12話 王子の一端
王都の外、名も残らぬ処理
会議室には、沈黙が落ちていた。
円卓の上に広げられた地図。
すでに書き込まれた印は、どれも赤く、重い。
王都各地で起きている異変。
騎士団が把握しきれていない魔力の揺らぎ。
そして――今、この瞬間にも膨れ上がっている“一点”。
アルヴァリア・イオルは、椅子に腰掛けたまま目を閉じていた。
耳を澄ませているわけではない。
集中しているのは、内側だ。
身体を巡る魔力の流れ。
外から流れ込んでくる、不快な震え。
「……これは」
小さく息を吐いた瞬間、違和感は確信へと変わった。
質が悪い。
混ざり方が、雑だ。
複数の魔法式。
複数の属性。
それらを無理やり一つの肉体に押し込めた痕跡。
成功するはずがない。
だが――失敗する前に暴発する。
「ロウ」
イオルが名を呼ぶより早く、ロウは察していた。
「中央区ですね」
「ええ。まだ理性は残っていますが……時間はありません」
ロウは一瞬、歯を噛みしめる。
「他の方々を呼び戻しますか」
「いいえ」
イオルは即座に首を振った。
「彼らは今、それぞれの“持ち場”で仕事をしています。ここで乱すべきではありません」
言葉は穏やかだが、判断は冷静だった。
これは――
王都の中で処理してはいけない案件。
イオルは立ち上がる。
「私が行きます」
「……御身一つで?」
「ええ。問題ありません」
ロウは、それ以上言わなかった。
この王子がこう言う時、すでに勝算は組み上がっている。
⸻
地下通路を抜け、地上へ。
夜の王都は、騒がしい。
だがイオルは、その騒音の中を“素通り”する。
次の瞬間。
――魔力が、跳ねた。
肉体強化。
ほんの一瞬だけ、魔力を身体に通す。
骨格、筋繊維、神経。
すべてを一拍だけ最適化する。
視界が引き延ばされ、景色が流れる。
一歩で数十メートル。
屋根を蹴り、壁を蹴り、空間を滑る。
負担は、ほとんどない。
イオルは、息一つ乱さずに広場へ降り立った。
⸻
そこにいたのは、一人の男だった。
貴族服。
だが、すでに裂け、血と汗で汚れている。
膝をつき、頭を抱え、呻いている。
「……あ、ぁ……」
男の内側で、魔力が暴れている。
炎、水、雷、風。
それらが互いに反発し、衝突し、制御を失っている。
(中級……いえ、これ以上ですね)
素体としては、かなり良い。
だからこそ、実験に選ばれた。
「……王子?」
男が、かろうじて顔を上げる。
瞳は、まだ人の色をしていた。
「助けて……くれ……」
イオルは、数秒だけ黙って男を見つめた。
助けられるかどうか。
答えは、もう出ている。
「……申し訳ありません」
静かな声。
その直後、イオルは杖を振るった。
「――《圧縮衝撃》」
魔力を一点に凝縮し、衝撃として解放する中級攻撃魔法。
男の身体は、悲鳴すら上げる暇もなく吹き飛ばされた。
建物を越え、城壁を越え、夜空を切り裂いて。
王都の外へ。
⸻
草原。
地面に叩きつけられた男は、もはや言葉を発さなかった。
理性が、限界を超えた。
魔力が暴発し、肉体が歪む。
骨が軋み、皮膚が裂け、異形へと変わっていく。
「……未覚醒で、これですか」
イオルは、一定の距離を保ったまま杖を構える。
ここからは、解体作業だ。
「《魔力遮断陣》」
円形の魔法陣が、地面に展開される。
周囲への魔力流出を防ぐための結界。
暴発しても、被害は最小限に抑えられる。
異形が咆哮し、魔力弾を放つ。
「《偏向障壁》」
透明な壁が展開され、魔力弾は逸らされて地面を抉る。
イオルは、間合いを詰めない。
詰める必要がない。
「《連環雷撃》」
雷が走り、異形の身体を貫く。
だが、完全には止まらない。
「……やはり、複数式の継ぎ接ぎですね」
イオルは、淡々と次の魔法を選ぶ。
「《氷結拘束》」
地面から氷柱が伸び、異形の脚を縫い止める。
続けて――
「《重力加圧》」
異形の身体が、地面に押し潰される。
だが、魔力が抵抗する。
内部から、爆発的な反発。
「……厄介ですね」
イオルは、表情一つ変えない。
「《魔力分解弾》」
複雑に絡み合った魔力構造を、強引に崩す魔法。
異形が悲鳴を上げる。
混ざり合っていた魔法式が崩れ、制御を失う。
「今です」
杖を高く掲げる。
「《高密度魔力砲》」
圧縮された魔力が、一直線に放たれる。
夜空が、一瞬だけ白く染まった。
衝撃。
爆音。
異形は、完全に消滅した。
⸻
静寂。
イオルは、杖を下ろす。
息は、乱れていない。
モルが、肩で小さく鳴いた。
『……派手』
「必要な範囲だけです」
イオルは、空を見上げる。
星は、何事もなかったかのように瞬いている。
「王都は、まだ気づいていません」
この夜、
外で何が処理されたのか。
誰がやったのか。
それでいい。
影は、名を残さない。
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