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杖をつく王子と、忠誠の獣たち 〜転生した第六王子は魔力最強ですが、肉体が弱すぎるので裏から国を乗っ取ります〜  作者: guju


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第16話 弔われる名もなき者たち






 王都の鐘が鳴ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。


 普段なら、人々に時間を知らせるだけの音。

 だがこの日は違った。


 低く、長く、間を置いて鳴るその音は、

 街全体に「立ち止まれ」と告げる合図だった。


 南区に面した広場。

 簡素な祭壇が設えられ、その前に白布で覆われた棺が並べられている。

 数は多くない。

 だが、少なくもない。


 市民たちは無言で集まっていた。

 泣く者もいれば、唇を噛み締めて俯く者もいる。

 怒りを抱えたまま、どこにも向けられない視線を漂わせる者もいた。


 ――騒動は終わった。

 だが、失われたものは戻らない。


 やがて、広場の奥から王族の一団が姿を現した。


 先頭に立つのは、アルヴァン国王。

 年老いた背に王衣を纏いながらも、その歩みは遅く、確実だった。


 その後ろに、王子たちが続く。


 第一王子――アルヴァン・レオンハルト。

 背筋を伸ばし、真っ直ぐ前を見据えている。

 その表情には、悔恨と責任がはっきりと浮かんでいた。


 第二王子――アルヴァン・セオドリク。

 穏やかな微笑を浮かべ、周囲の視線を自然に受け止める。

 だが、その目は祭壇ではなく、人々の反応を静かに測っていた。


 第三王子――アルヴァン・ガルム。

 いつもの軽薄さはなく、落ち着かない様子で棺の列を見つめている。

 言葉を失った子供のように、ただ黙っていた。


 そして、少し離れた位置に――


 第六王子、アルヴァン・イオルがいた。


 杖をつき、静かに列に加わる。

 顔色は相変わらず白く、病弱な王子そのものだ。

 だが、視線だけは一度も逸らされなかった。


 棺の数。

 布の端から覗く、わずかな血の染み。

 家族が縋るように手を伸ばす、その指先。


 すべてを、イオルは見ていた。


 国王が一歩前に出る。


「……このたびの騒動により、

 王都に暮らす者たちが命を落とした」


 声は低く、震えを抑えている。


「王として、

 この国を治める者として――

 私は、その責を免れぬ」


 頭を下げる。


 王が、民に対して。


 広場がざわめいた。

 誰かが息を呑み、誰かが嗚咽を漏らす。


「彼らの死を、無駄にしない。

 二度と、このようなことが起きぬよう、

 我々は全力を尽くす」


 続いて、レオンハルトが前に出た。


「……守れなかった」


 短い言葉。

 だが、重かった。


「俺たちは、間に合わなかった。

 その事実から、目を背けない」


 深く頭を下げる。

 真っ直ぐすぎるほどの正義が、そこにはあった。


 セオドリクは、その隣で穏やかに一礼する。


「皆様の悲しみは、当然です。

 不安も、怒りも――

 王国は、それを受け止めねばならない」


 柔らかな声。

 慰めの言葉。

 だが、彼の胸中にあるのは、別の計算だった。


(この光景は、必ず記憶に残る)


 王族が民を弔う姿。

 それが、何を生むか。


 ガルムは、何も言わなかった。

 ただ、ぎこちなく頭を下げる。

 棺の一つに、子供用の小さなものがあるのを見て、

 一瞬、拳を握りしめた。


 そして。


 イオルは、最後まで前に出なかった。


 演説もしない。

 言葉も発しない。


 ただ、杖に体重を預けながら、

 王族の一員として、そこに立ち続ける。


 香が焚かれ、白い煙が立ち昇る。


 その香りに混じって、

 かすかに残る魔力の焦げた匂いが、イオルの鼻を刺した。


(……忘れません)


 心の中で、そう呟く。


 これは、数字ではない。

 報告書でもない。


 守れなかった命だ。


 広場の端。

 建物の影に、数人の姿があった。


 ミレアは外套を羽織り、腕を組んでいる。

 薄く化粧したその目が、イオルを捉えていた。


「……逃げないのね」


 誰にともなく呟く。


 ロガディンは、壁にもたれ、腕を組んで黙祷していた。

 戦場を知る者として、この光景の重さを理解している。


 オルフェは、人の流れと表情を観察している。

 市民が、王族をどう見るか。

 それを、冷静に。


 ラヴァンは興味なさそうに見えながらも、

 棺の配置や、焼却の段取りを目で追っていた。


 双子は、珍しく静かだった。


 そして、イオルの肩には、

 黒猫が一匹、じっと動かずに乗っている。


『……ねえ』


 モルが、小さく囁く。


『重いね』


「ええ」


 イオルは、声に出さずに答えた。


「だから、忘れてはいけません」


 鐘が、再び鳴る。


 弔いは、それで終わった。


 王族が去り、人々が少しずつ解散していく。

 泣きながら帰る者。

 無言で瓦礫の残る家へ向かう者。


 王都は、日常へ戻ろうとしていた。


 だが――


 完全には、戻らない。


 焼けた跡は残り、

 空いた席は埋まらず、

 夜になると、人々は空を見上げる。


 何も起きなかった夜を、

 疑うように。


 アルヴァン・イオルは、

 最後にもう一度だけ、広場を振り返った。


「……ここからです」


 誰にも聞こえない声で、そう告げる。


 無名の力は、

 まだ、王都の奥で息を潜めている。





――――――――――





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