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杖をつく王子と、忠誠の獣たち 〜転生した第六王子は魔力最強ですが、肉体が弱すぎるので裏から国を乗っ取ります〜  作者: guju


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第2話 評価される王子、評価されない王子



 建国三百年記念日の宴は、夜更けに向かうにつれて、より濃密な空気を帯びていった。


 音楽は柔らかく流れ、酒は進み、貴族たちの声は少しずつ大きくなる。

 表情は崩れ、言葉の端々に本音が滲み出る時間帯だ。


 イオルは、大広間を離れ、王族用の回廊をゆっくりと歩いていた。

 杖の先が、石床を軽く叩く音が、静かな廊下に規則正しく響く。


「……少し、空気が重いね」


 誰に言うでもなく、そう零す。


「長居なさる必要はございません」


 すぐ後ろを歩くロウ・フェルツが答える。


「分かってる。でも、今日は“見られる側”の日だろ?

 途中で引き上げたら、それはそれで噂になる」


「……仰る通りでございます」


 ロウはそれ以上、口を出さなかった。


 この王子は、己の立場を正確に理解している。

 だからこそ、余計な慰めは意味をなさない。


 回廊の先、重厚な扉の前で足を止める。


 そこは、王族のみが使う控室。

 今夜、家族が集まるために用意された部屋だった。


「……行こうか」


 イオルが言うと、ロウは一歩下がり、扉を開く。


 室内には、すでに王と王妃、そして第一王子がいた。


 豪奢な調度品に囲まれた空間。

 だが、大広間の喧騒とは違い、ここには張り詰めた静けさがあった。


「来たか、イオル」


 王が短く告げる。


「はい、父上」


 イオルは丁寧に一礼し、指定された椅子に腰を下ろした。

 ロウは壁際に控え、沈黙を守る。


 王妃は穏やかな表情を浮かべていたが、その視線には、どこか距離があった。


「体調はどうですか?」


「おかげさまで。今日は、比較的楽です」


「それは良かったです」


 それ以上、会話は続かない。


 沈黙を破ったのは、第一王子だった。


「建国三百年だ。

 国としても、王家としても、節目になる」


 若くして威厳を纏った声。

 この場において、彼が“次”であることは疑いようがない。


「今日の宴で、多くの貴族や使節と話をした。

 皆、この国の未来に期待している」


「……そうですか」


 イオルは、静かに相槌を打つ。


「イオル」


 王が名を呼んだ。


「お前にも、いずれ役目はある。

 無理にとは言わんが、王家の一員として、できることを考えておけ」


 それは、気遣いの言葉だった。

 だが同時に、「大きな役割は期待していない」という宣告でもある。


「承知しております」


 イオルは、淡々と答えた。


 王はそれで満足したのか、話題を第一王子へと戻す。


「今回の式典、よくまとめていた。

 諸侯への根回しも見事だ」


「ありがとうございます、父上」


 第一王子は胸を張る。


「次は、帝国との交渉も控えている。

 お前が前に出る場面も増えるだろう」


「お任せください」


 そのやり取りを、イオルは黙って聞いていた。


(やっぱり、そういう話になるよね)


 自分が割って入る余地はない。

 最初から、ここに席はあっても、議題は用意されていない。


 ふと、第一王子がこちらを見る。


「……イオルは、どう思う?」


 一瞬だけ、場の空気が揺れた。


「僕、ですか?」


「この国の未来についてだ」


 イオルは、少し考える素振りを見せてから、答えた。


「完成した国ほど、崩れる時は脆いと思います」


 王と王妃、第一王子が、同時に視線を向ける。


「安定しているからこそ、歪みが見えにくくなる。

 見えない歪みは、いずれ一気に噴き出す」


「……不吉な物言いだな」


 第一王子が眉をひそめる。


「そう聞こえたなら、申し訳ありません。

 ただ、建国三百年という数字は、祝うだけでなく、

 “どこが腐り始めているか”を見る機会でもあると思っただけです」


 一瞬の沈黙。


 王は、じっとイオルを見つめていた。


「……その話は、また別の機会にしよう」


 そう言って、話を切る。


 それ以上、掘り下げる気はないという意思表示だった。


「もう下がっていい。

 今日は、疲れただろう」


「はい」


 イオルは素直に立ち上がり、一礼する。


 部屋を出る直前、背後で第一王子の声が聞こえた。


「……ああいう考え方は、王には向かない」


 はっきりとした評価だった。


 イオルは、何も言わず、扉を閉めた。


 回廊に戻ると、静寂が迎える。


「……聞こえてましたか」


「ええ」


 ロウは、短く答えた。


「まぁ、想定内だね」


 イオルは小さく笑う。


「評価される王子と、評価されない王子。

 はっきりしてて、分かりやすい」


「イオル様」


「大丈夫だよ、ロウ。

 僕は、王として評価されなくても構わない」


 杖をつき、一歩、前に進む。


「別の場所で、別の形で、

 この国を“必要な方向”に動かせれば、それでいい」


 ロウは、その背中を見つめながら、静かに口を閉ざした。


 この夜、王城は祝祭に包まれている。

 だがその裏で、誰にも見えない歯車が、確かに回り始めていた。


 建国三百年の王国は、

 まだ、自分が何を失おうとしているのかを――知らない。

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