第5話 猫っぽい……ナニカ。
その日は、サスキア姉さまは教会に野暮用だったとかで、さっさと帰っていった。
うっし、今日はあれ、試すか。
「……〈囲い〉」
周囲に、誰もいないのを確認して、家の裏でスキルを発動する。
現れたのは、ふわふわの緑色の毛糸でできた、丸い囲いだ。
そう、実は、サイズこそあまり大きくできないものの、線画の段階は、とっくに終わってるんだ。
とはいえ、現状、出せるものは少ない。
これは俺がまだ子供で、【内なる力】の総量が少ないせいだ。
毛糸を集めて何かを編めたら面白いのかもしれないが、現状では出現している時間は七歳当時と比べてマシとはいえ、一時間程度が限界だから、そういうわけにはいかない。
ただこれも、多分いつかは制限が外れる、そんな予感はある。
【内なる力】の使い道としては、間違いなく微妙だけどな。
同じように、三つほど、色違いの毛糸の輪を作る。
そう、実は複数作ることもできるし、なんなら無詠唱だってできるようになっている。
無詠唱だと生成物のランクがひとつ落ちるから、普段はやらないけどね。
今出してる毛糸だと、無詠唱で出した場合、太さが三分の一くらいになって、毛糸というより太い糸、になる。
なお、毛糸であることに、意味はない。
この世界に存在しない物質は想定できないらしくて、線の次に出た糸の、その次にビニール紐を出そうとして失敗した結果、毛糸になっただけ、なんだよなー。
つまり、イメージ、もしくは知識の不足で失敗する可能性は割と低い。
スキルとは、発動させれば何らかの結果を齎すものだから、だそうだ。
勿論、限界もある。
存在しない物質をこの世界にあるものに転換する程度なら、質は落ちないが、そうじゃない場合は、ランクが二つくらい落ちることすらある。
なので、知識はあるに越したことはない、が俺の結論だ。
勉強は頑張ろう。
……いやでも、このスキル、今のところ、先行きの予測はしているけど、積極的に使いたいわけじゃないんだよなあ。
いざという時に使えなかったら意味ないから鍛えてるだけで。
空の雲を眺めつつ、そんなことを改めて考えていたんだけど。
そろそろ前の毛糸を消すか、と視線を戻したら、毛糸の丸の中に、なんかいた。
一見すると、猫だ。
ふっさふさの、尻尾もみごとな、でっかい長毛種。
シルバーグレイの毛並みは自由奔放に毛先が跳ねていて、ブラシを探したくなる。
瞳は、中央が緑色、周囲は金色のように見える。猫だから、瞳は縦長。
「〈囲い〉」
猫の足元の丸を消し、別の場所に同じ丸を作ったら、猫はひょい、とその丸の中に移った。
あー、そういえばなんかショート動画で見たな、囲いを作ると猫が自分から入りに来る奴。
何回か作っては消ししてみたら、延々、丸の中へ移動する……たぶん、猫。
……そう、たぶん、だ。
途中からこいつ、瞬間移動してた。
少なくとも俺には、その移動の過程が、見えなかった。
(……あ)
声ともつかぬ声が、一瞬だけ聞こえて。
猫らしきモノは姿を消していた。
その後も、一人で練習している時に限って、その猫モドキは現れるようになった。
俺がスキルで出した丸の中に、ひたすら入り続けるだけ、なんだがな。
「……それ、楽しいのか」
「みゃ」
時折、俺の質問に猫語っぽい声で返事がくることはある。
まあ、意味は判らないんだが。
飽きもせずやっているから、こいつも楽しくはあるんだろう。
本能で強制的にそうなっている、だけだったら、毎回一時間も付き合ってくれたりはしないよな?
ところで、この〈囲い〉というスキル。
完全な真円を描くこともできるし、楕円にもできるんだが、なぜか角ばった形にはならないし、できない。
なんと、曲がりなりにも代替物で発動できるはずのスキルが、角をイメージした場合、絶対に発動しないんだ。
そして、猫がいるところでそれを試みると、猫がなぜか嫌そうな顔をするのだ。
スキルは失敗して、発動してないのに、だぞ?
(ヒトの行使するスキルにおいては、失敗は純粋な無駄だ。何の糧にもならん)
誰かの解説が入る。
いやこれ絶対この目の前の猫だろ。
見つめたら、つい、と視線だけ逸らす猫。
えーと、つまり。
こいつは俺のスキルがもっと上達し、作れるものが増えることを、求めている?
(……うむ。そこまで把握したのなら、良かろう。
我は聖獣ネフェルテム。聖獣とは主神オルデローザ様にお仕えする獣じゃな)
そして、おもむろに名乗った猫は、予想外の大物だった。
主神様の神獣だけが、聖獣と呼ばれる。
彼らは、他の神獣様より一ランク上の存在なんだってよ?
「……単刀直入にお伺いしますが、つまりそれって、俺が想定している用途が必要になるってこと?」
(いや、現状ではまだそこまでの危機はないな。
あと、念じるだけである程度其方の意思は把握できる故、声は上げん方が良い)
偉い聖獣様がわざわざ進捗確認しに来た、ってことは、〈囲い〉に、俺が想定している用途があるってことかと確認したら、そんな回答だった。
『現状では』。
つまり、いつかは。
(今はまだそこまで構えずとも良い。
我は、同僚のやらかしをサポートしに来ただけ、といえば良いかね?)
そう述べるネフェルテム様。
同僚?あ、あの難聴の。
(難聴……?奴は聴力も、それ以外の身体能力にも特に不都合はないはずだが……)
そう首を傾げる猫様に、俺は思い切って転生時の会話をぶっちゃけた。
(むむむ……それは、良くない。
だが、一度付与したスキルは回収は不可能だな。
自分で格好よくなるように尽力するしかなかろうなあ……)
猫様は、奴は叱責しておく、と、述べて、どこかへ帰っていった。




