第14話 王が知り、王子が誤る
王城・中枢会議室。
分厚い石壁に囲まれたその空間は、外界の音を完全に遮断していた。
高い位置に設けられた細長い窓から差し込む光は弱く、時間の感覚を曖昧にする。
この部屋は、判断を誤らせるために造られている――そんな錯覚すら覚える。
長卓の最奥に座すのは、
アルヴァン王国国王――アルヴァン・アレクシス五世。
五代にわたり王冠を受け継いできた血統の中でも、
彼は“耐えた王”として知られている。
拡張もしなかったが、崩れもさせなかった。
老獪というより、沈黙を選び続けた統治者だ。
その左右に、三人の王子が並ぶ。
第一王子――アルヴァン・レオニス。
騎士団との結びつきが強く、武と秩序を尊ぶ男。
誠実で、判断が早く、迷いがない。
ただし――正義を疑わない。
第二王子――アルヴァン・セドリック。
柔和な笑みと穏やかな物腰。
貴族派との関係を巧みに操り、場を荒立てない。
だがその実、最も多くの計算を胸に抱えている。
第三王子――アルヴァン・ユリウス。
まだ若く、焦りが先に立つ。
功績に飢え、評価に飢え、立場に酔いやすい。
知恵より感情が前に出るタイプだった。
そして、長卓の脇に控えるのが――
宰相、ヴァルド・クロイツ。
王に仕え続けて三十余年。
この国の“正史に残らない部分”を最も多く処理してきた男である。
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「……南区の件だが」
口火を切ったのは、第一王子レオニスだった。
「騎士団の報告では、魔物の突発的暴走と結論づけています。
初動に遅れはありましたが、被害は最小限に抑えられました」
その言葉は、騎士団を代表する者として、実に正しかった。
だが――
「“最小限”という言葉は便利だな」
国王アレクシス五世が、静かに遮る。
声は低く、感情は乗っていない。
ただ事実を削り出すような響きだった。
「市民にとっては、一人死ねば十分に“過剰”だ」
レオニスは、わずかに言葉を失い、やがて深く頭を下げた。
「……ご指摘、もっともです」
責められているわけではない。
それが分かっているからこそ、反論はしない。
そこへ、第二王子セドリックが柔らかく口を挟む。
「陛下。今回の件は、不幸な事故として処理するのが妥当かと。
これ以上掘り下げれば、王都に無用な不安を与えます」
「不安は、事実を隠した時に増幅する」
国王の視線が、ゆっくりとセドリックに向けられる。
「お前は、いつも“穏便”を選ぶな」
「国を保つためです」
「いいや」
国王は首を横に振った。
「自分の立場を保つためだ」
一瞬、空気が凍りつく。
セドリックは笑みを崩さない。
だが、その奥で何かが一つ、計算し直されていた。
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第三王子ユリウスは、二人のやり取りを黙って聞いていた。
(結局、誰も“成果”を語らない)
魔物は現れ、
騎士団は動き、
王都は守られた。
それでいいじゃないか――
そう思う自分を、必死に押し殺す。
ここで口を挟めば、
自分が“分かっていない側”だと露呈する。
その沈黙を拾ったのは、宰相ヴァルドだった。
「陛下。一点、気になる点がございます」
「申せ」
「討伐地点が、王都の外縁部であること」
全員の視線が集まる。
「暴走した魔物が、市街を抜けて外へ向かう。
不自然かと」
「……確かに」
レオニスが眉を寄せる。
「騎士団の報告では?」
「“追い払った結果”とのことです」
ヴァルドは淡々と続ける。
「ですが、その追撃部隊の記録が曖昧です。
誰が、どの部隊が、決定打を与えたのか――記されていない」
国王の目が、細くなる。
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「つまり」
アレクシス五世は、ゆっくりと椅子に身を沈めた。
「“誰が倒したか分からない”」
誰も否定しなかった。
セドリックが肩をすくめる。
「よくある話では?」
「よくある“異常”だ」
国王は切り捨てる。
「王都の内部で、正体不明の力が動いた。
それを“よくある”で済ませるな」
ユリウスは、無意識に拳を握っていた。
(……影)
噂だけが先行する、名のない存在。
だが――
父は、すでにそれを“存在するもの”として扱っている。
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「宰相」
「は」
「第六王子――アルヴァン・イオルは、今どこにいる」
その名が出た瞬間、空気が僅かに揺れた。
「療養棟に戻られております。
夜間の外出記録はありません」
「そうか」
国王は、それ以上追及しなかった。
だが、疑っていないわけではない。
(病弱な王子、か)
期待されず、
脅威とも見なされず、
王位争いの外に置かれた存在。
だが――
だからこそ、最も自由だ。
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「結論を出す」
国王は言った。
「今回の件は、表向きは“事故”とする」
セドリックが、ほっとしたように息を吐く。
「だが」
声が低くなる。
「裏では調べる。
騎士団、貴族、聖循教。
すべてだ」
「俺が指揮を」
レオニスが即座に言う。
「お前は前に出すぎる」
国王は制した。
「今回は、静かにやる」
その意味を、
正確に理解したのは宰相ヴァルドだけだった。
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会議は解散した。
ユリウスは、最後に振り返る。
国王は、窓のない石壁を見つめている。
まるで――
そこに、誰かが立っているかのように。
(……この国は、もう安全じゃない)
だが、
誰がそれを動かしているのかは分からない。
ただ一つ確かなのは――
王は、すでに気づいている。
そして、
王子たちはまだ、何も分かっていない。




