第11話 異質な魔物
血の匂いが、遅れて街に満ち始めていた。
王都南区。
先ほどまで響いていた咆哮や破壊音は嘘のように消え、代わりに残ったのは、石畳に刻まれた無数の傷跡と、倒れ伏す魔物の骸だった。騎士団が本格的に踏み込むには、まだ数刻かかる。だからこそ、この“空白”は、彼らのために用意された時間だった。
ロガディンは、義手を軋ませながら周囲を見渡した。
「……おかしいな」
低く、独り言のように呟く。
彼の足元には、すでに動きを封じられた魔物が数体転がっている。致命傷は避けてある。だが、その身体つきが、どうにも引っかかる。
魔物にしては、骨格が整いすぎている。
筋肉の付き方が、人間に近い。
「なぁ、ネイ。これ、どう見える?」
屋根の縁から降りてきた双子の妹に声をかける。
ネイは無言で膝をつき、剣先で魔物の腕を軽く持ち上げた。
「……関節の可動域が、人とほぼ同じです」
淡々とした口調。だが、その声音はわずかに硬い。
「魔物なら、もっと無理な動きができるはず。これは……」
「調整されてる、だろ?」
横からレイが割り込む。
彼は気楽そうに言ったが、視線は真剣だった。
「最初から、この形に“作られてる”。野生じゃない」
三人の間に、嫌な沈黙が落ちる。
一方、通りの奥。
ミレアは瓦礫の影で、静かに血を拭っていた。夜の仕事はすでに終わっている。集めるべき声は集め、消すべき口は閉じた。だが、彼女はまだ動かない。
「……ねえ」
誰にともなく、囁く。
「さっき捕まえた男、変だったわ」
返事の代わりに、血がぴたりと止まる。
彼女は続けた。
「魔物が出たって聞いて逃げてきたのに、言葉の端々が妙に整理されてた。まるで……筋書きを覚えてるみたいに」
その情報は、即座に共有される。
双子の感覚共有に近い、だがもっと静かな連携。彼らはもう、単なる寄せ集めではなかった。
路地の影が、わずかに揺れる。
「確認する」
ラヴァンの声だった。
彼は一体の魔物の前に立ち、亜空間をわずかに展開する。収納ではない。解析のための、最小限の干渉だ。
魔物の身体が浮かび上がり、内部構造が露わになる。
「……なるほど」
感情のない声が、淡々と告げる。
「これは魔物ではない。正確には、“魔物に近づけられた人間”だ」
その一言で、空気が凍る。
「変異の痕跡がある。だが、自然発生ではない。魔力の流し込み方が、人為的すぎる」
「つまり?」
ロガディンが問う。
「誰かが、人を素材にしている」
答えは簡潔だった。
それ以上の説明は、不要だった。
街の遠くで、鐘の音が鳴り始める。
騎士団が、ようやく本腰を入れ始めた合図だ。
だが、この場にいる者たちは、もう“魔物騒ぎ”の段階を超えている。
――これは事件ではない。
――実験だ。
王城西翼、地下のさらに奥。
イオルは、閉じた目の裏で、同じ結論に辿り着いていた。
流れてくる魔力の質が、均一すぎる。
個体差がない。感情の揺らぎも薄い。
「……宗教にしては、手が早すぎますね」
静かな独白。
肩の黒猫――モルが、わずかに尾を揺らす。
イオルはまだ動かない。
だが、心の中で一つの歯車が、確かに噛み合った。
魔物は、ただの前触れ。
本命は、その先にいる。
王都はまだ、それに気づいていなかった。




