に、か」
「自然な信仰の広がりとは、思えません」
イオルは静かに断じた。
「……誰かが、裏で押している」
その言葉に、ミレアが妖艶に微笑む。
「ええ。
話が出来すぎてるわ」
脚を組み直し、軽く肩をすくめる。
「私も動くわ。
裏の話ってのは、夜の方が集まりやすいのよ」
レイが一瞬だけ視線を逸らし、ネイは何も言わずに頷いた。
ラヴァンが、愉しげに低く笑う。
「信仰という器に、何を注いでいるのか……
実に、興味深い」
イオルはすぐに判断を下さなかった。
「現時点では、手は出しません」
その言葉に、全員の意識が集中する。
「聖循教は観察対象です。
噂と金の流れを追い、こちらが把握しているという事実だけを持つ」
オルフェが、ゆっくりと頷いた。
「承知しました。
では私は、引き続き金を追いましょう」
「街の様子は俺が見る」
ロガディンが言う。
「剣を振る前に、兆しを掴む」
「ありがとうございます」
イオルは、はっきりとそう告げた。
「皆さんを頼りにしています」
その言葉に、誰も軽口を返さなかった。
肩の上で、モルが静かに身体を寄せる。
その重みを感じながら、イオルはエメラルドの瞳を伏せる。
聖循教。
今はまだ、名を知っただけに過ぎない。
だが――
王都の歯車は、確かに、ひとつだけ狂い始めていた。




