第46話 更地とスキルの最終形。
「……いやはや、ここまで見事に何もないと、逆に感動しますね」
冬の嵐の季節も終わり、初夏になった頃合いだ。
無事に、モードゥナが実家の伝手を総動員して調達した大型船での、半月弱の平和な船旅のあと、辿り着いたそこ、かつてヴァンレン帝国の帝都であったとされる土地は、シシェーリス確認官が言う通り、なーんにもない荒野だった。
港湾設備と呼べるものも一切なくて、今の俺たちは乗ってきた船から、砂浜と、それに続く荒野を眺めている。
見渡す限り、人類が存在していた形跡すら見当たらないんだが、どういうことだ?
確か五代帝の頃に、人民を死人が大量に出るほどこき使って、地図上のこの場所の近くに壮大な宮殿を建てたって話を海外史で習った覚えがあるぞ、俺?
(あの襲撃の折は、船すら実体を持った幽霊船であったからなあ、恐らく建物もそういう形で亡霊の稼働リソースにされたのではあるまいか)
コトンの解説も、いまひとつキレが悪いのはこればかりはしょうがない。
「成程、これではいきなり定住は無理ですねえ」
「流石にここから魔物の領域の再展開とか、難しくねえ?」
一見くらいはしておきたい、と、同乗してきたエランと、こちらは俺に付いてくる気満々のモードゥナが唸っている。
なおエランの愛妻となったサスキア姉さんは留守番だ。
船の調達に手間取っている間に春が来て、エランと無事挙式した姉さんは、既に妊娠の兆候あり、ということで城砦で大事にされている。
なお今回、アル兄とミーティスも居ません。
ミーティス、運悪く悪阻が酷い時期に掛かっちゃって、船どころじゃなくなってた。
(我々だけでも小舟で渡すことはできますか?土地との繋がりができれば、我らはある程度生き延びられますから)
勿論、魔物の領域の民の移民勢は同乗している。
その集団の代表役を務める、エルフ族の頭領だという方の言葉に、頷く。
それに俺も最低一回は、コトンとここに降りねばならない。
そうしないと、土地がね。オルデローザ様へのパスが繋がらないのだ。
小舟に分乗して、移民勢と俺と猫、それにモードゥナとフィリスねーさんとシシェーリス確認官が、上陸する。
エランは見られれば十分です、と、船に残った。
虚無すら感じる、何もない土地に足を下した瞬間。
まずは、ここに建てねばならない。そんな確信。
「ちょっと待ってな、避難所作っとく。〈囲い〉!」
場所は海岸から少し離れた平たい土地。安定感のある場所にどん!と聳えたのは、コルモックの城砦町より一回り大きい、立派な城砦の石垣――だけ、だ。
まあ俺のスキルでできるのはこれが限界、って奴だな。
要するに、建物は付属しません!って事。
「え、あんなの出して【内なる力】、平気なの?」
なんと、フィリスねーさんがびっくり顔だ。レアなものを見たぞ!
「……永続?え?スキルで出せるものが、永続属性を持っている??」
シシェーリス確認官の方も、美しいながらも最大限の驚愕を表情に出している。
「これが俺の出せる最大級。【内なる力】が回復したらもう二つくらいは出せる」
この規模を出すのは、三つまでが限界、そんな感覚がある。
まあ二つくらいあれば俺が生きている間は平気だろう、って俺、寿命の長い天人族だったな……
ちなみに、完全に囲ってはいるけど、開閉する門を付けることはできた。
実用性も最低限は確保だぜ。
そして、俺の建てた石垣から、オルデローザ様の地母神としての力が、徐々に染み出していくのが、俺にすら何となく感じられる。
(素晴らしい!!この石垣に拠れば、我らにも恩恵があるようです!)
(主神様は、神獣も魔物も分け隔てなく、我が子として愛されておられる故な)
感極まった様子のエルフたちに、コトンが頷きながら解説をしている。
船旅の間に確認したけど、昔俺が少し思っていた通り、意思疎通が困難、とは、彼らが人類とあまり接触を持たないための方便だった。
音声言語を操るのが苦手なのも本当ではあるらしいけどね。
あと、なんと、俺のばーちゃんがまだ生きてた。
ガチの迷子になって行き倒れたところを領域側で保護されて、今は調子のいいときには糸紡ぎなんかの手仕事をしながら、悠々自適の生活をしているそうだ。
まあばーちゃんと言っても、天人族仲間というだけで、血の繋がりがあるかどうかはちょっと怪しいんだが。
天人族、長命ではあるけど不死ではないから、最終的には老いて死ぬ。
見た目が老人と言えるようになった辺りで、クレトス村のような辺境に、そこそこ若い天人族が家族として避難できる環境を整えるのが、年寄りの務めなんだそうだ。
一回老人になっちゃえば、十年くらい変化がなくても、あの家のお年寄りは長生きだね、で済むから、だってさ。
試しに門から石囲いの中に入ったら、そこは既にうっすらと雑草の芽が出ていた。
石囲いの中、という環境自体には抵抗感があるという魔物の領域の民も、この中の方が居心地がいいと断言するレベルだそうだ。
それだけ、外側には何もない、とも言う。
「これ、人間が入植するには百年くらいかかりそうだな」
(そうかもしれませんねえ。我々が先行して入ってなお、そのくらいの期間がかかるかと。
ただ、この大地の力を感じる囲いが他の場所にも作れるなら、多少は早められるかもしれません!)
エルフの長は、そう述べると俺に向かって深く頭を下げる。
「もういっそここに領地貰う?」
「人間がまだ当分連れてこれないから無理だろう。
魔物の領域の民はいいだろうけど、人間を、となるとグウェンヴェラン辺りとの折衝も必要になるだろうし」
モードゥナが茶化すように述べるのを、いったん否定する。
俺自身はそれもいいと思ってるけどね、モードゥナやアル兄は天人族じゃないからね。
ただ、天人族は国を作らぬ民だから、俺自身にはその選択肢はもうないんだよな。
天人族は国を造ってはならない。
これは、先祖代々の決まり、だそうだ。
まあ長命種が固まって存在してる国って、人間にやっかまれそうだもんな、無理に集合することもないだろうさ。




