第15話 表向きの終結、裏で揃う答え
王都に朝が戻った。
南区の一角に残っていた焼け跡は、日の出と共に布で覆われ、
倒壊しかけていた建物は「老朽化による事故」として処理された。
人は、説明されれば納得する。
それが真実かどうかよりも――
納得できる形かどうかの方が重要なのだ。
「魔力暴走による単独魔物の発生。
騎士団がこれを確認し、最終的に討伐した」
掲示板に張り出された公式発表文は、簡潔だった。
誰が倒したのか。
なぜ王都内部で起きたのか。
なぜ外縁部で消えたのか。
そのどれにも触れていない。
市民たちは立ち止まり、文面を眺め、
そして――深く考えるのをやめた。
「まあ、無事ならええやろ」
「騎士団も大変やな」
「最近、物騒やけど」
そんな言葉が交わされ、
朝の市場は、昨日と変わらぬ喧騒を取り戻していく。
――何も、起きなかった。
それが、王都の“正しい認識”だった。
⸻
一方、地下。
オルフェ所有の別邸地下会議室には、
いつもより静かな空気が漂っていた。
全員、揃っている。
円卓の中央に、簡素な布包みが置かれていた。
中身は――指輪。
中級貴族の家名が刻まれた、
昨夜、イオルが回収した“残骸”だ。
「表は、綺麗に終わったわね」
ミレアが、脚を組み直しながら言う。
声は軽いが、瞳は笑っていない。
「夜の街じゃ、もう別の噂が流れてる」
「どんな?」
レイが訊く。
「“黒い影が全部片付けた”って」
ネイが、息を吐く。
「……勝手に呼び名が増えるわね」
「放っておけ」
ロガディンが低く言った。
「名前が付くのは、理解され始めた証拠だ」
「それは、必ずしも良い意味ではありません」
イオルが、静かに口を開く。
全員の視線が集まる。
アルヴァン・イオルは、いつも通り椅子に深く腰掛け、
杖に両手を添えていた。
顔色は、相変わらず良くない。
昨夜の魔力行使の反動が、完全に抜けているわけではない。
だが、声は落ち着いている。
「“影”がいた、という話は広がっても構いません。
ただし――正体を探そうとする流れは、止める必要があります」
「どうやって?」
オルフェが指を組む。
「金で、噂を上書きします」
即答だった。
「商会側から、“尾ひれのついた怪談”として流す。
酒場、娼館、宿屋。
怖い話は、娯楽に落とせばいい」
「さすが坊ちゃん」
オルフェは、愉快そうに笑う。
「裏の扱いが分かってらっしゃる」
⸻
ラヴァンが、布包みをじっと見つめていた。
「……あれは、失敗作だな」
「断言できますか」
イオルが尋ねる。
「人を素材に、複数の系統を混ぜた。
制御する気がない。
“どう壊れるか”を見るための造りだ」
「実験」
ネイが、吐き捨てるように言う。
「しかも、使い捨て」
「ええ」
ラヴァンは頷いた。
「成功すれば回収。
失敗すれば暴走して終わり」
「……最低ね」
ミレアが、静かに呟く。
「でも、誰がやったかは?」
レイが問う。
その問いに、イオルはすぐ答えなかった。
代わりに、指輪を布の上に置き、
ゆっくりと回す。
「貴族です」
断定。
「しかも、単独ではない」
ロウが、一歩前に出る。
「坊ちゃま」
「宗教を隠れ蓑にしています」
イオルは続ける。
「聖循教。
彼ら自身が黒幕というより――
使われている」
「使ってる側が、別にいる」
ロガディンが理解する。
「ええ」
イオルは、視線を落とす。
「王都内部で、人を素材にできる立場。
騎士団を正面から敵に回さず、
噂と金で隠蔽できる存在」
言葉にせずとも、
答えは全員の頭に浮かんでいた。
⸻
「……王族、か」
オルフェが、低く言う。
「もしくは、そこに連なる貴族派閥」
「現時点では、特定しません」
イオルは、きっぱりと言った。
「証拠が足りない。
それに――」
顔を上げる。
「今、動けば“正義”の顔をした者が勝つ」
レオニスの顔が、脳裏をよぎる。
そして、セドリック。
彼らはまだ、表の論理で動いている。
「だから、待つ」
イオルの声は、静かだ。
「相手が、もう一手打つまで」
沈黙。
それは、迷いではない。
覚悟が揃った沈黙だった。
⸻
会議の終わり。
皆が立ち上がり、散っていく中で、
ロウだけが残った。
「……よろしいのですか」
「何がです?」
「これ以上、王都が歪むのを待つこと」
イオルは、少しだけ笑った。
「歪みは、隠せば隠すほど大きくなります」
そして、静かに続ける。
「それに――
歪ませているのは、僕ではありません」
ロウは、深く頭を下げた。
「……御意」
⸻
王都の地上では、今日も平和が演出されている。
誰も、昨夜のことを深く語らない。
だが――
裏では、答えが揃った。
敵は、宗教ではない。
魔物でもない。
王国そのものを、道具として使おうとする者。
アルヴァン・イオルは、まだ動かない。
だが、
この国はもう、確実に彼の視界の中にあった。
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